第304話 砂漠で滑ると言えば?
テオ達は砂漠が苦手なので、荒野にある転移陣を巡回しては、下に降りる機会を探っていたそうだ。俺達よりも先に進んでいた筈なのに、追い付かれたのは、その為である。いや、装備を新調していたせいもありそうだけど。今は外套で見えないが、その下にはシュヴィロッヘンの甲殻で作った鎧を着ている。
おっと、思考がズレた。今考えるのは、砂山を楽に歩くにはどうすればいいかだ。背負うのは駄目だったから、登りは厳しい。なら、降る方はどうだろう? 転ばないように歩くのも疲れるからな。
考えをまとめていると、岩陰からレスミアがやってくる。表情は暗幕で見えないが、声が少し心配そうに聞こえる。
「ザックス様、プリメルちゃんが怪我していたみたいで……いえ、大した怪我じゃないです。滑った際に石で引っ掛けた程度ですから、〈ファーストエイド〉で治りました。
ただ、汗だらけで砂まみれですからね。〈ライトクリーニング〉で、さっぱりさせてあげませんか?
それで、怪我をして下を向いた気持ちも、上向くと思います」
こういう気遣いは、女の子の方が出来るな。確かに汚れたままじゃテンションも上がらな……ん? 滑る? 下を向いて滑る?
「ああ、もちろん良いよ。レスミアを中心に〈ライトクリーニング〉するから、女の子達で固まってくれ。ああ、それと、魔法の説明も一緒に頼む」
「え?! 私がですか?」
「俺はブラストナックルが発熱するから、近寄れないよ。それに、ちょっと、検証したいことがあるんだ。
後は……テオ達なら、言い触らしたりもしないだろう」
「は~い」
レスミアが石壁の影に戻って行くのに合わせて、〈ライトクリーニング〉を掛けた。みんな日陰にいるので、効果範囲に巻き込み易い。光が収まると、テオのパーティーがざわつき始める。こっちに視線が向くが、レスミアを指差すと注目が移った。これで良し。
ストレージから自前のチタニウム・カイトシールドを取り出し、近場の砂山を登る。
滑ると言えば、連想するのはスキーだ。それに、雪でなく砂の上を滑るスポーツもあったような覚えがある。板スキーでなく、スノボーやサーフィンみたいな奴だ。そこまで考えた際、連想して思い出した。何かのゲームで、盾を板代わりにして、滑走するミニゲームがあったなと。
実際にできるか分からないけど、出来れば砂山を降りるのが楽になる。ならば、検証だ!
先ずはゲームを真似てみる。
砂山の頂上からジャンプして、滞空中に盾に乗り、着地……しようとして、ひっくり返った。歪曲している盾の縁を踏んづけてしまったのだ。
いきなり空中で乗るのは難しかったな。リトライである。
砂の上に置いた盾に跳び乗ってみると、着地の勢いで滑り出した。砂の斜面を滑り、徐々に勢い付いていく。その速度に身体がついて行かずに、バランスを崩して後ろに倒れてしまった。
三度目の正直である。
意外に、立ったまま滑るのはバランスが取り難い。スキーだってストックがあるし、スノボーだって板と足を固定している。サーフィンは知らん。
つまり……専用の道具もない状態なので、バランスの取りやすいよう、重心を下げるべきだ。
ジャンプして跳び乗り、そのまま盾に座った。着地の勢いで下り坂を勢い良く滑り、下まで行くどころか、平らな砂地も滑走した。そして、勢いを無くして止まったのは、石壁を立てた休憩地点の近くだった。
見られていた事に気が付き手を振ると、皆が寄って来る。
「スッゲーッ! 何だ今の?!」
「凄い、移動してた」
テオとプリメルちゃんは、子供のようにはしゃいで、称賛の目を向けてきた。ちょっとこそばゆい。
さて、何と説明したものか。盾スキー? スキーと言うよりは、スノボーか? サンドボードだから、サンド盾?
少し迷っていると、横合いからレスミアの笑い声が聞こえた。
「あ~、雪の日に遊んだソリを思い出しますね。砂でも滑れるとは知りませんでしたよ」
「あぁ、北国での遊びか。聞いたことがあるが、見るのは初めてだ。ヴィントシャフトは雪が降らんので、第1ダンジョンの雪山フィールドまで行かなきゃ見れん」
……そーだよ! 子供のそり遊びじゃん!?
雪の日でなくとも、土手道の草むらをダンボールで滑り降りて遊んだ記憶が蘇る。
ヴォラートさんの言葉も気になるが、一先ず横においておく。スキーだの何だの、遠回りしていた恥ずかしい事実も頭の隅に追いやり、努めて冷静に説明する。
「あ~、盾をソリ代わりにして滑り降りれば、移動距離が稼げるよ。砂山を登らないと行けない事には変わりないけど、下りは楽になる。多少は体力を温存できるんじゃないか?」
「ありがとう! わたし、乗ってみる!」
プリメルちゃんにカイトシールドを貸してあげた。チタン製なので、盾としては軽い部類であるが、プリメルちゃんが担いで砂山を登るのは無理がある。ヴォラートさんがアイテムボックスに入れて運んでくれる事になった。
「キャーーー、アハハハッ」
最初は、なかなか滑り出さずに苦戦していたが、跳び乗る動作に慣れると、ご機嫌に滑走していた。その速度は、先を歩いている俺が抜かされる程である。
後列が追い付くまでは、そのまま座って休憩出来るので、砂山登りも余裕が出て来た。何より、滑るのが楽しそうなのが大きい。モチベーションは大事だな。
代わりと言っては何だけど、残されたピリナさんがテオにボヤいていた。
「楽しそうで良いな~、アタシも下りだけで良いから楽したい。
……テオの盾で良いからさ、貸してくれない?」
「待て待て、俺もやってみたいんだ。俺から滑るぞ!」
なんて、後ろの砂山で、騒いでいる声が聞こえた。気になるので、そちらに目を向ける。
テオが背負っていた大盾を、ズシンッと置く音が響いた。
【武具】【名称:猟師
・ビュスコル・イエーガーの甲殻を、そのまま利用した大盾。チタンと同程度の高度を誇るが、重量は4倍以上重い。その為、この重さを扱える筋力値があれば、チタン製以上の堅牢さを周囲に知らしめるだろう。
なんで、こんな重い物を使っているのか聞いてみたところ、盾を構えて体当たりや、
ただ、硬さと重さが自慢なだけあって、砂にめり込んでいるような。そこに、テオが跳び乗るが、滑り出す事はなかった。
悪戦苦闘するテオを置き去りにして、先に降りてきたピリナさんが、小走りでやってくる。
「ザックスさん、プリメルに貸してくれた盾って、余ってない? あったら貸して欲しいな~。
テオの盾じゃ、滑れなかったのよね」
一応、ストレージを確認してみるが、
「ここから見ていたけど、アレは重すぎたんだろうね。
ええと、俺の手持ちのだと、スモールレザーシールドしか残っていないな。流石に小さ過ぎるか。
あぁ、アレがあった」
お尻は乗るかも知れないけど、足がはみ出るのは間違いない。しかし、盾ではなくソリと考えれば、候補は増える。
猟師蠍の甲殻は、重いので除外するとして……カブトムシのドロップ品、鉄甲虫の甲殻を見つけた。カブトムシの背中の甲殻の半分で、お誂え向きに長方形である。比較的に軽い上、ちょっとだけ歪曲している形状なのも滑りやすそう。
使い道がないので売り払っていたが、サンプルは10枚ほど取ってある。ピリナさんに渡すと、クスクスと笑い始めた。
「アハハッ! これ、テオが前に着てた鎧の素材だよ、懐かし~。ありがとね。
プリメルと一緒に滑ってくるよ」
その後、楽しそうに滑る女性陣の様子を見たテオが「俺にも貸してくれ!」と詰め寄ってきたのは、言うまでも無い。
「〈ウォーターフォール〉」
プリメルちゃんが、掲げた杖の先の魔法陣が光る。すると、砂山の下を走ってくるレスミアの後ろに、滝が現れた。怒涛の水が、砂ごとシュヴィロッヘンを押し流す。
哀れ、砂を泳ぐエイは溺死した。
「お仕事終了。ボラ爺、ソリ出して」
「うむ、他の者とぶつからんようにな」
請われたヴォラートさんが、アイテムボックスからカイトシールドを取り出し、斜面に置く。そこにプリメルちゃんが跳び乗り、滑り出した。
ただ、それだけ終わらない。アイテムボックスからは次々と、甲殻のソリが出てくる。すると、ピリナさんやテオが続いて滑り降りて行き、最後にはヴォラートさん自身もソリに乗った。プリメルちゃんが有用性を示したので、みんな追随したわけだ。
……犬族だから、オレはやるぜ!オレはやるぜ!と、引く方かと思ったのは内緒だ。いや、落ち着いた老犬執事のヴォラートさんには、合わないだろうけどね。
先に降りた面々がソリを片付け始めたのを見て、俺も2つ取り出す。片方をベルンヴァルトへ渡した。そう、結局俺達も使い始めたのだ。移動速度が目に見えて早くなるなら、使わない手はない。
「俺の大盾じゃ滑らないのが残念だぜ。このカブトムシより、盾の方が格好良いよな」
「まぁ、ソリって子供が遊ぶ道具ってイメージがあるから、余計にな」
「これで、登りも楽になると良いんだけどよ。
……そうだ! 昨日のバイク! あれで登れんのか?!」
「残念、既に午前中試したけど、無理だったよ。あのタイヤじゃ、接地面積が狭すぎる。もっと幅の広いタイヤか、いっその事キャタピラにでも……」
「お、下が片付いたみたいだぜ。お先に!」
話の途中だというのに、滑り降りて行った。ベルンヴァルトは、こういった技術的な話とか、錬金術の話が苦手だからな。フォルコ君は付き合ってくれるのに。
折角考えたので、ランハート工房に改善案の手紙を出す際に、局地用バイク案として追記するのも良いかもしれない。
下に降りると、皆がドロップ品を集めてきてくれたので回収する。そして、先を見てきたレスミアが、先を指さして報告してくれた。
「次の砂山の向こうに、穴が空いた三角形の大岩が有りました。多分、地図にあった中間点の休憩所ですよ!」
その声に皆が湧き立つ。砂漠を歩いて2時間強、漸く小休止ではない、休める場所が見つかったのだ。足取りも軽くなり、砂山を登り始めた。
そして、頂上から見えた蟻塚に向かって、ソリで滑り降りる。
俺は一人だけソリの無いレスミアを誘う。
「ほら、レスミアは前に座って!」
「あっ、はい。
あっという間に、みんなソリに乗り始めましたよね。なんかなぁ……」
「押すぞ!」
レスミアを乗せたソリを押し、加速し始めた時に俺も跳び乗った。2人で乗るには狭いけど、密着すれば大丈夫。見た目も暗幕状態なので疾しい気も起きない。いや、嘘です。肩を抱き寄せると、結構ドキドキする。
そんな幸せな時間も、下に降りるまでだった。
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