第284話 特殊武器ブラストナックル
サソリの尻尾が目前に迫る。
ステップを踏んで回避しようとするが、左手が大鋏に挟まれていて逃げられない。全てがスローモーションに見える世界の中で、緩慢にしか動けない右手を動かし、眼前に
ブラストナックルの甲が、槍のような尻尾を受け止め……きれずに、弾かれた右手が額を強打した。その衝撃で、世界の速度が元に戻る。
右手を広げると、穴も空いていなければ、怪我すらしていない。寧ろ、額のほうが痛いまである。
そして、戻っていく尻尾の穂先が折れているのが見えた。
……流石、特殊防具! 防御しただけで、相手の槍を折るとか、矛盾の故事成語が泣くな!
穂先が折れて毒液がポタポタと流れ出しているが、攻撃にはまだ使えそうである。2撃目が飛んでくる前に脱出を試みた。
空いた右手で、左手を挟み込んでいる大鋏を打撃する。すると、予想外なほど簡単に拳が突き刺さり、2撃目でポッキリと折れた。
バックステップで離れつつ、左手の具合を見るが、特に傷もない。圧迫感が開放されただけだ。動かせば直ぐに違和感も消えた。
……フェケテシュペーアが消えた事は後回しだ。ブラストナックルなら、武器無しでも……いや、ガントレットそのものが武器だ!
そう考えて、魔物相手に徒手空拳で挑む疑問は、投げ捨てた。
こちらに追い縋るサソリを迎撃すべく、訓練で覚えた構えを取る。挟み込もうとする大鋏を受け流し、打ち落とし、打撃して穴を開けた。
対人用として習った
大鋏に一撃入れるたびに、気分が上がって高揚していくのが分かる。両方の大鋏を破壊し尽くした後、サソリが最後に残った折れた尻尾を突き出してきた。
これまでは躱したり、受け流したりしたが、強度ではブラストナックルが勝てると理解している。
……いや、勝てる。
そう確信し、テンションの高さに押されて、右の拳を斜め上に向かって、打ち上げた。
尻尾とブラストナックルが激突する。強い衝撃はあったものの痛みはなく、周囲に甲殻の破片を撒き散らす結果となった。
目線を降ろせば、サソリと目が合った。魔物の感情など分からないが、恐怖している様に感じた。それが正解なのか、サソリがヨロヨロと後ろに下がり、奥に居た別の尻尾が切られたサソリとぶつかる。
……逃さん!
前に踏み込み、右手に集め続けていた魔力でスキルを使う。
「〈稲妻突き〉!」
しかし、身体が自動で動き出す事はなかった。
後で思い至った事だが、軽戦士は比較的軽量の剣や、刺突剣を扱うジョブである。覚えるスキルも武器依存の条件があったに違いない。剣の突きと、拳の突きでは別物だしな。
スキルの不発は無視し、前に出た勢いもそのままに、サソリの目に向かって、全力の正拳突きを御見舞した。
ウベルト教官に叩き込まれた(文字通り)基本中の基本の技ではあるが、踏み込みの力と腰の回転、拳の螺旋力が合わさり、サソリの顔面を打ち砕き、肘まで突き刺さった。
ついでに焦げ臭い匂いもする。サソリの体液が、高温になっているブラストナックルに焼かれているのだろう。かなり臭くなってきたので、腕を引き抜き、バックステップで離れる。
流石に頭に穴を空けられ、内側を焼かれたのでは、ひとたまりもないようだ。〈敵影感知〉の反応も消えていた。ただ、後ろに居た尻尾無しサソリが、死骸を迂回してこちらへやってくる。
……そういえば、もう一匹獲物が居たな。丁度いい。実験の続きと行こうじゃないか!
高揚した気分は、1匹倒しただけでは冷めやらぬまま。右手に魔法陣を出して充填を始め、標的を変えた。
充填が完了するまでは、時間稼ぎである。サソリの旋回速度よりも早くステップを踏んで回り込み、脚の関節を殴り壊していく。これが楽しい、大鋏より細いので太めの枝でも折るかのように破壊できるからだ。一殴りごとにテンションが上がる。ついでに、回し蹴りを叩き込んでみたが、硬い甲殻に阻まれて傷すらつかない。やっぱり、ブラストナックルでなければ、攻撃は効かないか。
充填が完了したところで、背中に跳び乗った。狙うは背中の丸い甲殻の奥。そこ目掛けて、魔法陣付きの右手を打ち下ろした。
硬い甲殻を破壊したが、拳がめり込んだ程度である。手応え的に、ギリギリ貫通したかどうか……でも、これで十分だ。ブラストナックルの鑑定文にあった文言だと、殴ればいい筈。
拳を引き抜くと、その先に付いていた魔法陣が消えていた。
殴り付けてから、きっかり5秒後、打点に埋め込んだ〈ファイアマイン〉が起爆した。
爆風に煽られて、サソリの背中から転げ落ちる。咄嗟に回り受け身取れたのは、訓練のお陰だと思う。3回転して勢いを殺してから、飛び起きて体勢を整える。サソリに目を向けると、無惨な姿を晒していた。背中の甲殻が全て吹き飛び、殴り付けた部分は大きく抉れている。抉れた部分を起点にへし折れ、サソリは倒れ伏した。
「ザックス様~! さっきの爆発! 大丈夫ですか~!」
爆発音に驚いたのだろう。暗幕なレスミアが、サソリの死骸を回り込んでこちらへ走り寄ってくる……が、途中でUターンして離れて行く。
「ここ、物凄く熱いですよ! また何かしたんですか!?」
その様子に、サソリの体液が沸騰していたのを思い出した。魔法やスキルを使おうとして、ブラストナックルにも魔力が流れて、発熱していたのだ。
「ハハハッ、熱くなるって話した事があるだろう?
でも、コイツのお陰でサソリも楽に倒せたからな。サソリをぶん殴るのは楽しくて良いぞ!」
サソリの脚をポキポキ折るのは楽しかったと語って、サムズアップしたのだが、レスミアの反応はない。暗幕状態なので顔は見えないが、なんか戸惑っているような気配を感じた。
そこに、ドロップ品の狩猟蠍の甲殻を抱えたベルンヴァルトが合流する。
「なんか、テンション高えな。どうした?」
「……さぁ?」
俺はいつも通りだっていうのに、変な反応だ。
戸惑う2人よりも、行方不明のフェケテシュペーアの方が気になった。あれは貴重な貫通持ちの武器なので、無くしては困る。サソリの死骸が消えたことにより、探しやすくなっていた。しかし、戦っていた付近を探しても見付からない。
〈緊急換装〉のように、ストレージに格納されているのかとか思ったが、フォルダにも見当たらない。他の2人にも聞いてみたが、見覚えは無いそうだ。
そうなると、怪しいのはブラストナックルだ。変化点なんてそれしかない。取り敢えず、特殊アビリティ設定を変更してポイントに戻すと、ブラストナックルが消え失せるのと同時に、虚空からフェケテシュペーアが現れて地面に落ちた。
更に、高揚していた気分も消え失せる。
「んん?!」
思わず、周囲を見回してしまったが、何も変わっていない。変わっていたのは俺の方だ。なんで、殴るのが楽しいとか、思っていたのだろう?
普通に考えて、リーチが短いので武器を使うのが当たり前なのに……
思考の海に漕ぎ出そうとしたが、周囲の温度と日差しの強さに集中出来ない。先にブラストナックルを取り出して、もう一度装備した。暑さを感じなくなってから、レスミア達に鉱物の回収をお願いする。サソリが擬態していたのでその辺に転がったままなのだ。
それから、フェケテシュペーアを拾って、〈詳細鑑定〉をしてみるが、変化はない。ブラストナックルも同様だ。
状況を揃えてみたが別段、気分が高揚する訳でもない。そりゃそうだ、戦闘前は異常なんて感じなかった。
先程の戦闘を思い出しながら、再現するように、穂先に〈ウインドジャベリン〉の魔法陣を灯した。そして、手から槍の穂先に向けて魔力を注ぎ込み、魔法陣へ充填していく。
すると、充填が完了する前に、手元から槍が消え失せた。ついでに完成間近だった魔法陣も、繋がりが消えて霧散して消えていく。
その状態で、ブラストナックルを鑑定してみると、
【武具】【名称:ブラストナックル】【レア度:A】
・アダマンタイトとミスリルの合金と、火竜の革から作られたガントレット。各金属特有の特徴は失ったが、硬度と軽量化、魔力伝達率が両立している。魔力を込めるとガントレット全体の温度が上がり、火属性を帯びる。更に、魔法陣に充填した状態で殴れば、そこに〈ファイアマイン〉を埋め込む。
・付与スキル〈ヒートアップ〉〈熱無効〉〈ファイアマイン〉〈魔喰掌握〉【〈防御貫通 中〉】
……スキルが追加されとる! 〈防御貫通 中〉とかフェケテシュペーアの付与スキルじゃねーか!
そこで、ピンッと来た。あの硬い甲殻を素手でボコボコにしたり、風穴空けたり、脚をポキポキ折れたりしたのは、〈防御貫通 中〉の効果がブラストナックルに乗っていたお陰だろう。
怪しいのは〈魔喰掌握〉だな。文字通りと解釈するなら、付与スキル付きの『魔道具』を『取り込んで』《喰って》、自身のスキルとして『掌握』するのだろう。
問題があるとすれば、取り込んだフェケテシュペーアの取り出し方が分からない事だ。スキルを使うように〈魔喰掌握〉と叫んでみたり、念じてみたりしたが、出てこない。
結局、特殊アビリティ設定で
……付与スキルを鑑定するスキルが欲しい。
錬金術師協会で売り子をしていた付与術師の何とかさんが、ミスリルフルプレートの付与スキルを鑑定してくれた。しかし、あの人ではプラズマランスは鑑定出来なかったので、同じレア度Aのブラストナックルも、鑑定出来ないだろう。
……暫くは自分で考察するしかないか。付与術師のサードクラスなら、鑑定できるかも知れないが、まだまだ先は遠いなぁ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
小ネタ
今まで、蜘蛛の巣解体使っただけの地味な武具でしたが、実際はアビリティポイント15pもするので、プラズマランスと同格なんですよね。
プラズマランスが雷属性のランク7〈プラズマブラスト〉を使える、分かりやすく派手な武器に対し、ブラストナックルは分かり難いけれど、使い方を模索すれば強いというコンセプトの防具でした。
次回もブラストナックルの検証が続きますが、あくまで主人公視点ですよ、と注意書きをしておきます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます