第289話 隠れ家的なお店と意外な再会
「やっぱりさ~、パーティーでの踊りが凄かったよね! 5組の貴公子とお嬢様が舞い踊るところ!
スカートを翻して回ったり、手を繋いで貴公子に抱き寄せられたり、腰を支えられて高く飛んだりさ!
キュンキュン来たよ!」
「うーん、あれくらいの高さなら、私でも跳べそうでしたけどね。それより、10人が入り乱れて踊るのに、ぶつかりもしないのは凄いですよね。あとは、精霊役のちっちゃい子が踊るのが可愛かったなぁ」
「私は踊りだけじゃなくて、劇も良かったです。婚約者の二人が求婚するシーンなんて、熱が入っいて、こっちまで恥ずかしくなりましたから」
「はいはい、みんな右に寄って!
対面から歩行者が来てるから、危ないよ」
大通りを歩きながら、感想を言い合う女性陣に注意喚起した。左端にいたレスミアの手を取り、引き寄せる。流石に、斜めに抱き寄せたりはしないけどな。
劇が終わると、既に12時過ぎであった。劇場に併設されたレストランは高いので、フォルコ君が調べてくれた貴族街でもリーズナブルな飯屋に向かっているところである。ただ、興奮冷めやらぬ女性陣が、おしゃべりに興じてしまうのでエスコートが大変だ。
時折、相槌打ちながらも、地図を見て店を探す。大通りを超えて北側に戻るので、大分平民街寄りである。
30分ほど歩き回り、お腹の虫も鳴り始めた頃、ようやく発見した。
「あそこの家じゃないですか?
勝手口に看板が掛かってますよ」
そこは住宅街の一角。貴族街だけあって大きなお屋敷………の敷地内の端に建てられた離れのようであった。家の前の通りではなく、路地に面した所に勝手口がある。よく見たら、生け垣に看板が掲げられていた。
「隠れ家的なお店なのか? ほぼ民家だな」
「アハハッ、それを言ったら、ウチの店もそうじゃん!
多分、お貴族様の身内が開いているお店だよ〜。お腹空いたから、行こ、行こ!」
そう、フロヴィナちゃんは笑いながら、店の扉を開けた。そこは、テーブル4つにカウンター席がいくつかという、こぢんまりとした店だった。昼食時間には少し遅めだが、半分は席が埋まっている。
「いらっしゃいませ~。こちらの席へどうぞ~」
ウェイトレスではなく、メイドさんが接客していた。テキパキとテーブル上のお皿を片付けると、席を勧めてくれる。
……確かに、ウチに似ているな。メイド服な辺り。
メニューを持ってきてくれたので、女性陣にお任せした。料理人コンビが食べたい物を頼めばいい。そうすれば、家のレパートリーも増えるから。
レスミアとベアトリスちゃんが、早速メニューを広げて相談し始める。長くなりそうな気配を察したフロヴィナちゃんが、お腹を押さえて「先に2,3品頼もうよ~」と懇願したため、ウエイトレスメイドさんのオススメを頼んだようだ。
その間、俺は店内を見て回っていた。壁には花柄のタペストリーが飾られ、展示棚には様々な小物が飾られている。レース編みのポーチやコースター、ぬいぐるみ、テーブルクロス、ルームシューズ等など。値札が付いているので、販売もしているようだ。
「そちらの小物は、当店の店長でもある、お嬢様が作られた物です。気に入った物があれば、手に取って見てくださいませ」
料理を運んできたウエイトレスメイドが教えてくれた。店長でお嬢様……フロヴィナちゃんの言ったように、貴族の娘さんに違いない。素人目にもレース編みや刺繍が細かくて複雑なデザインだからだ。
……貴族の奥様は錬金術師を副業にすると聞くが、錬金術師以外の場合の副業だろうか?
まぁ、女の子向けなので、そこまで興味は惹かれない。それよりも、運ばれてきた料理の香りに誘われて席に戻った。
テーブルに並べられたのは、人数分の緑色のスープ……お馴染みになってきたプリンセス・エンドウのだな。
そして、大皿には大きなピザが乗せられている。まだチーズがクツクツと動いているそれは、焼き立てで食欲を誘う香りを発していた。
これには抗えず、皆いそいそと自分の取皿に取り分けた。
「トマトソースに、キノコたっぷりで美味しいですね。完熟オリーブの酸味もチーズと合いますし、ダンジョン産の塩漬けかなぁ?」
「生地もモチモチしてて、良いわね。具材とソースの濃さに負けてないわ」
確かに美味い。オーブンで焼かれたピザの耳は、外はカリカリで、中はモッチリしている。耳の中にチーズとかソーセージが入っているのも好きだったが、ここまでモチモチしているとノーマルのも良い。
ピザは具材違いで何種類かあるようなので、追加注文していると、先にクレープがやってきた。甘いデザートではなく、肉や野菜が挟まれたオカズクレープというヤツである。小さめに作られており、何種類か大皿にまとめて出てきた。
その内の一つは、頭から美味しそうなベーコンが頭を覗かせていたので、手を伸ばす。薫香の良い匂いと、塩気を帯びた脂が口いっぱいに広がる。くどいかと思いきや、千切りのキャベツとモチモチの生地で中和されて、良い塩梅となる。美味い。
「私のは蒸し鶏とサラダみたい。オレンジソースも合うわね」
「見て見て、ポテサラ巻きだよ~。これなら、余ったポテサラの再利用も出来るんじゃない。
ん? ミーアどうかしたの? 難しい顔してさ」
「う~ん、このモチモチ具合に覚えがあるような、懐かしいような?」
この店に来るのは初めてなのに、首を傾げて記憶を探っていたようだ。そんな様子のレスミアを見て、ベアトリスちゃんがこちらを指さした。
「もしかして、アレじゃないかしら? 故郷の味ってね」
指先に沿って後ろを見ると、壁にポスターが貼ってあった。
『隣国ドナテッラから直輸入! 当店のパンやピザには、上級貴族にも人気なエノコロ小麦を使用しています!
お取り扱いの相談はナールング商会まで』
「ドナテッラって、レスミアの故郷の国だよな?
それに、ナールング商会なら確定じゃなないか?」
「そうですけど……あ~、もしかしてお姉ちゃんのせいかも?」
食料品を取り扱うレスミアの実家の商店は、お姉さんがヴィントシャフトに嫁いで販路を広げたと聞いている。そこから考えると、この店はレスミアの故郷の小麦を使っているに違いない。
「普通の小麦よりも、モチモチするパンになるのが特徴なんですよ。
ただ、故郷のより、モチモチ感が少ないかな?」
首を傾げたレスミアは、ピザの耳を指で摘みフニフニと揉む。モチモチ感が似ているけど、足りないので気付けなかったらしい。
そんな疑問に答えたのは、やはり料理人のベアトリスちゃんだ。
「もしかして、小麦粉をブレンドしたんじゃないかしら?
アドラシャフトの本館のパンは、専用のレシピで作られていて、ふわふわモチモチで美味しいって聞いた事があるの。
普通の小麦粉にエノコロ小麦を混ぜれば、程良くモチモチ感が増すんじゃないかな?」
ただし、見習い料理人兼下級使用人だったので、レシピはおろか食べたこともなく、推測だそうだ。
それから、エノコロ小麦の事は一旦置いておき、料理を食べながら料理談義が始まった。目に見える具材だけでなく、ソースの材料にまでメスを入れている。自分の舌で感じ取って、味を真似るのは料理人としては当たり前の行動らしいが、お店としては迷惑だよなぁ……時折、近くを通るウエイトレスメイドが、こちらに目を向けていた。営業スマイルだけど、ちょっと怖い。
俺とフロヴィナちゃんは、そこまで詳しくないので、相槌を打つ程度である。後は、
「う~ん、やっぱり実物のエノコロ小麦も欲しいわ。ミーア、お姉さんの伝手で手に入らない?」
「ふっふ~ん。その点は抜かりがありませんよ!
ザックス様は大麦が好きなようなので、実家への手紙に書いておきました!
エノコロ大麦とエノコロ小麦を、身内価格でお姉ちゃんの商会経由で送って欲しいって!」
因みに、仕送りの催促ではなく、身内価格で発注したそうだ。
変なとこで商人の娘らしさをみせるよな……
昼食を終え、食後のお茶と観劇の感想で盛り上がること1時間。話のネタは尽きないが、ランチタイムの営業が終了との事で店を出た。
まだまだ、おしゃべりし足りないらしいのが、女性の
「ご近所で評判の刃物店に行ってみたいなぁって……」
「良く切れる包丁がお手頃価格ってオバちゃん達に評判の店だよね~。以外とウチに近いらしいよ」
井戸端会議で噂話を仕入れてくるフロヴィナちゃんは、店の位置まで把握していた。家から北側へ歩いて20分程の所らしい。行って買い物するだけなら、夕方には帰って来られるだろう。
「フェッツラーミナ工房なら、納品依頼で何度か鉄鉱石を収めたな。俺も少し気になるから、冷やかしに行こうか」
「ダンジョンで使えそうな刃物があると良いですね~」
昨日欠けたテイルサーベルは修復済みなので、そこまで欲しい物は無い。それに、次に買うとしても、ウーツ鋼の武器にしたいからな。
納品依頼が鉄鉱石しか出していない工房であり、平民街の北の方にある=裕福でない。なので、品揃えはあまり期待していない。レスミア達が気に入る包丁があれば良いや、程度の考えだった。
一旦、家の方角を目指して移動する。中央門に行くより、東の勝手口の方が近い。そして、ボチボチ勝手口と、その前にあるナールング商会が見えてきた。
そんな時、後ろの方……中央門の方角から1台の馬車と、2騎の騎馬がやって来た。この国の道路交通法では馬車や馬が優先なので、道の端に寄り道を譲る。
すると、馬車はナールング商会の前で止まった。騎乗していた護衛らしき人が降りて、門を開けている。
そんな時だ。馬車の扉が勢いよく開き、中から小さい影が飛び出した。それは、地面を蹴ると一直線にこちらへ駆けてくる。
「ミーーアッ、ねーちゃーーーん!!」
「……ええ!? スティラ?!」
二足歩行の猫がレスミアに飛び付いた。慌てて手を広げると、その大きな胸にスポッと、抱き抱えられる。ワンピースを着た、茶トラだ。恐らく猫族……子供サイズなので、猫と呼ぶにはかなり大きい。
「スティラ、久し振りで元気そうなのは良いけど、どうやってここに?」
「リース姉ちゃんと一緒だよ~」
スティラちゃんが馬車の方に手を向けた。釣られて見ると、馬車から一人の女性が降りて来ていた。レスミアを大人びた顔立ちにして、胸を更に大きくした女性……違うのは銀髪に茶色のメッシュが入っているくらいだろうか。頭上では猫耳がピコピコと動いている。
「レスミア! ようやく見付けた!」
「リスレス姉さん!」
レスミアがスティラちゃんを抱えたまま、走り寄った。姉妹の感動の再会……と思いきや、レスミアの両頬が抓られて、引っ張られる。
「もう!心配したじゃない! 実家はめちゃくちゃ混乱したのよ!!」
「いひゃい、いひゃい!」
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