第320話 コミュえくすとら
目的地である図書室へとやって来た。カウンターには、いつも通りに本を読み耽るリプレリーアがいる。首のチョーカーからは紐が括られたままであるし、相変わらず接客するつもりがないようだ。
仕方が無いので、カウンターに置いてある照明スイッチを押す。すると、手元が赤く照らされて、驚いたリプレリーアが本を取り落とした。
そして、恨めしい目でこちらを睨め付けてくる。
「あー、お客さん? 何か用? 無いなら、読書の邪魔しないで」
最早、デジャヴどころか、リプレイでも見ているかのようだ。実はロボットだったりしないかな?
「久しぶり、また知恵を借りたいんだけど、今良いか?」
「…………誰? ナンパなら、図書館の一つでも献上してからになさい」
こちらを一瞥した後、素気なく言うと、ライトを切って読書に戻ろうとする。予想の範疇なので、その開いたページの上に、以前添削された資料を軽く叩きつけた。
「ザックスだよ! ザックス!
この資料を見せた事も忘れたのか!?」
「あ~…………あっ! 赤毛じゃない! ちゃんと『赤毛が来た』って言わないと分からないでしょ!」
「資料を読んで思い出すんじゃなくて、顔と名前を覚えろ!」
コイツの相手は疲れる。しかも、載せた資料をパラパラと捲って、新しい物が無いと知るや否や「続きの資料は?」なんて、要求してくる始末である。
やっぱり
「最初に知恵を借りたいって言ったろ。新しい資料は、相談が終わってからな」
資料に手を伸ばそうとしたところで、ストレージにパッと格納し、代わりに刀の絵と特徴を描いた紙を渡した。
お預けされたリプレリーアはむくれたものの、新しい紙を引ったくる様にして読み始める。しかし、一瞬で読み終えたのか、紙を摘んでヒラヒラと振った。
「内容、薄っす。武器なんて、私には縁遠い存在なのよねぇ……
「いや、聞いても碌な情報がなかったんだ。それに描いてある武器に付いて、心当たりはないか?
細身の曲刀で、名前に刀とか太刀、日本刀なんて入っていると思う。図鑑でも取引記録でも良いし、どこで手に入ったとか自伝小説に書いてあったりしないかな?」
俺の言葉を聞いたリプレリーアは、考え込むように虚空を見上げた。記憶力が良いので、脳内データベースを漁っているのだろう。
5分ほどフリーズした後で、ようやく口を開いた。
「学園長の自叙伝に記述があるわね。パーティーにいた鬼人族が、身の丈よりも大きな曲刀で名を馳せたそうよ。金属製のゴーレムも両断する強さだったとか……名前も『黒雷剛腕のミスリル大太刀』
あぁでも、70層のボス戦で全滅し掛けて、折れてしまったみたいなの。殿に残った犠牲者への悲哀が、書かれているわ」
「……面白そうな話だけど、現存していないのか。
そう言う、伝説の武器じゃなくて、もうちょっとお手軽に手に入りそうなのはない?
宝箱から手に入れたとか、レア種が曲刀を落としたとかさ?」
「注文が多いわね。ええっと、シミターって言うのは違うのよね。そうなると……あった。第1ギルドの蔵書の自伝にあるけど、短い曲刀としか書かれていないわよ?」
詳しく聞いてみると、詳しい記述を教えてくれた。
『餓鬼のレア種らしき魔物が、ショートソードの半分くらいの曲刀を落とした。薄くて細くて、大角餓鬼と打ち合ったら、直ぐに折れてしまった。使えねーハズレ武器だ』
餓鬼は第1ダンジョンの31層から登場する魔物と聞いている。ベルンヴァルトが使っている『飢餓の重棍』の材料である、『餓鬼の大角』をドロップするらしい。人型の亜人のような魔物で、これを殺せるかどうかで、この先へ進めるかが分かる。散々、動物型の魔物が出てきているので今更な気もするが、魔物とはいえ人型は殺せないという人は一定数いるそうだ。
……曲刀で薄くて、細く、折れやすいなら可能性は高いか?
レイピアとかも細いけど、曲がっているのは見たことがない。まぁ、変わったナイフとかの可能性もあるけれど、気になる情報な事は確かである。そのドロップするレア種について、詳しく聞いてみる。
「その前の交戦した記録によると、動きの早い剣士型で、いきなり後衛の魔道士が斬られたってあるわ。
ただ、このレア種、滅多に出ないみたいよ?
自伝は沢山有るけれど、このレア種の記述があるのは2冊のみなの」
「それなら、第1ギルドの受付嬢に聞いてみるか。レア種の情報を持っているかも知れない」
取り敢えず、そのレア種が出現した前後の記述内容も聞いておいた。とは言え、36層で木材を採取して回っていただけらしいが……
問題なのは、またフィールド階層な事だろう。今度は墓地フィールドだとさ……亡霊型の魔物には物理攻撃が効かないので、魔法か魔力が籠った武器、もしくは僧侶系が必要らしい。手持ちの司祭のスキルを見直しても、アンデット系に効きそうなスキルは無いので、近いうちに覚えるのだろう。レベル30辺りが怪しい。
他にも『宝箱から曲刀を手に入れた』みたいな記述の本もあったらしいが、王都の図書館の蔵書であり、ヴィントシャフトのダンジョンではなかった。
現状では、第1ダンジョン35層辺りに出るレア種を狙うか、他の街のダンジョンギルドのレアショップで探してもらうか?
……アドラシャフトと王都なら伝はあるけれど、探してきてもらうのは、ちょっと厚かましいかなぁ。
なんて悩んでいると、リプレリーアに袖を引っ張られた。まるでオヤツでも強請る子供のように、屈託のない笑顔を見せると、手を差し出してくる。
「私が覚えているのは、これくらいね。さあ、資料を寄越しなさい!」
要求は子供らしくないな。ストレージから資料を取り出して……引っ手繰られる直前に、手を上に上げた。
それに釣られてリプレリーアも、カウンター越しに手を伸ばす。当然、身長差があり過ぎるので、ぴょんぴょん飛び跳ねても届かない。
「あっ! 意地悪しないで、それを寄越しなさい!」
「待った、待った。最後に一つ確認したいことがあるんだ。
リプレリーア、王都の図書館で、調べ物の人手が欲しいって話がある「行くわ!!」だけど。
はえーよ。もうちょい話を聞け!」
エヴァルトさんからの助手が欲しいという話を、掻い摘んで話した。先方に、『代理でいいか?』と手紙を出したばかりなので、返事待ちである。その為、まだ受ける気があるかと言う、打診の段階だ。
それなのに、リプレリーアは既に行ける気のようである。恋する乙女の如く、頬を赤らめてステップを踏んだ。
「あぁ……また、夢にまで見た図書館に行けるのね!
この幸運を、光の女神様に感謝の祈りを、捧グェ!」
興奮し過ぎて舞い踊ったのは良いのだが、チョーカーと繋がれた紐は回転に付いて行けず、首に絡まった。そして、締められた鶏のような声を上げ、紐に絡まりながら倒れ込んでしまう。
……セルフでSMするとは器用なやつ。いや、そんな色っぽい話でもなく、只のチャーシュー巻きになっただけだ。このまま出荷して欲しいのだろうか?
今までで一番不安になってしまった。人選を誤ったか?
取り敢えず、チャーシューを助け起こしてから、椅子に設置し直した。
「全く、頭は冷えたか?
打診の段階で、本決まりじゃないからな。それに、仮に先方が手伝って欲しいと言ってきても、今の仕事をどうするとか、御両親を説得するとかあるだろ?」
「ここの仕事なんて、今直ぐに辞めたって良いわ!
それに、私は成人しているもの、親の許可なんて要らないわよ?」
全然クールダウンしてない。セルフでチャーシュー巻きになっているのに、成人だから大丈夫とか、微塵も信用が出来ないな。父親のメディウス子爵(ツヴェルグ工房のオーナー)も心配していた事であるし、やはり許可は必要だろう。それに、心配事は他にもある。
「仮に図書館での手伝いが出来ると決まっても、王都ではどうやって生活するつもりなんだ?」
ソフィアリーセ様達も、平日は寮で暮らしているらしいので、学園に通っていた頃は寮住まいの筈だ。そして、退学になった今となっては、住むところも無いだろう。宿屋とかホテル暮らしをするにも、お金が掛かる。そんなところを危惧して聞いてみたところ、チャーシュー娘は胸を張って、自信満々に答えた。
「ふふんっ! 王都には別宅があるから平気よ。
ここの家と比べると、図書室も無い小さな家なのだけどね。本棚5つもあれば、最低限の生活は出来るわ」
生活をする上での論点が違いすぎる……本棚の数は関係ないだろうに。どう考えても、このお嬢様には一人暮らしは無理だ。
「はいはい、そうなると、別宅を使う許可を御両親に得ないと駄目だな。それと、身の回りの世話をしてくれる側使えとか、使用人とか居ないと、食事や服の用意も出来ないだろ?」
「……図書館の閲覧机で寝泊まりすれば十分よね。食事だって、本を読んでいれば一週間くらいは無くても平気よ!」
「それで、学園を退学になったのを忘れたのかよ!」
あまりの書痴っぷりに、俺の我慢の限界が来た。思わず、手に持っていた書類で頭を叩いてやった。
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