第321話 ボードゲームと金剛への再挑戦(何度目かの

 リプレリーアには、手紙の返事が来るまで秘密にするよう言い含めておいた。一応、機密性の高い資料を読む事になるので、口の堅さを図るのには丁度良い。




 帰宅すると、皆は応接間で遊んでいるようである。扉の前で立哨してくれている女性騎士が「楽しそうな声がしていますよ」と教えてくれた。お礼にお菓子を差し入れしておき、ノックしてから中に入る。すると、キャッキャと姦しい声が聞こえて来た。ソフィアリーセ様とレスミア、スティラちゃんの3人が、テーブルを囲んでゲームに勤しんでいるようだ。


「ザックス様、お帰りなさいませ~」「お帰りにゃ~」

「お帰りなさい。許可は貰えたのかしら?」


「ただいま戻りました。ええ、南門の上に昇る許可証で代用する事になりました。

 こっちは、カードゲーム……いや、ボードゲームですか?」

「ええ、学園で流行っているゲームなの。ルールは単純だけど、先読みを始めると奥が深いのよ」


 テーブル上にはカードや、金属製のチップが並べられている。順番なのか、レスミアがサイコロを振った。


「私はダンジョンに探索者を派遣しますね。成否のサイコロを……やった6個!

 では、ルビーにサファイア、ホワイトトパーズを2個ずつ貰いますね」

「わわっ! そんなに羨ましにゃ~。私も探索者を派遣して宝石を……「スティラちゃん、ちょっと待ちなさい」」


 レスミアがテーブルに並べてある、金属製のチップ……美麗な宝石の絵が描かれている……それを、6枚取って行き、嬉しそうに手元に置いた。それを見たスティラちゃんは、羨ましそうにサイコロを握るが、隣に座るソフィアリーセ様が手を握って止めた。そして、耳元で内緒話をする。


「成るほどにゃ~。流石はソフィお姉ちゃん!

 私は市場のレストランを購入するにゃ」

「あっ! それ、次に買おうと思ってたのに!」

「うふふ、レスミアが手に入れた宝石の種類から、狙っていると思いましたよ」


 ゲームの行方を見学していると、ソフィアリーセ様が簡単にルールを解説してくれた。

 プレイヤーは宝石商人となって、探索者をダンジョンに派遣。そして、手に入れた宝石を元手に市場を買収したり、インフラを開発したりしてポイントを稼ぎ、町を一番発展させた人が勝利になるゲームだそうだ。

 宝石の種類によって買える物件や開発出来る物が変わるので、相手の手持ちの宝石を見て、邪魔をすることも出来る。折角、沢山手に入れた宝石があっても、市場で買えるものが無くなっては、他の種類の宝石を探して来なければならないからだ。


「わたくしの番ですね。それでは、この服飾工房を購入して……布工房と服飾工房、アクセサリー工房が揃いましたから、こちらの子爵の後援を受けます。ふふっ、これで援助金が貰えて大きな買い物が出来ますわ」


 ある程度、発展ポイントを貯めたり、関連施設を手に入れたりすると、貴族カードが手に入る。これで、貴族のコネが無いと買えない、開発出来ない物が買えるようになり、発展ポイントが稼ぎやすくなるそうだ。



 結局、その貴族カードのお陰で、一歩先んじてポイントを稼いだソフィアリーセ様の勝利で幕を閉じた。そして、時折アドバイスを貰っていたスティラちゃんが2位。宝石のチップばかり沢山持っていたのに、思うように物件を買えずにポイントを稼げなかったレスミアが最下位となった。綺麗な宝石チップをじゃらじゃらと集めて満足気ではあるが、少しだけ悔しそう。宝石のチップを手に取ってみると、程よく重厚感のある重さ。表面に描かれた宝石は同じルビーでも、どれも違う形をしており、コレクション欲をそそるものであった。


「美術品みたいな道具ですね。こっちのカードも手書きなのかな?」

「ええ、学園で人気と言ったでしょう。貴族向けなので、優美である必要性があるのよ。このゲームは4人まで参加できるの。次はザックスもやりませんか?」

「そーですよ。スティラがソフィアリーセ様と組んでいるから、実質2対1なんです。ザックス様は私と組みましょう」


 面白そうなボードゲームであるし、レスミアの頼みなら聞いてあげたい。ただ、優先してやっておく仕事を思い出した。


「お誘いは嬉しいけど、先にボールペンの調合を終わらせて来るよ。ソフィアリーセ様が帰る時に、持って行けるようにね。他の人でも……って、マルガネーテさんも居ないのか」


 ウチのメンバーは店番に行っているのだろうけど、いつもソフィアリーセ様の側で控えているメイドさんの姿が見えない。ついでに、リスレスさんも居ないな。そこら辺を聞いてみると、各々から答えが返ってくる。


「マルガネーテなら、ここの厨房を借りてお菓子を作っているわよ。ナールング商会から頂いたサンプルの品質を見るのに、試作をしてみたいのですって」

「リスレス姉さんなら、お昼ご飯を一緒に食べた後に帰りましたよ~。

 あっ! そうそう、あの皮剝き器の使い方は、実演して教えておきました。私は包丁の方が使い易いのですけど、姉さんは『他の人にも使わせてみる!』って、意気込んでいましたね」


 ピーラーなら、料理が下手な人や、料理を大量生産する所なら欲しがると思う。それに、ナールング商会にお抱えの錬金術師がいなくても、ピーラーなら錬金調合で作る必要は無いからな。形状さえ真似れば、普通の鍛冶師でも作れると思う。それに、食事処とかへ食材を卸していると聞くし、売り込み先は多いと思う。

 まぁ、後はリスレスお姉さんに任せておこう。




 早めに終わったらゲームに混ざると約束して、自分のアトリエにやって来た。

 ボールペンは既にレシピ登録されているので、作るのは簡単である。材料を無駄にしないよう、キッチリ分量を量って準備する。余分に入れても問題ないけど、マナの煙となって消えてしまうので勿体ないからな。


 最初に材料を準備し終えれば、後はスキルを使って混ぜるだけ。混ぜている間は、以前から試行錯誤しているダイヤモンドの作成について考える。

 失敗続きで、イメージするのも限界かと思っていたが、砂漠フィールドで手に入れたアレのお陰で新しい構想が生まれた。



【素材】【名称:珪砂】【レア度:E】

・魔力を少し含んだ細かい珪石。魔水晶に比べると含有マナが少なく、白っぽい。不純物が少なくガラスの材料に向く。魔力を含んだ炉で熱すると透明になる。



【宝石】【名称:アメジスト】【レア度:B】

・高密度の雷属性のマナが凝縮した宝石。厳密には鉱物としてのアメジストとは別物。

 内部に大量のマナを貯蔵することが出来、放出する時に雷属性の魔力となる。魔道具の動力元や、魔法の発動媒体として使われるが、その美しさから宝飾品としての需要も高い。発動媒体にした場合、雷属性の威力が上がる。

 外部から魔力を注ぐことで繰り返し使うことが可能だが、内包するマナが少ないときは強度も落ちるので注意が必要。




 そう、注目すべきは『魔力を含んだ炉で熱する』と 『鉱物としてのアメジストとは別物』の部分である。

 ダンジョン産の物質は、マナが凝縮されて出来た物とエヴァルトさんに習った事も思い出した。その他にも、家の生垣に使ったレッドロビン、あれは魔導士が覚える木属性魔法〈グロウプラント〉で、根っこを生やして移植する事が出来た。要は、魔力=マナを注入する事で、成長させたのだろう。


 そして、錬金調合もヒントになる。

 材料を調合液に溶かした後、魔力とイメージを込めて作り出す。これは、ダンジョンのようにマナから物質を生み出す能力と同じと推測する。ただし、魔力=マナだけでは作れず、材料が要る事から、疑似的に再現しているだけなのだろう。


 ……魔力とイメージだけで、なんでも作れるなんて、それこそ神様みたいなものだからな。


 ここまでの結論として、イメージで熱したり圧縮したりするのにも、マナを介在させるべきではないかと考えた。

 

 ガラス瓶に関しては、既に一昨日試し済みである。珪砂を溶かすのは只のマグマではなく、火属性のマナを大量に含んだマグマで加熱するイメージで成功した。以前は半透明なガラスしか作れなかったが、珪砂から一回の調合で透明なガラスを作れたのである。

 少しだけ、余分に魔力が必要だったけどね。


 そして、ダイヤモンドも同じように試したのだが、一昨日は色々あって中断してしまった。今日試すのは、更に試行錯誤を加えた別の方法の予定だ。ボールペンを調合しながら、イメージトレーニングを重ねた。



 そして、ボールペンの調合を2セット行い、約束の40本が完成。戻ってボードゲームに参加するのも良いが、サプライズで作って見せるのも良い。

 伯爵令嬢のソフィアリーセ様には、生半可な宝石では格が足りないからな。ツヴェルグ工房の高級品アクセサリーは高過ぎる。その為、こちらでは珍しい、ダイヤモンドが打って付けだろう。


 ボールペン作りで、それなりにMPを消耗したが、最初から〈MP自然回復量極大アップ〉をセットしているので、回復は早い。それに、気休めに魔道士の〈マナの循環〉もある。マナの濃い場所ではMP回復が早まるスキルなので、調合成功時の青い煙をパタパタあおいで浴びてみた。少しは回復が早まった気もするけれど、なんだか大きなお寺で線香を浴びたような気分だ。アレは確か、身体の具合が悪い所に当てると、改善するんだったか。いや、MP回復にはどこに当てたら良いのか分からんけど。頭か?

 取り敢えず、回復するまではレシピを書いたりして過ごした。



 MPが最大値の8割を超えた辺りで、ダイヤモンドの調合チャレンジを開始する。

 既に作ってある調合液は、過充填なくらいに魔力を注いであり、そこに燃石炭を投入した。



【素材】【名称:燃石炭】【レア度:E】

・火属性のマナが少しだけ多い石炭。仄かに温かく、石炭より高い温度で燃える。鍛冶で使用される。



 今まで、使い道が無いので、採取した殆どを売り払っていた、少し良い石炭だ。普通の石炭でないのは、こっちの方が火のマナを含んでいるからである。ついでに、投入する前に魔力を込めて、アツアツの状態だ。

 そして、寄り掛かるように錬金釜を掴み、右腕を突っ込んだ。調合液の中で〈錬金調合中級〉を使用して、おもむろに掻き混ぜ始めた。



 これは特殊武具のミスリルフルプレートの腕の部分だ。

 それというのも、俺が考えたダイヤモンドの作成イメージは、マグマの圧力と熱量をマナに置き換えて、過剰なまでの大量のマナで全方位から圧し潰し、熱する。

 前回失敗した時に全力で魔力を流してみたのだが、黒魔鉄の猫尻尾混ぜ棒では、流せる量が少なかったのだ。普通の調合なら、黒魔鉄のストローで注ぐくらいで良いのだが、ダイヤモンドには水道の蛇口全開くらいの勢いで押し込みたい。

 そこで、黒魔鉄が駄目なら、もう一段上の素材にすればってね。


 以前、村で試行錯誤して、ミスリルソードを混ぜ棒替わりにした事を思い出した。ただ、あの時は大量に流せたものの、驚いて鉄の鍋を貫いてしまった。万が一、300万円もした錬金釜を破壊したら、凹むどころの話ではない。

 武器系は破損の恐れがあるのでNG。それで防具ならと試してみた。ミスリル製の癒しの盾は、大きすぎて錬金釜の口に入らない。その点、ミスリルフルプレートならば、バラシて使う分には丁度良かったのだ。


 錬金釜に腕ごと突っ込むのには少し抵抗があったが(溶けそうで)、〈鑑定図鑑閲覧〉に大丈夫そうな記述があった。



【素材】【名称:調合液】【レア度:F】

・純水に過剰な魔力を込めた調合用の触媒。物質を分解し、マナへと変換しやすくする。

 ただし、レア度が高いほど魔力が多く必要になり、生き物に対しては効果が無い。時間経過で魔力が抜けるため、保存する場合は専用の容器が必要となる。



 『生き物に対しては効果が無い』という部分を信じて、ガラスの調合で試してみたところ、無事成功した。因みに、素手でも調合出来るみたいなのだが、何故か魔力が流し難くなった。金属などの道具を介さないと駄目なようだ。


 そんなわけで、錬金釜の中を覗き込むような体勢で、搔き混ぜ始めた。混ぜながらも、身体中の魔力を右腕に搔き集め、ミスリルガントレットを介して魔力を注ぎ……流し込む。流した魔力が渦を巻くように中心へと集まり、イメージのように圧縮されていく。


 イメージするのは圧縮する過程だけではない。寸法や形もいる。ダイヤモンドと言えば、ブリリアントカットだ。中央部分を丸くカットして、中央からは放射状にカットした、有名なダイヤ型だな。ダイヤモンドの反射や屈折率を光学的に考えて一番美しく輝くカット方法らしい。

 高校の時の担任が、婚約者に貰ったと自慢して見せて回り、授業が脱線したのを覚えている。そのお陰で、図形の組み合わせで描ける事を教えてもらった。


 ……まぁ、ダイヤモンドの実物なんて、その1回しか見ていないので、細かい所は推測が混じるけどな。


 後は、宝石店のCMでクラシック音楽と共に、輝くダイヤモンドが大きく映し出されていた。全体的な見た目はアレだな。


 〈カームネス〉と〈熟練集中〉の力も借りて、イメージを重ねつつ、魔力で圧し潰す。ミスリルから流す魔力量はかなり多く、身体の奥から湧き出る魔力を、片端から流した。

 これだけの大魔力を使うのは初めてである。


 頭痛がするのも〈熟練集中〉で考えないようにして、流し続ける。

 

 そして、不意に目の前が青く染まった。腕に感じていた液体が消えてなくなり、代わりに膨大な青い煙が噴き出た。煙突では足りずに、部屋中が青い煙に包まれる。

 そんな状況なのに、俺は頭痛のせいで動く気にもなれず、錬金釜に覆い被さったままだ。なんか、燻されているようで、燻製肉にでもなった気分である。いや、煙に臭いはないけどな。視界に移るMPバーは5%ほどしか残っていない。道理で頭痛がする訳だ。


 煙を浴びているせいか、〈マナの循環〉でMPが徐々に回復していく。10%を超えると大分マシになった。


 そして、煙が収まった後、錬金釜の底には、小さなダイヤモンドが転がっていた。

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