第295話 砂泳魚シュヴィロッヘン

 スティングレイブーツの具合を確かめるべく、ウロチョロし始めた暗幕はさておき、聖剣クラウソラスを取り出した。流石に巨大な岩塊をストレージに格納する事は出来なかったので、〈サーチ・ボナンザ〉の反応が有る所まで掘ることにした。


 岩を聖剣で抉り取り、切り開き、出た岩はストレージで吸い取る。横に穴を掘っていくと、かまくらを作っている気分だ。素材は岩だけど、聖剣の前には雪と変わない。


 大分掘り進み、岩の中ほどで〈サーチ・ボナンザ〉を再使用してみると、反応が下からに変わった。そこを掘っていくと黄色掛かった茶色の石玉出てきた。鑑定してみると、



【宝石】【名称:琥珀球】【レア度:D】

・魔水晶の属性が偏り、土属性のマナが凝縮して鉱物化した物。土晶石の成り損ないだが、見た目と希少性から宝飾用として扱われる。魔水晶のように魔道具の動力にすることは出来ない。

 採取されることなく長年育った為、石玉全てが変化した。これ以上は育たない。



 説明文からして、ターコイズやカーネリアンといった、庶民の宝石の仲間のようだ。ただし、以前に見つけたような爪のような小さな物ではない。いつもの石玉が丸々全部宝石化している。レア度の低い、庶民の宝石と言われても、この大きさは驚きを禁じえない。


「こっちも凄いですね! こんな大きいの初めて見ました!」

「こんだけデカいと宝石っつーより、インテリアか?」

「ツヴェルグ工房で売っていたアクセサリーは、全部宝石で作ったブレスレットとか有ったからね。こういうのから加工しているのかもな」


 念の為、こちらにも〈相場チェック〉を掛けてみると、お値段30万円。十分に高額だがスティングレイブーツの後なので、こんな物かと思ってしまった。


「ああ、そうだ! ヴァルト、シュミカさんへのプレゼントを、これで作るのはどうだろう? 年末に合う約束したのなら、アクセサリーの一つでもいるよな?

 もちろん、レスミアにもね」

「ええ!? ブーツも貰ったのに悪いですよぅ。イヤリングとペンダントがあるから、それ以外が良いですね~」


 口では悪いと言いながらも喜ぶレスミアに対し、ベルンヴァルトは腕を組んで悩み始めた。


「悩まなくても、シュミカさんがお祭りとかで着飾っていたアクセサリーと同じでいいと思うよ。母親から譲られるってヤツな」

「それが、覚えてないんだわ。アイツ、着飾っていた記憶が無い……ダガーだの、ナックルダスターなら覚えがあるんだけどよ」


 ナックルダスターって何ぞや? と思って聞いてみたら、拳に嵌める金属製の打撃武器……メリケンサックとかカイザーナックルの事らしい。


「宝石で作ったブレスレットみたいに、宝石製のナックルダスターも作れなくはないけど……それを貰って喜ぶ女性は居ないと思うぞ?」

「そんなもんプレゼントしたら、その場で殴られるわ!!」

「アハハハッ!」


 結局、ラブレターの時と同じく、メイドトリオの監修が入る事なりそうだ。




 休憩を終えて、フリッシュドリンクを飲み直すと(俺以外)、砂漠へと足を踏み入れた。

 サラサラの砂山が幾重にも続く、砂漠フィールドの本番である。平らな砂地は思ったより歩きやすいが、砂山を登ったり降りたりする時には足が取られて動き難い。体力も余計に使っている。俺は〈フェザーステップ〉で移動したほうが、歩くより早かった。

 一方ベルンヴァルトは、ガタイと装備が重いせいで、砂に沈む沈む。飢餓の重根を杖代わりにして、なんとか進むことが出来た。〈付与術・敏捷〉も掛けてみたが、重さが変わる訳では無いので、焼け石に水である。


 そして、砂山の上に来ると、砂混じりの風が吹いてきて、時折視界を遮られる。スキーのようなゴーグルが欲しいところだ。



 そんな中、スティングレイブーツを履いたレスミアは、普段と変わらぬ様子……どころか、足跡も残さずにスルスルと滑るように歩いている。暗幕が通っても、足音も足跡も無いので、本格的に妖怪化してきているような。口には出さないけど。


 先に砂山の上に登ったレスミアが、早く来てと急かす。


「前方から、何か来ます! 砂の下を泳いでいるみたいな……多分、エイって魔物です!」


 その声に、慌てて砂山を登る。頂上から下を見下ろすと、砂が少しだけ盛り上がり、水面ギリギリを泳ぐ魚のように向かって来ていた。時折、光が反射するのは、ヒレか何かか?

 視界に映る〈オートマッピング〉にも、赤い光点が3つ表示されている。


「エイ型の魔物に効く、魔道具を試してみる。砂の中から飛び出して来るから、2匹だけ倒す。1匹はスタンが何秒効くとか、攻撃方法を見るのに残してくれ」

「データ取りだな、了解」


「あ!爆音が鳴るから、猫耳塞いでおいた方が良い」

「はーい!」


 見えないけど、暗幕が少し上に伸びた。猫耳を手で抑えたのだろう。


 ストレージから取り出した爆音弾に少しだけ魔力を注ぎ、下手投げでふわっと投擲した。砂に潜っていても〈オートマッピング〉と〈敵影表示〉のお陰で、大体の位置は掴める。そこに〈投擲術〉の補助があればってね。


 宙を飛んだ爆音弾は、魔物達の上で起爆し、爆音を轟かせた。〈ファイアマイン〉で聞き慣れた爆発音だが、こちらの方が大きい。思わず耳を塞ぎたくなるのを堪える。


 爆音は直下の砂原を少しだけ巻き上げた。音による衝撃波の影響だろう。その数瞬後には、大きな魚も3匹跳び出してきた。

 見えない釣り糸で釣り上げられたかのように、跳び上がる。空中で静止したのも束の間、砂の上にふわりと落下した。


 ……エイって言うか、ゲイラカイトか?!

 水族館で見たエイは、胴体は膨らんでいたような? 魔物だからって、内臓も入ってなさそうな薄さである。

 砂の上で水揚げされた魚のように、ジタバタするエイを見て、砂山を駆け下りた。


 砂に足を取られる俺とは違い、滑るようにレスミアが駆け下りていく。そして、暗幕とエイがすれ違うと、切り取られたエイヒレが宙を舞った。


 遅れること10秒、ようやく俺も接敵する。まだジタバタとスタンしているのでセーフ、遅刻ではない。

 このエイもサソリと同じく毒針尻尾持ちなので、尻尾側から近付いてはいけない。側面も鋭利なエイヒレが危険なので、行くなら頭からか、真上からと本には書いてあった。


 その攻略法を真似て、俺も跳躍する。そして、背中に着地すると同時に、ブラストナックルの拳を背中に叩き込んだ。サソリ相手に散々やっているので慣れたもの。〈防御貫通 中〉持ちの拳は、エイに背中を貫通して下の砂を叩いた。


 ……まだ死んでない!

 咄嗟に引き抜こうとするが、ゴムのような皮がブラストナックルの突起に引っ掛かり抜けない。

 ジタバタと暴れて危ないので、尻尾の付け根と片方のエイヒレを踏み付けて固定してから、強引に拳を引き抜く。そして、改めて頭っぽい所を撃ち抜いた。


 ようやく動かなくなったエイを腕に付けたまま、周囲の状況を確認する。レスミアの方は既にバラバラに刻まれていた。そして、残した1匹は未だにジタバタしている。既に1分くらいは経っているのに、スタン時間が長い。


「ヴァルト、エイが復帰したら〈挑発〉を掛けてくれ。どんな攻撃をしてくるのか知っておきたい」

「おう! にしても、砂漠だと待ち構えるほうがいいぜ」


 2匹の始末が終わる頃、遅れてやってきたベルンヴァルトは、重い大盾をコンコンと叩いて愚痴った。装備重量が重いのは仕方ないが、エイの攻撃力と攻撃方法によっては、盾無しも検討したほうがいいかも?

 エイが復帰する前に〈詳細鑑定〉を掛けた。



【魔物】【名称:シュヴィロッヘン】【Lv27】

・砂中を泳ぐエイ型魔物。普段は回遊しているが、探索者の足音を聞きつけると、飛び上がって攻撃してくる。噛み付きの他、ヒレに鋭い甲殻があり、すれ違いざまに斬撃してくる。また、尻尾には麻痺毒針を数本持っており、後ろから近づく者に突き刺しにくる。

 ・属性:火

 ・耐属性:風

 ・弱点属性:水

【ドロップ:砂泳魚のヒレ】【レアドロップ:砂泳魚の麻痺尻尾】



 やはり、音に反応するのか。それなら、高い魔道具を使わなくてもなんとかなりそうだ

 鑑定結果を読み上げ、2人にも展開していると、エイが正気に帰った。スタン時間は3分程、思った以上に長い。


 エイは身を捩り、ヒレで砂を掻き分けるようにして潜ると泳ぎ始めた。


「おい! 隠れてないで、さっさと掛かって来い!」


 ベルンヴァルトの〈挑発〉が掛けられた。音に反応するので、砂の中でも問題なく〈挑発〉の効果がでたようだ。ベルンヴァルトを中心にぐるぐると泳ぎ始める。まるで、獲物を狙うサメのような動きだ。1匹なので、正面に捉える事が出来るが、3匹に囲まれると面倒そう。


 そして、砂の中からエイが跳び出す。予想以上の跳躍力で、ベルンヴァルトの少し横を通り過ぎる。その鋭いエイヒレは首元を狙っていた……しかし、ガードしているのでセーフ。大盾が金属音を引っ掻くような音を奏でた。しかし、すれ違った直後、ベルンヴァルトが前によろける。


「うおっ!」


 少し離れた所で観戦していた俺からは、見えていた。すれ違った後に尻尾の一撃がベルンヴァルトの背中を襲ったのだ。2段構えの攻撃とは思わなかった。


「大丈夫か?!」

「後ろから押されただけだ! 痛くはねぇ!」


 ベルンヴァルトのジャケットアーマーは盾役用なので硬革部分が多い。背中にも硬革で覆われているのが功を奏したようだ。


 ……俺だとヤバかったかも?

 俺のジャケットアーマーの硬革部分は、肩とか肘、心臓から腹に掛けてしかない。普通の雷玉鹿の革で防げるか分からないが、毒針で試したくはない。


 そうこうしている間に、再びエイが跳び上がる。今度はすれ違うのではなく正面だ。体当たりかと思いきや、ガパっと大口が開いて大盾の上部に喰い付いた。ガリガリと金属を擦る嫌な音が鳴る。


「うっせぇ! 俺の盾を食うんじゃねぇ!」


 ベルンヴァルトは大盾を持ち上げて、クルリと回す。そして、エイが噛み付いたままの上部を下にして、砂へと叩きつけた。堪らず口を離したエイに待っていたのは、トゲトゲの棍棒である。

 すかさず振り下ろされた飢餓の重根が、エイの腹を叩き潰した。


 ……お腹側は多少柔らかいっと。それにしてもエイの口って、下側じゃなかったか?


 未だ右腕に突き刺さったままのシュヴィロッヘンを取り外し、観察する。スティングレイブーツと同じく、細かいビーズのような鱗が背中には生えており、その下の皮はゴムのように弾力があった。そして気になる頭を調べてみると、どうやら顔の正面が、ガマ口のように開くようだ。中には鋭い歯がびっしりと生え揃っており、喰い付かれたら、腕とかミンチにされそう。

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