第309話 戦利品は甘露な星の泡

 〈敵影感知〉の反応が消えると共に、白いワンコ達の姿も霧散し始めた。スキルの効果時間は戦闘終了までだったようだ。頼りになったので、感謝の意味を込めて手を振ると、最後に「ワン!」と吠えて消えて行った。そして、首に付けていた鈴だけが残り、チリンチリンと音を立てて、転がる。

 事前準備が必要なのは注連縄だけではなかったのかな? 確か〈神楽鈴の群狼〉ってスキル名のはずである。鈴を召喚媒体にしているのかも知れない。

 その鈴を拾い、暑さも限界に近いのでブラストナックルを再装備してから、皆と合流した。




「おーい! 何とか勝てたな!

 ……こっちは凄い有り様だけど、そんな激戦だったのか?」

「あー、いや、全力でぶっ叩いたら、呆気なく潰れただけだ。勝てたのは良いが、最後が呆気無さ過ぎだな」

「ハハハッ、二人で同時にスキルを叩き込んだお陰だろ!

 それとさ、ザックス。悪ぃんだけど、また例の浄化を頼めるか? 返り血が臭くてよ」


 ビュスコル・グランツの頭は、飢餓の重棍で叩き潰されていた。と言うか、今も刺さったままだ。スイカ割りをハンマーで行ったかのように陥没し、周囲に肉片が飛び散っている。もちろん、ベルンヴァルトとテオの外套も、青い血や肉片で汚れきっていた。レスミアが鼻を摘んで逃げる程度には、臭い臭気が漂っている。周囲が暑いせいで、アッという間に腐敗したのかも知れない。


 二人に〈ライトクリーニング〉を掛けてから、一人だけ汚れていないヴォラートさんへ鈴を返した。


「おお、拾ってきてくれたのか。助かる。使い捨てにするには、ちと高価なのでな」


 只の鈴かと思いきや、素材が金で出来ている特注品らしい。スキル〈神楽鈴の群狼〉で呼び出す眷属は、発動媒体の鈴のレア度で強さが変わる。レア度Bの金ならば勇敢な大型犬だけど、レア度Eの鉄だと臆病な小型犬になってしまうそうだ。


 ……それはそれで、需要はありそう。小型犬で子供の遊び相手とか。プリメルちゃんとか、今でも騎乗出来そうだ。


 それと、後衛の女性陣は、魔法の使い過ぎで疲れたらしく、ヴォラートさんが休憩所に戻らせたらしい。俺達もドロップ品を回収したら、休憩に一旦戻るつもりである。



 しばらくして、ビュスコル・グランツが霧散していく。周囲の臭いも一緒に霧散していって一安心。臭いから逃げていたレスミアだったが、一目散に坂を降りていった。そして、こちらへ向かって手を振る(正確には暗幕が、くねくねしている)。


「宝箱が出ましたよ~!」


 その声に、俺達も駆け下りた。

 手を振るレスミアの近くには、総鉄製で銀の縁取りの宝箱……鉄の宝箱と、黒い槍が刺さっている。



 レアドロップのグランツラムダの重槍かと、期待に胸を膨らませて、近寄ってみると…………見覚えのある黒豚槍、フェケテシュペーアだった。

 ただ単に、突き刺したまま回収していなかったのが、死体が消えて落ちて来ただけである。


「ドロップ品はこっちですよ。ホラ、私じゃ持つのもやっとな大きさの陽光石!

 普通の100倍くらいあるかもですよ!」


 宝箱の陰に隠れていたようで、レスミアが転がしてくれる。それは、バスケットボール大の陽光石だった。



【素材】【名称:陽光石(大)】【レア度:D】

・レア種であるビュスコル・グランツが陽光石を食し、貯め込んだ大石であるが、通常の陽光石と性質は変わらない。

 魔力を少し込めると、ほんのりと暖かい熱を発するので、冬場の暖房に使われる。しかし、大き過ぎて使う場所に困ることも。大きな邸宅が無い人は、細かく砕いて使おう。



 ノーマルドロップか、残念。それでも、依頼は達成なので、ギルドの評価は上がるだろう。

 もう一つの成果である宝箱に目を向けると、テオがガチャガチャ開けようと悪戦苦闘していた。


「あっ、クソ! この宝箱、鍵掛かってやがる!

 仕方ねぇ、上の蓋をぶっ壊して……」

「待て待て! 鉄の宝箱なら、トレジャーハンターのスキルで解錠出来る!」


 剣を引き抜こうとしたところで、慌てて止めた。スカウト役のヴォラートさんは解錠スキルを持っていないらしく、今までは、鍵の掛かった宝箱は破壊していたそうだ。

 そう言えば、鉄の鍵が余っていた事を思い出す。俺には、もう必要がないので、いるか聞いてみると、二つ返事で喜んでくれた。


「鍵なんて、なかなか出ないから助かる。相場より割増でも買うぜ」

「ボス部屋の周回をしていると、偶に出るんだけどな。〈アンロック・アイアン〉」

「鍵付きの物は、大抵良い物が入っていますから、楽しみですよね~。せーのっ!」


 いつの間にか、宝箱の正面に陣取ったレスミアの音頭で蓋を開けた。すると中には、また箱が入っている。マトリョーシカ?と、首を傾げてしまったが、見た目は宝箱ではない。貴族が使っているような装飾が施された木箱である。

 躊躇するレスミアの横から手を伸ばし、蓋を開けてみると、ワイングラスが6脚入っていた。


「わぁ……素敵な模様」


 手に取ったレスミアがうっとりと眺める。脚の細いワイングラスには、全体に細かい気泡が閉じ込められており、星空のような模様を描いていた。



【魔道具】【名称:星泡のワイングラス】【レア度:C】

・ガラスの中に細かな泡を閉じ込めたワイングラス。魔力を込めると、泡が星のように輝き、中に入れた液体に炭酸を充填する。



 ……炭酸を込める魔道具!? 炭酸が飲み放題!

 夢のような効果に驚き、ついでに〈相場チェック〉も掛けると、1脚100万円だった。


 それらの情報を皆に教えると、揃って手に持っていたワイングラスを両手に持ち直した。その様子にヴォラートさんが、笑ってテオの肩を叩く。


「ハッハッハ、宝箱を壊して開けんで良かったな、テオ。備えあれば憂いなしとは、こう言うことだ」

「おう、これを1つでも割っていたら、洒落にならなかったな」


 しかし、喜ぶ皆とは対象に、ベルンヴァルトは早々に箱に戻していた。それと言うのも、炭酸は普段エールを飲んでいるので、有り難みは少ないそうだ。


「それに、このグラスは小っちぇだろ。足りねぇって。やっぱり酒は、デカい小樽で一気飲みが一番だぞ」


 デカい小樽とは矛盾した名称であるが、容量が1リットルくらいの小さ目の樽に、取っ手を付けたコップ?である。

 呑兵衛仕様なのは、置いておいて、炭酸の使い道に気付いていないようだ。


「容量は移し替えるなり、何度も飲めば良いだけだろ。それよりも、酒にとって炭酸は重要じゃないか? 炭酸割りは定番だろ」

「ああ、家の親父がサイダー水竹で、ウイスキーを割るのが好きだったな」

「おいおい、詳しく教えろよ」


 テオが言うように、水筒竹が変異したサイダー水竹は流通している。ただし、流通量が少ないので、平民にまで出回らない。ダンジョン産なので、自分か家族が取ってこられるようでなければ、飲む機会は少ない。


 取り敢えず、ウイスキーやブランデーを炭酸水で割ったハイボールを教えておいた。ついでに、スパークリングワインとか、強炭酸ビールなんてのも、CMで見た覚えがある。飲んだことは無いが、まぁ炭酸を込めれば似たような物だろう。


「手持ちのワイン樽や、エール樽で試してみたらどうだ?

 爽やかで口当たりが軽くなるから、暑いときには最高だぞ。多分」

「おしっ! 休憩所に戻って一杯試そうぜ!」


 そう言うと、坂を登って行ってしまった。休憩を入れたいのは皆一緒なので、戦利品をストレージに回収して、後を追う。

 その途中でテオと相談し、ワイングラスは3個ずつに分ける事になった。


「後はよ、実家への報告に見栄え良くしたいからさ、箱も貰って良いか?」

「ん? 箱は何の効果もない、只の箱だから構わないよ。ああ、そうか。高級品だから箱付きなのかね?」


 ワイングラス用なのか、内側には赤い布張りで、クッションも入っている。確かに見栄えが良いだろう。実家への報告に見栄えも気にしないと行けないのは、大変だけど。


 話しながら坂道を登り、休憩所へ向かうのだが、テオが遅れだした。


「すまん。戦闘で疲れたせいか、身体が重くてな。先行って良いぜ」

「……重い? あっ!テオのジョブを、戦士に戻したままだ。すまん、すまん。重戦士じゃないから〈装備重量軽減〉の効果が無いんだよ。

 ほら、騎士ジョブの為に、戦士レベル30を目指していただろ。良かったな、達成だ!」


 〈緊急換装〉で特殊アビリティ設定を変更し、ジョブ5つに、経験値増4倍をセットしていた。レア種の経験値は多いに決まっているからな。倒す直前に、倍率を上げておくのは定番である(状況が許せば、だけど)。

 今回はベルンヴァルトからもジョブ変更を頼まれていたので、テオのジョブも一緒に変えておいた訳である。


「おい、マジか! ……マジじゃねぇか!! 戦士レベル30になってる!?」


 テオも自分のステータスを見たのか、歓喜に震えている。上で皆が待っているので、ジョブを重戦士に変更して、背中を押してあげた。

 因みに、戦士はレベル30でENDマークが付いた。ついでにジョブの詳細を見せてもらう。



【ジョブ】【名称:戦士】【ランク:1st】解放条件:基礎Lv5以上、武器を使用しレベルを上げる

・前衛系の基本ジョブ。重い金属製武具を装備しパーティーの盾となり、物理攻撃役になる。反面、魔法攻撃は出来ず、魔法防御力も低いため魔法を受けると脆い。上位職は複数の候補があり、戦闘スタイルに合わせてクラスチェンジしよう。


・ステータスアップ:HP小↑、筋力値中↑、耐久値中↑、敏捷値小↑

・初期スキル:二段斬り、二段突き

・習得スキル

 Lv 5:受け流し、挑発

 Lv 10:耐久値中↑

 Lv 15:フルスイング

 Lv 20:筋力値中↑

 Lv 25:一刀唐竹割り、脳天割り

 Lv 30:骨砕き【NEW】、剣術の心得【NEW】

 END



【スキル】【名称:骨砕き】【アクティブ】

・体内に浸透する打撃ダメージを与える。その際、骨及び外骨格へのダメージが増える。



 脳天割りに続く、打撃武器用のアクティブスキルである。外骨格にも効くとか、ビュスコル・グランツ戦に欲しかったよ!



【スキル】【名称:剣術の心得】【パッシブ】

・剣類全般における、武器の扱いを補正する。



 〈弓術の心得〉の剣バージョンのようだ。弓の方で、補正の強さは十分に知っている。これがあれば、誰でもお手軽に達人になれる? なんて考えが頭を過ったが、レベル30で習得している時点で、お手軽じゃないな。




 休憩所では、小休止を兼ねて、ワイングラスで乾杯した。もちろんお酒ではなく、りんご水から作ったりんごサイダーである。流石にお酒は帰ってからの宴会に取っておけと、自重させた。


 りんご水を星泡のワイングラスに注ぎ、脚から魔力を流す。すると、グラスの気泡が瞬くように光り、液体の中にも炭酸の泡が登り始めた。

 MPの使い過ぎで、ぐったりしていたプリメルちゃんも、これには食いついて来た。


「シュワシュワで、美味しい。しかも、綺麗。お代わりちょうだい。お菓子も!」

「アタシもお願い。プリメルに〈マナドネ〉してたからMP少ないのに、炭酸を追加したくなっちゃう!」

「ほいほいっと、好きなだけ飲んでいいけど、帰ってから宴会があるのを忘れるなよ~」


 スタミナ回復用に、お菓子も出しておいたのだが、俺の言葉に女性陣が葛藤し始めた。ここの暑さでは生菓子は出せないからな。今日一日で、焼き菓子は結構食べているはずなので、別のお菓子が食べたくなったのだろう。

 まぁ、後は丘1つ登るだけなので、その分だけ体力が回復すればいいさ。



 休憩がてら、皆にステータスを確認するように伝えた。経験値増と修行者の〈獲得経験値 中アップ〉のお陰で、基礎レベルが31にまで上がっている。元が28なので3つも上がり、レベル10毎のステータスアップは精神力が1ランク上がっている。乱れ緋牡丹相手に魔法を被弾したせいかもしれない。


 もちろん、セットしていたジョブも軒並み30超えだ。現在のステータスは以下の通り。


【人族、転生者】【名称:ザックス、16歳】【基礎Lv31、村の英雄Lv30E、軽戦士Lv31魔道士Lv31、トレジャーハンターLv31、修行者Lv30E

 HP  C □□□□□

 MP  C □□□□□

 筋力値C

 耐久値D

 知力値C

 精神力C【NEW】

 敏捷値C

 器用値D

 幸運値C


 ボス討伐証:AL371ダンジョン20層●、KM284ダンジョン20層●

 アビリティポイント:2/45

 所持スキル

・特殊アビリティ設定→

 (以下省略)




 『レベル30E』ってカンスト?! しかも、村の英雄と修行者、2つも!




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近況ノート……オマケの裏話を更新しました。

いえ、特に近況で書くことは無いのですが、砂漠フィールドでは宝箱が2つ出てきましたので、宝箱関連の裏話をまとめました。2300文字もあるので、普段の更新の半分くらいですねw 豪華小ネタ4本立てです。

読まなくても本編には影響無いので、暇な人だけどうぞ。

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