第322話 ダイヤモンドの出来栄えと、その影響

【宝石】【名称:イミテーション・ダイヤモンド】【レア度:C】

・高密度のマナが凝縮した宝石。厳密には鉱物としてのダイヤモンドとは別物なのだが、それの更に劣化品である。属性及びマナの量が大幅に足りず、外見を真似ただけになってしまった。

 ダイヤモンドの特性である全属性の魔法を強化する事はおろか、マナを貯蔵する事も出来ない。

 只の頑丈で綺麗な宝石である。

・錬金術で作成(レシピ:燃石炭)



 早速鑑定してみたら、酷い言われようである。最大MPの8割以上(調合中の回復分を含め)注ぎ込んで調合したのに、『大幅に足りず』とは……


 しかし、出来たダイヤモンドに光を照らしてみると、輝くように反射した。記憶のCMのようにキラキラと輝くのは、正に思い描いた宝石である。手の平大の燃石炭(レア度E)が圧縮されて、1㎝程の大きさになり、レア度もCにアップしている。


 ……あれ? 先生の婚約指輪のダイヤモンドはもっと小さかったような?


 CMのイメージが先行したのだろうか。指輪にしたら目立ちそうだ。ハリウッドスターとか、セレブな人達が身に着けていそうな……まぁ、ジャック・オー・ランタンの宝箱から出て来たアメジストは3㎝くらいあったし、これくらいは普通……ツヴェルグ工房の高級品アクセサリーコーナーには、ゴロゴロしていたからな。

 ついでに〈相場チェック〉を掛けてみたが、予想通りに金額は出ない。


 効果が無い只の綺麗な宝石であるが、唯一無二の宝石ならば、ソフィアリーセ様の格にも合うだろう。イミテーションなのは予想外であったが、普通の宝石として見るならば上出来だ。

 指紋で汚さないようにハンカチに包んでストレージに格納し、鑑定結果を紙に書き写してから、意気揚々と応接間へ向かった。




 応接間はゲームが一段落したのか、おやつタイムになっていた。部屋には焼き菓子特有の甘くバターの豊潤な香りが漂っており、マルガネーテさんが甲斐甲斐しくも給仕をしている。テーブルの上には、数種類のフィナンシェが並べられていた。黄金色に焼かれたノーマルに、ドライフルーツが入っている物など、ドナテッラ産のエノコロ小麦を使った試作品だろう。スティラちゃんが、美味しそうに頬張っている。


「お帰りなさいませ。丁度、試作品が出来たところです。貴方の分のお茶を淹れますね」

「ありがとうございます。出来たボールペンはマルガネーテさんに納品すれば良いですか?」

「いえ、先ずはお嬢様にお見せ下さい」


 マルガネーテさんは、部屋の端に置いてある台車へとお茶を淹れに行った。家の応接間であるのに、給仕を任せきりで申し訳ない。ただ、主人であるソフィアリーセ様への給仕は側使えに任せて欲しいと言われているので、お任せしている次第だ。

 レスミアの隣に座ると、腕を引っ張られた。


「ザックス様、遅いですよ~。宝石のゲーム、何とか1勝しましたけど、姉の威厳が~」

「にゅふふ~、下剋上の時が来たにゃ!」


 対面に座るスティラちゃんが胸を張ってドヤ顔をすると、隣に座るソフィアリーセ様が口元を緩ませた笑顔で、その頭を撫でた。


「もちろん、ソフィお姉ちゃんのお陰にゃ。ありがとう!」

「スティラは、物覚えが良いですからね。直ぐに強くなりますよ。来週も遊びましょうね」


 ……でれでれだな!

 猫族の可愛さに魅了されてしまったようだ。手遅れです。

 まぁ、微笑ましい限りであるけどね。貴族の笑顔の仮面を着けているよりは、ずっと良い。アレはアレで表情筋が疲れるから。


 試作品というフィナンシェに手を伸ばした。白銀にゃんこでも焼き菓子のラインナップに入っているので、食べなれたお菓子でもある。しかし、エノコロ小麦を使われたフィナンシェは、表面はさっくりとしながらも、中身はもっちもちであった。パウンドケーキなんかよりも、もっともちもちで、目隠ししたら餅に間違えそうなくらいだ。


「凄い弾力だな。このもちもち感は俺好みであるけど」

「このままだと、噛む回数が多くなるので、満足感を得られますよ。お菓子を食べる量を減らせるので、ダイエットにも宜しいかと存じます」


「ああ、良いですね! お店に来る女性客には、その謳い文句で売れそう!

 普段使いするなら、普通の小麦粉との比率を考えないといけないですけど…… あ、ザックス様、リスレス姉さんからエノコロ小麦2袋と、エノコロ大麦の押し麦1袋を身内価格で買っておきました。後で預かって下さいね」

「了解、お金もその時にね。

 エノコロ大麦の押し麦って、絶対もちもちしているだろ。お米の代わりにならないかな?

 レスミア、夕飯に茹でただけの押し麦に、カレーを掛けてくれないか?」

「カレーリゾットじゃなくて、以前言っていたシチューみたいにトロミを効かせた物ですよね。お任せあれ!」


 未だにカレーライスを諦めきれない俺であった。いや、カレールーが出来たのだから、あと一歩なんだよ。コメが無いというのが致命的であるけど。

 そんなお願いをしていると、頭を撫でられていたスティラちゃんが猫耳をピコピコ動かして、こちらを向いた。その目は、獲物を狙うかのように、爛々とさせている。


「ミーア姉ちゃん、また美味しそうな相談?

 お昼も美味しかったし、ズルいにゃ! 私もお夕飯食べて行きたい!」

「え~、別に構わないけど、スティラは辛い料理大丈夫だっけ?」

「あら? 先週のダイスの実のハズレを使った料理よね? スティラちゃんには早いのではないかしら?」


 スティラちゃんは13歳と聞いているが、外観のせいか子供扱いされているな。確かに、トゥティラちゃんと同い年というよりは、アルトノート君の方が近い気もする。貴族教育受けている2人と比べちゃいかんのだろうけどね。

 そんな雑談をした後、話題が一段落したところで、ボールペンを納品した。


「ありがとう、ザックス。お母様も喜ぶわ。

 マルガネーテ、支払いを」

「はい、こちらをお納めくださいませ」


 マルガネーテさんが差し出して来たトレイには、大銀貨が4枚乗っている。1本1万円で、計40万円なり。昨日稼いだビュスコル・グランツの討伐賞金の半分と同じとは、やっぱり魔道具は美味しい。売り捌くには伝手がいるけどな。果たしてお茶会では幾らで取引されるのか、53本限定(最初の13本+40本)だから……「わーい、ソフィお姉ちゃん、ありがと~」

 もとい、限定52本しかないから、プレミア感をだせば高く売れるに違いない。


「それと、創造調合で宝石を作ってみました。

 ソフィアリーセ様との婚約が正式に決まった後に、プレゼントするアクセサリーに使いたいのですが、どうでしょう?」


 テーブルにハンカチに包まれたダイヤモンドを置き、ゆっくりとした手付きで開いていく。そして、中からダイヤモンドが現れると、女性陣から黄色い声が上がった。


「わぁ~、きれ~」

「わぁ! キラキラ輝いてますよ。こんな宝石もあるんですね~」


 純粋に喜ぶ猫姉妹は微笑ましい。

 その一方で、ソフィアリーセ様は魅了されたかのように、頬を染め上げて見入っている。そして、ハンカチごと目線の高さに持ち上げて、うっとりとした表情で頬に手を当てた。


 ……物凄く、色っぽい。

 いや、嬉しい反応ではあるけれど、感情を笑顔で隠す貴族が見せていい顔なのだろうか?

 チラリとお目付け役のマルガネーテに視線を移すと、こちらはこちらで難しい表情でダイヤモンドを見ていた。暫し後、俺の視線に気付くと、ソフィアリーセ様の様子を見て、直ぐ様ダイヤモンドを取り上げた。


「……あっ! わたくしの宝石が!」

「お嬢様、落ち着いて、その締まりのない顔を治してくださいませ」


 やっぱり、駄目だったようだ。指摘され、慌てて両頬をムニムニと押さえて戻そうとするところは、可愛く見える。

 しかし、マルガネーテさんの矛先は俺に向いた。テーブルに戻されたダイヤモンドを指差して、詰問してくる。


「ザックス様、これは何という宝石なのでしょうか?

 ルビーやエメラルドのように色が無く透明で、光り輝く宝石など初めて拝見致します」


 透明なだけなら、水晶やガラスはあるが、明らかに輝きが違う。魔水晶や魔結晶は半透明だから、こちらも違う。

 貴族の身嗜みを整える仕事をしていて、アクセサリー類にも詳しい筈のマルガネーテさんは初めて見るダイヤモンドに、困惑していたようだ。

 俺はダイヤモンドの鑑定結果の書かれた紙をテーブルに出して、ネタバラシ。


「ツヴェルグ工房のアクセサリーを見た時に少し話しましたよね? 俺の世界なら婚約指輪には、ダイヤモンドが定番なんですよ。

 勝手が違うので色々試行錯誤繰り返して、ようやく出来た1つです。効果とかは有りませんけど、アクセサリーにするだけなら、十分綺麗な宝石だと思います。

 ん? ああ、レスミアにも後で作るよ」

「ありがとうございます! お揃いの指輪とか素敵ですよね~」


 途中でレスミアが袖を引っ張って来たので、予約を受け付けておいた。流石にリング部分はプロに任せた方が良いので、ツヴェルグ工房辺りにダイヤモンドを持ち込んで作ってもらおう。

 今度はレスミアが頬を緩めて喜び始めたが、逆にソフィアリーセ様達は鑑定結果を見て、眉をひそめていた。


「イミテーション……似たような宝石で通せるかしら?」

「申し訳ございません。わたくしは国宝の王しゃくは見た事がありませんので、判断が付きません」


「わたくしも入学式に、遠目から陛下が持っているのを見ただけだもの。確かに、キラキラと光り輝くのは似ていると思いますけれど……もっと、大きかった筈です」

「ただ、鑑定をされた場合『国宝の偽物を作った』などと、疑いの目を向けられる可能性があると存じます。

 最悪を想定するならば、反逆罪に問われるかと」


 なんか、物騒な話になっていた!

 確かに、国宝を偽造したと思われるのは不味い。姿形を模倣しただけ、廉価版、みたいな評価に落ち着かないと。


「効果も付いていませんし、大きさが違うのならば、大丈夫ですよね?

 只の宝飾品ですから、王錫にしなければ……」

「……ザックス、それを判断するのは王族なのよ」


 ……おおう、階級社会だ。

 それから、少し話し合ってみたが、トップダウン、上意下達されるなら、王族へプレゼンするしかないようだ。こっそりと作ってアクセサリーにするよりも、新開発しましたと王族へ献上した方が印象は良くなる。


「流石に一学生でしかない、わたくしでは無理です。このダイヤモンドを、お父様に見せて相談してみましょう。

 ザックスは結果が出るまで、ダイヤモンドを量産してはなりませんよ」

「……かしこまりました。調合イメージを忘れないうちに、レシピ登録用として1つは作りますが、それ以外は作りません」


 丁度、5の鐘が鳴り響いた。時間的にも丁度良いので、ソフィアリーセ様達は帰り支度を始めた。

 そして、別れの挨拶の際、俺を励ますように、微笑んでくれる。


「大丈夫ですよ。わたくしとしても、自分の為に作ってくれた宝石を嬉しく思います。学園に流した噂話も使って、王族に許可を願い出ましょう。

 先ずは、お父様を説得してきますね」

「エディング伯爵には、お手数をお掛けしますと、お伝えください」


 ソフィアリーセ様は、最後にスティラちゃんに「また来週、遊びましょう」と約束を取り付け、名残惜しそうに帰って行った。

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