第296話 砂漠に咲く花

「レスミア、弱点は何処だ?」

「は~い、口の付け根辺りですよ。もう少し下……そこです」


 ゲイラカイトみたいなエイを広げて、弱点を教えてもらっていると、霧散してドロップ品が残された。



【素材】【名称:砂泳魚のヒレ】【レア度:D】

・シュヴィロッヘンのヒレ。表面は硬く鋭い甲殻に覆われている。甲殻部分は剥がして武具に使われ、中のヒレは珍味として食べられておる。



「珍味ですか?」

「俺も食べたことも無いけど、干物とか燻製にして酒のツマミになるって聞いた覚えがある。後はヒレ酒とか?」

「おいおい、こんな硬いのが酒になるのか?」


 酒の話題に喰い付くのはベルンヴァルトだ。エイの甲殻をコンコン叩きながら首を傾げている。恐らく、昨日持って行ったリキュールを思い浮かべているのだろう。


「流石に甲殻は剥がさないと、食えないと思うよ。丁度、午前中で覚えたスキルが役に立ちそうだ」


 ドロップした3枚の砂泳魚のヒレを手に持ち、料理人レベル25で覚えた新スキルを試した。


「〈アデプト・シェラー〉!」


 手元の砂泳魚のヒレが光り、次の瞬間には白っぽくて、ペラペラなエイヒレに変わっていた。そして、足元に何かが落ちる……剥がされた三角の甲殻である。



【スキル】【名称:アデプト・シェラー】【アクティブ】

・熟練した殻剝きで、瞬時に殻や甲殻を剥き、分別する。



 熟練したというより、魔法みたいな分別だけどな。甲殻類の殻とか、ナッツ類の殻を剥がすのに使えそうだ。スタミナッツとか、松膨栗とか、地味に面倒な作業なのでベアトリスちゃんが欲しがりそう。レスミアは既に欲しがっている。

 ついでに〈フォースドライング〉を掛けてみると、カラカラの茶色っぽい干物へと姿を変えた。


「干物はこれで良いかな? 確か、食べるときに火で炙ると、香ばしいおつまみになる筈」

「ジャーキーみたいなもんか。良いな!

 それで、酒の方は?」


 今朝方は二日酔いで苦しんでいたのに、懲りないなと苦笑して、記憶を掘り起こす。お正月だったか、炬燵コタツに熱燗ポットを置いて、誰かが飲んでいた。

 熱燗にエイヒレを入れて、マッチで表面に火を点ける。変わった飲み方だったので、思い出すことが出来た。


 ……ただ、熱燗って日本酒だよな?

 こっちのお酒で知っている種類は、エールにウイスキー、ワインにブランデー、ドロップ品だけどウォッカ。ホットワインはあったけど、ヒレ酒にして美味しいのかね?


 ベルンヴァルトには掻い摘んで説明したが、酒の種類が違うことに落胆したようだ。


「クッ、異世界の酒か……どんな味か気になるじゃねぇか」

「そっちかよ!

 まぁいいや、ヒレ酒が駄目でも、普通におつまみにすればいいさ」


「私もエイなんて初めてですから、レシピは無いんですよね。故郷の川にはこんな平ぺったい魚は居ませんでしたし。

 ザックス様、おつまみ以外の料理は知らないのですか?」


「……あまり日常的に食べる魚じゃなかったからなぁ。そもそも食べた記憶が無いよ。白身系の魚だから……ムニエルとかフライ、唐揚げみたいなレシピを応用出来るんじゃないか?

 もし、ベアトリスも知らなかったら、次の休みにでもマルガネーテさんに聞いてみるとか?」

「本当に揚げ物好きですよねぇ。分かりました。トリクシーとも相談してみますね」


 大抵の食材はカレー粉と揚げ物で何とかなる食えるので、仕方がない。白身系だとカレイの煮付けとか好きだったけど、醤油がないので例に挙げなかった。

 それにしても、ウチのパーティーは食欲に忠実だ。食材が手に入ると、いつもこうである。良い意味でね。人生に彩りを与えてくれる食事は楽しまないと損だ。

 取り敢えず、食えないサソリよりも、エイは見つけ次第狩ろうと満場一致で決まった。



 目印の岩塊が真後ろにあるのを確認して前に進む。砂山を登ったり降りたり、地味にキツイ。そんな時、先に上に登ったレスミアが声を上げた。


「砂山の上に茶色の薔薇バラが咲いてます!」

「それは陽光石が取れる花だ! 今行く!」


 手も使ってなんとか登りきると、砂の上に薔薇の花が、5輪花開いていた。ただし、茎や葉は無く、砂の上に花の部分だけ置いたかのよう。その花の真ん中には、真珠のような淡い光沢の赤い丸石が付いていた。



【植物】【名称:エケベリア・サンドローズ】【レア度:D】

・別名、砂漠の薔薇。ただし、薔薇の形をしているが、菌糸類キノコの一種である。栄養の乏しい砂漠において、光のマナを効率よく集めるために、菌糸で砂を固めて薔薇の花弁のように形成する。そして、光のマナを集めた陽光石として蓄える。

 しかし、その一方で、大きくなったエケベリア・サンドローズは陽光石がなければ、増えた花弁を支えきれない。そのため、陽光石を盗られると、崩れ去ってしまう。



「んん? キノコなのか?!」

「えー、そんな訳……花びらが固いですよ! あっ! 折れちゃった……」


 流石に驚いた。見た目は花、触ると固くて石で出来た造花のよう。菌糸で固まっているとは想像出来ない。

 鑑定文に従い、真ん中の陽光石を摘み引き抜くと、プチっとした感触と共に外れた。そして、残された薔薇の方は、重力に負けたかのように崩れ落ち、粉々になってしまう。最後は風にさらわれて散って行ってしまった。



【素材】【名称:陽光石】【レア度:D】

・エケベリア・サンドローズが太陽の光を溜め込んだ石。一見宝石のようであるが、性質としては火晶石や魔水晶の亜種であり、内包されたマナを使い切ると消えてしまう。

 魔力を少し込めると、ほんのりと暖かい熱を発するので、冬場の暖房に使われる。



 錬金術師ギルドの採取パーティーが言っていた、カイロ用の石である。鑑定文にある通り、用途としては魔水晶に似ているな。電池用か発熱するかってだけで、使うと消耗して消えてしまうところは同じだ。


「これからの時期には必要ですよ~。朝とか随分寒いですし。多めに採取していきましょう!」


 寒いのが苦手なレスミアは、残りの薔薇から陽光石を採取すると、周囲を見回し始めた。


「一応、目的の転移陣探しを忘れないでくれよ。寄り道も、目印の岩山が見える範囲に留めるから」

「はーい。スティングレイブーツで動きやすい私が回収して回ったほうが良いですね」



 それからは、俺とベルンヴァルトが真っ直ぐ進む中、レスミアは周囲の砂山に登っては陽光石を探してくれた。そのついでに、食材エイヒレ目当てのエイも索敵をお願いしておく。


 ただ、結構派手に動き回っても、〈無音妖術〉で音は出ない。反応するエイでは、レスミアが見付けられないのだった。


 その為、周遊するエイを発見した場合、レスミアが大声で挑発(notスキル)して、引っ張ってきてもらった。俗に言う『釣り』である。 魔法の効き具合を試すのには丁度良い。レスミアを追っかけてくるエイに範囲魔法をぶっ放した。


 弱点である水属性魔法は効果覿面てきめん。〈ウォーターフォール〉で呼び出した滝は、砂ごとエイを押し流し、纏めて一網打尽にした。

 ただし、溢れた水が砂山で囲まれた盆地に流れ込み、池となる。


「危なかった~! 巻き込まれるかと思いました~」

「いやいや、ちゃんと坂を登ってきたタイミングを狙ったからね。レスミアの早さなら大丈夫だったろ?」


「そうですけど……でもこの暑さなら、少しくらい水を被っても良かったかな。水浴びすると気持ち良さそう」

「砂混じりの池だから、止めときなって。帰ってからシャワーなり、お風呂なり入った方が良いよ」


 ……どの道、水着で水浴びが出来る環境でもないからな。〈宵闇の帳〉無しで肌を晒そうものなら、日焼けからの黒ギャルどころか、全身火傷でこんがり焼けそう。

 そんな話をしている内に、溜まった池は周囲の砂に染み込んでいったのか、小さくなっていく。ペラペラのエイが無残にも死体を晒して……いや、捨てられたか墜落したゲイラカイトにしか見えないけど……それらも消えて、ドロップ品のエイヒレが水溜まりに残された。


「熱っ?! この水溜まり、お湯になってますよ!」


 俺はブラストナックルの〈熱無効〉のせいで分からなったが、一緒に拾いに来たレスミアはエイヒレを拾おうとして、水溜まりの外に飛びずさっていた。砂漠フィールドの過酷な環境では、オアシスも存在できないようで、水量の減った水溜まりは、あっという間にお湯溜まりになっていたらしい。「エイヒレが茹っちゃいます!」と、斜め上な心配をする様子に苦笑し、お湯溜まりに入って回収した。

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