第305話 猟犬から狛犬に抜擢されて、神使に昇進?祀り上げ?

 蟻塚PA改め、蟻塚砂漠の駅……いや、道も無いけどな。何も無いのは午前中に立ち寄った所と同じである。それでも、日陰で比較的涼しい風が吹いているので、休憩には最適だろう。

 ここでは大休憩として1時間身体を休める。時間的には15時であるが、お菓子や飲み物だけでなく料理も沢山出して、回復に努めてもらう事となった……のだけど、久し振りに〈宵闇の帳〉を解除したレスミアは頬を膨らませていた。


「……皆さんだけ、楽しそうにソリ遊びして、除け者な気分です」

「ああ、いや、除け者にしている訳じゃないよ。

 レスミアが先行偵察してくれるから、安全に滑れるだけで……みんな感謝しているんだよ?」


 周囲に同意を求めると、みんな食事の手を止めて、頷き返してくれる。

 それに加えて、安全確認……サソリが砂の中に潜んでいないか、シュヴィロッヘンが接近していないか……をせずに滑って、魔物に囲まれるのは不味い。


「後はアイテムボックスの有無もだな。いくらブーツのお陰で楽に砂山も登れるといっても、デッドウェイト……余計な重りとなるソリを抱えて、砂山を登るのは心配だよ」


「むう……あっ!そうだ!

 それなら、ソリに紐を付けて、引いていけば良いですよね!

 子供の時、雪の積もった丘の上まで、そうやって持っていきましたし!」


 名案!とばかりに、手をポンッっと打ち合わせたのだった。



 結局、レスミア用のソリにはロープを付ける事になった。サソリが居そうな場所では使わないとか、追われている時に邪魔になったら即座に捨てるとか、注意はしたけどね。


 ついでに、「俺も俺も、手綱が欲しい!」と、要望する声があったので、他の人のソリにもロープを付け足した。まぁ、休憩中なので、雑談しながら加工できる。大した手間ではなかった。


 そして、雑談で気になっていた事を聞いてみた。


「ああ、私の〈ブラックバイト〉の事だな。アレはファーストクラス『猟犬』ジョブの基本スキルで、手の平にアギトと同じ攻撃力をもたせるのだ」


 ヴォラートさんが使っていた、腕に黒いオーラを纏うスキルの事である。

 犬のメイン攻撃手段である噛み付きをスキル化したようで、手で掴んだ箇所を黒いオーラが噛み付くらしい。それでいて、攻撃力は筋力値だけでなく、ガントレットにも依存する。その為、武器の代わりに、ゴツいガントレットを装備しているそうだ。


 ……犬って言うより、狼って感じで格好良い!

 やはり未知のジョブは面白い。ついつい、根掘り葉掘りと取材を続けてしまった。

 ファーストクラスの『猟犬』、セカンドクラスの『荒狛犬』、サードクラスの『神使狼』と進化していく。最初は徒手空拳の戦士に、スカウト技能を追加した、狩猫に近いジョブなのだが、レベルが上がるにつれて僧侶系に似たスキルを覚えるそうだ。荒狛犬では、手に退魔の力を宿す〈イクスペル・バイト〉でアンデットを駆逐し、神使狼では注連縄で結界を張って魔物を寄せ付けないとか、眷属を召喚して戦わせるらしい。


 ……狛犬から神使で注連縄を使うとか、神社かな?

  お犬様より、巫女さんの方が好きなんですが、犬族じゃ仕方ない。




 休憩を終えて、砂漠の中心を目指す行軍を再開する。全員がソリを使うことにより、移動速度はかなり上がった。砂山を登るのが大変なのは変わらないが、順番に滑り降りるので、待ち時間で小休止も出来る。体力的にも精神的にも楽になった。


 そして、レスミアもソリを引っ張りながら、偵察に走っている。本来なら、ソリ遊びに興じる少女に見えるのだろうけど、残念ながら暗幕状態だ。

 何度か往復するたびに乗っているせいか、今では立ち乗りしている。乗り方もスタイリッシュになってきた。

 頂上まで走ったかと思えば、そのまま紐を引っ張り、ソリを前に飛ばす。そして、空中にある状態で跳び乗り、サーフィンの如く滑り降りるのだ。


 俺が最初にやりたかったのに……バランス感覚の良さが羨ましい。俺では立った状態で下まで降りるのが関の山である。

 ただ、代わりに面白いことを思い付いた。上手く行けばレア種戦にも使える筈……なのに、こういう時に限って、実験台にする小サソリが出てこない。シュヴィロッヘンの数も少なく、偶に来る程度である。隠れているサソリはおらず、何処かに逃げ去った後かのようであった。




 結局、サソリと出会うことなく2つ目の休憩所へと辿り着いた。

 砂漠の中心地からは、少し手前に位置している。推測するに、中心の転移陣が外れだった場合の温情ではないだろうか?

 トレジャーハンターが居たとしても、階層レベル的に〈帰還ゲート〉を覚えていないパーティーが殆である。引き返すなり、次の候補地を目指すなりしても、結構な距離があるので、挫折しかねない。

 まぁ、休憩所があっても、中身は何も無いので、準備を怠ったパーティーは乾いていくのだろうけど。


 ここの休憩所は、丘の上にある。更に、2階の窓付近に足場が作られていた。中心は吹き抜けであり、手摺りも無いので、大人が擦れ違うのも危険である。しかし、休憩所の周囲を観察するには十分であった。


 ほぼ真上に存在する太陽(らしき物)、それが近いためか、周囲には砂漠の薔薇が咲き乱れている。そこかしこに薔薇の花園が光っており、谷を挟んだ反対側の小高い山も同じであった。方向的に、向こうの山が転移陣の場所である。


 しかし、窓から見ていた面々は、視線を谷底の方へと向けていた。そこでは、巨大なビュスコル・グランツが悠々とお食事をしているからだ。


「デカいな……ザックスが大袈裟に言っていると思ってたけどよ。マジだったか。普通のサソリの何倍だ?」

「いや、先行偵察なのに、誇張する訳ないだろ。

 大きさは目算だけど、横に4倍、縦に5倍くらいに見えたな。

 後は、尻尾の先端が初めて見えたけど、針じゃないな」


 偵察の時は折り畳んでいたうえ、前に回り込んで観察が出来なかった。今は斜め上から見えるのだが、何故か尻尾の先に薔薇が咲いていた。

 背中に大きな薔薇を背負い、尻尾の先端にも中くらいの薔薇……少女漫画にでも出るつもりなのだろうか?


「ふむ、私が戦った時はもう一回り小さかったぞ。もちろん尻尾も針だった。

 ザックス、君の鑑定には『陽光石を食べて身に纏う』とあったな。沢山食べて成長したのではないか?」

「恐らく、そうでしょうね。

 そうなると、尻尾の突き刺し攻撃が、変わるかも知れません。背中の薔薇を媒体にして魔法を使うと聞きますから、尻尾の薔薇でも魔法を使う可能性もあります。

 前に、複数の魔法を操るレア種と戦いましたから……」


 ジャック・オー・ランタンは口の中に、いくつもの魔法陣を展開し、単体魔法やジャベリンを撃ってきた。あれはイレギュラーだとしても、2つくらいなら操る魔物もいるかも知れない。

 俺とヴォラートさんが眉を顰めて懸念事項を話し合っていると、隣から重戦士コンビが頼もしい声をあげた。


「なぁに、魔法が2倍になったとしても、こっちも盾2枚だ。耐える事くらいは出来んだろ。なぁ?」

「まぁな。後ろからピリナが、回復の奇跡を掛けてくれれば大丈夫だろ」


 ビュスコル・グランツは巨大なハサミと、小さ目のハサミが一対ずつ、計4本も備えている。流石に一人ではガードし切れないので、盾役も2人で抑える予定なのだ。


 そして、盾役の後方には回復役のピリナさんと、弱点の風属性魔法で主攻を担うプリメルちゃんが配置される。

 ヴォラートさんもここだな。基本的に戦闘には参加せず、ピンチの際に介入したり、後衛を抱えて逃げたりする。


 最後に俺とレスミアは、側面から接近して脚を破壊、移動力を奪う。その後は背中の薔薇や尻尾の破壊する予定だ。


 今のところ、プリメルちゃんとピリナさんが休憩中なので、仕掛けるのは回復を待ってからである。折角の地形を上手く活かせないかと、戦術を練り直した。

 因みにレスミアは、休憩所の周りにも砂漠の薔薇が沢山生えていたので、「勿体ないですよ」と陽光石の採取中である。同じ女の子でも、前衛と後衛では体力の差が如実にでたな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る