第290話 桃源郷と刃物店
お姉さんに駆け寄るレスミア。しかし、お姉さんはハグで返すのではなく、両の頬を引っ張った。物凄い笑顔だけど、目が笑っていない。
そして、猫を抱えたままのレスミアは反撃も出来なかった。何か反論しようと口を動かしているが、頬を引っ張られていては、ウニャウニャと言葉にならない。
そんな、姉妹のスキンシップを遮ったのは、胸と胸に挟まれていた猫だった。4つの大山に猫パンチを入れて、峡谷からスルリと脱出する。
スティラと呼ばれていた猫は、身を翻すとお姉さんに追撃した。胸に猫パンチ連打だ。「ちょっと、スティラも止めなさい!」と、堪らず胸を両手でガードする。
……羨ましい! 俺も猫ちゃん抱っこしたいし、胸に挟まれていたみたい!
ポインポインと揺れる眼福な光景に、思わず見入ってしまったけれど、悪くないよね?
開放されたレスミアは両頬を押さえながらも、笑顔で不満を返す。
「もう! リスレス姉さんってば、私もう成人したんだからね! 子供にするみたい頬を摘まないでよ!」
「ミーア姉ちゃん、顔が笑ってるよ……
それに、リースお姉ちゃんも、馬車ではあんなに心配してたのに、怒こらないで……」
「あら、スティラ、怒ってないわ。久し振りに会った妹への愛情表現なのよ」
そう言うと、リスレスさんは妹達の頭を撫でる。レスミアは恥ずかしそうにしながらも嬉しそうで、スティラちゃんも気持ちよさそうに尻尾を揺らしていた。
……正に桃源郷のような光景だ。カメラが欲しい。何故、図鑑があって、アルバム機能が無いのか……スキルを設定した神様に物申したいくらいだ。
ひとしきり撫で終えたリスレスさんがこちらにやってくる。笑顔ではあるが、値踏みするような視線を感じて落ち着かない。ただ、こうなると予想して、新興商人のジョブはセット済みである。
「貴方がザックスさんですか?」
「ええ、初めまして。レスミアさんとお付き合いをさせて頂いているザックスと申します。
『夜空に咲く極光』パーティーのリーダーとして、ダンジョン攻略を目指しております」
「まぁ、ご丁寧にありがとう。私はレスミアの姉、リスレスよ。貴方の事は、手紙に書いてありました。婚約を望んでいることもね。
ただ……挨拶に行くにしても、私達の実家は遠いでしょう?
レスミアは『ダンジョンを攻略して、貴族になったら行く』なんて書いていましたが、それでは遅いのです。花の盛りは短いですもの、何年も婚約の手前で足踏みするのはよくありません」
平民の場合、結婚適齢期は15~20歳くらいである。婚約しておけば、結婚までに数年時間を置くこともあるが、婚約もせずに恋人状態で宙ぶらりんにするのは、遊びと思われるので良くないらしい(フロヴィナ談)。
「そこで、私が父の名代として見極めて、婚約許可を出す事になりました。妹のスティラはオマケですね」
これも後でレスミアに聞いた話である。公的には他家に嫁いだお姉さんであるが、新しい取引流通を開拓して売上を倍増させた実績から、未だに発言権が高いそうだ。下手するとお父さんよりも……
そして、妹猫のスティラちゃんは、実家の人間も了承済みと見せるための立会人らしい。本人は旅行気分だけど。
「話は分かりました。リスレスさん、よろしくお願いします。ただ、今日これからと言う訳にもいきませんので、後日改めてにしませんか?」
「ええ、もちろんです。私も今帰ってきたばかりですので……レスミア、この後時間あるかしら?
久し振りに会えたことだし、姉妹でお茶でもどう?
手紙では分からないことが多々あるの。教えてくれるわよね?」
「お姉ちゃん、笑顔が怖いって!
そんな事しなくても、今日はお休みだからお茶くらい付き合うよ……あ~でも、今からの時間じゃ、話し終わらないと思うよ」
その言葉に、ふと思い出した。村からアドラシャフトに帰った日に開催された、女子会ならぬレスミアのディナーショーは、4時間くらいの上演時間だ。うん、ミューストラ姫の劇より長い。
「それなら、ミーア姉ちゃんも泊まっていきなよ! 久し振りに一緒に寝よう!」
「……まぁ、スティラの部屋は用意するつもりだったから、構わないわよ。泊まっていきなさい」
そんな感じで話が進み、お茶会がお泊まり会となった。
久し振りの、姉妹水入らずなので、楽しんでくるようにと手荷物を渡す。ストレージに保管されているレスミアの着替え一式だ。
「ジョブも料理人に変えてください。それと、手土産にホールケーキも持っていこうかな?」
「ほいほいっと。ケーキだけじゃなくて、店で売っているお菓子も一通り持っていくと良いよ。
スティラちゃんにプレゼントだ」
俺の声に、レスミアにくっ付いていたスティラちゃんが耳をピコピコ動かし反応する。上目遣いで目を輝かせて、「お兄ちゃん、ありがとうにゃ~」と、言われると、いくらでも甘やかしたくなってしまった。
……お話し出来るニャンコとか、カワイスギル。
屋敷へと入っていく姉妹を見送った。レスミアと手を繋いだスティラちゃんが、こちらへ手を振ってくれたので、振り返す。ベアトリスちゃんとフロヴィナちゃんも一緒に。
「いや~、ミーアが妹自慢で可愛いって言ってたけど、あれは反則だよ~。前に来た犬族の執事さんは、
「確かに、あんな妹が居たら猫可愛がりするわね。
それと、お姉さんの方も凄い美人……なにより、胸大きすぎじゃない? 猫人族って、そういう種族特性でもあるのかしら……羨ましい」
自分の慎ましい胸の手を当てるベアトリスちゃんだった。
レスミアは離脱したものの、当初の予定通りに刃物店フェッツラーミナ工房へとやって来た。
この辺は平民街でも端の方なので、煙突から煙を出す鍛冶工房や、独特の臭いがする染色工房、革細工工房等など。工房が立ち並んでいる。
その中でも、小さめの販売店を兼ねている工房のようだ。
店に入ると、カウンターの奥の棚一面に、様々な包丁が並べられていた。流石に物が物だけに、勝手に手にとって見る事は出来ない。店員さんは、先に来ていた女性の接客をしているので、待つしかないようだ。
「あの骨スキ包丁、小さ目の片刃で良い感じですね」
「骨スキ? それと、包丁は普通片刃じゃないか?」
「骨からお肉を切り離す時に使う包丁ですよ。あの先端が尖っていて、細かい作業もしやすそうです。
それと、片刃もザックスさんが想像したのとは、多分違いますよ」
ベアトリスちゃんが指指したのは、直角三角形の包丁だ。
そして、剣の片刃(峰打ち出来るやつ)と
片刃は右側にしかついていない包丁。刃のある右側を骨に沿って動かすと、物凄く切れやすいそうだ。
「ダンジョン産のお肉は骨が外してありますけど、市場で売っているお肉は骨付きの物が多いですからね。こういう片刃の骨スキがあると便利なんですよ」
一人暮らししていた頃は、出刃包丁1本どころか、キッチンはさみで済ませていた覚えがあるが、プロは用途によって何本も包丁を使い分けるそうだ。
「そう言うことなら、手持ちに無い種類の包丁を買おうか。レスミアも使うだろうし、日々の料理も仕事だからね。俺が出そう。
ああ、店に絡むなら、経費にも出来るよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!
それなら、長いケーキナイフも欲しいな~」
嬉しそうに口角を上げて、キョロキョロとお目当ての包丁を探し始めた。
そんな折、先客の用事が済んだようだ。
「また、切れ味が鈍った際には、砥ぎにお越し下さい。半年に一度くらいの頻度でメンテナンスすれば、長く使えますので。ありがとうございました~。
…………お待たせしました。いらっしゃいませ。どのような刃物をお探しですか?」
こちらにやって来た店員さんは、30台半ばのお姉さんだった。頑丈そうな革のエプロンや、手にガントレットを着けているのも気になるが、目を引いたのは首元から頬である。一見、タートルネックでも着ているのかと思ったが、赤い鱗のような肌をしていたのだった。
驚いてジロジロと見てしまったが、店員さんはクスリと笑って、手をこちらに広げた。
「この辺じゃ珍しい種族、
ガントレットに見えたのは、手に生えた鱗のせいだった。人と同じ五指の手ではあるが、爬虫類のような質感をしている。
「おお……格好良い」
「ありがとね。でも、ウチの旦那はもっと格好良いわよ!」
この鱗のお陰で、熱にも強く、硬くて滅多に怪我もしないから、鍛冶仕事や刃物を扱うのに便利らしい。
こちらも自己紹介ついでに、納品依頼したこと等を話した。目的は値引きではなく、鍛冶場の見学を願い出てみたけれど、「素人が入るには危険ですので」と素気なく断られた。
代わりに、試作品の武器で良ければと、1本譲ってもらえることになったのだけれど……
「これ! 日本刀じゃないか?!」
女将さんのアイテムボックスから出てきた武器は、大小様々であるが、どれも緩やかに湾曲した片刃の剣である。
【武具】【名称:スティールサーベル】【レア度:D】
・鉄を鍛え続けることで炭素の含有量を減らし、鋼に至った武器である。鉄よりも優れた硬度と切れ味を持つ。ただし、その硬さと薄さのせいで折れやすい。
……サーベルだった?! 形は刀なのに?
手持ちのテイルサーベルもだが、サーベルってもっと幅広なような?
店の武器コーナーに目を向けると、いかにもサーベルって感じの剣が飾られている。それと比べると、細くて折れやすそうだ。
……いやまて。日本刀は『折れず、曲がらず、よくしなる』なんて、有名なフレーズがあるじゃないか。
昔見たテレビでは鉄板が切れるとか、銃弾すら切れるなんて検証をしていたのを思い出した。それを切っ掛けとして、テレビやゲームの知識を芋づる式に掘り起こす。
俺が思考の畑に埋まっている知識を掘って、収穫を始めていると、店の奥に入って行った女将さんが戻ってきた。後ろに一人付いてきている。
「あの子が、刀に付いて何か知っているみたいよ」
「ウム、駄目もとで聞コウ」
片言で話すのは、革製のエプロンを着た2足歩行の赤いトカゲだった。
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