第300話 試運転

「ええと、ですね。よく分からない専門用語もあったので、そのままメモしてきました。

『チタンを主材料に使って軽量化はしたが、ゴムタイヤや試作サスペンション、ブレーキ機構を付けたので結局重くなった。低級では速度が出ないので、中級を取ってこい……』」


 その後も改良点らしき話が続いた。どうやら黒いゴムタイヤは、中に空気が入っているのではなく、丸々ゴムらしい。そりゃ重いはずだ。それに、オイルダンパーも無いので、揺れ対策は半ばのもよう。


 実際に敷地内を試し運転してみた。低速で軽く走る程度ならば、庭と建物の周りを回ればいい。ハンドルの銀線から魔力を少しずつ流すと、タイヤがゆっくりと回り始める。以前より確かに遅い。それでも、多めに魔力を流してやれば、加速した。


「おおっ! 馬の代わりになるとか言ってた魔道具か!」

「ザックス様! 防具は着けなくていいのですか?!」


 フォルコ君はランハート工房の助手君でも見たのかな?

 帰ってきてから、ジャケットアーマーは脱いでいたので、心配されたもよう。庭を回るのをやめて、玄関に戻る。ブレーキレバーを握れば、速度も落ちた。

 試作一号機の足ブレーキは原始すぎたからな、余計に注文通りの出来に感心する。


「転けなきゃ平気だよ。それに、速度が出てなければ、足でバランス取れるし。2人も乗ってみるか?」

「今度は良いのか?!

 前見たときから、気になってたんだぜ!」


「前のはフレームが木製で強度が心配だったけど、これはチタンフレームだから、多分大丈夫。って、ヴァルトは酒飲んでるじゃないか? 飲酒運転は駄目だ」

「エールを3杯程度なんて、飲んだ内にも入らんぞ!」


 馬に乗るときも、これぐらいは普通だと力説するベルンヴァルトに押されて、次に乗せる事になってしまった。

 苦笑していたフォルコ君も「敷地内ならば良いのでは? 鬼人族がお酒に強いのは、この2週間でよく知っている訳ですから」なんてフォローしていたので、庭で乗るだけならセーフかな?

 取り敢えず、樽ジョッキは置いて来い!と飲むのを辞めさせてから、もう一走りする事にした。



 庭を走るだけでも楽しいが、速度を出したくなってくる。屋敷の奥にある厩舎やアトリエに続く道は、舗装こそされていないが、整地はされている。そこで、速度を出してみることにした。

 門から玄関方向へ抜け、屋敷の角を曲がって厩舎へのストレート。比較的長いと言っても、体感20kmも出れば、あっという間だ。厩舎の前、最後のコーナーを曲がってアトリエに……行こうとした時、「ヒィーーン!」と馬がいなないた。


 その鳴き声に驚き、急ブレーキして後輪も滑らせて急停止する。2頭の馬達は、興奮気味に歯を剥き出しにし始めた。

 馬にトラウマのある俺は、殆ど近付いたことがない。こういった時、どうすればいいのか分からずに立ち尽くしていると、鳴き声に気付いたフォルコ君が走ってきて、なだめ始めてくれた。「ほー、ほー、ほー」と呼び掛け続けると、次第に馬も大人しくなり、嘶きも止まる。最後は首元を撫でてリラックスさせる事が出来たようだ。

 世話をしているだけあって、見事な手懐けようである。


「馬は臆病な生き物ですからね。眼の前に、得体の知れない物が向かって来たので、驚いたのでしょう」


 得体の知れないバイクと、得体の知れない人間(俺)が向かって来たら、そりゃ怖い。

 この道は走らない方が良いかと思ったところで、気付いた。


「アレ? もしかして、大通りとか街中走ると不味いのか?

 馬車が通っている横を追い抜いたりすると、馬がパニックするとか?」

「……どうでしょう? そこまで接近しなければ大丈夫だとは思いますけど。一度、騎士団か、領主様……ソフィアリーセ様にお伺いしては如何でしょうか?」


「明後日には遊びに来るから、その時に相談してみるか」


 ……もう少し広い所で走りたかったな。いっその事人通りが少ない街の外に行くか?

 そんな事を考えつつも、試運転に戻る。


 その後は厩舎に近付かないように、庭先でバイクの講習会をした。ベルンヴァルトは馬に乗れる事もあって、バランスを取るのは早かったが、魔力の扱いに苦戦していた。急加速してひっくり返ったり、生け垣に突っ込んでしまったり。計らずも耐久試験のような状態になったけど、以外に頑丈であった。バイクも、乗っている方も。


 そして、おっかなびっくり乗り始めたフォルコ君の方が、上達は早かった。速度が出せずにバランスを取るのを苦労していたのだけど、魔力を少量ずつ流す感覚に少し慣れたそうだ。ただ、商人も最大MPが少ないので、練習後にはヘタっていた。


 ゴーレム馬車の御者には、引退した魔法使い系の人がなると聞いた覚えがある。ガソリン代わりにMPを使っているので、仕方がない事ではあるが、改善案に挙げるべきだな。普及させるならバッテリー……魔水晶を積んだバイクの方が良いだろう。


「確かに、平民にも売るなら、そちらの方が良いですね。それに値段に依っては、村に行商に行く商人も買うと思いますよ。馬の維持費も結構掛かりますから」


 フォルコ君とそんな話で盛り上がっていると、離れ……店の勝手口からフロヴィナちゃんが顔を覗かせた。


「あ~! 楽しそうな声がすると思ったら、皆で遊んでる~。フォルコ君、手が空いたのならお店手伝ってよ~」

「……うわっ、もうこんな時間?! すみません、今行きます!」


 午後の営業は、2人の仕事だ。15オヤツ過ぎには客足は減るが、夕方には帰宅前に寄ってくれる客が増える。

 フォルコ君は手隙の合間に、俺に報告するだけのつもりだったようで、バイクの試乗は予定外だったようだ。

 誘った手前、バツが悪いので、俺も店の手伝いに向かった。



 今日1日のレベル変動は以下の通り。

・基礎レベル28

・重戦士レベル24→25   ・軽戦士レベル25→26

・司祭レベル22→24     ・罠術師レベル23→25

・料理人レベル24→25





 翌日、俺は一人でバイクを走らせていた。誰も居ない荒野なので、思う存分に速度を出す事が出来る。偶にサソリがラリーに参加してくるが、相手にせずに置き去りにした。


 そう、砂漠フィールドならば思う存分に、走らせられるのだ!


 思いついたのは、昨晩の夕飯後のお茶をしている時だった。当初は残りの2箇所のうち、砂漠の中心だけを見に行くつもりだった。しかし、バイクという移動手段が有るなら、話は別だ。


 一番遠い転移陣は、外周部の荒野をぐるりと回らなくてはいけない。砂漠をバイクで走る想定はしていなかったが、荒野ならば問題無いからだ。

 最高速度は分からないが、試運転で時速10~20㎞は出ていたと思う。荒野なら速度を出しても迷惑は掛からないし、魔物も無視していけば更に早い。地図上でざっと計算すると、バイクなら半日も掛からないと判断、計画を変更した。


 俺一人で爆走して、遠い方の転移陣を確認する。当たりなら次の階層に降り、ハズレた場合は午後から砂漠の中心に向えばいいだけの話である。いや、レア種討伐依頼もあるから、砂漠の中心には行くけどな。


 どちらにせよ、今日中に攻略出来る可能性が高い。

 唯一の懸念点は、ブラストナックル越しにハンドルから魔力を送らないといけないので、発熱してしまう事だ。


 こればっかりは走らせてみないと駄目だったが、ハンドルがフレーム剥き出しだったので、大丈夫そうである。魔力を送る銀配線も、握る所は剥き出しなのでセーフ。流石に金属を溶かす温度までは発熱しない。


 ……腕への衝撃緩和の為、ハンドルグリップも改善案に出すつもりだったけど、今回は剥き出しで良かった。

 プラスチックは無理でも、樹脂製や木製グリップを付けていたら、溶けたり燃えかけたりする可能性があったかも知れない。


 そして、砂混じりの砂から目を守るために、ゴーグルも用意してきた。半透明な魔絶木の枝をベルンヴァルトに加工して貰ったのだ。スキーゴーグルのように、目元を覆うタイプで、ゴムがないので布で縛るタイプだけどね。


 後は口元をスカーフで覆い、砂を吸い込まないようにすれば完成だ。炎天下の砂漠フィールドでも、爆走できるようになった。



 荒野を走り抜ける。速度制限も無いので、出来る限り加速した。荒野なので大小様々な石が転がっているので、振動は酷い。大きい石は避けつつ、小さい石などは無視する。これも、重いゴムタイヤで良かった。軽い空気入りゴムタイヤだったら、石が貫通してパンクしていたかも知れない。全部ゴムなら多少刺さっても走り続けられる。


 ……試作品なので、色んな条件下で試験する事も必要さ!

 特殊環境下なので、一般向けには不要だけどな。



 走り続ける道中、あからさまなデカいサボテンは近寄らずに迂回する。近付かなければ只のサボテンだ。怪しい石山も避けるけど、偶に擬態したサソリが動き出して追ってきた。動き出すまでが遅いが、走るのは脚が多いのでそこそこ早い。

 それでも、バイクを加速させて引き離せば、そのうち諦めるようだった。



 1時間も飛ばすと、一番目に見に来た角の転移陣の近くに到着した。


 ……まだ3日しか経っていないので、ここはハズレのままなはず。ただ念の為、見るだけ確認しておくか。


 万が一の懸念を消す為に、寄ることにした。ただ、考え事をする間、速度を落としたせいで、近くのサソリが動き出す。慌てて速度を上げた。


 予想外な事は、続けて起きる。


 後ろのサソリを気にしていたせいで、進行方向の岩陰から黒い外套のパーティーが出て来た事に、気付くのが送れたのだ。

 慌ててハンドルを切り、少し迂回して事なきを得る。向こうの人も騒いでいたけど、接触してないのでセーフ。


 ……じゃない! 後ろからサソリが追っ掛けてきている!

 このまま走り去ったら、魔物を押し付けたことになるじゃないか!


 急ブレーキから後輪を滑らせて回頭、元来た方へもどる。


「そこのパーティー! サソリが来ている! こっちで倒すから、離れていてくれ!!」


 黒い外套の4人組に声を掛けて、少し離れた場所に停車した。邪魔なゴーグルを外し、バイクをストレージにしまい、ブラストナックルに魔法陣を灯す。サソリは、50mくらい離れているが、3匹ともこちらへ向かってきている。

 これなら、接敵するまでに充填が間に合う。その時、予想外な声が掛けられた。


「おい! アンタ、もしかして、ザックスか?」

「ん?……その声はテオか?!」


 外套のフードで分からなかったが、聞き覚えのある声である。向こうのパーティーも口元の布を外すと、見覚えのある面々であった。

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