第299話 手紙の返事と試作品

 帰宅後、リビングでお茶休憩でもしようかと思ったのだが、ベアトリスちゃんにキッチンに呼ばれた。また、空き時間に色々と研究していたのか、キッチン台が賑やかだ。その中から3時のおやつ……と言う名の試食品が出て来た。薄っすらピンク色のディップと、クラッカーである。



【食品】【名称:カルトネクタルのクリームチーズディップ】【レア度:D】

・カルトネクタルとクリームチーズを練り合わせ、蜜りんごの蜜で甘さを調整したディップソース。

 パンやクラッカーに塗れば、子供が喜ぶお菓子に早変わり!

・バフ効果:HP微小アップ

・効果時間:5分



 ジャムより固めなディップソースを、クラッカーに付けて頂く。クリームチーズのコクに、ほのかな桃の香りと甘さが合わさり美味しい。ダンジョンで運動してきたので、甘い物が嬉しくて止まらない。サクサクと、2枚3枚と食べ進めたのだが、一緒に食べているベアトリスちゃんは、頬に手を当て思案に暮れていた。


「良いね。朝食のパンに付けても合いそうだ。

 十分に美味しいと思うけど、何を悩んでいるんだい?」

「……自分でも、美味しく出来たと思います。マルガネーテさんから教えてもらった桃クリームの応用なので、順当な出来ね。

 ただ、色々と混ぜているから、桃の香りと甘さが弱くなってしまっていて……」


 茹でたカルトネクタルを潰して、牛乳や生クリームを混ぜるのが基本レシピらしく、そのまま桃クリームとしてケーキに塗るのが普通だそうだ。

 ただ、茹でて潰しただけのカルトネクタルは、もっと桃らしさが有るらしい。片手鍋に残っていた物を味見させてもらうと、


「……桃味の、もそもそしたマッシュポテトか?」

「そうなんですよ。お菓子にするには食感が悪いのです。乳製品を入れれば滑らかになるのですけど、代わりに桃感が薄くなるというジレンマで……」


 折角のダンジョン食材なのだから、素材を活かした物にしたいらしい。レスミアが帰ってきたら相談する予定だったが、ナールング商会へ行ってしまったので、代打俺、となった訳だ。

 甘いジャガイモを使う日本食は、何かあったかな?と記憶の重箱を突いてみると、珍しく思い浮かんだ。


「ずんだ餅か、いももちだな。

 ずんだは枝豆を潰して砂糖を混ぜただけで、食感は滑らかじゃないし……あっ、餅がねぇべさ。

 あー、いももちはジャガイモに片栗粉か小麦粉を混ぜて、モチモチになるまで練るんだったか?」

「片栗粉か小麦粉? 繋ぎにするんですね。なら、茹でるか、焼くのですか?」

「……ええと、練った後は丸めて焼けばいいはずだ」


 いももちは北海道出身の友達が、居酒屋で語っていたな。家で簡単に出来るとか、おやつに食べていたとか。そして、都合良く魔物リーリゲンのノーマルドロップである片栗粉が沢山ある。ストレージにある在庫を多目に出して、研究用に渡しておいた。


「分量は分からないから、後は研究してくれ。

 それと、コンロ借りても良い? ヴァルトが新しいツマミを催促してるからさ」


 キッチンの片隅を指差すと、そこではエールの酒樽で既に飲み始めたベルンヴァルトがいる。帰ってくる途中で、エイヒレの催促を受けていたせいか、まだかと言いたげに、こちらをチラチラと目を向けていた。




 エイヒレを香ばしい香りが出るくらいに炙り、3人でコリコリ食べていると、フォルコ君がやって来た。匂いに誘われたのかと思いきや、俺を探していたらしい。


「昨日の報告が途中でしたからね。休憩中ならば丁度いいです、今から良いですか?」


 昨晩は帰ってくるのが遅かったため、アドラシャフトからの3通の手紙だけ受け取り、補足の報告を今朝してもらった。


 1通はノートヘルム伯爵から。

 ジョブの検証は順調に進んでいるようで、騎士団の植物採取師や採掘師が増え、ダンジョンからの収益が増えているそうだ。主に、先に進めなくなった団員にジョブチェンジを持ちかけ、増やしているらしい。

 活動域をギブアップした階層から10層くらい下げれば心理的にも平気らしく、騎士団で再レベルアップを約束すれば良い。それに、最初から採取師だった人員よりも、身を守る術を知っているので、結構安定する。ついでに、若手に付かせて、ダンジョンのノウハウを教える教官役にも出来るそうだ。


 そして、俺がマークリュグナー公爵家のアホボンに喧嘩を売った事に関しては、お叱りが来るかと思いきや、逆にお褒めの言葉が書かれていた。

 元より公爵家とは派閥が違い、対立関係にある。更に、ソフィアリーセ様が狙われていたのは、ザクスノート君と俺の2回の婚約話で把握済み。上からの理不尽な圧力に屈さず、跳ね除けたのは良かったそうだ。ついでに、トゥータミンネ様からも追記で『婚約者を庇って宣戦布告なんて、劇の一幕の様ね。わたくしもその場で見たかったですわ』なんて書かれていた。



 そのトゥータミンネ様からは、ボールペンのレシピ一式を50万円で購入した。

 先端のボールや専用のインク、持ち手部分やキャップ等をバラバラに調合し、最後にまとめて調合するのは以前と同じである。それから考えると、50万円は身内価格だな。

 更に改良もされているようで、本体のチタンが更に薄く軽量化され、側面には工房名とアドラシャフトの名前が書かれている。宣伝もバッチリ。

 部品の分だけ、何度も調合しないといけない手間はあるが、どの調合も×20本分なので、量産性がある。

 それでも、アドラシャフトの貴族には大量に売れているようで、生産はいっぱいいっぱいらしく、ヴィントシャフト家からの注文は俺が対応するように書かれていた。

 レシピを売るのはNGであるが、販売は俺の裁量で好きにして良い。最初のうちはヴィントシャフト家を通せば、貴族対応も減るので巻き込めとも。


 ……先週、ソフィアリーセ様から似たような話を聞いたな。


 ただ、お値段が1本1万円なので、売れるとしても貴族だけだろう。量産体制が日本とは違うとはいえ、消耗品でこの値段は高い。平民に売るなら、もっと普及して安くなってからと思う。取り敢えずは、ヴィントシャフト家に売って、心象を良くしよう。


 そして、オマケであぶら取り紙の束まで頂いてしまった。なんでも、元々創造調合で上手くいかなかった事に加え、ボールペンの方が忙しくなったので、平民の紙工房に下請けさせたらしい。

 そこで作っている色紙(わら半紙)を、水車を改良した自動ハンマーで叩く事で、量産が成功したそうだ。


 これもソフィアリーセ様にお裾分けして、宣伝しといてなんて書かれている。抜け目ないなぁ。



 最後の1通は、王都へ出向中のエヴァルトさんからだ。『エメラルドの封結界石』を調べに王城の地下書庫を調べているけれど、資料や本が多すぎて、未だに分かっていないらしい。

 こちらから質問した精霊については、司書書痴のリプレリーアから聞いた情報と大差なかった。祈りを捧げる石碑とか、石像がある所でも目撃情報があったくらいか。


 代わりに『始まりの地』については、有力な情報があった。


 統一国家時代の中心地にあったダンジョンが、神の啓示を受けた『始まりの聖地』と呼ばれ、信仰の対象であったらしい。ただ、それも昔の話。現在は魔物が跳梁跋扈ちょうりょうばっこする領域と化している。原因は不明だが、そのダンジョンでスタンピードが起きて国ごと混乱に陥り、奴隷だった人達(現神族以外)が反乱を起こす契機にもなったらしい。


 そんな訳で、知られている魔物の領域の中でも、最難関な秘境であるどころか、脅威度も不明だそうだ。

 挑むなら、最低限でもサードクラスで編成した軍だとか、学園長クラス(レベル80以上)のパーティーがいるだろうと、書かれていた。


 ……この情報が合っていたとしても、まだまだ先の話だな。


 その他に、エヴァルトさんの手紙には、

『君が王都に来た際に師事出来るよう、学園長に根回ししておこうと思うのだが、どうだろう? レベル70以上の上げ方や、戦い方を学べると思う。


 その代わりと言っては何だが、資料を調べるのを手伝ってくれないだろうか。『エメラルドの封結界石』については公に出来ないので、司書の手も借りられず、国王陛下から口の固い文官を1人借りているだけなのだ。

 返事を待っている』


 ……以前、学園長に気を付けろって注意されたような?

 世界で唯一のフォースクラスには興味があるけれど……ただ、条件の王都の図書館に行くのは、今は無理である。優先順位としては、ソフィアリーセ様との約束が先だから。


 ……代理人で良ければ、本を読むのが病的に好きな奴が居るので、紹介する手もあるか? 変人だけど、一応約束は守るので、口は硬そう。と言うか、図書館に籠って話す相手がいなさそうなので。




 手紙に関しては、これくらいである。

 こちらから手土産にしたリキュールや、店で売っているお菓子の詰め合わせのお礼は、口頭でもらった。アルトノート君はお菓子を喜び、トゥティラちゃんは体力作りや服作りにチャレンジしているそうだ。



 ここまでが、今朝に報告を受けた内容である。ダンジョンに行く時間が迫っていたので、帰宅後にした。

 フォルコ君が俺を探していたのは、その続きだな。


「ランハート工房長へ樹液とゴーレムコアを届けたところ、新しい試作品が出来たらしく、受け取ってきました。

 素材に関してはもっと欲しいので、特に中級以上のゴーレムコアを寄越せ、だそうです」

「バイクの試作品か!?」


 前回も早かったが、改良を盛り込んだ新型も2週間程で作ってくるとは、流石マッドである。俺の喜びように驚いたフォルコ君の背中を押して、庭先に向かった。



【魔道具】【名称:魔導バイク(試作弐号機)】【レア度:D】

・低級ゴーレムコアを動力源とした、新型のゴーレム馬?である。本体フレームはチタン製で、軽量化と耐久性を両立した。他にも揺れ対策を盛り込んであり、車輪を回して走るさまは、既に馬ではない。



 アイテムボックスから出て来た試作弐号機は、大分ゴツい自転車といった風貌になっていた。前回、改善案として出した自立用のスタンドや、ブレーキレバー、シートのスプリング入りクッション等が追加されている。

 そして、何より、ゴツいゴムタイヤが付いているので、グッとバイク感が増していた。

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