第288話 プレゼントのリキュールと劇場

 翌日、店が定休日の為、久し振りにゆっくりした朝になった。それでも、2の鐘の朝食には全員集まる。食事中の話題は今日の予定の確認だ。

 観劇に行くのに、どんな服装が良いかとか、アドラシャフトへ持っていく荷物や手紙の事。そんな、話をしているとベアトリスちゃんが、リキュールの注意事項を話した。


「そうそう、飲み頃の目安の日付を、リキュールの蓋に書いておきました。漬けた果物によって飲み頃は変わりますけど、最低でも1ヶ月は置いてくださいね」

「なんだ、直ぐには飲めねぇのかよ」


 浅漬けの漬物じゃあるまいし、漬けて数日では元の酒と変わらんだろう。鬼人族は酒好きだから、それでも飲んでしまいそうなのが不味い。

 ただ、そんな事はベアトリスちゃんにはお見通しだったようで、一枚の紙を差し出した。

 気になるので、俺もテーブルに身を乗り出して見てみると、『環金柑かんきんかんリキュールの美味しい育て方!』と書かれていた。


「育て方? 冷暗所に保管しておくだけじゃないのか?」

「それでも十分に美味しいけれど、環金柑は週に1回、輪の連なる方向に、優しく瓶を回してあげると良いの。そうすると、環金柑の成分が均等に出て、まろやかに熟成が進むらしいわ。そして、環になっている金柑が自然とバラバラに分かれると飲み頃だそうよ」


 前回の休日、マルガネーテさんと一緒に昼食の準備をしながら教えて貰ったそうだ。初めて作る環金柑のリキュールなのに、通りで詳しい訳である。


「瓶を回すって、あの瓶じゃ結構な重労働じゃないか?

 鬼徒士なシュミカさんは兎も角、ウチの分を作業するときは、俺かヴァルトが手伝うよ」


 リキュールの瓶は、直径30cmもある環金柑を入れる為に大ぶりに調合したので、中身入りだとかなり重い。樹液採集の中樽よりは軽いが、20kg以上はありそうなのだ。

 俺の提案に、ベアトリスちゃんは手をパフっと合わせて、笑顔を見せた。


「ええ、次の休日には、お願いしますね。

 それと、リキュールを育てるのは、シュミカさんにも良いアピールになると思います。これは、ヴィナのアイディアですけどね」


 話を振られたフロヴィナちゃんが、胸を反らして不敵に笑う。


「ふっふっふ~。リキュールの瓶が、見た目も奇麗だからってだけじゃないよ!

 美味しいリキュールを飲みたいなら、毎週のお休み毎に瓶を回さなくてはならないの。つまり、否応なしにプレゼントしたベル君の事も連想してしまうのよ!

 会えない日でも、手紙がない日でも、遠距離恋愛な彼女に意識させられるって寸法ね!」

「「「おお~!」」」


 なんか、ノリノリだったので、拍手しておいた。電話の無いこの世界では有効な手段に思えたからだ。アクセサリーとかではなく、お酒ってのが鬼人族らしいけどね。


 ただ、同時に嫌な疑念が頭を過る。

 ……鬼のイメージからだけど、大雑把な性格じゃないよな?


「でもさ、件のシュミカさんは、豆な性格なのか?

 言い方悪いけど、ズボラで放置したり、お酒が好き過ぎて熟成前に飲んだりしない?」


 ワイワイしていた声が止まり、皆の視線がベルンヴァルトに集まる。シュミカさんの情報は、あまり無い。ベルンヴァルトを殴り倒す程なので、ガサツ……もといワイルドな女性かもという疑念が湧いただけだ。


「どうだろうな?

 成人前の訓練で、野外飯を作るのは上手かったけどよ、普段から料理してるとは、聞いたことがねぇな」


 ただし、女性らしく甘いお菓子が好きであり、お酒もエールよりは、甘いリキュールの方が好みなのは確からしい。


 それらの情報から、女性陣が相談した結果、『リキュールの育て方』の紙に色々書き足された。

 途中で飲んでしまわないように、『美味しく飲めるまでは、色の変化を楽しもう』とか、『宝石のように愛でる』なんて誘い文句が書かれている。

 そして、ベルンヴァルトには演技指導も入った。取り敢えず、リキュールが飲み頃になる年末に会えるよう、次の約束を取り付けてくるのが目標だそうだ。




 馬車に全員乗り込んで移動するのは、久し振りである。ヴィントシャフトに来た初日と、今の家に移動した時くらいか。

 転移ゲートの入口は、貴族街側の南門にあるので、劇場まで送ってもらうのだ。


 因みに、転移ゲートの入口(南門)と出口(中央門)が別々になっているのは、防衛上の理由らしい。魔物の領域に面する最前線なので、万が一の場合には他領から援軍が来る。その際、激戦になっているであろう南門から、他領から来た援軍が出てくると、混乱の元になるそうだ。その為、ワンクッション置いた、中央門に出口があるらしい……ただ、転移ゲート自体が統一国家時代の遺物なので、後付の理由だそうだ。フォルコ君から聞いたときは、肩透かしにあった気分になったよ。



 場所が貴族街という事もあって、女性陣は普段よりも着飾っている。いや、ソフィアリーセ様のようなドレスではなく、移動初日にも着ていたフリルに飾られたブラウスと、刺繍で彩られた膝丈のスカートだ。それに、少し肌寒くなって来たのでストールを追加で羽織っている。下級貴族用の洋服店で仕立てたので、貴族街を歩いても違和感はないだろう。それに、珍しくアクセサリー類も目立つように付けている。レスミアは百合花のシルバーペンダントで胸元を飾り、耳には母親から貰ったというターコイズのイヤリングと、俺がプレゼントしたカーネリアンのイヤリングが片方ずつ付けられていた。左右で色違いは変じゃないかと思ったが、婚約中ならば稀にあるそうだ。


 それと、レスミアはトゥータミンネ様から頂いたドレスがあるけれど、一人だけドレス姿なのも目立つし、帰りは歩きになるので、3人合わせで着ている。膝丈のスカートが良き……対面に座ると、ついつい目を向けてしまいそうになる。

 外の景色に目を向けるよう頑張ったけど、チラっと見るくらいは許してください。

 目を向ける度に、レスミアが笑うのでバレバレっぽかった。



「じゃあ、報告とか諸々、頼んだよ。向こうの皆さんにも宜しくな」

「はい、行ってきます。夜には戻りますので、皆さんも劇を楽しんでいらして下さい」


 劇場の前で降ろしてもらった後、御者のフォルコ君に声をかけておいた。一人だけ仕事のようなものだからな。後ろの方では女性陣がベルンヴァルトに発破を掛けている。


「ベル君も台詞間違えないようにね! 今度こそ口説いて来い!」

「分かってる、分かったから、お前らもはよ行け」


 若干照れた様子のベルンヴァルトを乗せて、馬車は南門へ向かって行った。



 劇場には1階の入口から入る。前回入った2階は、個室を予約した人用の入口だからね。お金持ちしか使えないのさ。隣のレストランもね。チケットを取るついでに、隣のレストランも予約しようとフォルコ君にお願いしていたのだけど、1名10万円以上という値段に驚き、諦めた次第だ。

 いや、出せない額ではないけど、4人分ともなると店で稼いだ利益の大半を注ぎ込むようなものなので……



 劇場のエントランスには、人だかりが出来ていた。今日見る予定の『優柔不断なミューストラ姫』の絵画が飾られ、その横には舞台衣装まで展示されているので、それ目当てらしい。映画館のポスターみたいなものだろう。気になるけれど、先に受付へ向かう。そこで、チケットを見せて、公演する場所への行き方を教えてもらうと、2個ある舞台のうち、手前の方らしい。


「手前のホールだってさ。9時開演だから、まだ少し時間があるけど、席の場所を確認しに行こう」


 レスミアに腕を差し出して、エスコートする。何度かソフィアリーセ様をエスコートしたので、スムーズに誘えるようになったと内心喜んでいたら、腕が重いのに気が付いた。

 ふと目を向けると、苦笑するレスミアの向こうに、フロヴィナちゃんとベアトリスちゃんが数珠繋ぎに手を繋いでくっ付いている。


「いや~、こんな豪華な所、初めてでさ。置いてかないでよ~」

「ザックス様は、よく平気ですよね? 私も、ちょっと気後れしちゃいます」

「周りのお客さんも着飾っているし、私達浮いてないかしら?

 メイド服で来れば、良かったかなぁ……」


「いやいや、こんな連れ立っている方が、目立って恥ずかしいよ。ゆっくり行くから、2人は、後ろに付いてきなよ」

「は~い」


 俺も慣れているとは言い難いが、貴族街の豪華な店には何度か入っている。女性陣を不安にさせないよう、平静装い真っ赤な絨毯が敷かれた通路を進んだ。


 両側の壁には過去の公演作の絵画が沢山飾られている。主演女優らしきドレス姿の女性や、高く舞い上がる女性とそれを支える貴公子、バレエの様に足を上げて曲刀を構えた女性、剣を掲げる騎士等々。写真ではないけど、手書きの絵画というのも味がある。それらを見ながら、どんな劇なのか想像するのも楽しい。女性陣が立ち止まって見る程に喰い付きが良かったのは、王子様がお姫様を斜めに抱きに抱え、キスしそうなほど顔を近付けている様子を描いた作品だ。やはり、恋愛物は心躍らせるようで、小声でキャッキャと盛り上がる。

 

「そう言えば、今日のミューストラ姫でも婚約者と踊るシーンがあったよ。始めの方だったかな? 候補者として紹介する辺りだったから、こんな甘い感じじゃなかったけど」

「あ、王様が2人に絞ったんでしたっけ? どちらにするか揺れ動くシーンかな?」「へ~、それも初々しくて良さそうじゃん」「私はこっちの方が気になるなぁ……」


 以前観劇した後に、根掘り葉掘りと聞かれたので、3人とも大まかなあらすじは把握している。あのシーンが楽しみだとか、話始めるとヒートアップして声が大きくなってきた。道行く御婦人や家族連れに、微笑ましい目で見られているが、おしゃべりに夢中になっている3人は気付いていない。結局、開演時間が迫っているからと、女性陣の背中を押して、ホールへと入場した。


 ホールは舞台の前に、椅子が階段状に並んでいた。この辺は映画館と同じようであるが、前に行くほど広くゆったりと座れる。俺達の席は予算の都合上、後ろの方なので階段を上っていく。途中から天井が低くなっていると思いきや、せり出している2階席のようだ。つまり、前回よりも少し遠めらしい。

 座席のナンバーを確認して、ようやく席に座れた。それなりにクッションの効いた椅子で、肘置きが付いているので、十分だろう。


「席の間隔が狭いから、劇が始まったら小声で話すのも止めた方が良いな。他のお客さんの迷惑になりそうだ」

「ですねぇ。感想とかは見終わった後にしましょうね」


 後ろの方なので、劇場内が良く見える。席の埋まり具合は8割程といったところか。最前列では子供連れの家族が、仲睦まじく一つのソファーに座っていた。テーブル付きで、お茶を楽しんでいる辺り、高そうな席である。流石にメイドは付いていないけど……2階個室の方が高いのかな?

 舞台も遠過ぎて見えないと言う事はなさそうだ。離れている分、舞台全体を一望できるので、これはこれで良いのかもしれない。



 そして、座席が埋まる頃、照明の光が消え始める。観客のざわめきが消えると、舞台の幕が開き、音楽が流れ始めた。

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