第307話 大地の顎
見上げた空は、殆どがサソリの腹だった。
……俺の真上に跳び上がった?!
その意味を悟り、一目散に範囲外へと向かった。連続ステップで逃げるのだが、影の下からは中々抜け出せない。上からの圧力を感じた時、ようやく日の光見えた。脚と脚の隙間に違いない。そこへ向かって、ダイブして飛び込んだ。
……のだが、思いの外、飛距離が出なかった。〈フェザーステップ〉ではなく、普通にジャンプしたせいで、砂の踏み締める事が出来なかったのだ。
咄嗟に手を突いて前回り受け身を取るも、回転した視界に、落ちてくる土管脚が目に入った。
全身を殴られた様な衝撃の後、何かに伸し掛かれる。咄嗟に左手のスモールレザーシールドを掲げたお陰で、我慢できる程度……HPバーの1割ダメージですんだ。各種バフと、〈シールドガード〉の防御で、衝撃を半減できるお陰である。
最も、土管脚が伸し掛かっているせいで身動きが取れない。
……他の皆は無事か?
視界に移るパーティーメンバーのHPバーを見ると、ベルンヴァルトとテオも2割程ダメージを受けている。ここからでは見えないが、俺と同じくボディプレスに巻き込まれたか。
女性陣が無事なら良い。男共は頑丈だからな。
そんな事よりも、先ずはこの状況をどうにかしないと……追加スキルに入れていた〈ヒール〉を使おうとして、良い考えが浮かんだ。
……検証用に入れたスキルは、接触していないと使えない。丁度、お誂え向きの状況じゃないか!
右手に魔力を集めて、土管脚を触ってスキルを、発動させる。
「〈アデプト・シェラー〉!」
かなりの魔力が消費された次の瞬間、陽光石のような土管脚の甲殻が消え失せ、下からは白っぽい蟹(みたいな)肉が出てくる。そして、横に土管が現れて、砂の斜面を転がっていった。
これぞ、エイヒレの甲殻が剝けるなら、サソリも剥けるんじゃね?作戦だ!
スキルの鑑定文には、生物には使えないとは記載されていなかったので、甲殻系の魔物には効くかもと考えた訳である。
【スキル】【名称:アデプト・シェラー】【アクティブ】
・熟練した殻剝きで、瞬時に殻や甲殻を剥き、分別する。
TVで車海老の踊り食いを見た覚えがある。調理的に、生きたまま殻剥きはあるものだと推測して、検証した次第である。
……蠍なんて食べたくないけどな!
範囲魔法くらいにMPを消費したが、接触していた所から、関節までの甲殻を剥ぎ取れた。次いでに、
「〈ブラッドウェポン〉!」
ブラストナックルが赤黒いオーラに包まれる。この効果が切れるまでの一定時間、敵に与えたダメージ分だけ俺のHPを回復するのだ。〈ヒール〉の魔法陣を充填するより、スキルの方が早い。
目の前の蟹脚に、手刀を突き刺した。両手を突き刺して、蟹肉を縦に割いて開いていく。ブラストナックルも発熱したままなので、ジュウジュウと焼けて香ばしい匂いが立ち込める。割いて細くなったら、握りしめて焼き切った。
この攻撃が効いたのか、ビュスコル・グランツが立ち上がり始める。
上へと逃げる前に、肉の中にあった軟骨らしき物を捩じ切って、ようやく脚を1本破壊した。
〈ブラッドウェポン〉のオーラも消え去り、HPも全快に戻って痛みも消えている。サソリ肉で回復したようで微妙な気分になるけど、気にしたら負けか……
「〈ヒールサークル〉!」
上の方からピリナさんの声が響いた。見る見る間にベルンヴァルト達のHPバーが回復していく。
しかし、ビュスコル・グランツが立ち上がった事により、大鋏の攻撃も再開されたようで、打撃音が響いてくる。回復したHPバーが、またもやジリジリと削られ始めた。
それと、〈ウインドジャベリン〉らしき光が上の方を飛んでいくのが見えたが、魔物の動きに変化はない。上からの弱点、背負った薔薇狙いも上手く行っていないようである。
……脚の破壊を急がなくては。
動けなくすれば、遠距離から魔法で仕留められる。盾役の献身を無駄にしないために、別の脚に向かった。
「〈エアカッター〉!」
風の刃が、白いサソリ肉を両断した。切り離された脚が青い血を吹き出しながら、砂の上に転がり落ちていく。
2本目は、かなり早く破壊できた。〈アデプト・シェラー〉で甲殻を剥ぎ取り、弱点属性でぶった斬る。〈ファイアマイン〉は内側から爆破するのが目的だったので、内側が剥き出しなら、弱点属性の方が良いだろうと、試してみたのだ。
こちら側の脚は、後2本。大分グラついているので、どちらか1本でも壊せば、自重に耐えきれずに擱座するだろう。
そんな算段を付けて、手に魔力を込め始めた時、上から悲鳴が聞こえた。
「キャア!! うっ……ゴホッ!ゴホッ!」
思わず上に目を向けると、黒い暗幕が落ちてくる。レスミアだ!
咄嗟に身体が受け止めようと動くが、〈猫着地術〉の存在や、俺自身がブラストナックルで発熱中だった事を思い出して急ブレーキ。その合間に、砂の上に落下した。予想通り、暗幕は受け身を取っていたのか、跳ね回ってから、砂の上を転がった。
「レスミア! 無事か?!」
HPバーの減りは1割未満なので、軽症だと思う。しかし、返事が帰ってこない。ずっと咳き込んだままなのだ。流石に心配になり、追加スキルに入れていた〈ヒール〉を使用する。
効果があったようで、咳き込みが止まった。レスミアは息を整えながら、声を聞かせてくれた。戦闘中だけど、ホッとする。
「助かりました~。あの尻尾の光、かなり危険です!」
なんでも、ビュスコル・グランツがボディプレスを仕掛けて来た際に、背中へと飛び移っていたそうだ。そして、折り畳んでいた尻尾に〈不意打ち〉したものの、こちらも太く固くて、切り落とせず。立ち上がった尻尾の攻撃を喰らって下に落とされたそうだ。
戦闘中なので、掻い摘んで聞いた。ただ、肝心な『尻尾の光』とやらの話の前に、ヴォラートさんの声が響く。
「サソリの魔法陣が完成する! 盾役以外は離れろ!!」
事前の打ち合わせで、何の魔法を使うか知っている。俺とレスミアは、ビュスコル・グランツから距離を取るべく離れた。
因みに、盾役は離れず耐える予定である。盾役まで逃げたら、後衛の方にまで広範囲魔法が届く可能性があるからだ。
俺は効果範囲から逃げるけれど、サブ回復が出来るような距離に移動する。脚狙いの側面から、大鋏の横辺りだな。
おおよその距離を取ったところで、ビュスコル・グランツの上から光が走る。その直後、ビュスコル・グランツの全周囲の地面から、衝撃波と共に石の牙が突き出した。1.5mはありそうな、鉤爪状の牙である。辺り一面に、獣の下顎が生えたかのようだ。
これが土属性ランク7、広範囲魔法の〈グランドファング〉である。
それをベルンヴァルト達は、大盾を下に構え、ソリのように上に乗る事で直撃を避けていた。下から石の牙が突き出て、盾ごと浮き上がっていたが、チタン製の大盾は突き破れない。身体が隠れる程の大きさの大盾だからこそ、装備重量が重く吹き飛ばされないからこそ、出来た防御法だった。
しかし、範囲魔法の特性により、属性ダメージは受けている。最初の衝撃波によりHPバーの3割減っているので、内心痛みを我慢しながら、石の牙を耐えたのだ。
これが魔道士だった場合、精神力のステータスにより、衝撃波の属性ダメージは減る。その一方で、石の牙に貫かれて大怪我は免れないだろう。
土属性は〈ロックフォール〉で釣り鐘岩が残ったり、〈ストーンジャベリン〉で石槍が残ったり、〈ストーンウォール〉で石壁が残る。魔法なのに、物理攻撃でもある属性なので、魔道士に被害が出やすい。
そんな〈グランドファング〉だが、まだ終わりではない。ファング、牙は尖っているだけではなく、嚙合わさって威力を発揮する。つまり……
石の牙が収まったところで、ビュスコル・グランツを挟んだ反対側から何かが打ち上げられた。離れた位置に出た石の牙は、上顎役である。地面から射出された多数の石の牙は、円弧を描いて落下する。そして、下顎に囚われた獲物を噛み砕く。
衝撃波で体勢を崩し、下顎で足を串刺しにし、上顎で止めを刺す。3段構えの魔法が〈グランドファング〉の正体であった。
降り注ぐ石の牙を、ベルンヴァルト達は大盾を上に掲げて防いでいた。下顎と同じく石であり、重戦士の〈シールドガード〉の効果で、盾で受ける衝撃は半減するので、大盾ならば穿かれる心配はない。
……大量に降り注ぐせいで、瓦礫に埋まりつつあるのは心配だけど。
取り敢えず、耐えきれると判断して、俺も〈ヒール〉の魔法陣に充填を開始した。
「邪魔くせぇ! 〈フルスイング〉!」
山となった瓦礫を吹き飛ばし、盾役の2人が無事な姿を表した。それに合わせて、ベルンヴァルトへ〈ヒール〉を掛ける。
「〈癒やしの聖印〉! 〈ヒールサークル〉!」
上からピリナさんの回復の奇跡も飛んできた。〈癒やしの聖印〉は、司祭レベル25で覚えるスキルだ。
【スキル】【名称:癒やしの聖印】【アクティブ】
・杖系スキル、次に使う回復の奇跡の効果を上げる。
魔道士が覚える〈魔攻の増印〉の回復版だな。1回の〈ヒール〉治しきれない場合、単純に2回使うよりもMPの消費が少なく、充填時間も要らないので、大怪我を治すには最適のスキルである。俺も今日の道中でレベルが上がり覚えている。司祭レベル25では、もう一つスキルを覚えた。
【スキル】【名称:ディスパライズ】【アクティブ】
・対象の身体的な麻痺の症状を治し、正常にする。麻痺の原因が魔法的、毒物的、肉体の損傷的であれ、麻痺に至るものであれば、何にでも効く。
俺の〈ヒール〉はちょっと無駄だったかもな。癒やしの奇跡の光が2人を包み込むと、HPバーが一気に全快した。
〈グランドファング〉も乗り切ったところで、戦闘再開である……のだが、ビュスコル・グランツの様子が変化していた。折りたたんでいた筈の尻尾が立ち上がっている。その先端には薔薇の花が咲き、中心には大粒の陽光石が輝いていた。
その陽光石が輝きを強めて、レーザーを発射する。
「あ、アレです! あの光に当たると、熱いだけじゃなく、喉が焼けるように傷んだのですよ!」
近くにいたレスミアが、声を上げた。レスミアが背中から落下する前に、喰らった攻撃らしい。
よくよく観察すると、尻尾の先端には魔法陣は無い。そして、陽光石は光を溜め込んだ鉱石である。
つまり、あのレーザーは魔法というよりは只の懐中電灯?
そこまで考えて、ピンッときた。光を照射して、熱する武器か!
レンズも無しに、火傷するほどの熱量を出せるとか、空気まで熱せられたら、息も出来ないぞ!?
盾役の2人は大盾を掲げて、光をガードしていたが、程なくして悲鳴を上げた。
「くそ、あっちいなぁ! おい、何だこれ!」
「い、いかん! 盾の持ち手が熱すぎて……くぅぅぅ、おい!逆に離れるぞ!」
ベルンヴァルトが大盾を取り落とした。そして、レーザーの如き光を照射されて、声にならない悲鳴を上げて、転げ回る。テオも同様に反対側へと、転がり逃げる。
尻尾のレーザーはベルンヴァルトを追い続けていた。そして、大鋏が大上段に振り上げるのが見える。
……盾も無しに、受けたら不味い!
咄嗟に反応して、〈カバーシールド〉を発動させた。
視界が急加速して、身体が吸い寄せられるようにスライドしていく。ホバー移動のように、砂の悪路をものともせず、あっという間にベルンヴァルトの前に立った。
ただ、掲げるのは、左手の貧弱なスモールレザーシールド。木製の枠に革張りでは〈シールドガード〉があっても、大質量の大鋏の前には駄目な気がした。もちろん、正面から受け止めようとは思わない。大鋏が振り下ろしに対し、腕を斜めにして受け流す……筈だったのだが、インパクトの瞬間に木製の枠が折れて、弾け飛んだ。
考えている暇などない。咄嗟に、左腕ごと体当たりして、大鋏の側面を押し流した。
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小ネタ
尻尾の懐中電灯の元ネタは、ソー○ーシステム……ではなく、フラッシュトーチですね。手に持てる光の限界を目指して開発された懐中電灯らしく、普通の物に比べて25倍の光量があるとか……車のヘッドライトより明るいそうです。照らしているだけで紙に火が点く動画は、一時期話題になっていましたね。
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