第292話 (閑話)手紙の行方(前編)

 猫の国ドナテッラの南にある町メルカート。周囲を農村に囲まれ、商業の中心地なのに、あまり栄えていない田舎町……いえ、ここ数年で、少しは栄え始めた町です。


 発展の一躍を担っている私の生まれ故郷であり、足を踏み入れるのは3年ぶり。家族と再開を喜び合い、昼食を取りながら近況を話した後、ヴィントシャフトからの商品の納品を夫であるレヒルンに任せて、私は商業ギルドへ向かいました。



 懐かしい街並みを歩くと、そこかしこに木製のベンチが置かれ、猫が丸くなっています。これを見ると、帰って来たという実感が湧きました。ただのお昼寝用なのですけどね。この時期の日当たりの良いベンチは、ペットの猫と猫族で競争が激しいのです。


 そして、大通りにある大きな建物……窓ガラスではなく木窓ですけど、十分に大きな商業ギルドです。

 中に入り、カウンターにいた職員に、商隊の到着の知らせと簡単な手続きをしました。私にとっては実家でも、ナールング商会は外国の商家なので、必要なのです。ナールング商会としての用事を終え、ついでにアドラシャフトから持ってきた郵便の手続きをするべく、担当部署へ向かいました。

 そこには郵便カウンターに突っ伏して寝ている大きなキジトラ模様の猫……ギルド職員の服を着た猫族がいました。他にも職員が見えるけれど、半分以上は寝ている様子。そればかりか、来客用の長椅子で寝ている猫人族も居ます。

 現在時刻は15時前。就業中の筈ですが、ドナテッラではよくある光景です。暇になるとお昼寝してしまうのよね。


 ……外に出て実感したけど、ウチの国はのんびり過ぎます。

 ヴィントシャフトの商業ギルドを初めて訪れた際は、活気の凄さに圧倒されました。けれど、稼ごうと思えばあっちが普通なのよね。


 カウンターのキジトラ猫の模様は見覚えがあるので、その肩を軽く揺すって起こします。


「アミー、起きて、アミー。郵便の仕事をして頂戴」


 左右に寝返りを打って逃げるアミーを追いかけ、何度か揺すると、ようやく顔を上げました。眠そうに手で顔を擦り、大きな欠伸……口を開けるのが見えた瞬間に、私は目を逸らしました。

 お昼寝子のジョブの持つパッシブスキル〈大口欠伸〉は、欠伸を見たものを眠りへと誘うのです。ドナテッラでは、欠伸は見ない、見せないのがマナーとなっています。今みたいに寝惚けて、誤爆する人も多いですけど……


「ふにゃぁぁぁ、良く寝た~。はーい、商業ギルドへようこそ~って、あれ?! リスレス?! いつ帰ってきたの? ひっさしぶり~」

「お昼前くらいにね。親に孫を見せるために里帰りってところかしら」


「リスレスが外にお嫁に行ってから、3年くらいだっけ?

 まだ、お子さん小さいんじゃない? 大丈夫だった?」

「まだ1歳だもの。馬車移動は大変だったわ。よちよち歩きを覚えたくらいだから、馬車の中で大人しくしてくれなくてね」


 彼女は幼馴染のアミー。懐かしさが込み上げ、話が弾んでしまいました。昔とは違い、子供の話が多くなる。一足先に母になっていたアミーは先輩風を吹かして、色々とアドバイスをしてくれます。

 ただ、用事の途中であったのを思い出しました。


「あらやだ、アミー、先に手紙の受領手続きをしてもらえる?」

「はいはい、ご苦労様~。アドラシャフトからか……ん? コレ、貴女の妹のレスミアちゃんからじゃない?

 なんで、わざわざギルド通してんの?」


「偶々、アドラシャフトの商業ギルドで郵便配達を受けたら、レスミアの手紙だったのよ。中身が気になるし、挨拶回りもしなきゃだから、早く処理してね」

「レスミアちゃんも筆まめだよね~。先月にも手紙が来てたような?

 まぁ、良いや。封蝋もオッケー! 受領したよ~、これ報酬ね。

 リスレス、何日か居るんでしょ。赤ちゃん会わせてよ。うちの子も連れて行くからさ~」

「ええ、良いわよ。明日の午後なら空いているわ。お茶でもしましょう。急になるけれど、そっちの仕事は大丈夫?」

「へーき、へーき! 今、農閑期だから暇なくらいだよ。じゃあ、明日の午後ね~」



 郵便依頼の受領処理が終わり、報酬を貰うと、商業ギルドを後にしました。


 その後は、昔馴染みの店や、友人に挨拶をして回ります。ついでに、外国の魔道具を入荷した事も、宣伝しておきました。錬金術師の居ない町なので、こうすれば、私が滞在中に売りさばく事が出来るでしょう。



 自宅兼店舗に帰って来ましたが、何故か『臨時休業』の札が掛かっていました。


 ……昼前には営業していたのに?


 不審に思いながらも、店舗の扉に手を掛けると、鍵が掛かっていませんでした。中に入ると、小柄な猫族が掃き掃除をしています。


「今日は早仕舞いですよ~って、リース姉ちゃんか~。お帰り!」


 腹違いの妹のスティラです。明後日には13歳になる猫族で、彼女の『ジョブ選定の儀』に合わせて、孫を見せに来たのでした。

 私より7つ下で、生まれる前から知っている可愛い妹が、ジョブを得るようになるのは、ちょっとだけ感慨深いです……私の息子の方が可愛いけれどね。

 そんな妹が、箒を持ったまま小走りに駆けてきて抱きついてきました。


 ……仲の良い人に、頬を擦り付けて来る仕草は、まだまだ子供っぽいけどね。

 その毛並みの良い頬を撫でてから、ムニムニと触ります。


「ねぇ、スティラ? 営業時間はまだ2時間もあるのに、早仕舞いってどういう事?」

「お父さんが『可愛い孫が来たから、お祝いするぞ』って……」

「それは、貴女のジョブ選定のお祝いと一緒で良いって、言っておいたのに、ほんとにもう……稼げるときに稼いでおきなさいよ。

 スティラ、店を開けるわよ!」


 ひとしきり頬をムニムニした後、表の看板を変えに行きます。すると丁度、近くの精肉店を営むオジさんが、きびすを返そうとしていたところでした。


「肉屋のオジさん! すみません、今開けます!」

「おお、明日にしようかと思ったが、スマンな。冷蔵の魔道具が入荷したと聞いたら、他の奴に取られんよう直ぐにでも欲しくなってな」

「魔道具を動かす為の魔水晶も沢山入荷しましたから、一緒に買っていって下さいね」


 ヴィントシャフト謹製の魔道具を、いくつも仕入れています。いきなりの高額商品が売れた事に心を踊らせて、商売に勤しみました。




 宣伝してきたかいもあって、多少は耳聡いお客様が何人も来店してくれました。皆さん顔馴染みなので、和やかに楽しく接客していると、5の鐘が鳴り響きます。

 閉店作業をスティラに任せてリビングへ向かいました。



「おおおーー、ティクムはアンヨが上手だな。自慢の孫だぞ!」

「あらあら、ティクムちゃん、今度はこっちよ。お婆ちゃんの方においで」

「やっぱり、赤ん坊は可愛いよね~。娘達の小さい頃を思い出すよ~」


 そこでは、お父さんとファリナ母さん、スティラの母であるスクリ母さんが、私の息子を囲んであやしていました。周囲には私の小さい弟妹や、兄の子供もいて託児所のような賑わいを見せています。

 そんな中、私の姿を見つけた息子が「ママ~」と、楽しそうによちよち歩きで寄って来ます。抱き上げてあげると、お父さんが「やっぱりママが一番か」と悔しそうに呟きました。

 お父さんには一言文句を言おうと思っていましたが、ちょっとだけ溜飲が下がりました。


「お母さん達、5の鐘が鳴ったけど夕飯の準備は?

 まだなら、手伝おうか?」

「大丈夫よ。もう、殆んど出来ているから、子供達と遊んでいたの」

「そーそ~、お店をサボって遊んでいたのは、お父さんだけよ」

「おいおい、子守も立派な仕事じゃないか。書類仕事はカセウス(兄)とお前の旦那がやってくれている。商売は明日でも出来るが、孫を可愛がるのは今しか出来ないんだぞ!」


 ……やっぱり、怒ろう。


 結局、商売っ気の無さに、文句を言うハメになってしまった。




 夕飯は懐かしい故郷の料理が並べられ、ちょっとしたパーティーとなりました。お互いの近況を話し合い、私も旦那と仲が良いところを見せつけたり、カセウス兄さんの奥さんと子育ての大変さを愚痴ったりする。お母さん達が経験からくるアドバイスしてくれるまでがセットです。


 そして話は、この場に居ない妹、レスミアの話となりました。

 お父さんの伝手でアドラシャフトの農村に料理修行兼、レベル上げに行った事は知っていましたが、気になる男性が出来たのは初耳です。

 レスミアも成人して恋人を作るようになったかと、微笑ましいような、寂しいような気持ちになりました。

 そこで、アミーに手続きしてもらった手紙を思い出しました。続報が書かれているかもと。


「そうそう、レスミアから新しい手紙が来ているわよ。丁度、アドラシャフトの商業ギルドに届いていたから、手続きしてきたわ」


 宛先は両親になっていたので、まだ開けていない。手紙を渡して、読み上げてもらった。




「騎士団が出張るほどの魔物を倒した? レスミアが?」

「それは、パーティーの荷物持ちとかじゃない?

 それよりも、こっちも問題よ。恋人が出来たのは良いけど、婚約の挨拶はダンジョンを攻略してからなんて……何年掛かると思っているのかしら?

 夢見がちな男に捕まっていないか、心配ねぇ」

「しかも、アドラシャフトの伯爵が後援する探索者……騙りじゃないわよね?

 なんで、農村にそんな凄い探索者が居るの?」


 手紙に書かれていた事が、荒唐無稽過ぎて訳が分からず、皆で首を傾げました。しかし、限りのある文面からは詳しいことは読み取れません。


 お父さんなんて、「まぁ、探索者なら家には影響無いから安心だな。リスレスの時なんて販路が増えて大変だったし……」と、変な方向で安堵していた。儲けが倍増したのに、迷惑そうな様子を腹立たしく思いました。


 この場では真偽は分かりませんが、丁度帰り道です。


「本当にアドラシャフト伯爵の所に滞在しているなら、私が会いに行きましょう。ねぇ、レヒルン、伯爵邸に取り次げる伝手はある?」

「う~ん、アドラシャフトの貴族には商売出来ていないからね。貴族街の門番に事情を話して取り次いでもらうか、商業ギルド経由で手紙を出すか、下級貴族相手に商売している知り合いの商人の伝手を借りるか。

 まぁ、帰り道に試す事として、後回しにしておこう」


 私の旦那であるレヒルンも、おっとりとしていて、あまり商売には向いていないのです。もうちょっと、ガツガツ行かないと貴族相手の商売は取れないでしょう。

 夫としては優しくて大好きなのですけどね。書類仕事を早く、正確に処理できるところは自慢です。




 それから、滞在日はあっという間に過ぎていきました。

 スティラがジョブに狩猫を選ぶという予想外の出来事はありましたけど、ダンジョンに憧れるのは誰しもが経験する事なので心配はありません。メルカートの町にはダンジョンが無いので、レベルの上げようも無いのです。そのうち、アイテムボックスが使える商人か職人に変えるでしょう。


「ナールング商会の定期便で良いから、偶には手紙を頂戴ね。育児に困ったら、向こうの義母さんを頼るのよ」

「ええ、向こうは義母さんだけでなく、乳母も居るから大丈夫よ。そっちも元気でね」


「馬車の長旅でティクムちゃんが体調を崩すといけないわ。これ、酔い止めの薬草と、安眠のお香よ」

「スクリ母さんも、ポーションと解毒薬を準備しているから大丈夫よ。でも、ありがとね」


「リース姉ちゃん、ミーア姉ちゃんに宜しくね!」

「スティラも、看板娘としてお店の手伝いをお願いね」



 別れを惜しむ家族一人ひとりに話しかけ、帰路に着きました。

 ここからは、7日間の馬車移動です。途中の農村や野営地で寝泊まりして、4日ほどで国境。関所を通ってからも3日ほどの旅程です。

 子供のために、揺れの少ない貴族仕様の高級車を用意したのですが、それでも大変でした。ティクムが熱を出してしまったのです。子供が熱を出すのは良くある事ですが、移動中では十分に休めないので殊更心配しました。特に今回は長旅なのと、環境が変わって実家でも十分に休めなかったのが原因でしょう……父が構い倒していましたから。

 甘い解毒薬と甘いポーションは準備していますが、甘さの中にある苦みのせいで飲むのを嫌がるので大変です。熱でぐずるティクムを抱き、スヤスヤベンダーのポプリと子守唄で何とか寝かしつけました。



 それと、山賊が出没しているとの噂もあった為、護衛を増やしたのですが、既に討伐済みであったのが幸いです。護衛の出番もなく、無事アドラシャフトへ辿り着きました。







――――――――――――――――――――――――――――――――――――

時系列的な小ネタ

・家族が知っていたレスミアからの手紙……86話でクロタール副団長にお願いした手紙や、本編開始前に送っていた手紙です。


・今回、リスレスが持って行った手紙……172話辺り、アドラシャフトの離れに滞在中に出した手紙です。リスレスが知る由もありませんが、手紙の配達依頼を受けた時には、レスミアは貴族街に居ました。ニアミス!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る