第313話 ゴーレム馬車とバイクの違い

 おもてなしの準備はレスミアとベアトリスちゃんに任せ、俺は庭先で待ちながら作業をする事にした。

 ストレージから、試作魔導バイクを取り出す。砂漠で無茶をしたせいで、砂まみれである。〈ライトクリーニング〉で浄化してから、各部の点検を始める。


 事故った訳でもないので、フレーム等に変形や歪みは無い。細かい傷はあるが、これくらいはしょうがないだろう。

 前後の車輪の中心であるゴーレムコアも問題無い、多分。普通に回転するし、傷等もないからな。ただ、ブレーキの効きが悪かった。車輪に押し付けているブレーキパッドが、かなり目減りしている。これは、高温な砂漠の環境で、何度か急ブレーキを掛けたせいだろう。あまりの高温で溶けて擦り減ったようだ。


 そして、タイヤも擦り減りが酷い。タイヤの溝が殆ど消えかかっている。これも、高温の荒野を長時間走った事と、砂漠でスタックさせた事が原因だろう。


 取り敢えず、使用感を書き出し、問題点を洗い出す。推測出来る原因や対策も報告書としてまとめた。

 砂漠で使うなんて、想定していないとか、苦情が来るかも知れないが、要は信頼性試験(高温+環境)と同じだ。砂漠の高温を3時間走った負荷は、真夏の何日、何ヶ月分かに相当するだろう。具体的な計算は、分からないけどな!

 直ぐに擦り減らなくても、夏場に長時間稼働すれば、似たような症状になると思う。


 ついでに、フォルコ君の改善案として、バッテリー(魔水晶)も記載しておいた。

 次にアドラシャフトへお使いに出す時にでも、一緒に持って行って貰おう。バイクのメンテに出すのも、その時で良いか。


 報告書を書き終えたあとは、タイヤの掃除をする。刺さっている石を取り除き、溶け込んでいる砂を削り取る。空いた穴は〈メタモトーン〉で溶かして埋めた。

 最後に彫刻刀で溝を彫れば終了だ。ジグザクに彫ってみたり、横溝を適当に追加したりする。タイヤ溝のパターンなぞ覚えちゃいないからなぁ。




 そんな作業をしていると、家の前に馬車が止まった。いや、馬車とは別に、白馬に騎乗しているルティルトさんが見える。門のドアノックをしていたが、家の者が出迎える前に俺が門を開けた。

 御者のお爺さんに挨拶して招き入れ、馬車に続いて入ってきたルティルトさんにも挨拶する。珍しく鎧姿では無い。いや、私服?は初めてだな。馬に乗るせいかズボンスタイルで、上もトレーニングウェアのように動きやすい格好だ。貴族らしくオシャレではあるけど。


「ああ、出迎え御苦労。

 うん? 先週の約束を覚えているとは丁度良い。それを借りに来たのだ」


 何のことかと思いきや、その視線は背中に背負ったままの、癒やしの盾に向けられている。先週の約束で思い出した。ルティルトさんが年下の婚約者に会いに行くのに、貸して欲しいと頼まれていた。恐らく、今週も僧侶の都合が付かなかったのだろう。鎧を着ていないのは、護衛も休みに違いない。


「ええ、もちろん貸しますけど、その前に騎士団絡みの相談がありまして……そちらを先にお願いできますか?」

「今日は休暇なのだがな……仕方がない。

 おっと、先にお嬢様のエスコートを」


 先に行った馬車が、玄関前に停車した。

 慌てて駆け寄り、馬車の扉を開ける。そして、キザったらしい挨拶を交わしてから、降りるのに手を貸した。

 今日のソフィアリーセ様はすこぶる上機嫌で、貴族の笑顔を通り越して、満面の笑みである。其れもそのはず、


「お手紙を読みましたわ。レスミアの姉妹が来ているのですって! 楽しみで、楽しみで、早く来てしまったわ!

 うふふ、レスミアとの婚約の件は、任せておきなさい!」


 手紙に『レスミアとの婚約が承認されれば、猫族の妹ちゃんも、義理の妹になりますよ』と、記載しておいたのである。

 ソフィアリーセ様なら無条件で手伝ってくれると思っていたが、予想以上の喜びようだ。


 ……権力を良いように使ってしまう気分だけど、俺の時よりは正攻法だよね?


 とは言え、まだ8時半。先に相談事を済ませる事にした。丁度、玄関先にバイクを転がしたままなのである。


 乗ってきた馬車を厩舎の方に移動させてもらい、空いた庭でデモンストレーションを実施した。バイクがどのような代物で、街中を走行してもいいか意見を貰う。御者のお爺さんや護衛騎士までもが興味深そうに見てくる。

 その中には、ルティルトさんの乗ってきた白馬も居た。どう反応するかも見たかったのだ。


「ふむ、変わった形のゴーレム馬と考えれば良いのか?

 見てみなさい。このくらいならば、私の愛馬は大丈夫であるよ。

 ヴィントシャフト騎士団の馬は、魔物と遭遇しても平気なように調教してある」


 ルティルトさんは馬の首筋を撫でながら、自慢げに笑う。

 確かに、馬から見える範囲を走行すれば馬も反応するが、こちらを一瞥するだけだった。家の馬のように怯えたりはしていない。


「でも、ルティ? 軍馬以外の馬はどうするの?

 商人が使うような馬は怖がるかもしれないわ」

「そうですね……では、天狗族の例を真似てみてはいかがでしょう?

 天狗族が街中で空へ飛び上がったり、降りたりする場合、人や馬から距離を取るように義務付けられています。

 このバイクの魔道具が走る場合も、極力離れる様にすれば良いかと」


 天狗族とは、この街に来た直ぐに見かけた、羽の生えた種族だ。街中だと、よく郵便配達で飛び回っている。男はムキムキな大柄で、猛禽類を思わせる大きな翼を持っており、その一方で女の天狗族は華奢な体格をしている。女性の色とりどりの綺麗な羽は、小鳥を連想するな。

 鳥の翼を持つという共通点以外は、別種族と言われても可笑しくはない男女差な種族だ。


 閑話休題。

 話は騎士団に許可を貰う方向で進められた。万が一街中で事故ったり、他の馬が暴走したりした場合に、話が通しやすいからだ。


「仕方が無い。私が騎士団に話すとしよう。

 ただ……馬との違いや、乗り心地を知っておいた方が、説明がしやすい。私にも乗り方を教えてもらおう」


 仕方が無いと言いつつも、目がワクワクしたように輝いている。さっき走って見せた時も、食い入るように見ていたからな。

 バイクの乗り方を教えるのも4人目である。ブレーキ等の機構を簡単に説明し、バランスの取り方をレクチャーした。おっと、ブレーキの効きが悪い事も教えておかないと……




「この魔道具、良いわね! 気に入ったわ!!」


 一頻り庭をぐるぐると走り回った後、戻って来たルティルトさんは破顔した。そりゃ初めてで、これだけ走れれば面白いだろう。


 最初こそ足でバランスを取っていたが、見る見る間に乗りこなしていった。教えもしていないのに、カーブでドリフトまがいの事までしている。直線ではかなり速度を出していたので、既に庭では狭そうだ。

 今まで乗った誰よりも上手いのには、心当たりがあるらしい。


「ええ、間違いなく騎士が覚えるパッシブスキルのお陰ね。〈騎乗術の心得〉、これを覚えてから、乗馬が上手くなった感じにそっくりよ」


 〈騎乗術の心得〉について詳しく聞いてみると、〈弓術の心得〉と同じく、自動補正してくれるスキルらしい。ただ、驚くべきは、それだけではない。騎乗した動物と、心を通わせる事が出来るらしい。動物の言葉が分かる訳では無いが、『右へ行きたい』と念じれば、馬が意を組んで曲がってくれるし、逆に馬から『疲れた』とか『撫でて欲しい』と、考えているような気がするそうだ。


「流石に魔道具からは、何も感じ無いわ。けれど、転ばないように、バランスを取ってくれているようなの」


 因みに、馬だけでなくロバや牛、豚などにも騎乗すれば、心を通わせられるそうだ。ただし、魔物と人以外の動物(中型サイズ以上)のみ。

 学園で、畜産に役立てないかと色々研究をした教授が居たらしく、魔物は馬型であっても駄目。他にも四つん這いの人に跨がったり、おんぶしたりしたが、駄目だったと研究記録が残っている。


 ……人に騎乗って……いや、セクハラだな。


 〈礼儀作法の心得〉をセットしてあるけど、そんな力を借りずとも口にしないって。そう言えば、これも心得系か。

 そんな話で盛り上がっていると、話の切れ目で御者のお爺さんが、おずおずと挙手をした。


「お嬢様方、従僕の身で不躾じゃと思うが、儂からも質問があるんじゃ。良いですかのう?」

「……ゴーレム馬車を操る貴方なら、気付く事もあるでしょう。発言を許します」

「なぁに、簡単な疑問じゃよ。その魔道具はどれくらいの魔力で動かせますかの?

 儂の動かしてきたゴーレム馬車は、結構な大食いでのう。魔導師であっても、半日動かすのが精々じゃ」


 お爺さんは、ゴーレム馬車を指差すと語った。餌や水も要らず、疲れ知らずで南門の長い坂(立体駐車場的なスロープ)を登れる頼もしい馬車なのだが、あまり普及はしていない。その原因の一つが消費魔力である。


「俺は砂漠で3時間位走って、最大MPの4割くらいかな。いや、途中で休憩したし、そもそも〈MP自然回復量 極大アップ〉を付けていたから、具体的には分からないけど」

「また、訳の分からないスキルを……ザックスは参考にならないな。

 先程、私が乗っていた時間はどれくらいだ?」

「ええと、大体20分くらいはですかね?」


 正確に測っていた訳ではないが、時折、懐中時計で時間をチェックしていたので大体で答える。猫姉妹が来る時間になっていないかチェックしていただけだ。ソワソワ……


 それから、御者のお爺さんがバイクに乗ろうとして、ひっくり返ったり、ルティルトさんがゴーレム馬車を動かそうとしたり、検証を重ねる。ついでにソフィアリーセ様もバイクに乗りたがったが、「スカートのまま乗るつもりですか? はしたないです」と、マルガネーテさんにお小言を貰って、扇子で赤い顔を隠していた。




 俺もゴーレム馬との比較に参加していたが、気が付くと9時半になっていた。そろそろ、時間が無いのでお開きにする。

 短時間の検証ではあるが、動かすのに必要なMPは、ゴーレム馬の方が4倍ほど多いと分かった。ゴーレム馬車は2頭引きなので、計8倍である。馬車という重りを引っ張るのだから、燃費が悪いのは当然だけど、予想以上に多かった。


 これは推測だが、バイクのゴーレムコアは回転させているだけに対して、態々わざわざ馬を模して、4つ脚を動かすのでロスが大きいのだと思う。


「では、私はバイクを借りて、中央門の騎士団詰所に行って来るよ。この時間なら、お父様が居るはずだ」

「ルティのお父様は、第2騎士団の団長をされているのですよ」


 第2騎士団……街の防衛担当だったか?

 そこの団長の家族とは、やっぱりお嬢様だな。


「アドラシャフトの試作魔道具なので、他の人には触らせないで下さいね。見ただけでは分からないと思いますが、錬金術師にも極力見せないで下さい」

「ああ、心得た!」


 昼食は婚約者君と食べたいから、早めに済ませてくると言って、バイクに乗って出て行った。

 置いて行かれたルティルトさんの愛馬が、少し寂しそうに背中を見ていたのが、少し気になるけど……心を通わせた相棒だからかなぁ。

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