第314話 定期報告と面談
改めて応接間へ行き、砂漠フィールドを攻略した事を報告する。すると、ソフィアリーセ様は、我が事のように喜んでくれた。
「まぁ! 難関の砂漠フィールドを攻略したのですね!
良くやりました!」
対面に座っていたソフィアリーセ様は身を乗り出すと、手を伸ばして俺の頭を撫でた。この年で撫でられるのは気恥ずかしいが、手を振り払うと拒絶したような気がする。笑顔が曇りそうで、甘んじて、なすがままにされた。すると、見かねたマルガネーテさんから助け舟が出された。
「お嬢様、ザックス殿が困っておいでですよ。その年頃の男性を子供扱いしては、いけません。男は見栄を張りたがるものです。そう云うのは他人の目の無い、二人きりの時だけにして下さいませ」
「存じています。でも、二人きりになるのは、結婚してからではありませんか。側使えの目ならば、無いものと同じよ。今日は、レスミアの妹を撫でまわすつもりですもの。ザックスで予行演習です。
それにしても、先週『追い付かれる』なんて話していたのに、もうレベル31。追い抜かされるなんて、思いもしなかったわ」
撫でていた手が離れ、乱れた髪を手櫛で梳かしてくれる。恋人のようなスキシップで嬉しいのだけど、マルガネーテさんの言うように人前では恥ずかしい……いや、猫を撫でつつ、毛繕いしているだけか?
「偶々、砂漠のレア種を討伐出来ましたからね。残念ながらレアドロップは出ませんでしたが、宝箱からは面白い物が、手に入りました。お昼に出すので、楽しみにしていて下さいね。
それとは別に、頼まれていたアレを作っておきましたよ」
恥ずかしさを隠すように話題を替える。そして、ストレージから出した、ケーキ箱をテーブルの上に差し出した。
「あら? 白銀にゃんこのロゴよね? 変わった箱ですこと」
「ああ、それは只の厚紙で作った箱ですよ。木箱よりも軽くて量産性があるので、レシピを作りました。
って、そっちではなく、中のボールペンです。トゥータミンネ様からレシピを買い取ったので、登録ついでに作ってみました」
「ボールペン?! まぁ!それは助かりますわ!
……この箱、どうやって開けるのですか?」
三角屋根のケーキ箱は初めて見るようで、箱ごと持ち上げてしまっていた。そういえば、店番をするメイドコンビにも、最初は実演してみせたな。
組み立て式を知らなければ、三角屋根を崩して開けるとは、分かり難い。構造は単純なので、一度見せれば直ぐに覚えられるけどね。お客さんに渡す際にも、中身を見せてから、目の前で組み立てるようにしている。
ケーキ箱を開けて見せると、後ろに立つマルガネーテさんからも感嘆の声が聞こえた。ソフィアリーセ様も、屋根部分を組み立て直したりしていたが、構造を把握すると中身のボールペンを取り出す。
「以前に頂いた物より、見栄えが良くなりましたね。
ええと……全部で15本ですか、全て買い取りましょう。幾らになるの?」
「ああ、いえ、それは献上品ですよ。
貴族の方々への仲介販売していただくので、お礼代わりです」
流行は上から流すものと、トゥータミンネ様に教わった。かといって、ヴィントシャフト領の貴族には伝手が領主一家にしかないし、貴族対応も出来るとは言い難い。お任せするのが一番なのだ。
因みに、レシピでは20本作れるが、ウチのメンバーに1本ずつ配ったので、5本少ない。
……ウチの店、白銀にゃんこで売ろうにも、客層が平民ばかりだからなぁ。
「ダンジョン攻略にもお金は掛かるのに……もっと、わたくしを頼りなさい」
そう言って、胸に手を当てる。胸を張っている様子は、まるで『お姉ちゃんに任せなさい』と、姉ぶっている様に見える。
「そうね……お母様が派閥のお茶会で紹介してから、問い合わせの手紙が増えているの。もう少し数があると助かるわ。
追加で30本程、発注してもよろしいかしら?」
「ええ、喜んで受けますよ。今日の午後にでも調合しておきましょう。ただ、レシピでまとめて作れる本数が20本単位なのです。40本で……いえ、いっその事100本くらい、まとめて作っておきましょうか?」
部品単位で調合してから合体させなければならない。結構、手間が掛かるが、午後いっぱい掛ければ出来るだろう。
そう算段を立てて提案したが、首を振られた。
「それは多過ぎね。先ずは身内や、仲の良い方を優先して売り出すけれど、希少な物と印象付けたいの。
希少価値を付けて、割高にね。
在庫として持っていると売りたくなってしまうから……そうね、40本でお願いするわ。
マルガネーテ、発注書を書いて頂戴。それと、このボールペンを1本、貴女に
「ありがたく、頂戴致します」
後ろに居たマルガネーテさんが、ソフィアリーセ様の横に跪き、
ウチのメンバーは、フォルコ君以外は、大分緩い。いや、一緒に暮らしている仲間に、堅苦しい対応をされたくない俺のせいでもある。アドラシャフトの離れでは、立ち振舞の練習をしていたのに、こっちに来てからはダンジョン優先で、さっぱりしていない。
追々、付け焼き刃でも良いから、ああいった振る舞いを出来るようにしないとな。
部屋の端には、側使えや給仕用の小さいテーブルと椅子がある。議事録を取ったり、お茶の準備をしたり、休憩したりする用途に使われるのだ。今日は発注書の作成に、マルガネーテさんが座った。
その間俺達は、この後の打ち合わせをする。手紙で状況は伝えておいたが、手札の確認は必要だ。
「相手は商人ですもの、利があると見せれば、主導権を握れるでしょう。このボールペンは、丁度良いタイミングでした」
暫く話をしていると、マルガネーテさんが戻って来た。その手にはケーキ箱と、紙を持っている。
「ご歓談中、失礼致します。お嬢様、発注書の確認と書名をお願い致します。
それと、この箱の中に、変わった紙が入っておりました」
「あら、本当ね。ボールペンに気を取られていて気付かなかったわ。
……試し書きの紙にしては、随分薄い紙ね?」
「すみません。俺の説明漏れですね。それも献上品……トゥータミンネ様から頂いた、あぶらとり紙のお裾分けです。化粧直しに使うと良いそうですよ」
あぶらとり紙の使い方や、簡単な経緯を話しておいた。俺でも作れなくはないが、かなり面倒なうえ、ご近所迷惑になる。アドラシャフトからの輸入をお勧めしておいた。
「貴方も色々と開発するわね。本職の錬金術師に嫉妬されるわよ」
「いえ、前にいた世界の物を、こちらでも作れないかと試しているだけですけどね。まぁ、便利なものほど、その構造や、設計図に書けるほどの知識が無いのが残念ですけどね」
「あんな物、こんな物が欲しいと、空想するのが錬金調合ですもの。イメージが足りないのではなくて?」
……スマートフォンとか、パソコンみたいな電子機器は、どう足搔いても無理だけどね。
ともあれ、あぶらとり紙は喜んでもらえたようだ。後ろに控えるマルガネーテさんも、興味津々といった様子で話を聞いていたし、宣伝は成功だな。
そんな話の途中で、扉がノックされた。扉が少し空き、外で立哨していた女性騎士が来客を告げた。
「失礼します。レスミア様と、その家族がお見えです」
「入室を許可します」
家の前で、お姉さんを待っていたレスミアが、戻って来たようだ。その後ろには、リスレスさんとスティラちゃんが続いて入ってくる。取り分け、リスレスさんは殊更に笑顔を作っている様に見える。無理もないか。その視線は、ソフィアリーセ様に向かっていた。
先ずはホストである俺から、紹介しないと。
「お待ちしておりました。リスレスさん、スティラちゃん。今日はよろしくお願いします。
先に、ご紹介します。こちらは、領主様の御息女、ソフィアリーセ様です。俺とレスミアの婚約がどうなるのか心配して、お越し下さいました」
俺の紹介を聞くやいなや、リスレスさんはその場に跪いた。その様子を見て、スティラちゃんも遅れて貴族への礼を取る。
……猫がちょこんと座って礼をするとか、可愛い!
「お目にかかれて、光栄にございます。
私はレスミアの姉、リスレスと申します。この街のナールング商会へ嫁ぎ、故郷であるドナテッラとの交易を商いとしております。ヴィントシャフトの発展のため、尽力致しましょう」
「妹のスティラです!
お父さんの代理で来ました見届け人です……にゃん」
なんか、取って付けたように語尾が『にゃん』になっているけど、可愛い。ソフィアリーセ様も、目を奪われたように、スティラちゃんの笑顔を向けていた。
その後ろに居たマルガネーテさんが、軽く背中を叩く。
「……コホン! エディング・ヴィントシャフトの娘、ソフィアリーセ・ヴィントシャフトよ。
レスミアと同じく、ザックスと婚約予定なのは聞き及んでいるでしょう?
ただ、これは彼女の蔑ろにする訳では無いわ。愛人ではなく、第2婦人として遇する事を約束します。ねぇ、レスミア?」
「はい! 休みの日には、お茶会を開いてますよ。今でも、姉妹みたいに接してくれますし」
レスミアを手招きしたソフィアリーセ様は、その頭を猫耳ごと撫でる。アレは妹扱いしたいだけなような……いや、憶測で言っては台無しになるので、黙っておこう。
仲睦まじい?様子を見たリスレスさんは、安堵の息を吐いてから、顔を上げた。
「上級貴族であらせられるソフィアリーセ様の御配慮、有り難く存じます。私としても、妹が長々と惚気ける程、惚れ込んでいますので、反対するつもりはありません。
ただ、ザックスさんについて、人となり等を教えて下さいませんか?
婚約相手がどんな方なのか、父に手紙で知らせなければんりませんから」
レスミアが惚気けまくっていたらしいが、内容の所々が御伽噺のようで、信じて良いのか迷っていたそうだ。
……恋は盲目とか、恋愛フィルターが掛かるなんて言うからな。
俺としても、誇張されていないか心配だ。
「はい、私も知りたい! にゃ。
お兄ちゃんは、英雄みたいに強いって、本当なのかにゃん?」
「うふふ、ザックスの話は人伝に聞いても、首を傾げるような内容が多いのよね。実際に見たほうが早いわ。
さぁ、2人ともテーブルに付きなさい。お茶に致しましょう」
斯くして、俺とレスミアの婚約の承認はあっさり終わった。
席に着いた二人には、新しく紅茶とお茶菓子が並べられる。斯くして、身内(予定)のお茶会が始まった。
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