第315話 ソフィお姉ちゃんと商取引

 お茶会が始まり、紅茶とお菓子を薦めて、一息つく。その後は、いつものように簡易ステータスを見せたり、聖剣クラウソラスを見せたり、27層の攻略の証として星泡のグラスを見せた。取り分け羨ましがられたのは、ストレージだった。商人的に見過ごせないらしい。


「時が止まって、容量に制限がないアイテムボックスなんて、夢のようじゃない!

 ……ザックス君、ウチの商会に就職とか、専属で雇われたりしないかしら?

 お給料なら、月に100万円以上を約束するわよ」


「……お誘いは嬉しいですけど、お断りします。アドラシャフトの領主様と、貴族に返り咲くと約束していますので。

 それに、ソフィアリーセ様との正式な結婚も、貴族にならなければ許可が降りないでしょう」


 今でも数日間、ダンジョンで金稼ぎに集中すれば、100万円くらいは稼げる。ボールペンを量産したり、他の魔道具を開発したりすれば、もっと稼げるかもしれない。今更、荷運びの様な仕事には興味は惹かれなかった。

 丁重にお断りしていると、スティラちゃんの楽し気な声が聞こえてくる。


「このモチモチしたお団子美味しい!

 ミーア姉ちゃん、家に居たときより、料理の腕前が上がってない? ダンジョンにも入っているのに、凄い!」

「ふっふっふ~。そのお菓子の材料も、ダンジョンの27層から取ってきたの。スティラは砂漠に生えているサボテンって植物を知ってる?

 そのサボテンの下に実っている変わった桃なのよ。じゃがいもみたいに、土の下から取れるの」

「桃なのに木の上じゃないの?!」


 夢中でお茶菓子のモモモチを食べていたスティラちゃんは驚いて、フォークに刺さっている小さいモチを2度見する。そして、最後のひと口を名残り惜しそうに頬張った。しかし、よほど気に入ったのか、レスミアのお皿へ目を向ける。そんな様子を見たソフィアリーセ様が、自分の皿を差し出した。


「そんなに気に入ったのなら、私の分を差し上げましょう」

「わぁ、ありがとう、おね……ソフィアリーセ様!」

「……わたくしの事は、ソフィお姉ちゃんと、呼んで良いのですよ。結婚すればレスミアとは姉妹のようなものですもの。もちろん、スティラも義理の妹になりますから」


 ……ここで、お姉ちゃん呼びを定着させるか!

 そりゃ、俺が手紙に書いた事ではあるけどさ。貴族の御令嬢に対して、義理の関係とはいえ、『ちゃん』付けは良いのだろうか?

 思わず周囲の反応を見ると、リスレスさんは笑顔だけど、目が泳いでいる。マルガネーテさんとは目があった。苦笑しているのでセーフかな? いや、公的な場以外なら、と付きそうだけど。


 ……俺もアルトノート君にはお兄さんと呼ばれるのは、私的な場だけだからな


 レスミアもそれを見ていたのか、つられて苦笑していた。そして、戸惑っていたスティラちゃんに声を掛ける。


「スティラ、ソフィアリーセ様のお願い、聞いてあげて」

「まぁ、他の貴族がいる時は駄目だけど、家に遊びに来ている時くらいは、いいと思うよ」


 俺も補足して笑い掛ける。すると、少し恥ずかしそうに、猫招きの仕草をしながら、にゃあと鳴いた。


「……ソフィお姉ちゃん、ありがとうにゃあ」

「ええ! 宜しくてよ!」


 感極まったソフィアリーセ様は席を立ち、テーブルに身を乗り出してスティラちゃんの頭を撫でた。

 後ろでマルガネーテさんが、額に手を当てている。流石に、お嬢様らしからぬ無作法だったようだ。




 その後も、俺に関する話は続いた。ダンジョンだけでなく、普段の生活から、お店を開店したことまで。なんか、三者面談を思い出してしまう。

 ある程度話が進み、リスレスさんが手紙を書くのに十分な情報を得られたと満足した頃、ソフィアリーセ様が2枚の紙とボールペンを差し出した。それは、最初に話した、レスミアの待遇を保証すると言う内容の契約書だ。


「レスミアのお父様も商人なのよね? それなら、契約書を交わした方が安心なさるでしょう。

 内容を確認してから、下にサインなさい。

 ザックスは、ジョブを新興商人に替えて〈契約遵守〉の準備を」


 成る程〈契約遵守〉ならば、どれだけ遠くとも、違反すれば伝わる。遠く離れた隣国ならば、尚更ありがたいだろう。

 リスレスさんはじっくり目を通した後、妹達にもチェックさせる。その間にアイテムボックスを開き、自身のインク瓶とペンを取り出した。


「あ、リスレス姉さん、署名はボールペンで書いた方が早いよ。ホラ、これ。中にインクが入っているから、インク瓶が要らないの」


 レスミアが、契約書と共に置かれたボールペンを手に取り、キャップを外して使い方をレクチャーした。

 改めてボールペンを渡されたリスレスさんは、まじまじと見てから、署名し始める。そして、書き終わった後に、少し興奮した様子でレスミアに詰め寄った。


「これっ! 家の従業員が言っていた、インクが要らないペンの魔道具よね?!

 どこで手に入れたの? どこの工房の新商品?」

「わわっ……どこでって、開発したのザックス様ですよ?

 ホラッ、私も一本貰っているし」


 何の事かと思いきや、俺達がナールング商会へ赴いた時に書いた、面会予約の事だ。あの時、ボールペンで書いていたのを、対応してくれていた従業員が『変わった魔道具を使っていた』と報告したそうだ。流石は商家、目敏い。


 ギラギラとした目線がこちらへ向く。


「これは、商人が挙って欲しがるわ! 書類仕事が楽になるもの! 

 ぜひ、ナールング商会で取り扱わせて下さいませ!」


 レスミアから『リスレス姉さんは、お父さんより商売が上手』とは聞いていたが、確かに利益に貪欲な商人っぽい。

 どう断ろうと、口を開く前に、横やりが入る。


「お待ちなさい、リスレス。ボールペンは既に、ヴィントシャフト家と独占契約されています。

 知っているでしょう? 新しい魔道具は、貴族から普及させると。平民への販売は、ある程度普及した後になるでしょう」


 これは商人にとっても常識である。リスレスさんは落胆したものの、直ぐに営業スマイルに戻り、「かしこまりました。その時をお待ちしております」と返す。貴族案件だからか、切り替えが早い。用意されていたナイフで指を薄く切り、署名の上に血判を押した。


「あ、怪我を直しますね。〈ファーストエイド〉!」

「……本当に、僧侶の奇跡まで使えるのね」


 若干、呆れ声だったけど、いつもの事なので気にしない。続いて〈契約遵守〉で、契約を完了させた。同一の2枚の契約書は、レスミアの実家に送られる分と、ソフィアリーセ様が保管する分である。


「レスミアの実家に送るのなら、一緒に御礼の品も贈りましょう。何か要望があれば聞きますよ?」

「ボールペン……「却下します」

 それでは、ナールング商会に、ヴィントシャフト家との伝手を頂けますでしょうか?

 その、実家の方は現状手一杯なので、何かを頂いても持て余すと思います」


 レスミアの実家の状況について、簡単に話してくれた。要は家族経営なので、地元とナールング商会の商売だけで手一杯。さらに、上級貴族から御礼の品が届いたら、パニックになってしまうそうだ。返礼をどうするのかと。


「お父さんもお母さんも、都会は怖いって言ってたもんねぇ……にゃん」


 思い出すように言ったスティラちゃんは、慌てて語尾を付け足す。後で聞いた話だが、この語尾も都会の人の受けを良くする為に付けなさいと教えられたそうだ。

 確かに、お喋り出来る猫がにゃんにゃん言っていたら、それだけで可愛がりたくなる。



「私共ナールング商会は、ヴィントシャフト領内の東部の村町との商いに加えて、ドナテッラの食料品を輸入しております。ヴィントシャフト家や騎士団にて、ご入用なものが御座いましたら、是非ともお願い致します」


 ナールング商会は貴族街に居を構えているが、現在は貴族席に名を連ねている者は居ない。その為、住民税と借りている土地の利用税が、かなり高くなる。貴族街に住む事自体が特権階級的なステータスであるが、税金が払えなくなれば、平民街へと追い出されるので、住民はダンジョンの討伐や、お金稼ぎに勤しむらしい。


 領主様と、その騎士団と取引が出来れば利益も多く、万が一の後ろ盾になると言う訳である。


 そんな申し出であったが、ソフィアリーセ様は座ったまま手を挙げ、マルガネーテさんを呼び寄せると、扇子を開いた。扇子で口元を隠し、耳元に顔を寄せるマルガネーテさんと小声で相談する。


 そして、軽い音を立てて扇子が閉じられた。


「わたくしは、いずれ嫁ぐ身です。家の中での権限は元より、騎士団への決定権はありません。

 しかし、良い物があれば、お勧めする事くらいは出来ます。先ずは、わたくしの側使えが使うキッチンで、ドナテッラの食材を購入してみましょう。

 取り扱っている商品の目録を用意なさい」


「ありがとうございます!

 直ぐにサンプルと共に、御用意致します。

 あぁ、そうだわ。ドナテッラへ向かう中継点として、アドラシャフトを経由します。そちらの流行の商品も仕入れられますよ。

〈アイテムボックス〉!

 これは、アドラシャフトの新商品です。今日のお礼としてお受け取り下さい。化粧直しに使えますので、貴族女性に人気が出ると思います」


 そう言ってアイテムボックスから出てきたのは、見覚えのある紙束……


「あら? あぶらとり紙ね。

 これも、ザックスが開発したものよ」


 その直後、リスレスさんに、物凄い笑顔で睨まれた。いや、ロックオンされた?

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