第286話 砂漠で採掘する者たち
白い壁が崩れ、粉塵が舞い上がった。周囲に居た黒い人だかりは、離れた場所に移動しているので巻き込まれたりはしていない。粉塵が風に流されていくと、何か作業を始めたようだ。
こちらも集合して、少し相談する。あ、前の戦闘から時間が経っているので発熱していないぞ。
「スコップを持ち出して、袋詰めしてますね。ザラザラ音がします」
「図書室の本には、壁から取れる採取物なんて書いてなかったけどな。……いや、確か著者は騎士だったな。採取専門のパーティーでもないと、知らない素材もあるかも知れない」
「鉱石でもないのに、売れるもんが取れるのか?
まあ、いいけどよ。それで、どうする? 無視して転移陣を探すのも手だぞ?」
少し悩んだ。
隅に有るという転移陣を探すにしても、近くを通らなくてはならない。それに、あれだけの轟音を立てていたのだ、興味を引かれたと言えば、不審がられる事もないだろう。この辺に詳しいなら、転移陣の場所を聞いてみるのも良い。
そう判断して、2人の了解も得る。
「あぁ、レスミアは〈宵闇の帳〉は解除してくれよ。そのままだと不審者だ」
「むむっ、それならザックス様も外套を着た方がいいですよ。この暑さの中、外套も北風も無いのは怪しすぎです」
〈宵闇の帳〉を解除したレスミアが、白いフードの下から口を尖らせていた。不審者はちょっと言い過ぎたようだ。ゴメンと一言謝ってから、俺も黒い外套を羽織った。
「止まれ! ここは錬金術師協会所属の『砂漠の雲集』が採取中だ! 珪砂を取るなら、終わるまで待て!」
採取パーティーの内、周囲の見張りをしていた男が、声を上げ、手に持った槍の石突きで地面を打ち鳴らした。
採取地は先に来た者に優先権があるので、こうして順番を主張するのである。ただ、フィールド階層では採取地のように纏まってはいないので、取り放題と習った。ただ、壁を発破していたので、その手間分だけ優先権を主張するのは仕方がないのだろう。
……硅砂って、ガラスの原料のか?
少し興味が
「俺達は30層を目指すパーティー『夜空に咲く極光』です。地図によると、この付近に下に行く転移陣が有るようなので、探しに来ました。それと、先程の爆発音が何かと気になりまして……」
そう説明すると、見張りの男が緊張を解いた。採取地の横取りや、野盗の類でないと分かってもらえたようだ。しかし、直ぐに外套のフードごと後ろ頭を掻いて、悩み始める。
「あ~、そっちかぁ。もう少し早く来たら良かったんだがなぁ……」
「もう少し早く? どういう事でしょうか?」
暫し悩んだ男は、「少し待ってろ」と言ってから、砂を袋詰めしている内の一人に相談しに行った。何やら、こちらを指差して話し合っているが……
音もなく隣に並んだレスミアが、小声で会話内容を教えてくれた。
「タダで教えるのは癪だとか、お金を要求するかとか、お貴族様っぽいから喧嘩腰は止めろとか、言ってますね」
「それ、レスミアが貴族のお嬢様に見えたのかな?」
レスミアの白い外套は刺繍入りなので、ちょっとお嬢様っぽく見えるのだ。差し詰め、黒い外套の俺とベルンヴァルトは護衛役かな?
勝手に勘違いしているのなら、訂正する必要もないか。後ろ盾(ヴィントシャフト家)が居るのは本当であるし。
程なくして、向こうの相談も終わったらしく、2人の男が戻って来た。
「転移陣の事を教えてもいいが、タダと言うわけにはいかんな。
いや、身構える必要はないぞ。金ではなく、こっちの作業を少し手伝ってくれ欲しいだけだ。この暑さだからな、早めに仕事を終わらせて、冷たいエールを飲みに行きたいんだよ」
ベルンヴァルトに目配せすると、頷き返して「俺も飲みてぇ」と、言った。
……そっちかよ!
採取の手伝いで情報が貰えるなら安いものだ。そう考えて、了承した。
「それくらいであれば手を貸しましょう。ただし、手伝うのは私とコイツだけでいいか?
……女の子を炎天下の中、重労働はさせられないですから」
「ああ、構わん。お嬢さんはそこらで見張りでもしていてくれ。
ホレッ、この袋いっぱいに硅砂……白い砂を詰めてくれ。地面の赤土は混ぜるなよ。詰めたら口紐で締めて、あそこに積めばいい」
向こうのアイテムボックスから、袋の束とスコップを渡された。
それから、採取パーティーが作業している砂山の反対側に行って作業を始める。レスミアには、周囲だけでなく、向こうのパーティーも警戒するようにお願いしておいた。万が一と言う事もあるし、レスミアなら〈猫耳探知術〉のお陰で、小声で話す内容まで聞き取れる。耳打ちされると厳しいそうだけど。
ベルンヴァルトにスコップ役をお願いして、俺は袋を広げた。
……ん? どこかで見たことある袋と思えば、錬金術師協会の売店で買った、硅砂の袋じゃないか!
30kg入りの大袋で、そこそこの値段がした覚えがある。成程、この暑い砂漠フィールドを歩いて来て、採取するとなると、妥当な値段なのかも知れない。
【素材】【名称:珪砂】【レア度:E】
・魔力を少し含んだ細かい珪石。魔水晶に比べると含有マナが少なく、白っぽい。不純物が少なくガラスの材料に向く。魔力を含んだ炉で熱すると透明になる。
ベルンヴァルトとスコップ役を交代しながら、30分程作業を続けたところ、向こうのアイテムボックス(3人分)が、入り切らなくなり終了となった。俺達が来る前から作業をしていたようで、本当に手伝い程度であったが、炎天下の中の作業なので、少しでも早く終わりたかったと言うのは本当のようだ。
見張り役の男が〈帰還ゲート〉を開くと、先に4人が帰って行く。残ったのは、先ほど交渉したリーダーっぽいオジさんと、見張り役をしていたスカウト系の男のみ。
「手伝い、ありがとな! お陰で早く終わったぜ。報酬として、転移陣の場所に案内しようじゃないか」
「ええ、お願いします」
採取リーダーさんが先導してくれたのは、直ぐ近くのフィールド階層の隅。元々地図にも隅と描かれていたけれど、態々案内して貰うほどの位置ではなかった。ただし、赤茶けた地面が20cm程丸く陥没しているだけで、転移陣らしき物は無い。
「この窪んだ所が転移陣なのですか?
魔法陣も無いですし、ハズレだったのかな?」
「ハッハッハッ、君達が来る1時間くらい前には、ここに有ったんだがなぁ」
「そう言えば、そちらの見張りの人も『もう少し早く来たら』なんて言っていましたけど、時間経過で移動してしまったのですか?」
「いや、俺達が採取する為に、魔法陣を破壊したんだ。
……おいおい、そんな目で見るなよ。こっちも仕事なんだ」
もしかすると、この砂漠フィールドの攻略が終わっていたかもしれなかったのに、と考えると、ジト目で見るくらいは許されるよな?
そんな非難の目を向けていたら、リーダーのオジさんが観念して仕事とやらを教えてくれた。
4箇所ある転移陣の内、起動するのは1箇所のみ。その起動中の転移陣を使ったり、数日放置したりすると効果を失い、別の場所の転移陣が起動する。
そして、仕事というのは、起動している転移陣の下の土の採取らしい。
「ああ、詳しくは知らんが、錬金術に使える魔力が籠もった土らしいぜ。ホラッ、アレだ。鉱石玉はダンジョンの魔力が凝縮されて出来るって学校で習ったろう?
それと同じだ。転移陣の魔力で、下の土の色が変わるんだ」
確か、エヴァルトさんの講義で習った覚えがある。ダンジョンの中身は全てマナで構成されていると。採取地で蜜りんごを採取しても、時間経過でりんごが実るのは、マナが減った分が補充されるからとか。
……そういや、魔水晶や属性晶石は電池代わりに使えるから、そういう物だと思っていたが、宝石類も同じなんだよな。
こっそりアビリティ設定を変更して、新興商人のスキル〈鑑定図鑑閲覧〉からアメジストの鑑定結果を見直す。
【宝石】【名称:アメジスト】【レア度:B】
・高密度の雷属性のマナが凝縮した宝石。厳密には鉱物としてのアメジストとは別物。
内部に大量のマナを貯蔵することが出来、放出する時に雷属性の魔力となる。魔道具の動力元や、魔法の発動媒体として使われるが、その美しさから宝飾品としての需要も高い。発動媒体にした場合、雷属性の威力が上がる。
外部から魔力を注ぐことで繰り返し使うことが可能だが、内包するマナが少ないときは強度も落ちるので注意が必要。
『鉱物としてのアメジストとは別物』か。ダイヤモンドが上手く創造調合出来ないのも、この辺に理由があるのかも知れない。
おっと、他事を考えるのは後にして、話に意識を向ける。
「ただなぁ、その土を掘り起こすと魔法陣が崩れてな、光も消えちまう。
君達が来る前に掘り返したのが、そこの窪んだ所って訳だ」
「……採取は基本的に早い者勝ちですから、恨みはしませんよ。ところで、ここの転移陣って、どれくらいの頻度で使えるようになりますか?
定期的に採取しているなら、分かりますよね?」
「具体的な頻度なんぞ知らんが、俺達が硅砂の採取に来るのは、週に2,3度だ。ここの転移陣も、ついでに見に来るが、起動して無い方が多いな……週1で有るか無いかってところか?」
……1,2週間通い詰めれば、ここの転移陣が起動しているかもってか。砂漠の方を見に行ったほうが早いな。
そんな算段を考えていると、採取リーダーさんが探るように話しかけてくる。
「ここまで教えたんだ、ちょっと頼まれてくれないか?
君等のパーティー、魔法使い居るだろ?」
ずっとお嬢様の振りをしているレスミアに、ちらりと目を向けて聞いてくる。にっこり笑うのではなく、貴族の様に微笑んでいるので、勘違いが加速しているのだろう。多分、ソフィアリーセ様の真似かな?
それはさておき、俺が魔道士なので問題ない。首肯して返すと、頼み事の続きが話し始める。
「砂漠で取れる陽光石は知っているか? そろそろ寒くなってきたから、カイロ用に採取して回るんだが、邪魔者がいてな。 サソリのレア種が陽光石を食っちまうんだ」
「確か、砂漠に咲く
それに、サソリのレア種……強いのですか?」
「ああ、甲殻が硬くて物理攻撃が通らん。弱点の風魔法を当てると、脆くなるんだが、ウチのメンバーは魔法が使えるのが居ない。半分は採掘師や採取師だからな」
錬金術師協会の所属なら、魔法が使える錬金術師も多いだろうと思い聞いてみたところ、砂漠に出たがる錬金術師など居ないそうだ。
「お高く留まった錬金術師は、ダンジョンに来るわけないだろ。他にも協会所属の魔道士は居るが、魔法が必要な第1ダンジョンの担当だからな。こっちに応援に来るにしても1週間以上は掛かる。毎年の事だから、予定ぐらい織り込んでくれりゃ良いのによう……」
なので、下に降りたがっている俺達が、好都合らしい。
それから、レア種について色々と聴き込んでみたが、中々の強敵っぽい。ただ、攻略法が事前に分かるのは助かるな。
相談している内に、既に依頼を受けているような感じがしたので、待ったを掛けた。
アメリーさんから『依頼はギルドを通せ』と注意された事を思い出したからだ。ギルドへの貢献も欲しいので、依頼の形にして貰う事に決まる。
「あんまり金は出せんが、指名依頼を出しておこう。ただし、1週間以内に頼むぞ。それ以降は、こちらの応援が来るからな」
そう決まり、握手を交わした後、採取リーダー達は〈帰還ゲート〉のスキルで帰って行った。
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