第316話 リスレスの信頼と、馬の嫉妬と騎士団本部
商談が一息ついた後は、和やかなお茶会となった。猫や猫族がのんびりと暮すドナテッラの話を聞いたり、逆に街のダンジョンについて話したり。
驚きだったのが、スティラちゃんがダンジョンに入りたいという事だ。レスミアの手紙を読んで、狩猫に憧れたそうな。
「ミーア姉ちゃんみたいに、シュバババッって〈不意打ち〉でやっつけるにゃ!」
「スティラ、自分の爪だと短いから、ナイフかダガーを使った方が良いよ」
……小学生サイズな猫族で、大丈夫だろうか?
同じ獣人で犬族のヴォラートさんは、大型犬でドーベルマンのような風体だった。如何にも、狩りが得意ですって感じだったが、スティラちゃんはその対極だよなぁ。家猫でマスコットといった感じである。
因みに、猫族の手に肉球は無い。毛深くてモフモフではあるが、人と同じ手をしている。もちろん、小さいけど爪も飛び出てくるので、引っ掻きくらいは出来るそうだ。
ソフィアリーセ様がスティラちゃんを抱っこして、楽しそうにお喋りしていると、扉がノックされた。扉を開けて入ってきたのは、護衛の女性騎士ではなく、ルティルトさんだ。
「お茶会中、失礼します。
お嬢様、今朝の件ですが、許可には本人が必要との事です。ザックスをお借りして宜しいでしょうか?
今日の昼休みであれば、対応してくれるそうです」
「あら? 貴女だけでは駄目でしたのね。ザックス、どうしますか?」
相手は第2騎士団の団長さんか。後日にするなら、面会予約が必要になるだろう。それなら、娘のルティルトさんも同行してくれる、今日の方がいいな。昼食を取る時間はなさそうだけど。
まぁ、ソフィアリーセ様はスティラちゃんに御執心なので、任せておけばいいだろう。ストレージから、俺の分の星泡のグラスを取り出し、レスミアに渡しておく。
「それでは、行ってきます。レスミアは、お客様のお持て成しを頼む」
「はい、任せて下さい!
あ、ザックス様の昼食はどうします? 簡単にサンドイッチでも作ってきましょうか?」
気を回してくれるのは嬉しいが、懐中時計の示す時刻は間もなく11時、移動時間を考えると猶予は無い。
「いや、時間もないから、ストレージに入れてある携帯食で済ませるよ。
それでは、一旦失礼します。ソフィアリーセ様、リスレスさん、スティラちゃん、ごゆっくりどうぞ」
軽く挨拶してから席を立つ。すると、何故かリスレスさんまでもが立ち上がった。
「ソフィアリーセ様、私も一旦商会に帰り、商品のリストとサンプルを取ってまいります」
「リスレス姉さん、お昼は準備しておくから、早く戻ってきてね」
「私はソフィお姉ちゃんと、おしゃべりしてるにゃー」
そんな声を背中に聞きながら、応接間を出た。玄関前に止められたバイクの前で、馬を取りに行ったルティルトさんを待っていると、後から出て来たリスレスさんに「ザックス君、ちょっと良いかしら?」と、声を掛けられる。
「レスミアの話から、どんな人かと不安もあったけれど、思ったより普通の人で安心したわ。ジョブとか魔道具とか驚きも多かったけど……。
それに、貴方達が上級貴族のお嬢様と、あそこまで仲良くなっているとは思わなかったわ。契約も結んだから大丈夫だと思うけど、レスミアの事を頼んだわよ。特にダンジョンは危険でしょう?
守ってあげてね」
「はい、お任せ下さい!
それと、レスミアも俺のパーティーに欠かせないメンバーですからね。頼りにしている面も多いですよ。これからも二人三脚で頑張ります」
「ににん……?」
おっと、二人三脚が通じなかったようで、首を傾げられてしまった。偶にレスミアもやる仕草だが、本当に似ている姉妹だ。取り敢えず、「お互い支え合う」と言う意味だと説明すれば納得してもらえた。
「後は、貴方のお店で使う食材を、ナールング商会で手配してあげましょうか?
妹の看板まで掲げているのだもの、身内価格で良いわ。ただ、その代わりに、貴方の開発した商品が欲しいわね。
あぁ、もちろんボールペンみたいな貴族の利権が掛かっていない物でね」
今のところ、アドラシャフトでまとめ買いした食材と、ダンジョンで収穫したもので賄っている。しかし、予想以上に売れ行きが良くて、小麦粉や卵、バターに砂糖といったお菓子の必需品の減りが早い。これらは平民街でも売っているので、在庫の心配はしなくていいのだが、問題は蜜りんごと、スタミナッツである。ダンジョン食材でありながらも、この街では採れないからだ。
……確かプリメルちゃんが貴族街のお菓子屋では使っていると、言っていたな。つまり、数量は少なくとも流通はしているはず。
ナールング商会で取り扱っていれば良いけど。
「今は時間がありませんので、後ほど相談させて下さい。それと、貴族の利権がない商品だと、コレしかないですね。ピーラーという、野菜の皮を向く道具です」
鍋やガラス瓶も作ってはいるが、汎用品だから見せてもしょうがない。他にオリジナルなのは、便利な調理器具として作ったピーラーしかないのだ。レスミアとベアトリスちゃんには、不必要だったけれど、料理が苦手な人には売れるかもしれない。他にも、包丁を持たせるには不安な、子供がお手伝いで皮剥きするとかさ。
ピーラーの使い方を説明しようとしたところ、白馬に騎乗したルティルトさんが戻って来た。
「待たせた。ザックス、私が先導するから、付いてきなさい」
「了解です。
すみません、リスレスさん。使い方はレスミアに聞いてください!」
ヘルメット代わりの雷玉鹿のキャップを被り、バイクに跨った。エンジンを始動せずとも、ハンドルから魔力を流すだけで動かせる。
……いや、今更気付いたけど、誰でも乗れるから盗難し放題だな!
バイクが普及する前に気付いてよかった。鍵がないと動かない仕様にしないと。
ルティルトさんを追い掛けて走り始めると、後ろからリスレスさんの驚く声が聞こえた。
「その魔道具も、何なのよ?!」
前を行く馬を追い掛けるのだが、意外に遅い。体感で時速10~20km、徐行くらいか?
砂漠で飛ばした経験から、バイクなら倍の速度が出せるだろう。ちょっと、ノロノロ運転で困る。
大通りに出たところで、馬に並走した。すると、馬が『ブルルンッ』と嘶き、俺の方に顔を向け速度を上げる。何故だか、ドヤ顔をされたような?
馬の気持ちなんて分からないけど……置いていかれないようにこちらも速度を上げる。
「ヴァイスクリガー、どうしたの、落ち着きなさい!」
ルティルトさんが首元を撫でると、落ち着いたように速度を落とした。それに合わせて、俺も速度を落とす。
「この子が、そのバイクに対抗心を燃やしたみたいなの。あまり近付いたり、並走したりしないように。
それと、速度も緊急時以外は、
速歩とは、先程までの速度の事らしい。それに従い、制限速度という認識に改めた。ルールというよりは、暗黙の了解に近いらしいけど。街中で
中央門でセカンド証を見せて通り抜けるのだが、少しの順番待ちをするだけでも、大分注目を浴びた。隣に貴族
……しまった、車体に白銀にゃんこのステッカーでも貼って、宣伝するべきだったか?
貴族街に入ると、馬車の往来が増えた。馬車とすれ違う度に、相手の御者と馬が、こちらを2度見してくるのはちょっとだけ面白い。中には止まってしまう馬まで居た。
こうしてみると、確かに離れて走らないと駄目だな。バイクが普及すれば、馬の方も慣れると思うが、時期尚早だ。
砦のように分厚い南門の中は、騎士団の本部になっているらしく、細い通路と部屋で構成されていた。ただ、防壁としての強度を下げないよう、部屋数は多くない。それでも、照明の魔道具で照らされた内部は、ビルの様であった。
……甲冑姿や、騎士服に武器を下げた人が歩いているので、普通の会社じゃないけどな。ヤが付く組よりも物騒だ。
そんな中をルティルトさんに連れられて、3階まで上がってきた。ここまでの途中、すれ違う人には良く挨拶をされていた。普段はソフィアリーセ様の護衛に徹しているが、第2騎士団、団長の御令嬢だったとはね。顔が広い訳だ。
そして、『第2騎士団 執務室』と書かれた部屋に案内された。中は机が並べられており、一番手前で女性騎士……と言うよりは事務員のような格好の人が振り返る。ルティルトさんの知り合いなのか、はにかんで軽く手を振った。
「あら? いらっしゃい、ルティちゃん。ここに来るのは珍しいですね、何かありました?」
「お久しぶりです。団長は居ますか?
試作ゴーレム馬の利用許可申請の話で、参考人を案内してきました」
「あ~、それなら、急ぎの仕事って言われて作ったところよ。はい、この書類持って、団長室へどうぞ。
私はお昼食べに行くから、後宜しくね~」
事務員さんは、書類をルティルトさんに押し付けると、手をヒラヒラ振って出て行ってしまった。人が少ないのは、お昼時だからか。
執務室の一番奥に、団長室はあった。重厚な扉をノックして、許可を得てから中に入る。団長室と言うだけあって、内装が豪華な個室であった。その奥のデスクで、一人の男性がペンを走らせている。男にしては長めの金髪に、端正な顔立ち、もう少し若ければ王子様と言われても不思議ではない男性だ。なるほど、美女なルティルトさんの父親は美男子か。遺伝子が仕事をしている。
「シュトラーフ団長、ザックスをお連れしました。それと、こちらが預かってきた書類です。後は、宜しくお願いしますね。私はランディロと昼食の予定が入っていますので……
ザックス、例の盾を」
「あ、はい。5の鐘が鳴ったら、こちらで消しますね」
特殊アビリティ設定を変更し、癒やしの盾を渡した。すると、軽やかに踵を返す。既に11時は過ぎているので、急いでいる様子である。扉に手を掛けた所で、シュトラーフ団長の声がした。
「ルティ、今日は一緒に夕飯でもどうだ?
偶には家族で過ごそうじゃないか」
「お父様、私は昨晩もお母様や、お兄様達と食事しましたよ? 仕事と言って帰ってこないのは、そちらではありませんか。
休日は、婚約者のランディロと逢瀬を重ねる貴重な時間ですもの。お父様とは、また来週に致しましょう。
では、御機嫌よう」
ルティルトさんは、履いていないスカートを摘むような仕草で一礼すると、するりと扉を開けて出て行った。
残された団長さんは、深く溜息を付く。
……重苦しい! 娘に冷たくあしらわれた父親って、なんて声を掛けるのが正解だ?
挨拶もまだなのに。
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