第311話 激励の勾玉と紫陽花迷路
一通りジョブの確認を終え、休憩も取れたところで出発する。砂漠フィールドの中心地である最後の転移陣は、隣の小高い山だ。ソリで滑り降り、勢いに乗れば三分の一くらいの高さまで登れた。後は歩きである。
えっちらおっちら、砂を踏み締めて登る。今までの道中で散々砂山には登ったけれど、この高さは初めてだ。勾配も中々キツい。中腹まで登る頃には、プリメルちゃんがヘバッていた。
「もう、むり~。テオ背負って」
「この坂を背負っては無理だろ! 後少し頑張れ!」
既に、テオが背中を押して登っている状態である。ヴォラートさんも、ピリナさんの背中を押しているので、手は空いていない。ソリに乗せて引っ張るのも手ではあるが、この勾配では少し怖いな。
頂上付近の花畑で採取中の、レスミアを呼び戻すか? あのブーツなら、プリメルちゃんを背負っていても、余裕で登れるだろう。上からロープを降ろしてもらうのも良い。
……いや、その前にアレを試しておこう。
「みんな注目! これで元気が出るかも知れないよ。
〈赤き宝珠の激励〉!」
対象が指定出来るようなので、プリメルちゃんを選択する。すると、右手に集めていた魔力を消費して、赤く光る光の玉……いや、『9』の字のように尻尾があるので、形状的に勾玉か?が出現した。
赤く光る勾玉は、プリメルちゃんの上に向かって浮かんでいく。高さは10m程か。そこで一際、赤く光り始めた。
「何これ……なんか、ヤル気が出て来たかも?」
「あーホントだ。アタシも、もうちょっと頑張れそう」
赤い光を見上げていたプリメルちゃん達が、背中を押されずとも、自分の足で登り始めた。
確かに、あの光を浴びていると、ふつふつとやる気に火が付いたかのようだ。ブラストナックルで攻撃して、〈ヒートアップ〉するような、高揚感とは違う。何というか……声援を貰って、奮い立つような。なるほど、激励か。
英雄の存在が周囲を激励するのか、それとも周囲の激励で英雄が奮い立つのか。どちらにせよ、らしいスキルだ。
激励の勾玉は、指定したプリメルちゃんを追尾して動く。赤い光に背中を押されるようにして坂を登り、遂には頂上へと辿り着いた。
そして、頂上の真ん中には、光っている魔法陣が地面に描かれている。次の階層への転移陣だ!
それを見つけたプリメルちゃんが、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ。
「やっふ~! 出口だ~!」
「プリメル、頑張ったね~。いえーい!」
「ふふん、登ってみれば楽勝。まだ行ける」
「いやいや、お前らあんだけヘバッてたのに。ザックスの出したアレのお陰だろう?」
「まぁまぁ、自分の足で歩いたのだから、良いじゃないか。俺もスキルの試し打ちで、効果も実感出来たからな」
女性陣の上には、赤い勾玉が光ったままである。発動から30分近く経過しているので、他のバフスキルよりも効果が長い事が分かる。
このまま切れる時間が知りたくなるが、俺以外は暑い思いをしている為、下の階層に降りる事となった。
まだ採取をしていたレスミアに声を掛けると、ホクホク笑顔で戻って来る。その手には、大袋が抱えられていた。頂上付近は砂漠の薔薇の群生地であるが、取り過ぎなくらいだ。
「大量に取れたので満足ですよ~。これで、寒い冬も安心です!
プリメルと、ピリナにはお裾分けどうぞ」
「良いのかい? 助かるよ」
「わーい、ありがとね!」
手掴みでジャラジャラと渡していた。今回の合同パーティーでは、ドロップ品は山分け、採取品は各自の物となっている。とはいえ、移動優先だったので、採取しているのはレスミアのみ。分け与えるのも、レスミアの裁量である。
大荷物をストレージに預かり、皆に転移陣に乗るように声を掛けた。
魔法陣の光が強くなっていく。そんな時、ヴォラートさんが転移陣の外で手を振っていた。
「ボラ爺! 早く入らないと!」
「こういう転移陣はパーティー用だ。私は自分の〈帰還ゲート〉で先に出る。ギルドの受付で待ち合わせしよう。
ザックス、帰りは頼んだぞ」
「はい! お疲れ様でした!」
光に包まれると、景色が一変した。
灼熱の砂漠から、シトシトと小雨の降る緑の小部屋へ移り変わる。周囲は背の高い生け垣に囲まれており、色とりどりの紫陽花が咲いていた。
「わぁ、綺麗な花が沢山……それに、涼しくて良いですね」
「只の紫陽花みたいだな。罠でもないし、家の生け垣に使ったレッドロビンと同じか」
レスミアに誘われて、壁際の紫陽花を見に行った。〈宵闇の帳〉が解除されて、外套のフードも脱いでいるので、半日ぶりに顔が見える。ついつい、目で追ってしまう。
そんな時、後ろからくしゃみが聞こえた。
「くしゅん! くしゅん!」
「プリメル大丈夫? 涼やかな北風は解除した?」
「あー、うん。切った。なんか疲れた~」
その声に、俺もブラストナックルの設定を解除した。すると、周囲の気温が感じられるようになる。いつもは暑くもなく寒くもない、春の陽気なダンジョンであるが、この階層は雨が降っているせいか、少しだけ肌寒い。
図書室の情報によると、28層と29層は紫陽花の生け垣で作られた迷路の階層らしい。雨が降ったり止んだりする、梅雨のような天気が続くそうだ。
そして、プリメルちゃんが寒そうにしている原因に気が付く。
「よし、全員集合!
〈ライトクリーニング〉を掛けて身綺麗にしたら、さっさと出よう。
まだフリッシュドリンクの効果が続いているせいで、肌寒いかも知れないから、女性陣は外套を着たまま帰ると良い。
後、テオはプリメルを背負ってあげなよ」
「ああ、今日は頑張ったもんな。ホラ、背中に乗んな」
「ありがと」
転移したら〈赤き宝珠の激励〉の勾玉も消えていたので、バフ効果が切れた影響もあるだろう。追加で使う手もあるが、帰り道のギルドで目立つよな、あの勾玉。
結局、テオが背負うほうが手っ取り早いのだ。全員を浄化してから〈ゲート〉で脱出した。
「ふむ。プリメルが疲れているなら、家に帰るか?
打ち上げは、また後日でよかろう?」
「いーや!ベアトリスのお菓子食べ放題だもん。行く!!」
「まぁ、食欲が有るなら大丈夫じゃね?
ボラ爺はコイツ背負って、先にザックス達の家に行ってくれ。
俺は依頼の納品に付き合うからな」
ギルドの受付でヴォラートさんと合流し、ちょっとしたイザコザはあったものの、プリメルちゃんの主張で打ち上げは決行に決まった。
決まり手は『ベアトリスが、料理やお菓子を準備して待っているのだから、延期は勿体ない。早く行こう』だそうだ。
……いや、ストレージに格納できるから、延期しても無駄にはならないけどね。まぁ、意外と元気になっていたので、別に良いか。
女性陣とヴォラートさんを先に帰し、残りの男性陣で依頼の達成報告へ向かった。既に18時を回っているので、買い取り所は混雑していたが、カウンターはガラガラである。
カウンター奥の机で書類仕事をしていたアメリーさんにお願いして、報告をした。
「はい、確かに大きい陽光石ですね。依頼のあったグランツ討伐の証であるドロップ品と確認しました……けれど、サイズが大きいですね?
もしかして、尻尾にも花が咲いていませんでしたか?」
「ええ、尻尾の陽光石から、光を出してくる強敵でしたよ。事前に集めた情報にはなかったので、苦戦しました。な?」
「ああ、バフで強化した盾を構えていて、喉を焼かれるとは思わなかったぜ」
それを聞いたアメリーさんは、ゴソゴソと書棚を漁り、ファイルを確認し始めた。その間に、他の職員に指示を出して、陽光石(大)の重さや直径を測り始める。
そして、一通り確認が終わってから、大銀貨の乗ったトレイを持ってきた。
「どうやらザックスさんが討伐したグランツは、強化個体だったようですね。私も長い事、受付嬢をやっていますけど、初めて見ましたよ」
レア種であるグランツは特殊な生態をしており、一定量の陽光石を食べると強くなっていくそうだ。
春先から陽光石の需要が少なくなり、討伐されずに長生きすると、偶に出現する。その時は騎士団が討伐に乗り出すそうだ。
俺達の戦った尻尾に花有りの個体だと、推奨レベルは40以上。あの硬い陽光石の甲殻は、ランク7か8の風魔法でないと厳しいらしい。
道理でランク3の〈ストームカッター〉では、効きが悪いわけだ。
「27層を攻略する普通のパーティーでは危なかったのですよ……特殊なザックスさんの夜空に咲く極光パーティーで良かったです。
こちらが依頼の報酬である50万円で、これは強化個体討伐の追加報酬30万円です。
どうぞ、お納めくださいませ」
……結果オーライかな。
報酬が増える分には助かる。テオと分け合って大銀貨4枚ずつ手に入れた。
「そうだ。今回の依頼は、テオのパーティーと合同で討伐したんです。ギルドへの貢献も分けて加算して貰えますか?」
「それと! 戦士のレベルが30になったんだ! いつでも騎士の叙勲を待っているぜ!」
テオがカウンターに身を乗り出して、アピールし始めた。簡易ステータスを出して、アメリーさんに迫る。
しかし、流石は受付嬢、手慣れた様子で捌き、簡易ステータスを見てから営業スマイルを返した。
「はい、承りました。テオさんも30になったので、候補入りですね。もちろん、ザックスさんとベルンヴァルトさんもですよ。
貢献が貯まり次第、ギルドから声を掛けますので、今後も頑張って下さいね」
騎士団に所属しているなら兎も角、無所属の探索者な俺達は、騎士叙勲して貰える最低値がレベル30というだけである。要はまだまだ功績が足りないと言うことなのだろう。前に30層のボスドロップで稼げって、言われていたからな。
「俺達がここに来てから、一月も経ってねぇからな。流石にまだ無理だろ」と、ベルンヴァルトは残念そうにもしていないが、期待していたテオは目に見えて落胆していた。
その後、帰路に付きながら、テオの愚痴に付き合った。まぁ、愚痴が言えるくらい元気なら、〈赤き宝珠の激励〉は要らないな。目立つので街中では使わないけど。
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