第308話 輝く猟師蠍の取り方は犬が教える

 大鋏の一撃を受け流す事に成功はしたが、無理をしたせいで左腕が痛む。〈ホーリーシールド〉と〈付与術・耐久〉の二重掛けでも、無傷とはいかなかった。


 ……それでも、今ここで、ビュスコル・グランツを抑えられるのは俺しかいない!


 気合を入れ直し、敵が動き出す前に、周囲に向かって指示を出す。


「俺が引き付ける! ヴァルトとテオは下がって、回復急げ!

 花背負ってオシャレのつもりか! 頭まで花畑だな!」


 〈挑発〉を掛けると、レーザーのような光が、こちらを向いた。火傷する様な光量に晒されて、無事に戦えるのはブラストナックルで〈熱無効〉の俺だけである。スキルのお陰か、光を直視しても、然程眩しくない。


 ……スポットライトに照らされて、気分はプリンシパルってな!

 いや、4本腕のサソリドラマーが殴りかかってくるので、格闘技の試合か? 武器4本持ちとはヒール役に違いない。


 ファイティングポーズを取り、振り下ろされた2本目の大鋏を〈フェザーステップ〉で大きく回避する。巨大な大鋏が砂地を叩くと、爆発したかのような衝撃と砂が飛び散る為だ。ギリギリのラインで回避しては、余波で体勢が狂う。


 そして、続けざまに、小鋏が俺を挟み切ろうと突き出だされた。着地を狙われたので避けようがない。右手で打ち払うようにして、受け流した。ついでに左手が〈カウンター〉を入れる。

 しかし、土管脚と同じく、陽光石の甲殻なので硬い! 

 〈防御貫通 中〉が付いている筈なのに、ヒビすら入らない。いや、腕の痛みで打撃力が落ちているせいかも知れないか。しかし、効果は薄くとも、攻撃をしないと不味い状況なのだった。



 元々、盾役の2人が掛かりで抑えていた相手である。外側に2mは超えそうな巨大な大鋏を一対構え、その内側には細くて長い小鋏(普通のサソリよりも大きい)が一対。

 それらが、ドラムでも叩くように波状攻撃を仕掛けてくる。大鋏は質量がデカすぎて、盾無しで受け流すのは御免だ。回避一択である。

 小鋏は破壊出来ない以外は、相手はしやすい。しかし、大鋏の隙を埋めるように攻撃してくるのが厄介である。


 俺は、この怒涛の波状攻撃を、何とか回避し続けていた。言わずもがなであるが〈フェザーステップ〉による回避行動、そして〈ミラージュフェイント〉による撹乱だ。

 小鋏をカウンターしたり、攻撃の素振りを見せたりすれば、確率で残像がフェイントを掛けてくれる。これにサソリが引っ掛かり、大鋏の攻撃を外してくれるのだ。


 なので過信は出来ないが……サソリは目が悪いのか大抵引っ掛かって、攻撃が分散する。その為、波状攻撃に緩みが出来るのだった。



 スキルの助けを借りて、ひたすらに回避し続けた。身体だけでなく頭をフル回転させ、2手3手先を読んで、避ける安全地帯を見極める。カウンターで小鋏を殴る度にテンションも上がっていく。


 徐々に、サソリと俺以外の情報が削ぎ落とされていく。スポットライトの光も感じなくなり、サソリも大鋏と小鋏以外の部分すら認識しなくなる。大鋏の振り下ろしが遅く感じられ始め、思考が加速し4手、5手先を考える。

 途中で〈ヒールサークル〉の光で腕の痛みが消えるが、集中しすぎて回避とカウンターしか頭になかった。後から反省したが、余裕があった時に〈ファイアマイン〉や〈アデプト・シェラー〉を仕掛ければ、もうちょっと、楽だったかも知れない。


 そして、何十分も戦い続けたような錯覚に落いった時、不意に鈴の音が聞こえた。

 その音を切っ掛けに、唐突に加速していた思考速度が、現実へ引き戻される。それに合わせて、身体の動きも鈍った。一瞬、どっちにステップを踏んだら良いのか迷い、回避が遅れる。そこに大鋏が振り下ろされ……


「〈ダブルワーリィ・バイト〉!」


 後ろから黒い影が、飛び込んできた。俺を庇うように立ち、振り下ろされる大鋏を、真剣白刃取りのように両手で受け止める。

 その瞬間、黒いアギトが大鋏を噛り付いた。午前中、ヴォラートさんが使っていた〈ブラック・バイト〉の比ではない。陽光石の甲殻諸共に、巨大な大鋏の半分が、抉り取られた。

 流石に応えたのか、ビュスコル・グランツが「キシャーー」と鳴き声を上げて、攻撃が止まる。ついでにスポットライトも消えた。


「良く耐えた。少し交代しよう」


 ヴォラートさんに優しく声を掛けられると、途端に身体が重くなった。集中しすぎて、疲労も忘れていたようだ。


 そんな俺の横を、白い物が鈴の音を鳴らして通り過ぎていく。サモエドのような大型犬が5頭、ビュスコル・グランツ目掛けて走っていた。

 予想外すぎる光景に驚いていると、


「ああ、私のスキル〈神楽鈴の群狼〉で呼び出した眷属だ」


 ……概要だけ教えてくれた、神使狼のスキルか!


 2匹のワンコが小鋏に飛び掛かり齧り付く。動きを押さえたところを、別の2匹が小鋏の腕に跳び乗る。そのまま根本へ綱渡りして行き、ビュスコル・グランツの顔に飛び掛かった。

 齧り付き、爪で引っ掻き攻撃をしている。見かけはモフモフワンコなのに、甲殻を破壊しているのは、流石サードクラスのスキルだ。


「サソリの目を潰してませんか? 強い……」

「うむ、私と同じ攻撃力を持った眷属である。単純な命令しか聞かんが、アレくらいは容易い」


 ぶっちゃけ、俺のカウンターより攻撃力あるだろ。モフモフのワンコに嫉妬すると同時に、ワシャワシャ撫でて褒めたい欲求に駆られる。



 しかし、ビュスコル・グランツもやられているばかりではなかった。尻尾の花が光り始め、懐中電灯の電源が入る。そして、頭に齧り付いているワンコに照射された。


「あっ! 犬達が……下がらせた方が良いのでは?」

「なに、心配はいらん。元より命ある物ではないからな。

 ……そろそろ頃合いだ。レスミアの嬢ちゃんが、残る脚を壊すぞ。」


 そう言って、俺が2本脚を破壊した側面を指差す。釣られて目を向けると、白いワンコの最後の1匹と、黒い暗幕が最後の脚に攻撃を仕掛けていた。


 レスミアが〈不意打ち〉で、甲殻に大きな切れ込みを入れ、そこにワンコが噛み付いて引き剥がす。更に、レスミアが追撃して、中の肉を切り裂いた。

 それを何度か繰り返し、遂には太い土管脚を切り倒す事に成功する。

 しかし、ビュスコル・グランツが脚を失った方へ倒れ掛かった……のだが、半壊した大鋏を地面に突き刺し、堪えてしまった。


 更に、無事な方の大鋏を薙ぎ払う。狙いは最前列の俺達だ。巨大な大鋏が、地面に残る〈グランドファング〉の瓦礫を弾き飛ばしながら迫る。


 ……あの薙ぎ払いは、俺じゃ受け止められん。後か前に逃げるか?


 しかし、それよりも先に、ヴォラートさんが歩み出た。両手を腰溜めに構える。やる気だ。先程見せたスキルならば、これくらいは逃げる必要も無いのだろう。

 もう一度、サードクラスのスキルが見えると、不謹慎ながらもワクワクしたのだが、邪魔が入る。


「〈カバーシールド〉!

 これは、盾役の仕事だろ!!」


 ベルンヴァルトが滑る様にして横入りし、大鋏の薙ぎ払いを大盾で受け止めた。ただ、流石のベルンヴァルトでも質量差から押し負ける。足元が砂で踏ん張りが効きにくいのもあるのだろう。その背中をヴォラートさんが押さえて、2人掛かりで押し止めた。


 ……丁度良い位置だ!


 俺は停止した大鋏に駆け寄り、手を触れてスキルを使用した。


「〈アデプト・シェラー〉!」


 大鋏の甲殻が半分消え失せ、中身の肉が露出する。触った箇所から関節の所までが効果範囲らしいので、稼働するハサミの半分のみ。それでも十分だ。


「良く分からんが、俺も混ぜろ!〈一刀唐竹割り〉!」


 そんな声と共に、上からテオが降ってきた。落下エネルギーを加えた大上段の振り下ろしは、露出した肉を切り落とす。


 ……これで、両手の大鋏を破損させた。小鋏は既にワンコが破壊して、骨っ子状態。後は、擱座させれば!


「ヴァルト! 残った腕に〈フルスイング〉だ!」

「おう!任せろ! ……〈フルスイング〉!!」


 持っていた大盾を手放し、飢餓の重棍を両手持ちで振りかぶる。そして、場外ホームラン確実な勢いで、大鋏をバッティングした。



 勿論、飛んでいく訳では無い。狙いは、〈フルスイング〉のノックバック効果だ。8本脚が健在ならば、少々ノックバックしても、倒れることはない。しかし、今は片側4本全損、片手で支えて何とか倒れていないだけ。そんな状態でノックバックに耐えられる訳がなかった。


 数m後ろに吹き飛んだビュスコル・グランツは、擱座どころか、腹を地面に付けて倒れ込む。尻尾の懐中電灯も消えた。チャンスである。


「レスミア! 上に乗り込め!

 ヴァルトは、スタン狙いで頭に〈脳天割り〉!

 テオは、右の大鋏の破壊! 立てなくしろ!

 プリメルはジャベリンで尻尾を狙え!」



 矢継ぎ早に指示を出した。それに便乗したテオが、後ろへ声を上げる。


「プリメル! 練習の成果を見せてやれ!」

「テオ、うっさい! 今度こそ!!

 〈魔攻の増印〉〈ウインドジャベリン〉!!!」


 プリメルちゃんが、充填済みの魔法陣を掲げて、狙いを定めていた。

 後で聞いた話だが、背中や尻尾の花を狙って〈ウインドジャベリン〉を連打していたのに、その尽くが外れたそうな。曰く「サソリの奴、攻撃の度に動くし、あんな離れてるし!」だそうだ。


 そして、擱座したビュスコル・グランツは動けない格好の的になった。ついでに、尻尾の花は力無く垂れ下がっている。

 そこへ、打ち出された風の投げ槍が、吸い込まれる様にして命中した。ただし、中央の陽光石ではなく、花の付け根辺りだ、惜しい!



 それを視界の端で見ながら、俺はソリで滑り降りていた。砂の斜面で速度を上げる。狙いは倒れたまま、前に投げ出されている大鋏だ。大鋏の直線に位置するようにコース取りして、そのまま腕に乗り上げジャンプした。


 勢い付いたソリは跳び上がり、背中にまで届いた。着地と同時にソリから飛び出し、受け身を取って転がる。何とかセーフ。硬い地面での受け身を練習しておいて良かった。ちょっとだけ、ウベルト教官に感謝。

 起き上がると、すぐ横を2匹の白いワンコが通り過ぎて行く。しかも、こちらを見て「ワン!」「キャン!キャン!」と吠えて、急かすよう。

 ワンコに先導されて、背中の中央に生える薔薇へ向かった。



 薔薇の花弁や周囲には、幾つもの穴が開いている。恐らくプリメルちゃんの〈ウインドジャベリン〉だろう。ただ、中心の陽光石には傷一つ無い。


 その陽光石から、魔法陣が浮かび上がる。倒れたままだが、ビュスコル・グランツが魔法を使うつもりらしい。尻尾の懐中電灯も、弱々しく光量を落として点灯する。


「私は尻尾の花を落とします!」


 横合いから急に現れたレスミアは、尻尾へと走っていく。尻尾の下の方は、太くて切れないからだろう。尻尾を壁に見立てて駆け登っていく。

 負けてはいられない!


「充填完了前に壊すぞ! 〈ウインドジャベリン〉!」


 背中の陽光石目掛けて、風の投げ槍を放った。

 この距離ならば、外す筈もない。見事ド真ん中に突き刺さる……が、魔法陣は消えない。破壊には一歩足りなかったようだ。


 先に薔薇に辿り着いたワンコ達が、花弁を壊し始めた。花びらに爪を立てて引っ掻き、噛み付いて引き剥がす。どうやら、陽光石までの道筋を作ってくれているようだ。


 その時、地面が揺れて、斜面が水平に戻った。どうやら、ビュスコル・グランツが復帰したようである。後ろからは、戦闘音が再開した。〈グランドファング〉の魔法陣はデカいので、充填は3割、まだ大丈夫。


 ……あの陽光石、硬さが甲殻と同じなら、殴っても撃ち抜けない。どうする?

 素の攻撃よりも、スキルの上乗せが良いだろう……それなら!


「〈緊急換装〉!」


 予定よりも早く、装備変更した。ブラストナックル消え失せ、虚空に黒豚槍が出現する。それをグローブ無しの素手で掴み取り、構え直して走る。


 ……暑い! 〈熱無効〉無しはこんなにもキツかったか!


 ドリンクも、外套も、携帯クーラーの涼やかな北風も無しである。少しの間だと、気合を入れてスキルを使った。


「〈稲妻突き〉!」


 紫電を纏った槍の一撃が、陽光石を貫いた。〈ウインドジャベリン〉で開けた穴に、寸分賜わず突き刺さる。

 程なくして魔法陣が消え去り、陽光石が真っ二つに割れると、薔薇の花が崩れ落ちた。


 そして、すぐ近くに何かが落ちてくる。尻尾の先端の薔薇だった。釣られて上を見ると、尻尾の先に暗幕がくっついている。レスミアが細い所を切り落としたようだ。




 ……いや、まだ終わってない! 〈敵影感知〉の反応はまだあるし、背中の陽光石を破壊しても、弱体化するだけだ!

 止めを刺さないと。


 ステータス画面を開いて、ベルンヴァルトのジョブを変更、ついでにテオのも。


「ヴァルト! 集魂玉スキルで頭を潰せ!

 レスミア! 背中の弱点は?!」

「薔薇の咲いていた真ん中です! 今、ワンちゃん達が掘っている所!」


 ……弱点の位置を『ここ掘れわんわん』とか、優秀だな!


 崩れ去った薔薇の残骸を、掘って除けてくれている。その御厚意に甘えて、真ん中に槍を突き立てた。すると、易々と穂先が根本まで突き刺さった。

 今までの硬さが嘘のよう……そこで思い至る。陽光石からマナの供給が減って、強度が下がったのかも知れない。

 ともあれ、刺した状態から〈稲妻突き〉を使用して、深々と突き入れる。

 しかし、槍の半ばまで刺さったのに、まだ倒せない。タフすぎる。魔法に切り替えるか?

 いや、いっその事ハンマーで柄尻を叩いて杭打ちするか?

 そんな考えが過ぎった時、上から声がした。


「ザックス様、退いて! 私が押入れます!」


 咄嗟に下がり、ワンコ達と並ぶ。そこに暗幕が、舞い降りた。尻尾の上から飛び降り、槍の柄尻に体重を載せた蹴りを入れたのだろう。

 何時かサソリ相手にやったなと、デジャヴを感じた。


 今回は高さが数倍である。その分だけ威力が高くなり、槍が柄尻までめり込んだ。それと同時に、後ろの方からも、破裂音が響いた。ベルンヴァルト達の攻撃だろう。打撃の衝撃で足元の蠍が震える。

 この2つが止めとなり、ビュスコル・グランツは倒れ伏した。

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