第306話 ボス戦前の準備と戦闘開始
「うぇっ! 何これ……スパイシーなキッシュと思ったら、甘いし環金柑が入ってる。こっちはエノキダケにグリーンピース?
……う、う~ん、不味くはないけど、変な味」
【食品】【名称:ごちゃ混ぜカレーキッシュ】【レア度:D】
・カレーをベースに様々な食材を煮込み、タルト生地に入れて焼き上げた料理。バフ効果を意識し過ぎて、アレコレと入れた結果、味の方向性がバラバラとなってしまった。
・バフ効果:HP小アップ、筋力値小アップ、耐久値小アップ、知力値微小アップ、状態異常緩和 微小
・効果時間:25分
ボス戦前の腹拵えという体で、研究中のバフ料理を振る舞った。バフによる強化は、何品食べたところで、効果が出るのは最後に食べた物に上書きされる。つまり、1品に効果を詰め込む為に、色々と混ぜる他なかったらしい。
カレー味にしたのは、色々と味を誤魔化すため……だったのだが、蜜リンゴの蜜やハチミツ、環金柑といったマシマシ甘味勢が辛さをも消してしまった。カレーの包容力にも限度があったわけだ。
「ベアトリスとレスミアのレシピの中で、一番効果が沢山付いて、効果時間も長いボス戦用のバフ料理だよ。
口に合わなきゃ、水で流し込んでくれ」
口直しにと、ダンジョン食材を使ったスポーツドリンクを飲もうものなら、効果が上書きされてしまう。まぁ、灼熱の階層なので、冷やしただけの水でも、みんな喜んで飲むけど。
「すみません。バフ料理は本当に難しくて……効果が一つ、二つくらいなら美味しく出来ますけど、三つ以上は……」
何でも、効果を追加しようとして食材を足しても、効果が出なかったり、他の効果が消えたり、時間が短くなったりと、安定しないらしい。それでいて、美味しく作るのは、至難の業である。貴族が料理人ジョブを召し抱えて、レシピを秘匿するのも納得の難易度だ。
今回のも、効果が高い物という俺のオーダーがあったから作ってくれたが、料理人2人は出来に不満が残っているようだった。もうちょっと、バフ効果の数を減らして良かったかもな。環金柑の〈状態異常緩和 微小〉は無くても問題ない。カレー味の金柑という、微妙な味に口を紡ぎ、飲み込んだ。
バフ料理を食べた後は、最後の準備に取り掛かる。安息の石灯籠の中では、攻撃魔法が使えない……10層毎の休憩所と同じ……なので、休憩所を出た所に布陣した。戦場の地形として、丘の上の方が有利となるだろう。まぁ、相手がデカいので、多少の高低差では、有利か互角くらいか。少なくとも、大鋏の叩き降ろし等の威力は下がるし、盾で防御もしやすくなると思う。
陣地には、注連縄が円を描くように置かれていた。神使狼のスキル〈注連縄結界〉という魔物避け、魔法軽減の結界らしい。自前で注連縄を用意しないといけないので、事前準備が必要なスキルだが、その分だけ効果は強いそうだ。
「〈付与術・筋力〉〈付与術・耐久〉〈付与術・精神力〉!」
「
〈無充填無詠唱〉の力を借りて、付与術を連打した。そこに、ピリナさんの強化の奇跡〈ホーリーシールド〉、〈ムスクルス〉(攻撃力アップ)を重ねがけしてから、盾役を送り出す。重戦士の二人は丘の中腹辺りが持ち場である。
続いて、残りのメンバーにも付与術を掛ける。後衛には知力、精神力で魔法の効果を底上げ。遊撃の俺達にも一通り掛けてから、マナポーションを一気飲みした。
付与術を、これだけ連打するのも久し振りである。減った分だけのMPを回復させてから、特殊アビリティ設定を入れ替える。
今回は軽戦士レベル27、重戦士レベル25、魔道士レベル28、トレジャーハンターレベル27のジョブ4つで15p、ブラストナックル15p、ストレージ5p、パーティー状態表示1p、パーティージョブ設定1p、緊急換装1枠2p。それと、追加スキル2枠3pに、緊急回復用の〈ヒール〉と、例の実験スキルを入れた。これで計42p(MAX43)だ。
パーティーメンバーは、レスミアが闇猫レベル28、ベルンヴァルトが重戦士レベル27、テオが重戦士レベル15、プリメルが魔道士レベル27、ピリナが司祭レベル27である。
テオの重戦士は、レベル1から上げたにしては、早い方ではないだろうか? 取り敢えず、〈ヘイトリアクション〉と〈シールドガード〉が使えるので、盾役としては十分。万が一の時に役立つ、レベル25の〈カバーシールド〉は、俺とベルンヴァルトが使えるのでいいだろう。その為、俺も左腕のブラストナックルの上からスモールレザーシールドを括り付けた。元々軽いうえ、〈装備重量軽減〉で更に気にならなくなる程度の重量であるが、近接格闘を仕掛けるには邪魔。スキル用と割り切るしかない。
そして、珍しく戦闘中に〈パーティージョブ設定〉がセットされているのは、ベルンヴァルトから頼まれたせいだ(普段は使う時にセットするだけ)。重戦士は防御には秀でているが、攻撃スキルが少ない。その為、攻めに転じる時には、集魂玉で爆発的な威力が出せる鬼徒士に変えて欲しいそうだ。
アビリティポイントの端数が余っていたので、了承したのだけど、戦闘中にステータス画面を開いてジョブ変更までするのは、無防備になる時間が長くて、少し怖い。まぁ、背中の陽光石を破壊すれば弱体化するらしいので、その隙を狙うしかないだろう。
砂の丘の下には、デカいサソリが食事をしているのが見える。準備は整った。
「良し! 始めるぞ! 魔法準備!」
プリメルちゃんは元より、下の中腹に陣取っている盾役にも聞こえる様に声をあげた。
拳に魔法陣を展開し、充填する。少し離れた所の〈注連縄結界〉の中ではプリメルちゃんが、杖を掲げて充填を始めている。
……折角、魔道士が2人居るのに、連携魔法が使えないのは残念だ。
クロタール副団長に教えて貰った、アレが使えればもっと楽だろうにと、練兵場で使った時の事を思い出す。しかし、使えるのはサードクラスからなので、無いもの強請りだな。
充填が完了した。息を合わせる必要はない。照準である点滅魔法陣を、眼下のビュスコル・グランツの中心……から少し左を位置指定し、発動させた。
「〈魔攻の増印〉〈ストームカッター〉!」「……〈魔攻の増印〉〈ストームカッター〉!」
少し遅れて、プリメルちゃんの声も響いた。
ビュスコル・グランツを包み込む様に、左右から2本の緑色の刃が回転し、切り刻む。切られた外殻の岩が、剥がれ落ち、細かい破片が突風で舞い上がる。
しかし、魔法攻撃と気付いたビュスコル・グランツの行動も早い。小さいサソリと同じく、脚を胴体の下に折りたたみ、大鋏で眼前をガードした。
猫が香箱座りをしている様なものだが、サソリがやっても可愛くない。ついでに脚へのダメージが稼げない。
事実として、魔法の効果が切れた後には、普通に動き出した。脚も全て健在どころか、外殻の岩も大分残っている。
2発目の充填に掛かるのと、ビュスコル・グランツが、こちらを敵と見定めたのは、ほぼ同時だった。
「〈魔攻の増印〉〈ストームカッター〉!」「……〈魔攻の増印〉〈ストームカッター〉!」
ビュスコル・グランツが中腹に登ってくる手前で、魔法が間に合った。坂道なので、慌てて脚を隠そうとしても、上手く行かない。そこを風の刃が切り刻んだ。外殻だった岩は殆どが無くなり、下の甲殻……陽光石のような赤い甲殻が姿を表す。それにも、大小の傷が入っている。
「レスミア! 出るぞ!!」
「はい!」
これ以上は、盾役が接敵するので、巻き込みまないよう範囲魔法は使えない。プリメルちゃんも上から〈ウインドジャベリン〉を連打するだけの予定だ。
俺達はソリに跳び乗って、滑り降りる。直線に近付くのではなく、中腹を迂回して側面へ回り込む。このコースならば、魔法の目眩ましに加え、〈ヘイトリアクション〉に注意を削がれて、俺達に気付かないだろう。
迂回させた分、速度が落ちてきた所で、レスミアがソリから飛び降り、音もなく走り始める。
そして、電柱……いや、土管のような太い脚に〈不意打ち〉の斬撃を喰らわせた。
「浅い!」
横目で見た限り半分は切れているが、外骨格な分だけあって、まだ動くようだ。テイルサーベルでは強度的に心元ないので、ホーンソードを貸していたのだが、それでも長さが足りないか。
……今度は俺の番!
既にソリは乗り捨て、連続ステップで接近していた。そして、レスミアとは別の脚に向かって跳躍。甲殻に傷がある所目掛けて、魔法陣付きの拳を叩き込んだ。
「……いっっっつ!」
土管脚を打ち抜く積もりが、拳がめり込んだのみ。〈魔喰い掌握〉で、黒豚槍フェケテシュペーアの〈防御貫通 中〉を取り込んでいる筈なのに、貫通出来なかった。〈エアカッター〉で出来た傷跡を狙っても、甲殻が分厚く硬すぎたのだ。
肘や肩が反動で痛むが、気合でねじ伏せ、土管脚を蹴って拳を引き抜いた。そして、何とか受け身を取って離れる。
打ち込んでから5秒、〈ファイアマイン〉が起爆した。
サソリ相手に散々爆破してきた、常套手段である。急所などの弱点に打ち込めば、一撃で爆殺出来るのだ。デカいとはいえ、脚一本くらいはもぎ取れる。
そんな算段であったのに、煙が晴れた後に見えた脚は健在であった。爆破点に穴が空き、青い血がダラダラと流れているが、普通に動いている。
追撃を掛けるか迷ったとき、ビュスコル・グランツの正面から大きな打撃音が響いた。ついで、足元に振動が伝わってくる。
ビュスコル・グランツの大鋏が振り下ろされ、ベルンヴァルトが掲げた盾で受け止めた音だった。
打撃音が連続して響く、今度はテオの方だ。
視界に映るHPバーが、ジリジリと減っていた。盾で受け止めても、ダメージを受けている。
……盾役は十分に注意を引き付けているが、急がないといけない。俺もやれる事を試さないと。
手に魔力を集めて、土管脚に接近する。実験的なスキルは接触していないと使えない。手を伸ばし……たところで土管脚が消え去り空を切る。
いや、上に跳び上がったのだ。
急に出来た日陰から見上げると、ビュスコル・グランツが手脚を広げていた。
ジャンプによる滞空は長くは続かない。重力に引かれた重量級のサソリは、一切合切を圧し潰そうと、落下し始めていた。
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