第281話 待ち伏せる猟師蠍

 横幅が3mはあろうかという赤茶色の巨大サソリが地面から現れた。背中には4本のサボテンが生えたままなのは、偽装の為に違いない。自分でせっせと背負ったのか、出現した時からなのかは分からないが。


 その背中のサボテンが2本切り飛ばされ、金属音が響いた。背中に乗ったままのレスミアだ。暗幕のせいで何をやっているのか見えないが、金切り音から甲殻を攻撃していると分かる。


 その攻撃がサソリの敵愾心を買ったのか、背中のレスミアを振り落とそうと、大きく身体を振るう。90°近く、旋回する勢いに耐えられず、暗幕さんが残ったサボテンと共に転がり落ちていった。


 ……レスミアの装備は薄刃のテイルサーベルだ。硬い相手の場合〈不意打ち〉を想定していたから、タイマンだと不味い!


 俺は構えていた槍だけをサソリに向けて、援護射撃を行った。


「〈アクアニードル〉!……っと!?〈稲妻突き〉!」


 飛んで行った水の針の効果は後回しにして、近付いていた暴れ緋牡丹へスキルを移動用として放つ。既に相手の攻撃範囲だからだ。振り下ろされる腕サボテンよりも早く、スキルで加速した槍の一撃は、懐へ潜り込み持ち手の部分まで深々と突き刺さる。

 そのすぐ後、横合いから声が聞こえた。


「〈疾風突き〉!」


 俺が突き刺した少し上辺りに横から、トゲトゲの棍棒が突き刺さった。丁度、十字になるように突き刺しているのは、もう一匹に向かっていた筈のベルンヴァルト。


 何故、こっちに? なんて聞く必要はない、不敵に笑う顔を見ただけで直ぐに察し、俺も同じ笑いを返す。


「止めは任せた!」「任せとけ!」


 同時に突き刺さった獲物を横に振り切って、暴れ緋牡丹を圧し折った。折れた暴れ緋牡丹は、もう一匹の方へ倒れ掛かって行くのを尻目に、サソリへと注意を向けた。


 然程離れてはいない。こちらに背を向けて、暗幕を追っている。いや、レスミアが周囲を回るようにして、注意を引いているようだ。

 その気を逃すわけにはいかない。〈フェザーステップ〉で近寄り、サソリの左側に並ぶ4本の脚に狙いを定めた。


「〈稲妻突き〉!」


 急加速して突き出した槍が、一番後ろの脚を抉るように貫通、2本目に突き刺さる。


 ……流石は貫通効果持ちのフェケテシュペーアだ!

 硬い手応えはあったものの、易々と貫通したのだからな。残りの2本も潰して機動力を奪おう。そう考えてサイドステップで位置取りし、次は〈フルスイング〉を放った。


 大振りの振られた槍の穂先は、傷付いた2本を切り飛ばし、残る2本に大きく傷を刻んだ。貫通効果のない斬撃では、硬い甲殻に傷付けるのが精一杯のよう。ただ、それだけでは終わらない、ノックバック効果でサソリを向こう側へと吹き飛ばした。


 反対側の脚は健在な為、倒れこそしなかったが、こちら側の傷付いた脚では踏ん張りきれなかったようだ。斜めに擱座かくざして、背中を晒した。


「レスミア! 弱点の位置は分かるか!?」

「はい! 目玉に、背中の丸い所の奥深く、尻尾の付け根です!」


 反対側から声が帰ってきた。弱点を見抜く闇猫のスキル〈狩りの本能〉だ。

 声に従い、魔物に目を向ける。ここから狙えるのは背中、その真ん中に丸く浮き出た部分があった。背中を晒している隙に、槍を構え直し、狙いを定める。背中の洗濯板のような甲殻の中心、そこを目掛けて渾身の〈稲妻突き〉を放つ。



 槍の穂先は、丸い甲殻に突き刺さった……が、浅い!

 穂先の中程で止められてしまった。麻痺も効かず、奥深くにあるという急所にも届かなかったのか、途端にサソリが暴れ始める。ハサミを背中側に振り回し、槍の如き尻尾が突き出された。


 その攻撃を槍の柄で受け流そうとしたのだが、槍が食い込んで動かない。こちらを突き刺さんとする尻尾の穂先を、ギリギリのところで右手の裏拳で殴りつけて受け流した。しかし、尻尾は直ぐに引き戻され、2撃目の狙いを付けるように鎌首をもたげる。

 俺は堪らず、抜けない槍を手放してバックステップ、距離を取った。


 尻尾の射程外に逃げると、サソリが残った脚で立ち上がり、重厚な鋏と尻尾をこちらへ向ける。鋏を広げると、威嚇するようにシャキンッ、シャキンッと開閉して音をかき鳴らした。


 ……正面から相対したくないな。

 一対の切れ味の良さそうな鋏に、麻痺毒付きの尻尾と攻撃手段が3つもある。それに、フェケテシュペーアの貫通効果で何とか突破出来る程の装甲持ち。


 ……やはり、魔法で弱点を突くのが一番か。


 登場直後に牽制で撃った〈アクアニードル〉の行方は見ていなかったが、傷らしい傷もないので、弱点ではなかったのだろう。


 後ろ腰に刺してあるワンドを引き抜いた時、サソリを挟んだ反対側から黒い影が跳び上がるのが目に入った。サソリの尻尾を蹴り上げて高く舞い上がった暗幕が、クルリと丸まり、落下する。その真下にあるのは、サソリの背中に突き刺さったままのフェケテシュペーア、その柄尻に暗幕が激突した。


 〈無音妖術〉のせいで、音もなく槍が沈み込んだ。レスミアが柄尻に蹴りでも入れて、押し込んだのだろう。深々と食い込んだ槍が弱点を貫いたのか、サソリは大きく震え、倒れ伏した。



「お疲れ、〈敵影感知〉の反応も消えたから、終わったぞ」


 槍の上に留まったままの暗幕に声を掛けると、また空中に跳び上がり、丸まってから(多分)華麗に着地を決めた。俺も〈フェザーステップ〉のお陰で身のこなしが軽くなったけれど、レスミアのように3次元移動は無理だな。


「厄介なサソリでしたね。隠れているだけじゃなくて、硬すぎですよー。ホラッ、見て下さい!

 関節を狙ったのに、私の愛剣が欠けちゃいました!」

「いや、〈宵闇の帳〉で真っ黒だから見えんって」

「あ、そうでしたね。はいっ」


 暗幕が消え失せると、久し振りにレスミアの顔を拝む事が出来た。いや、そうではなく、差し出されたテイルサーベルを見ると、刃先がほんの少し欠けているようだ。ただ、この程度なら俺でも直せる。村で、欠けたショートソードを〈メタモトーン〉で直したことがあるからだ。

 その事を教えると、レスミアはホッと胸を撫で下ろす。帰ってから直すと約束し、予備のテイルサーベルと交換しておいた。


「サソリの弱点位置を、もう少し詳しく教えてくれないか?

 槍でも倒せたんだ、弱点属性のジャベリンで貫けばもっと楽に倒せるはずだ」

「はーい、お任せあれ。っと、その前に〈宵闇の帳〉!

 ふう、直射日光はヤバいですねぇ」


 ……羨ましい。こちらは暑さ対策をしていても、戦闘で動くと暑いのに。首掛けクーラーも動くと、隙間から冷気が逃げて行ってしまい効果が半減する。


 種族専用スキルを羨んでも仕方がないので、暑さは我慢して、サソリの死体に近付いた。



【魔物】【名称:ビュスコル・イエーガー】【Lv27】

・砂や土の中に潜むサソリ型魔物。甲殻に覆われた身体は生半可な攻撃を弾き、前面の大鋏と尻尾の毒針で攻撃してくる。神経毒で獲物を麻痺させ、大鋏で止めを刺す。

 待ち伏せる狩人のように普段は移動することなく、岩に擬態したり、地面に潜んだりしている。背中にサボテンや採掘土山を背負う事もあるため、採取の際には注意しよう。

・属性:土

・耐属性:水

・弱点属性:風

【ドロップ:猟師さそりの甲殻】【レアドロップ:猟師蠍の大鋏】



 風属性が弱点か。〈ウインドジャベリン〉なら貫通力が高いので、多分行ける。

 レスミアが教えてくれた弱点部位は3箇所、正面の目の奥は鋏がガードに来る。先程槍で貫いた背中の丸い甲殻の奥は、側面からだと脚が邪魔。そして、尻尾の付け根は、横に赤線が入っているそうだ。恐らく可動部なので、尻尾自体の弱い部分なのだろう。


「レスミアは、サソリを相手にする時は〈不意打ち〉だけにしたほうが良いな。ここの尻尾を切ってもらえると助かる」

「そうですね~。私の武器とスキルで効きそうなのは、それしかありませんから。若しくは、トレジャーハンターのジョブで目の奥の弱点を〈スナイプアロー〉で射貫くとか?

 暑いので変えたくないですけど」


 そんな話をしていたら、サソリの死体が消えドロップ品へと変わった。それと同時に、刺さったままの槍が地面に落ちる。

 ドロップ品は、サソリの背中の甲殻の1枚だった。赤茶色の4,50cm程の長方形で、少し湾曲している。



【素材】【名称:猟師蠍の甲殻】【レア度:D】

・ビュスコル・イエーガーの甲殻。チタンと同程度の高度を誇るが、重量は4倍以上重い。主に重戦士用の防具や、砦などの建材として使われる。



 成程、チタン製のテイルサーベルが欠ける訳だ。

 ただ、この赤茶色の防具を着た人を、第2ダンジョンで見たことがない。転移ゲートで並ぶ際に、黒い甲殻鎧……カブトムシ製の防具は偶に見掛けるし、チタン製の金属鎧は頻繁に見掛ける。

 これは、人気が無いのか、27層にまで来る人が少ないのかどちらかだろう。暴れ緋牡丹のドロップ品を拾って来てくれたベルンヴァルトに、サソリ製武具が欲しいか聞いてみたところ、首を振られた。


「俺も要らんなぁ。馬に乗ってランスチャージするなら、重くても良いけどよ、ダンジョンで歩きとなるとな。

 特にこの暑さじゃ、熱と重さで死にかねんぜ」

「俺達は革製のジャケットアーマーで良かったな。これでも暑いくらいだけど」


 この甲殻を地面に置いておいたら、焼肉でも出来そうな日差しだからな。こんな暑いところで焼肉したくないけど。

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