第287話 ビュスコル・グランツの討伐依頼

「ふぅ、ニコニコしているのも大変ですよ。接客とかおしゃべりしていると気にならないですけど、笑顔のまま、顔が固まりそうでした。

 あっ、〈宵闇の帳〉!」


 別に見張りの間はお嬢様の振りをしなくてもいいのに、ずっと笑顔でいたらしい。両頬をマッサージするように揉んでいたが、それも暗幕に隠れていく。


「今日の所は終わるんだろう?俺達も帰ろうぜ。冷たいエールが飲みたくて堪らん」

「すまん、自分で使う分の硅砂が欲しいから、もう10分くらい良いか?

 それくらいなら、フリッシュドリンクの効果時間も持つだろうし」

「良いですよ~。今度は私も手伝いますから」


 2人の了承を得てから、壁から離れているように言い含めておき、自分一人で近くの白い壁へ向かった。そして、右手のブレイズナックルに魔法陣を展開、魔力を注ぐ。殴れる魔物が居ないので、〈ヒートアップ〉でテンションは上がらない。時間を掛けて充填し、完成した魔法陣を白い壁に打ち付けた。

 吸収したままの〈防御貫通 中〉の効果を得て、ブレイズナックルの尖った拳が壁にめり込む……いや、壁に防御力もない……砂を固めたような白壁が脆いだけだ。

 手を引き抜くと、魔法陣が埋め込まれたのを確認して、斜め後ろに連続バックステップして離れる。


 距離を取ったところで、埋め込んだ〈ファイアマイン〉が爆発した。埋め込んだ周辺は元より、爆発の衝撃が伝播したのか、広範囲に崩れ始める。そして下の方が崩れれば、自重を支えられなくなった上の方まで崩れ落ち、盛大に粉塵を巻き上げた。

 遠目に見た採取パーティーの発破と、遜色ない程だ。


 その後は、ストレージの黒枠を硅砂の山に押し付けて、掃除機のように回収をしていった。ストレージは、壁や地面の土、木に実るりんごとかのように、くっついている物は回収出来無いが、切り離せば格納する事が出来る。

 袋詰めを手伝う気でいたレスミアには悪いが、ブルドーザーのように砂山を押し分け回収すると、あっという間に終わった。


「なんか、袋詰めしてたのが、アホらしくなるな」

「あー、あれは売店で売る商品でもあるから、袋詰めしないといけないんだよ、多分。それに、アイテムボックスのほうは、袋とか瓶に詰めないと格納出来ないからな」


 村の森林フィールドで検証した覚えがある。上位互換であるストレージは、そこら辺の制限が緩い。川にストレージの黒枠を突っ込むと、延々と水を飲み込んだのだ。

 流石にダンジョンの川の水なので飲む気にならず、死蔵している。普段は〈ウォーター〉で出せばいいし、飲み物も各種取り揃えているからな。



 〈ライトクリーニング〉で汚れと砂埃を浄化してから、外に出た。砂漠だけあって砂混じりの熱風が吹いてくるから、汚れ方が酷い。〈ライトクリーニング〉は人目がつかない所でしか使えないので、家に帰るまで汚れたままなのは我慢できない。


 丁度、買い取り所で並んだ際に、凄い臭いの人が前に並んでいたので、終わった後にレスミアと雑談になった。結構臭う人も居るんだよな。ダンジョン帰りだから仕方がないけれど、日本人の衛生感覚的に気になる。自前の毛皮を持っている種族なんて、濡れた犬の臭いがする人もいた。

 ただし、女性は比較的、酷い臭いの人は少ない。


「いや、据えた臭いが嫌だなぁって見ると、大抵オジさんってだけだよ。他の女性の匂いなんてカイデマセンヨ」

「……そんな事は、気にしてませんよ?

 それより、女の方が体臭を気にしますからね~。ここのダンジョンの入口近くにも、シャワールームがあるじゃないですか?

 そこで、最低限の身嗜みをするのが、貴族女性にとっては当たり前らしいですよ」


 ソフィアリーセ様とルティルトさんから聞いた話らしい。学園のダンジョン実習の後は、シャワールームや更衣室が戦場になるそうだ。ただ、流石に領地持ちの上級貴族(公爵、伯爵)生まれは、皆から順番を譲られる。子爵以下(ルティルトさん)は、順番の争奪戦が大変なのだとか。


 貴族だから身嗜みが大事……それだけではない。ダンジョン実習の後は、素材の売却や反省会、情報交換の為のお茶会がある。もちろん男子生徒も居るので、婚約者の居ない女の子は張り切るそうだ。そして、婚約者が居る娘さんも、他の娘に見劣りしないように、相手に恥をかかせないように、身嗜みを整える。

 結果として、全員身嗜みに時間を掛けるので、混み合うのだとか。


 ……学園が婚活会場に思えてきた。貴族は面倒臭いなぁ。



 そんな雑談をしながら帰る途中、受付カウンターに居たアメリーさんに呼び止められた。


「夜空に咲く極光パーティーに、指名依頼が来ていますよ。

 先方からは、既に了承を得ていると聞きましたが、こちらの内容で間違いありませんか?」

「ええ、錬金術師協会の採取パーティーからですよね?

 ……『27層、サソリのレア種ビュスコル・グランツの討伐』、名前は初めて知りましたが、確かに打診は受けています」


 カウンターに差し出された依頼書を読んでいく。


「報酬は50万円か。レア種討伐としてはどうなんだろ?」


 納品依頼は色々達成してきたけれど、討伐系は初めてだ。ギルドを通しているので、妥当な額なのだろうけど……


「27層のレア種なら、それくらいでしょう。ただ、砂漠フィールドなので、受注する人は滅多に居ないと思いますが……討伐証明として、ドロップ品の大きな陽光石を持ってきて下さいね。それの買い取りも含めた報奨金となっております」


「ん? もし、レアドロップが出たら依頼はどうなりますか? 失敗にはなりませんよね?」


 トレジャーハンターの〈ドロップアップ〉でレアドロップの確率が上がっている。万が一の話しではなく、百が一くらいの確率になっている筈だ。そんな心配をしたのだが、アメリーさんにはクスクスと笑われてしまった。


「もちろん、レアドロップが出ても依頼は達成と見なされますよ。ただ、レアドロップが出る確率がかなり低いので、あまり期待はしない方が良いですね。

 ええと、ちょっとお待ち下さい。採取の障害になるので、錬金術師協会や騎士団が、定期的に討伐していますが……記録に残っているのは5年前ですね。

 それに、騎士団から常設で納品依頼も出ていますので、一攫千金を狙う事も出来ます。確か、冊子に……」


 納品依頼を纏めたファイルをパラパラと捲り、見付けた1枚を見せてくれた。

『グランツラムダの重槍 1本。報酬:一千万円』


 レアショップの600万円の大剣で驚いていたのに、更に上の4桁万円にいくとは……本当に一攫千金やん!



「槍の詳細は記載されていませんが、有用なスキルが付与されているようで、お値段的にミスリル製武具と同レベルの価値があるそうです。手に入れたら、騎士団に納品するのも手だと思いますよ。かなりの貢献になるので、騎士のジョブに任命されるのも可能かもしれません」


「おいおい、マジかよ! リーダー、他の奴に取られる前に、明日にでも倒しに行こうぜ!」


 後ろから興奮した様子のベルンヴァルトに、肩をバンバン叩かれる。基礎レベルも27になり、騎士のジョブに近付いているのだが、ギルド側からはなんの音沙汰もない。納品依頼はこまめに受注しているが、まだまだ足りないらしい。


 そんな中で、貢献を積むチャンスにベルンヴァルトが飛び付いた……のではない。明日は大事な予定が入っているのに……それの逃避行動だろう。


「駄目だ。明日は、シュミカさんに挨拶土下座しに行くんだろ。不安なのも分かるけど、いい加減覚悟を決めろって。

 それに、俺達も観劇に行くから、ダンジョン攻略も休みだ」

「そうそう、トリクシーが作ってくれたリキュールをプレゼントすれば、大丈夫ですよ。

 鬼人族って、女の人もお酒好きなんでしょう?」


 そう、明日は店の定休日である。休みに合わせてメイドトリオと俺は観劇に、フォルコ君とベルンヴァルトはアドラシャフトへ一時帰還する予定だ。


 フォルコ君は、ノートヘルム伯爵への報告が主目的だが、ベルンヴァルトの方にも付き合ってくれる。プレゼントの環金柑のリキュールの瓶が大きく嵩張るので、宝箱へ積めたのだが、ベルンヴァルトが宝箱を抱えて町中を歩くと考えると、それはそれで目立つ。

 その為、シュミカさんが滞在している宿まで、アイテムボックス役を買って出てくれたのだ。


 そんな前準備を進めているのに、ドタキャンは出来ない。俺とレスミアで、及び腰なベルンヴァルトをフォローしたのだった。

 手紙では2度やり取りしているらしいが、以前街中で喧嘩して以来、会うのは初めてである。魔物との戦闘では大立ち回りをするのに、恋愛事には及び腰でギャップが酷い。


「あら、面白そうな話ですね。ベルンヴァルトさんの恋バナですか?」

「そうなんですよ~。幼馴染のお姉さんと、すれ違いそうになりながらも、恋文で繋ぎ止めているんです」

「良いわね、良いわね!

 遠距離恋愛って、久し振りに会うと燃えるって聞くのよ。それで、それで?」

「明日は久し振りに逢瀬するとか……「いや、待て待て! んな事、教えるな!」」


 突如として始まったアメリーさんとレスミアの恋バナは、ベルンヴァルトをロックオンしていた。こうなると、女子の勢いは止められない。2人から根掘り葉掘りと聞かれていたベルンヴァルトだったが、暫くして「明日の準備があるから、先に帰るぞ!」と、逃げ出して行った。


 ……手紙の内容はフロヴィナちゃんが監修しているから、逃げ出したところで、多分レスミアには筒抜けだと思う。明日の為の演技指導も入っていたようだし……まぁ、俺みたいに神様賛美付きの貴族語でプロポーズさせられるよりは、マシだろうけど。


「レスミア、俺達も帰ろう。アメリーさん、依頼書にはサインしておいたので、処理をお願いしますね」


 次の標的にされる前に、レスミアの手を引いて、ギルドを後にした。



 今日1日のレベル変動は以下の通り。経験値増の分をブラストナックルに使っていたので、あまり上がっていない。

・基礎レベル28

・軽戦士レベル24→25   ・魔道士レベル25→26

・司祭レベル20→22     ・罠術師レベル22→23

・トレジャーハンターレベル24→25

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