第324話 久し振りの百合の花

【道具】【名称:柄の長い太枝さそり鋏】【レア度:D】

・ビュスコル・イエーガーの大鋏に、2本の棒を取り付けた園芸道具。柄を開閉する事によって、大鋏を動かし、挟んだ物を断ち切る。鋏部分以外の甲殻を取り除く事により軽量化を果たしているが、長い柄を付けた事により重量が増して台無しにしている。高い場所の枝を切るにしても、多少の筋力値が無ければ使い難い。



 ……〈詳細鑑定〉さんが、厳しい! 素人仕事なんだから大目に見てくれ!

 ついでに、名前が分かり難いので、高枝サソリ鋏で通すぞ。


「あ~、ヴィナがひっくり返りそうになったって、言っていたアレですか」

「そういや、夕飯の時に、ぷりぷり怒ってたな」


 2人して、思い出したように苦笑した。そう、既にフロヴィナちゃんに試してもらった後である。その際、上の方でも切れると掲げたところ、バランスを崩して、後ろに取り落としたのだ。ついでに、後ろにいた俺の足元に刺さったのは、笑い話である。正面に居たのに、不意打ちされるとは思わなかったよ。

  まぁ、自分で使う分には問題無かったのだけど、フロヴィナちゃんが扱うのには重かった……背が低い人向けに、柄を長くしたのが原因か。先端の鋏が重いので、バランスを取ろうとしたら、柄も太くなったせいである。


 結局、別の大鋏を加工して、軽量、且つ柄の短い物を作っておいた。フロヴィナちゃんでも取り扱えるのは確認済みであるが、手が届くのは2mくらいまで。生垣は3m程の高さがあるので、届かないのは男の仕事となった訳である。


 閑話休題。


「ミスリルソードのポイント分、経験値増に回したいからね。生垣は、これで伐採していこう。

 因みに、槍としても使えなくはないよ。更に、ザフランケの太い枝を、そのまま柄にしているから、魔法の充填も出来る」


 2m程の長さがあるので、そのまま中距離から突き刺しても良し、挟み込んで斬り裂くのも良し。正にマルチウェポン!……になったらいいなぁ。


「まぁ、長いせいで魔法の充填がし難いけどな。メインは伐採だよ」

「無理に使わなくても、魔法はいつものワンドで良いじゃないですか……」


 取り敢えず、手短な生垣の紫陽花を『シャキ、シャキ』と切ってみると、楽々伐採できた。紫陽花は密集しているけど、個々の枝は細いので、大鋏の敵ではない。長い枝葉が倒れると、一人が通れるくらいのスペースは確保できた。ミスリルソードのように一振りで、とは行かないが、5回も伐採すれば通れる。手間も大して掛からないので、許容範囲内だろう。

 先に進もうかとした時、レスミアが伐採した紫陽花を集めていた。何かに使えるのかと聞いてみたところ。


「いえ、折角の綺麗な花ですからね。家に飾ろうかと思います。それに、春頃になれば、庭に植えるのも良いかも知れませんよ」

「あー、インテリアとしてか。紫陽花も飾れるのか」


 俺としては、お寺とかに咲いているイメージがあったので、家の中に飾るという発想が無かった。

 アドラシャフトの本館では、高そうな花瓶に、色とりどりの花が飾られていたし、こちらでも応接間を使う予定がある時は、飾っている。こちらで飾るのは村のフィールド階層で伐採してきた百合の花か、ここの芍薬の花(not灼躍)だ。

 まぁ、飾るのはメイドトリオにお任せであるけどな。


「それなら、地面に落ちたのは水溜りで汚れただろうから、止めておきなよ。次、伐採する時に、支えておいてくれれば、ストレージに格納するからさ」

「はーい、お願いします。

 あっ、また降ってきましたね。フードを被らないと」


 一時的に止んでいた雨が、また降り始めた。フードを被り直し、高枝サソリ鋏を肩に担いで先に進んだ。



 迷路を進んでいく内に、視界に映る地図に赤い点が2つ見えた。光点の位置を考えると曲がり角の向こうである。こっそりと覗いてみると、そこには通路の一部が花畑となっていた。咲くのは見慣れた百合と芍薬の花。そして、大きなリーリゲンが2匹、あたかも花畑の仲間ですよと言わんばかりに紛れて……いなかった。デカすぎるので、丸わかりだ。

 光点が2つなので、もう1匹の隠れ灼躍は地面に隠れているのだろう。アイツは隠れていると〈敵影感知〉でも感知できない。

 俺は高枝サソリ鋏の先に魔法陣を出して、充填を始める。ちょっとだけ、魔力が通し難いが、大目に押し出せば問題無い。


「それじゃ、近付いて灼躍が飛び出した後に、まとめて〈ロックフォール〉で圧し潰すよ」

「おう、なんかあった時は〈カバーシールド〉してやるぜ」

「雨脚が強くなってきましたから、紛れて行きます?」

「いや、魔法陣の光でバレると思う。走った方が早いさ」


 充填が完了してから、角を飛び出した。走るというより、前に飛ぶようにすると〈フェザーステップ〉の恩恵も受けられる。しかし、リーリゲンの反応も早い。こちらに気付いて、その大きな花弁を向けると魔法陣を展開した。その充填速度は、雨の恩恵を受けているのか、かなり早い。このままでは、灼躍が飛び出る範囲に入る前に、向こうの〈アクアニードル〉が飛んで来る。そうなれば、2本が交互に魔法を撃ってきて、面倒なことに……見切りを付けて高枝サソリ鋏の切っ先を花畑に向けて、充填待機していた魔法を発動させた。


「〈ロックフォール〉!」


 花畑の頭上に現れた巨大な釣鐘岩が、通路の両脇の生垣ごと圧し潰した。細い枝しかない紫陽花では、この重量に耐える事は出来ない。狭い通路ならば、空気を読んでサイズ調整してくれる〈ロックフォール〉さんも、MAXな直径5mサイズである。

 因みに、図書室の本に載っていた事であるが、『便利な反面〈ロックフォール〉を撃つ時は通路のどちらかに偏らせろ』とも書かれていた。それというのも、釣鐘岩が通路を塞いで進めなくなるからである。仮にアイテムボックス持ちがいたとしても、大きすぎて〈アイテムボックス小〉では容量が足りず、〈アイテムボックス中〉なら入るが、採取物などで容量を喰っていると入らない事もある。

 そうなると、釣鐘岩が消えるまで待つか、放置して迂回するかである。生垣を伐採して進む人は少ないようで、記述は少なかった。


 まぁ、ストレージに格納出来る俺には無縁の話である。リーリゲンの光点が消えた事に安堵しつつ、釣鐘岩に近付いたのだが、不意に光点が1つ増えた。そこで、灼躍を忘れていた事を思い出した。


「あぁ、隠れていたから、〈ロックフォール〉の影響を受けずにいたけど、釣鐘岩のせいで出てこれなかった……ってところか?」

「岩の下で、もぞもぞ動いている感じがしますね。ザックス様、岩を退けて下さい。出て来たところを狙いましょう」


 俺の前進する速さに付いてきたのはレスミアだけである。敏捷値の低いベルンヴァルトは、まだ追いついていない。そのレスミアは〈敵影感知〉で感じているのか、岩の下に目線を巡らせながらも、テイルサーベルを引き抜く。近距離ならば、弓を使う必要は無いからな。


 釣鐘岩をストレージに格納すると、その下からはぺちゃんこに潰れた花畑とリーリゲンが現れる。そして、花々を吹き飛ばす勢いで灼躍が飛び出て来た。


「たぁっ!

 ……もう一回!」


 タイミングを測って、テイルサーベルを振りぬいたレスミアだったが、盛大に外していた。灼躍が、予想以上に勢いよく飛び上がったせいである。ついで、着地を狙って2撃目を振るうと、その首を切り落とした。しかし、本体は花の中の目玉である。動けはしないが、魔法陣は点灯したままコロコロと転がっている。このまま撃たれては、どこに飛ぶか分からずに危ない。咄嗟に、手に持っていた高枝サソリ鋏で、ゴルフの如くフルスイングした。

 当然、ゴルフなど経験の少ないスイングでは、地面の花ごとダフって転がすのが精一杯。でも、それで十分である。転がった先には丁度追い付いたベルンヴァルトが居た。


「ヴァルト! 踏み潰せ!」

「良い位置に転がったな!」


 体重の載せたブーツは灼躍の花を易々と踏み抜いた。


「ふ~、やっぱり、雨のせいで充填が早まっているな。そこんところも考慮しておかないと……」

「まぁまぁ、さっきみたいに魔法で倒しちゃえば大丈夫ですよ」

「だな。この階層は俺の出番が少なそうだぜ……なぁ、この間の飲み会で話していたアレやってもいいか?」

「アレは俺も盾を持っている前提の話だぞ。まぁ、〈アイスニードル〉くらいなら、ギリギリでステップ踏んで避けられるとおもうけど」


 ドロップ品の片栗粉と芍薬の根を拾って、反省会をしつつ先に進んだ。




「上の奴を狙う! 〈ロックフォール〉!」


 そして、2戦目。

 生垣のに陣取ったリーリゲンに対して、魔法を撃ち放った。出現した釣鐘岩は紫陽花の生垣ごと圧し潰す。しかし、今回接敵したリーリゲン3匹は、それぞれがバラバラの位置にいるので、狙った1匹しか巻き込めなかった。勿体ないと思いながらも、5m以上の高さにいる敵を狙うには魔法しかなかったのだ。

 〈オートマッピング〉と〈敵影表示〉のセットは、魔物の位置が分かりやすくて助かるのだが、高低差までは分からない。

 残るは、奥の地面に1匹、生垣の真ん中3mくらいの高さに1匹。そう、今度は紫陽花に紛れていたのである。根を紫陽花に絡めているのか、紫陽花の中からにょっきりと、横に突き出した様はアレに見える。


 ……カーブミラーか、お前は!!


 青い魔法陣が展開されているので、ミラーに見えた。いや、水の針を飛ばしてくるから、SFに出てきそうな、壁から出てくる警備システムか?

 以前も高低差を利用して、トーチカみたいな連携で連射をし、行く手を阻んできたのを思い出した。面倒な魔物なのは、変わっていないな!






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近況ノート(サポーター用)を更新しました。

ギフトを頂いたのですが、サポーター用は2つしかないのは、寂しいですよね。

急遽、裏設定を引っ張り出して、書き上げました。2300文字程度。

『統一国家崩壊について』

内容は世界の成り立ちと、統一国家の樹立からの崩壊、その対応策である主人公転生までの、ダイジェストですね。

歴史の授業みたいですけど、テストには出ませんよ。



あ、最終目標についてのネタバレがあるので、閲覧注意です。

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