第293話 (閑話)手紙の行方(後編)

 アドラシャフトまで戻って来ました。本来ならば転移ゲートを使い、ヴィントシャフトへ戻る予定でしたが、一旦宿で一泊することにしました。もちろん、レスミアと会うためです。


「明日は、貴族街の門へ行ってきますね。上手く取り次いで頂ければ、客人として入れますし、無理ならレスミアを呼んでもらいます。

 レヒルンはどうします? 先にヴィントシャフトへ戻っても良いですよ?」

「……いや、駄目だった場合も考えて残るよ。

 美人な奥さんと、可愛い息子を置いていく訳がないだろう。それに帰ったら、今度は別の町にいる従兄弟の所へ出張する予定だからね。ここで一泊して旅の疲れを癒やすのもいいさ。

 取り敢えず、下級貴族への伝がある商人の確認と、くだんの探索者……ザックスの噂でも集めてくるよ」


 アドラシャフトは大きな領都で治安は良いので、護衛を一人ずつ残し、他の者には休暇を与えました。往復と滞在で20日間の出張だったにも関わらず、帰還直前で足踏みをしている状態です。これくらいの息抜きは必要でしょう。

 もちろん、護衛に残る人には出張手当に上乗せを約束しています。



 翌朝、レヒルンとは宿の前で別れて別行動し、私は中央門へ向かいました。私はヴィントシャフトの貴族街に入る許可証……セカンド証は持っていますが、アドラシャフトでは使えません。それでも、他領の貴族街に入れる身分という証になります。


 門番の騎士に要件を話し、セカンド証を見せると、態度が軟化しました。


「要件は分かりました。巡回する騎士に手紙を持たせましょう。明日か明後日には返事が来ると思います」

「すみません、そこまでのんびり出来ないの。これで、何とかなりませんか?」


 騎士の手を取り、銀貨を1枚握らせました。そして、手を握ったまま、上目遣いで笑い掛けます。袖の下は勿論、男性ならば効果は覿面てきめんです。


「御婦人がお困りならば致し方ありませんな。私が伝令として馬を出しましょう」


 私を貴族向けの待合室に案内すると、笑顔を騎士は気分良く出て行きました。窓の外を騎乗して通る際にも手を振っていたので、私も笑顔で振り返しておきます。


 ……レヒルンを落とす時には、胸を押し付けるくらいに攻めましたけど、結婚した今は出来ません。それでも物事を円滑に進めるには、このぐらいはセーフでしょう。



 1時間後、騎士が戻ってきて、口頭で返事をくれました。


「領主様の屋敷の執事に問い合わせてみました。レスミアという少女が、数日前まで離れに滞在していたのは確かですが、既に出立済みで居ないそうです」

「出立済み?

 ……あの、どちらへ向かったとかは?」

「申し訳無い。そこまでは、教えてもらえませんでした」


 レスミア本人がいれば話は早かったのに……恐縮する騎士にお礼を言い、中央門を後にしました。


 次に向かったのは商業ギルドです。数日前まで領主様の離れにいたのなら、出立準備で商人を呼んでいるかもしれません。

 知り合いのギルド職員に尋ねてみたところ、


「領主様の館じゃなくて、離れの方?

 ああ! それなら変な話があったな!

 酒問屋の店主が笑っていましたね。酒場を開くみたいな量の酒を、樽ごと何個も買って行ったそうですよ」


「酒樽ごと?」


 ……レスミアはお酒が苦手な筈なので、違う人かしら? いえ、件のザックスと言う恋人が、酒豪の可能性もありますけど。念の為、酒問屋の名前と場所を教えてもらって、お暇しようとした時、ギルド職員が手紙を1通持ってきました。


「ナールング商会なら、またドナテッラに行きますよね?

 手紙の配達、受けてもらえませんか?」


「ええ、定期便は出しているので……その手紙、差出人は誰です?!」


 見覚えのある封筒の柄にピンッときました。往路で実家まで運んだ封筒と同じだからです。


「名前は……レスミアとなっていますね」

「その配達依頼、お受けしますわ」


 配達依頼の手続きを交わして、手紙を受け取りましたが、ギルド検閲済みの封蝋がしてあり、中をあらためることが出来ません。

 国境を跨ぐような手紙には、ギルドか騎士団の検閲が入ります。その一方で、配達人が中身を見たり、すり替えたりしないように封蝋がされるのです。届け先のギルドに持って行くまでに、封蝋が壊れていると罰金が科せられます。

 つまり、手紙が手に入っても、ここで読むことは出来ません。ナールング商会として受領したので、破ると信用問題にも成りかねません。


 ……ナールング商会の次の便は、まだまだ先です。レヒルンに相談して、部下に持って行ってもらいましょう。



 その後、教えてもらった酒問屋にも聞き込みをしたものの、大した情報は得らませんでした。大量購入したのは鬼人族と聞いて、納得でしたが。


 お昼時に宿に戻ってレヒルンと情報交換をします。1階にある酒場では話し難いと言うので、借りている部屋に食事を運んでもらいました。離乳食を終えたティクムも、子供向けの食べやすい食事を注文しています。柔らかめのパンや、柔らかく煮込まれた野菜スープを一生懸命頬張る様子は、愛おしくて堪りません。


「知り合いの店に行ったら、丁度、男爵家の使用人がいてね。ザックスについて聞けたけど……大分怪しい人物だよ。

 領主様の嫡男……の影武者だった男で、嫡男が事故死したのと同時に、遠くの村に飛ばされたらしい」

「影武者……身代わりのそっくりさん、だったわね?

 領主とはいえ、上位貴族なら居るのかしら? 私が読んだ本だと、王族だったけれど」


「そこは分からないが、飛ばされた村がランドマイス村だったらしい」

「そこってレスミアが滞在していた村……そこで出会ったのね」


「多分。そこで功績を立てて、アドラシャフトへ戻って来たんだけど、今度は嫡男用の管理ダンジョンを寄越せって、要求したらしいよ。

 それに怒った伯爵と、婚約者が領外に追放したとか……」

「領外に追放?!

 ……いえ、ちょっと待って。実家で読んだレスミアの手紙には、伯爵家に歓迎されたってあったわよね?

 確かに、レスミアは出立済みで居ないらしいけど……」


「そこなんだよ。所々変なんだ。

 別の人からの情報だと影武者じゃなくて、記憶喪失の嫡男になっていたし。

 それに嫡男の婚約者は、ヴィントシャフト家のソフィアリーセ様だ。そして、領外に出たって話も、行き先はヴィントシャフト領らしい」


「あ~、何年か前に、アドラシャフトとヴィントシャフトの婚姻が進められているって、話題になったものね。

 ……待って、そこも変じゃない!?

 領主様と婚約者が怒って、何でヴィントシャフトへ追い出すの?

 だって婚約者のお膝元よ……普通は関係無い領地に飛ばさない?」


「下級貴族の使用人だからね。面白可笑しく捻じ曲げられているのかも知れないよ。

 ただ、その真偽を調べるのも難しい。もう少し上の貴族になら、事情を知っている人も居るかも知れないけど、俺も出張の予定があるからなぁ」


 今日の夕方にはヴィントシャフトへ戻り、明日には出張だと、嘆くレヒルンは名残惜しそうに息子を抱っこしました。


 その不安はわかります。

 ヴィントシャフトの領主のお嬢様と仲が悪い。そんな男とレスミアが恋仲であるのは、少し不味いです。直接的な関係ではないけれど、ヴィントシャフトで営むナールング商会が不利益を被るかも知れないからです。

 貴族街の土地は、領主様から許可を得て借りているだけなので、最悪の場合、追い出される可能性もあるかもしれません。


 ……私の家族が、新しい家族に迷惑を掛ける訳には行かないわ!

 この不安が的中した場合、婚約は却下した方が良い。その為には、先にお父さんへ話を付けておかないと……


 ヴィントシャフトの何処かにいるレスミアを探すより、手紙に事情が書いてあると期待して、直ぐに相談できる道は……

 意を決して、商業ギルドで受領した手紙を見せました。


「その真偽は、コレを読めば分かるかも知れないけど、宛先の実家の街まで持っていかないと駄目なの。

 ……私が馬で運ぶわ」

「妹さんの新しい手紙?!

 待ってくれ。それは危険だ。護衛の一人に運ばせれば良いじゃないか。リスレスが行く必要は無い!

 それに、依頼を反故にする行為だが、ここで中身を見たっていい! 罰金くらい……」

「それは駄目! ナールング商会の名前に傷が付くでしょう!

 それに、内容次第では、お父さんと相談したいの。私が行くのが一番よ!」


「うっうぅ……うわぁぁぁん」


 子供を抱いたまま口論をしてしまった為、泣き出してしまいました。慌てて夫婦揃って、あやしに掛かると、泣き止む頃には、焦る気持ちも収まっていました。



 泣き疲れた子供を寝かし付け、話し合ったところ、私が護衛2名を連れて実家へ走る事となりました。結婚前、新しい販路を維持する為、私も商隊を組んで走っていた実績があったからです。

 

「それと、アドラシャフトの新商品を少しだけ入手出来たから、実家の義母さんやお義姉さんへのお土産に持って行くと良い」

「随分と薄い紙ね。ペンで書いたら直ぐ破れそうだけど……『あぶらとり紙』? へぇ、『化粧を崩さすに顔のテカリを取る』、化粧道具みたいな物なのね」

「ああ、紙工房が貴族から製法を教えられたらしいよ。貴族から来た新しい流行だって、商人達の間では話題になっていたんだ」

「確かに平民でも、商家の奥様や接客する人は化粧に気を使うものね。

 分かったわ。お母さんにも売り込んでおくわ」


 商品の袋も薄いので、アイテムボックスの容量の隙間で運べます。アドラシャフトで仕入れられるならば、実家のメルカートの町に持って行っても、ヴィントシャフトに持って行っても利益になる商品になるでしょう。


 その後は、アドラシャフトに持っていく商品の仕入れや、私の旅支度をします。半日などあっという間に過ぎ、夕日が差す頃に転移ゲートのある中央門へレヒルンの見送りに来ました。



「じゃあ、レヒルンいってらっしゃい。ティクムの事は、義母さんと、乳母にお願いしてね。

 ティクム、ちょっとの間、寂しいけれど元気でね」

「ああぅ、ママァ」

「リスレスも気を付けてね。一昨日までの往復は何事も無かったけど、用心するに越したことは無い。ましてや、馬に乗るのは数年ぶりだろ?」

「ベテランの護衛もいるから大丈夫よ。出来るだけ早く帰るから」


 長い抱擁を交わし、別れを惜しんでから、転移ゲートへ見送りました。

 私は護衛と共にアドラシャフトで一泊し、翌朝に実家へと出発します。




 馬車では7日掛かる工程を馬で走り、5日目には街へ辿り着きました。実家は後回しにして、先ず商業ギルドへと駆け込みます。案の定、寝ているアミーを叩き起こしました。


「アミー! 起きなさい!!」

「にゃにゃにゃ! 寝てないにゃよ!

 って、アレ? リスレス? 貴女、嫁ぎ先に帰ったんじゃ?」

「そんな事はいいから、手紙の処理をして!」


 目を丸くして驚くアミーを急かして、手紙の受領処理を終えると、今度は実家へと急ぎます。


「いらっしゃいませ~……て、リース姉ちゃん?! どうしたの? 忘れ物?」

「スティラ、急ぎなの、お父さんとお母さんは?」

「奥で帳簿を付けていると思うけど……」


 店に入ると、売り子をしていたスティラが驚いて尻尾が膨らませました。猫族や、猫人族では良くあることなので、頭を撫でてから奥の部屋に向かいます。


 妹と同じ様に驚く両親に、軽く事情を話してから手紙を開封しました。




「何か惚気話が増えているけど、伯爵令嬢のソフィアリーセ様とは仲が良いのね。しかも、第2夫人を確約してもらったとか、高待遇過ぎるわ!

 良かった~。これならナールング商会には悪影響どころか、上級貴族への伝手にもなりそう!」


 手紙を音読し終えたところで、胸を撫で下ろしました。

 最悪の事態どころか、良縁になりそうです。恋人のザックスについての出自は書いてありませんが、アドラシャフトの領主様や家族とも仲が良いらしく、追い出されたなんて噂はデマだったのでしょう。


「つまり、どういう事だ?」

「レスミアは愛人じゃなくて、第2夫人? それって、私とスクリみたいな間柄って事よね?」


「お母さんの言う通りよ。つまり、ヴィントシャフトの領主である伯爵家と親戚になるって事ね。ザックスの出自に依っては、アドラシャフトの領主様もかしら?

 良かったわね。また事業を拡大出来るわよ」


「無茶を言うな! 今でも手一杯なんだ! これ以上の仕事は出来ん! 販路は増やさんぞ!」

「あっそ。じゃあ、向こうの領主様にお断り出来る?」


「他国とはいえ、上級貴族様の申し出を断われん……うぉ!『ガタンッ!』痛ッッ!」


 興奮しすぎた父は急に立ち上がり、踵を返した所で、椅子に足を引っ掛けて転んでしまいました。


「こ、腰が~」

「あらあら、大変。ポーション取ってくるわ」


 母が店の方に行き、ポーションを持って来て飲ませました。しかし、それでも父は、腰が痛い、仕事は増やせん等とグチグチ言います。

 段々と相手にするのが面倒になってきました。すると、母が寝転んだままの父の尻を叩いて、溜め息を付きます。


「本当にもう、情けない人ねぇ。

 もういいわ、リスレス、貴女が代理で婚約の許可を出してきなさい。レスミアがヴィントシャフトに居るなら、丁度いいわよね?

 ついでに、伯爵家の伝手とか、持っていって良いわ」


「あの、お母さん? 一応、嫁に出た他家の人間なんだけど……お母さんがヴィントシャフトに行った方が良いんじゃないかしら?」

「私も嫌よ~。他国とか、都会とか怖いじゃない。お兄ちゃんは、仕事の中心だから駄目ね。そうなると、行けそうなのは……」


「はい、はい、はい! 私が行きたい!

 ミーア姉ちゃんにも会いたいし、ダンジョンも気になる!」


 声がした方へ振り返ると、店への扉の隙間からスティラが顔を出して手を挙げていました。立ち聞きしていたのでしょう。流石に未成年なので、まだ早いと言い含めようとしましたが「ティクムちゃんも馬車に乗ってきたじゃん!」と、言い返されてしまいます。

 今回は馬で来ている事、成人で行ける人がいたら、そちらを父の代理人にすると母に了承を貰い、スティラの立候補は保留にしました。


 しかし、夕飯の際に家族全員に事情を話したものの、立候補者はスティラのみ。


 ……ドナテッラの人って、のんびり屋とか、保守的な人が多いのよね。縄張りから出たがらないというか。

 販路を拡大するなど外向きの仕事の殆どが、ナールング商会の人員で担当しているのを思い出しました。


 結局、実家の馬車を借りる事で、スティラが行くことに決定。浮かれるスティラを抱えて、着替えなどの旅行準備をさせました。





 揺れ対策が不十分な旧型の馬車旅で、スティラが酔ってダウンするトラブルがありましたが、無事ヴィントシャフトへ戻って来ました。スティラの許可証を発行してから貴族街に入り、壁沿いに進めば、一ヶ月ぶりの我が家見えて来ます。息子にも会いたい気持ちを押さえながら、馬車が家に入るのを待ちます。

 馬車が止まったその時です。反対側の木窓から外を見ていたスティラが騒ぎ始めました。


「あっ! あの綺麗な髪と猫耳! ミーア姉ちゃんだ!」


 そう言うと、止める暇も無く、扉を開けて出て行ってしまいました。私も慌てて、後を追います。

 すると、そこにはスティラに抱き着かれた銀髪の猫人族……覚えている姿よりも、少しだけ大人びたレスミアでした。


「リスレス姉さん!」


 スティラを抱えたまま、レスミアが駆け寄ってきます。その姿に、色々な想いが込み上げてきました……取り分け、手紙に振り回された事も。


 なので、幸せそうに笑う頬を、思いっきり抓ってあげました。


「もう!心配したじゃない! 実家はめちゃくちゃ混乱したのよ!!」

「いひゃい、いひゃい!」


 ……これくらいは、当然の権利よね!!!




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 時系列的な小ネタ

・リスレスが2往復する羽目になった手紙……186話でヴィントシャフト行きが決まった後に出された手紙です。


 そして、リスレスが郵便依頼を受けた日に、レスミアはナールング商会を訪れていました(197話)。最初の予定通りに帰っていれば、会えていたのです。手紙のせいで振り回されたリスレスお姉ちゃんでしたw

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