第283話 暴発
俺が走って合流すると、ベルンヴァルトは飢餓の重棍を地面に突き立てて、項垂れていた。
「あっちーな。こんなに硬いとは思わなかったぜ」
「お疲れさん。取り敢えず、水飲め水」
ストレージからピッチャーとコップを取り出して、皆に分けた。蜜りんごの蜜とレモン果汁で作った、冷たいスポーツドリンクである。ピンクソルトも隠し味に入っているので、塩分とミネラルもたっぷり。汗をかいたあとには格別に美味い。
小休止しつつ、情報交換する。
ベルンヴァルトの飢餓の重棍で、甲殻を叩き壊す事は出来るのだが、一撃ではヒビが入る程度であり、2度3度同じ場所に攻撃しないと駄目らしい。
「尻尾もやべえよな。攻撃の出が早いから、一撃喰らっちまったぜ」
「おいおい、大丈夫か? 怪我はしてないよな?」
ベルンヴァルトの身体に目を向けるが、外套に穴が開いている様にも見えない。すると、手を振って否定された。
「ああ、喰らう直前に〈一天・金剛突撃〉で弾き返してやったぜ」
「……吹き飛ばされたサソリに、私も巻き込まれそうになったんですけどね。ヴァルトは味方の立ち位置にも注意して下さいよ」
それを思い出したのか、声に不満が乗っていた。丁度、尻尾を〈不意打ち〉で切り落とそうと、忍び寄ったところで、巻き込まれ掛けたそうだ。
「あーすまん。そんな真っ暗だから見落としたんだ」
「まぁまぁ、サソリの尻尾が危険な事には変わりないからね。レスミアが斬り落とすまで、時間稼ぎするのも手だと思う。
それと、ベルンヴァルトは無理に何度も攻撃するより〈集魂玉解放〉で筋力値を上げたらどうだ?」
「……途中からは使ったし、止めを刺すのも楽になったんだが、集魂玉がな」
そういって、手の甲をこちらに向けると、そこには1個しか集魂玉が付いていない。ベルンヴァルトが懸念していたのは、集魂玉の残数だ。緊急回避用の〈一天・金剛突撃〉は、耐久値の低い鬼徒士にとって生命線である。耐久値が低いと、痛みやダメージが跳ね上がるからだ。いくら大盾や鎧で身を固めても、間隙を突くような攻撃には弱い。サソリの尻尾の、槍のような鋭い一撃は警戒するに値する。麻痺毒も有るみたいだしな。
その為、〈集魂玉開放〉にも使うとなると、常に2個以上確保していないといけない。
……さっきみたいに、乱れ緋牡丹を楽に倒せる状況なら、止めを譲った方が良いな。
そんな話をしてから、別のアイディアも提案してみる。
「重戦士の方も試してくれないか?
あのサソリ、甲殻が硬くても、内側は柔らかいみたいだから……」
俺が行った体内攻撃も簡単に説明した。そう、重戦士なら〈衝撃浸透〉と〈脳天割り〉があるので、内側を攻撃することも可能だと推測したのである。ついでに耐久値の補正も高いので、万が一の場合も安心だ。
俺の提案にベルンヴァルトが腕を組んで悩む……が、直ぐに解く。冷気が循環しなくなり、暑かったらしい。
「しゃあない、集魂玉が足りなくなったら、重戦士も試してやるぜ。どうせデータが欲しいんだろ?」
「ハハッ、戦いやすいかどうかは、試した方が早いって」
そんな打ち合わせをしていると、レスミアがドロップ品を集めてきてくれた。レスミアは尻尾切りを最優先にお願いしておく。
「了解です。小さいサボテンを蹴っ飛ばすのと、サソリの尻尾切りですね。〈宵闇の帳〉を纏っていると、攻撃され難いから任せて下さい」
1対1なら兎も角、他に攻撃するメンバーがいると、途端に狙われ難くなるそうだ。その為、以前より〈不意打ち〉出来る間隔が早く、脚を何本も刈ったらしい。
その後、サソリが擬態に使っていた土山から鉱石を採取して、先へ進んだ。
レスミアがサソリの尻尾を切り飛ばす。サソリが動きを止めた瞬間を狙って、俺は大鋏を踏み台にして跳躍した。そして、サソリの背中に着地、槍の穂先を丸い甲殻に突き刺し、魔法を撃ち放つ。
「〈ウインドジャベリン〉!」
弱点属性である風の投槍が、硬い甲殻を貫通する。身体の奥にある弱点……恐らく心臓か何かの重要な臓器……を破壊してやると、俺を背中に乗せたままサソリが倒れ込んだ。
何度か試したが、これが一番楽だった。正面の防御は大鋏のせいで固いし、側面は一人では狙い難い。尻尾の脅威を取り除いた後という前提がいるが、弱点の真上から撃つのが手っ取り早かったのだ。
遠距離攻撃用のジャベリンを、近接で使うのは変な気もするが、狙い難い敵なのでしょうがない。
因みに、複数出たサソリを纏めて〈ストームカッター〉で斬り刻もうとしたところ、サソリ達は脚や大鋏、尻尾も地面の下に折りたたみ、甲殻が傷付いただけで終わってしまった。
つくづく防御が固い。
「〈脳天割り〉!」
声がした方を見ると、ベルンヴァルトが大鋏を殴り付けていた。デジャヴュを感じるが、殴られたサソリの反応はちょっと違う。大鋏を殴られただけなのに、身体全体がふらついている。
〈脳天割り〉の追加効果だ。低確率でスタン……頭を殴って脳味噌を揺らし、一時的に行動を阻害する。
……別に脳天を殴らなくてもスタンが取れるのは、どうかと思う。便利なので良いけど。
スタンを取った隙に、レスミアが尻尾を切り飛ばし、ベルンヴァルトが目を殴り付ける。更に追加で〈脳天割り〉を使ったところで、倒しきったようだ。
重戦士の〈衝撃浸透〉は殴った箇所の内側にもダメージを与える。外骨格であるサソリは、内側の筋肉を傷付けられ、動きが鈍くなったらしい。頭を何発か殴れば、目や脳も破壊できるようだ。
……いや、人に対して、飢餓の重棍で殴りかかったら、一発で頭が弾けそうだけどな。何発か耐えるだけでも十分魔物は強靭だ。
結局のところ、集魂玉の力でパワーアップして力づくに破壊するか、〈衝撃浸透〉で鈍らせて叩くかは、一長一短だった。
〈付与術・筋力〉で強化すれば、重戦士の方が少し早く倒せる。筋力値を上げた分だけ、内部ダメージも増えるようだ。
ただし、俺のMP負担が増えるのが頂けない。〈ウインドジャベリン〉は、範囲魔法よりも負担が少し少ない程度のMP消費である為、1戦に2発使うとキツイ。そこに付与術まで使っていては、MPの枯渇が早まるだけだ。
取り敢えず、手持ちのエンチャントストーン(筋力値)を5個渡して、代用してもらった。
その後も、何度か変えながら試したのだが、エンチャントストーン(筋力値)を使い切ってしまい、鬼徒士の方に落ち着いた。
ただ、検証を重ねて戦闘を繰り返したせいもあり、ベルンヴァルトが疲れを見せている。
「ふぅ~、暑くて敵わんだけだ。連戦すると、北風が身体を冷やす間がないからな。汗が止まらんぜぇ」
特にベルンヴァルトは身体がデカいので、太陽光当たる面積が広い。更に、冷却風が全面をカバーしきれていないので、熱が籠もりやすい。
戦闘後には小休止と給水していたけど、砂漠フィールドに入って3時間弱。ボチボチ、フリッシュドリンクの効果も切れる頃合いだ。
「ちょっと早いけど、昼休憩にするか。今、日陰を作るよ
…………〈ストーンウォール〉!」
魔法で石壁を作り出す事2回。L字に建てた上に、ストレージに格納してあった石壁を屋根代わりに乗せた。これで日差しは大分カット出来るし、砂漠方向から来る、砂混じりの熱風もシャットアウト出来る。
本来なら一旦外に出て休みたいところではあるが、当初の目的地に到着していないので、出るわけにはいかない。一旦出ると、入口の階段……ステップスライダーの横からスタートになるので、午前中に歩いた分が無駄になってしまうからだ。
この簡易休憩所も、苦肉の策である。
日陰にテーブルと椅子を取り出して、作り置きの食事を用意した。これは、優雅な食事の準備と言うより、地面も暑いので、地べたに座りたくないからだ。
〈ライトクリーニング〉でサッパリしてから、今日のために作ってもらった、プリンセス・エンドウの冷製ポタージュと、塩気多目のベーコンを挟んだサンドイッチで昼食を取った。
その、昼食を終えた辺りで、急に周囲が暑くなった。日陰で涼んでいたのに……と、疑問に思う前に、フリッシュドリンクの効果が切れたのだと気が付いた。
ストレージから、在庫を取り出して2人に配る。同じ様に、酷くなった暑さを感じ取っていたのか、喜んで手にして飲み始めた。
「甘くてシャリシャリして、暑い中で飲むのには最高のデザートですよね!」
「助かるぜぇ。これが有ると無いとじゃ大違いだからな。
ん? リーダーは飲まんのか?」
フリッシュドリンクの在庫はまだあるが、自分の分は取り出していない。暑さを我慢して、代わりに特殊アビリティ設定を弄っていた。
「ああ、フリッシュドリンクの効果も体感したかったから、1回は飲んだけど、その効果も切れた。今度はコレだな」
設定画面を閉じると、手元に赤くメタリックなガントレットが出現した。ブラストナックルである。
【武具】【名称:ブラストナックル】【レア度:A】
・アダマンタイトとミスリルの合金と、火竜の革から作られたガントレット。各金属特有の特徴は失ったが、硬度と軽量化、魔力伝達率が両立している。魔力を込めるとガントレット全体の温度が上がり、火属性を帯びる。更に、魔法陣に充填した状態で殴れば、そこに〈ファイアマイン〉を埋め込む。
・付与スキル〈ヒートアップ〉〈熱無効〉〈ファイアマイン〉〈魔喰掌握〉
雷玉鹿のグローブも柔らかくて使い勝手は良いのだけど、ブラストナックルは比較にならないくらい良い。手に吸い付く様に馴染み、自分の素手と同じ感覚で扱える。指先や拳部分が尖っているのに、拳を握りしめても手の平に食い込むようなこともない。火竜の革というだけあって、余程強靭なのだろう。
……それが魔物として出てくるとは、考えたくないな。劇になるほどの強敵なのだから、聖剣でも使わないと歯が立ちそうにもない。
そして、両手に嵌めた瞬間、周囲の暑さが感じ取れなくなった。ついでに、外套の中で稼働していた涼やかな北風の出す冷気も感じなくなっている。風が出ているのに、冷たさを感じないのだ。〈熱無効〉は熱さだけでなく、冷たい方も『熱』関連として、無効化しているようである。
ついで、外套を脱いで、石壁の休憩所から出てみるが、日差しはおろか、空気の暑さも気にならなくなっていた。
……効果が有り過ぎて怖いくらいだ。温度を感じる感覚器官が麻痺したのかと心配になるほど。特殊防具でなけりゃ、バグかと勘違いするな。
アビリティポイント15p分の価値はある。そう考えて、使うことに決めた。
現在の編成は、追加ジョブ5つで20p、ストレージ5p、パーティー状態表示1p、緊急換装1枠2pで、計43p。〈詳細鑑定〉を使う時はジョブを減らして入れ替えだな。
ジョブは軽戦士レベル24、魔道士レベル25、トレジャーハンターレベル24、育成枠として司祭レベル20と罠術師レベル22。
本来なら経験値増を付けていた所をブラストナックルに変更したのである。27層を攻略する間なら、チートに頼っても良いよな。そう判断して、余った涼やかな北風はベルンヴァルトに貸し出した。
「そう言う訳で、ヴァルトが使ってくれ。2個付ければ冷却効果も増えて、過ごしやすくなると思う」
「助かるが……俺もそっちが装備出来りゃあなぁ」
「サイズが合わないのは、どうしようもならないって」
「あ! ぶかぶかですけど、私なら入りますよ。試させて下さい!」
暗幕さんが楽しげな声で、おねだりしてきた。日陰でも照り返しで暑いので〈宵闇の帳〉を纏ったままなのだ。実際、レスミアに貸している間は、物凄く暑い。外套を羽織って、ベルンヴァルトから涼やかな北風を返して貰うほどに。
少しすると、暗幕が解除された。レスミアは、ぶかぶかなブラストナックルが落ちないように、腕を立てたまま、驚き目を輝かせている。
「わぁ!? 本当に暑くもないし、涼しさも感じない。何これ~!?」
「魔力を通すと発熱するから気を付けてな。周りが火傷するぞ」
手のひらをクルクルと翻しては、猫耳をピコピコさせて喜んでいる。どうやら、ぶかぶかでも〈熱無効〉の効果は発動したようだ。
その様子を見たベルンヴァルトまでもが、羨ましそうに身を乗り出した。
「おおい、そんなんでも効果が出るなら、俺にも試させろよ!」
因みに、指先が入っただけでは、効果は発動しなかった。レスミアが手をグーにして嵌めた場合もだ。ガントレットの指にちゃんと嵌まらないと駄目らしい。
休憩は程々にして出発した。フリッシュドリンクの効果時間があるので、いつもより休憩時間は短めである。その分、今の効果が切れたら帰る予定だ。3本目を飲まずとも、午前中のペースで、目標には到達出来る予定なので、無理する必要もない。
元よりフィールド階層は広いので、1日で終わるとは思っていないからな。出口は定期的に、4箇所のどこかにランダムで移動する……運が悪ければ4日もかかるけど。年末までには、まだまだ時間はある。
ブラストナックルがある俺だけなら、何時間でも行動できるので、無理して駆け回れば1日で2箇所を回れなくもない。ただその場合、魔物3匹編成を1人で連戦しなければならないので、かなりキツい。砂漠じゃブラストナックルを手放せないので、ポイント的に聖剣も使えない、〈無充填無詠唱〉で魔法連打するしかないかな?
まぁ、現状で行けるソロは、20層までだな。
砂漠を横目に見ながら、そこには踏み入れないように、荒野を進む。暑さから開放されて、足取りは軽い。俺だけでなく、涼やかな北風2個装備で外套を膨らませたベルンヴァルトもだ。普段より1割くらいデカく見える。
時折、土山から鉱物を採取するが、よくよく見ると金属の含有量がかなり多い。アリンコ鉱山でよく見ていた銀鉱石と比べると、2倍以上の銀が表面に露出していた。
玉仙人掌は微妙だけど、カルトネクタルと鉱石類は美味しい。暑さを何とかすれば、稼げそうな階層だ。
……だだっ広いのに、人影が全く無いので人気は無さそうだけど。
〈サーチ・ストックポット〉で土山の群生地を見つけ近付いたところ、そのうちの3山が動き出した。サソリの擬態は、動き出すまで〈敵影感知〉で感知出来ない。緋牡丹ズが混じっていれば、そちらが感知出来るので、隠れていると分かる。ただし、サソリ3匹だと、全く分からないので、完全な奇襲となった。
……動き出してから偽装を解くのに、少し時間が有るので、完全な奇襲ではないのは、ダンジョン側の温情かな?
土山に擬態したまま尻尾だけ出して、ぶすりと刺されたら、麻痺毒で終わりだ。いや、尻尾が出ていたら〈敵影感知〉が効くか?
手短なサソリ1体に槍を突き出し、大鋏に穴を開ける。そして、その奥に居るサソリにも声を掛けた。
「いつも隠れている臆病者が! 唐揚げにしてやろうか!」
いや、食いたくはない。只の〈挑発〉である。
ベルンヴァルトが1匹相手にし、俺が2匹引き受ける。尻尾さえレスミアに切り落としてもらえれば、〈ウインドジャベリン〉が使える俺のほうが早く始末出来るからだ。
それに、重戦士はセットしていないので、範囲挑発の〈ヘイトリアクション〉でもない。軽戦士が持っているのは、戦士時代の〈挑発〉しかないので、近い1匹は攻撃して誘った訳である。
槍の穂先に魔法陣を出し充填ながら、2匹が互いに邪魔になるように牽制して誘導する。先ずは充填が完了するまで、尻尾が切り落とされるまで、時間稼ぎだ。
サソリ2匹の周りを〈フェザーステップ〉で回って翻弄し、ついでにチクチク槍で大鋏や脚の甲殻を削る。
……穂先の魔法陣への充填のついでに、ブラストナックルにも魔力が回り、発熱してしまうので、2人から距離を取る意味もあるけどな。
フェケテシュペーアを金属柄にしておいて良かった。村の時のような木製柄だったら、燃えていたかもしれない。
そして、ぼちぼち魔法陣の充填が完了する頃、後ろの1匹の尻尾が切り飛ばされた。反撃の狼煙だ。
手前のサソリが振るう大鋏を槍で受け流す。そしてその隙に、尻尾が無くなった方へ踏み込み、飛び上がって背中に乗ればチェックメイト…………の筈だった。
しかし、槍で受け流そうとして失敗した。
急に手元から槍が消え失せたのだ。
盛大にスカった左手首が大鋏に挟まれる。レア度の高い特殊防具のお陰か、ちょん切られる事はなかったが、代わりに万力のように締め上げられる。
そして、大鋏で固定された俺目掛けて、サソリが尻尾を突き出された。
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