第291話 刀鍛冶師(未満)の相談
女将さんを見た時も驚いたが、今度はそれを上回る。恐竜が進化して人になる……爬虫類型の人類とか、映画や漫画で見たことがあるが、正にそれだった。エプロンとズボンしか着ていないので、上半身の鱗肌が丸見えであるし、顔もトカゲのまんまだ。
「後ろの格好良いのが、旦那で工房長のリウスよ。
……精悍な格好良さを通り越して、ちょっと怖いんだが!
ダンジョンで出会ったら、魔物と間違えそうだ。いや、流石に失礼か。蜥蜴『族』なので、人類側だと認識を改めて、こちらも自己紹介した。
「鉄鉱石は助カッタ。試作スルノニモ、包丁作るのにも沢山ツカウ。
それで、刀について知っテイルノカ?」
「……ええと、知識として大まかな事だけなら、実物を手に取るのは初めてなくらいですけど。
これも、反りのある形だけなら刀に見えるんですけどね」
試作の刀……もとい、スティールサーベルの峰側を掴んで水平になるように
実際にダンジョンでテイルサーベルを使っているが、動物型の肉や、植物型魔物は切りやすい。その反面、甲殻等の固い物には不向きで、重量で叩き切る直刀の方が良い。
ミスリルソードとか聖剣くらいになると、お構い無しに切れるけど。
「形はナ……コレを真似て作っテイル。
俺の目標ダ」
そう言って、リウスさんは背中に背負っていた物を外し、カウンターに置いた。それは、良く知った日本刀であった。黒い鞘に、装飾が施された
【武具】【名称:焔祓いの刀】【レア度:C】
・鉄製でありながらも、独自の製法で鋼へと鍛えられた為、切れ味はウーツ鋼製に匹敵する。また、火属性を備えており、浄化の炎をもって、怪異を祓う。
・付与スキル〈烈火〉〈祓い〉〈火属性耐性 大〉
……鉄製なのに、ウーツ鋼と同じレア度C! しかも、スキル3つ付き!
「オレが現役の頃ニ、宝箱から手にイレタ宝物ダ。この輝きに魅せられて、鍛冶師にナッタ」
「いやねぇ、この人のお爺さんが鍛冶師でね。子供の頃の憧れと、この武器を作ってみたいって欲求が合わさったのよ。
丁度、子供が産まれる頃だったから、探索者は引退して工房を始めたの」
ラーミナさんの方はおしゃべりなのか、工房の苦労話を話してくれた。それに交えて、リウスさんも刀の研究について大雑把に話してくれる。
食い扶持も稼ぐために、武器や包丁等の日用品を作っていたのだが、目標となる日本刀は簡単には再現出来なかった。 刃物を鍛え続けて、試行錯誤を繰り返して、形を真似る事は出来た。しかし、目標には程遠い只の鉄の剣でしかない。
その後も研究や情報集めをし続けた。鍛冶師だったお爺さんの手記から、鉄を鋼にする方法を再現して、レア度も1つ上げる事が出来たのだが……
「包丁や、サーベルにスルには良い出来ダ。しかし、刀にならん」
「鑑定しても名前が刀って付かないのよ。それに、刀身が細いせいか、固い魔物を切り付けると折れてしまうらしいわ。出来損ないって言われても仕方ないねぇ」
なまじ包丁やサーベルの出来がよく、大いに売れて評判を呼んでいるので、商売としては大成功である。
ただし、肝心のリウスさんが納得せずに、研究を続けているのだが、最近は行き詰まっているそうだ。
そんな時、刀を知っている者が現れた。俺の事である。
「大まかな事でもかまワン。有益な情報には報酬も出すゾ」
「それなら、奥さんにも話したんですが、刀を作る鍛冶場の見学と体験がしてみたいです」
「……弟子はイラン。息子に継がセル」
「いえ、そうではなく、知識としてしか知らないので、どんな仕事なのか体験したいだけです。ただの好奇心ですよ」
刀鍛冶に対する好奇心なのは本当だけど、真意は鍛冶師のジョブが取れないかな、と言う浅い考えだ。鍛冶師って技術を秘匿しているせいか、ガードが固いんだよね。アドラシャフトの専属鍛冶師のジジイも頑固で、交渉にもならなかったからな。
リウスさんもトカゲな顔で、睨んで来ている。
「ウウム……情報に依っては許可シヨウ」
怖い顔だけど、悩んでいる表情だったっぽい。貴族の笑みとは別の意味で分かり難いな!
それから、思い出した知識を話した。
釜で熱した鉄を鎚で叩き、
鍛造工程で真っ先に思い浮かんだ内容であった。
「それは、鋼を鍛える工程ダ。爺さんの手記に書いてアッタからシットル」
「あ~、それならこれはどうです?
『折れず、曲がらず、良く切れる』のが、良い刀らしいです。ただ、硬い鉄なら良く切れるけれど、柔軟性が無くて折れやすい。柔らかい鉄なら折れ難くなるけれど曲がり易くて切れ味は鈍い。
この二律背反を両立させる為に、刃の部分は硬い鉄、刀の芯材は柔らかい鉄。と、いった具合に組み合わせているらしいです」
有名なフレーズなので、何とか理由まで思い出せた。ただし、実際にどうやって組み合わせるのかまでは分からない。
「ううむ、
「すみません。技術的な事は知らないので、そこは研究してくださ……ああ! 実物を見るって手もありますよ?
具体的には、その刀を折って、断面を見るとか……」
閃いたアイディアを提案してみたところ、リウスさんは口をあんぐりと開けてしまう。そして、数秒の硬直の後に、刀をアイテムボックスへ隠してしまった。
「ウチの家宝を壊せる訳がナイダロウ!
とんでもないこと言う奴ダ…………いや、その手がナラバ、折ってもいい刀を用意スレバ良いノカ!?
ウム、入手は君に頼ム。ギルドに指名依頼をしてオクゾ!」
投げた提案がブーメランとなって、返ってきてしまった。仕事の依頼なら仕方がない。自分の撒いた種ならぬブーメランなので、条件や報酬等を詳しく詰めた。
因みに一番知りたかったという、美しい
ある程度鍛えた刃に土を盛り、焼いた後に水に入れて急激に冷やす……と、出来る筈。何の土だとか、温度だとか、なんで水に入れるのとかは忘却の彼方である。中学生くらいの時に興味が湧いて調べただけなので、大分昔だからなぁ……
いっその事、模様の出るウーツ鋼を、表面に薄く重ね《コーティング》たらどうかと提案してみたけど駄目らしい。あくまでも、宝刀の再現が目的だそうだ。
「それじゃ、この骨スキ包丁が報酬で、こっちがお買い上げのケーキナイフね。
それと、切れ難くなった包丁があれば、ウチの店に持ってきなさい。メンテナンスもやっているからね」
「はい、その時は宜しくお願いします」
交渉の結果、鉄鉱石の納品のお礼+刀の情報料として、ベアトリスちゃんが欲しがっていた骨スキ包丁を頂いた。ケーキナイフはお菓子屋用なので、経費で購入。刃渡りが30cmもあるので、ほぼ武器と言ってもいい。ダガーより長いこれは、大きなホールケーキを切るための物らしい。
短いケーキナイフでは、刃を入れる回数が多くなり、断面が崩れたりする。綺麗な断面にするには一回で切るのが一番であり、その為にホールサイズよりも長い刃渡りが必要なのだそうだ。
……お菓子の納品依頼のホールサイズが、段々と大きくなっているのも関係してそうだな。うん、必要経費である。
鍛冶場体験は、刀の入手依頼の報酬となった。ただ、ダンジョンで入手するなり、レアショップで買うなり、入手方法は問わない。その分、経費として刀の相場の値段で買い取ってくれる。
他の店で買って来れば、儲けにはならないけど、手っ取り早く終わる。経費の限度額はあるけどね。上手いことスキル無しの刀があれば良いな!
休みの日にでもツヴェルグ工房とレアショップを見に行こう。
「ザックスさん、2本も買って頂いて、ありがとうございます!」
「こちらこそ、いつも美味しい食事をありがとう。仕事道具みたいな物だから、気にせず存分に使ってくれ」
「おお?! 嫁が居ないからって、さっそく浮気~? ミーアに言い付けちゃうぞ~」
はにかむベアトリスちゃんの後ろから、フロヴィナちゃんが抱き付きからかってくる。茶化すような言葉だけど、バッサリと返しておく。
「只の従業員と雇い主だよ。日々のお礼を言うくらい普通だろ。
そういえば、フロヴィナは欲しい物はなかったのか?」
「私は、程々に出来れば良いからね。包丁なんて出刃包丁で十分だよ。
あ! おねだりして良いなら、アレが欲しいな~」
ベアトリスちゃんに抱きついたまま、その服を引っ張った。
意味が分からないので、先を促すと、
「ミーアから聞いたよ~。30層のボスから、服にも使える布みたいな花が手に入るんでしょ?
マルガネーテさんみたいな、側使えのお仕着せにも使われているんだって……私も一着分欲しいな~」
「なんだ、そんな事か。もちろん良いよ。女性向けの装備になるって聞いていたから、欲しがると思っていたからね。
ただ、1着と云わずに3着分くらいは、いるんじゃないか?」
貴族街に行く私服用、メイド服用、ダンジョンでのレベル上げ用が必要だろう。どの道、いい値段で売れるらしいので、周回して稼ぐ予定である。そのついでに女性陣の分を揃えるのは吝かでもない。
それに、今後の事を考えると、彼女達の装備品も必要となる。流石に30、40層と下層のボス戦に連れて行くのに、革のドレスじゃ心配になる。
そんな話をしたのだが、2人の反応は鈍い。
「……料理人のスキルで良さ気なものがあればお願いします。先にミーアが覚えて、使い勝手を教えてくれると思いますので」
「私は遠慮しときたいな~。ダンジョンは怖いしねぇ。
レベルも20もあるば熟練職人としては、もう一人前だし~
後はのんびりやってくよ~」
フロヴィナちゃんは手をヒラヒラと振って、やる気無さげに答えた。
平民ならそれでも良いけど、俺のパーティーにいる以上は強制だな。
「駄目です。雇い主の権限として、10層ごとのレベル上げは参加してもらうよ。
レベルが上がれば、スキルだけじゃくて、ステータスも上がる。怪我や病気になった時も、HPは高い方が良いって聞くからね」
「えー、横暴だよ~」
「普通はお金払って護衛を雇うのに、文句を言われてもなぁ……最悪、また籠入りで運ぶよ?」
「それなら、もっと快適な籠にしてよね~」
カプセルホテルじゃないんだから、背負籠に居住性を求められてもねぇ。
そんな雑談をしながら帰宅した。
その夜は珍しく3人だけの夕飯となった。レスミアはお泊まりで居ない。そして、アドラシャフトに向かったフォルコ君とベルンヴァルトは、夕飯時になっても帰ってこなかった。こういう時は、連絡手段が無いので困る。
「二人の分は取っておきますから、先に頂きましょう。折角の料理が冷めてしまいます」
「案外、向こうで夕飯を食べて来るかもね~」
とは言え、女の子が2人も居て、観劇のネタもあるので話題には事欠かない。あのシーンが良かったとか、役者さんが格好良い可愛い、次は何を見たいなんて楽しく話していたら、時間はあっという間に過ぎていく。
夕飯後、お風呂の順番待ちをする間に、アトリエで色々調合をした。減った商品の補充や、大量に手に入った珪砂から、薬瓶を大量生産しておく。透明なガラス瓶は、これを材料に調合するので、2度手間であるがしょうがない。
ダイヤモンドについても、新しい構想が浮かんだのでチャレンジをする。そして、何回目かの途中で、6の鐘が鳴り響いた。20時の就寝の鐘だ。今回の創造調合も失敗ばかりだったことに落胆しつつ、片づけをしていると、アトリエのドアがノックされた。「空いてるよー」と声を掛けると、扉を開けたのはフォルコ君だった。
「お帰り、遅いから少し心配したよ」
「只今戻りました。それと、遅くなった理由は後にして、手を貸してもらえませんか?」
フォルコ君に頼まれて玄関先に回ると、ウチの幌馬車が停車されている。そして、その中には寝転んだベルンヴァルトが居た。理由は聞かずとも大体察せた……馬車の中が酒臭かったからだ。
「シュミカさんと仲直りは出来たようで、そのパーティーメンバーと一緒に酒盛りしていたそうです。午前中からずっと……
それと一応、迎えに行った時は、リキュールは無事でしたね。見た目が綺麗だからって、酒の肴にされていましたよ」
「……まぁ、首尾良くいったなら良いさ。〈ライトクリーニング〉! …………〈付与術・筋力〉!」
流石に鬼人族は重い。付与術で強化してから、なんとか背負って、ベルンヴァルトの部屋のベッドまで運び込んだ。ただ、吐く息も酒臭い。〈ライトクリーニング〉では体内まで浄化してくれないので仕方がないが、間近でアルコール臭を嗅がされると、こっちまで気分が悪くなる。
結局、フォルコ君の報告も明日にして、先に風呂に行くことにした。
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次回と次々回は、他者視点による閑話『手紙の行方』が入ります。少し長くなったので前後編の2話です。
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