第280話 砂漠フィールドの調査開始と、行き過ぎた表現規制?

 夜遅くまでダイヤモンドの創造調合にチャレンジしていたせいで、寝坊をしてしまった。朝食には間に合ったものの、朝の営業は終わった後である。本来なら、オーナーなので重役出勤でも構わないのだけど、他の皆が働いているなか、惰眠を貪るのは居心地が悪い。


 ……実際は体調が悪いのかと、皆に心配されてしまったのだけどね。思い遣りが嬉しい反面、只の寝坊だと説明するのは少し恥ずかしかった。


 そんな、思い出し恥ずかしをしていたら、隣に並ぶレスミアが覗き込むように顔を向ける。


「……ザックス様? もうすぐ順番ですけど、本当に大事です?

 最近は冷え込んできましたから、風邪とか引いてませんよね?」


 そう言うと、俺の額にヒンヤリとした手のひらが当てられた。自分の額にも手を当てたレスミアが、熱を測ってくれている。間近で目を閉じているので、綺麗な顔がよく見え、思わず弁明も忘れて見入ってしまう。「熱は無さそうですね」と、目を開けたレスミアと目が合う。しばし見つめ合うが、人目がある場所と思い出して、話題を変えた。


「そろそろ、俺達の番だから、砂漠用の装備を出すよ」

「あ、そうですね。外套を羽織らないと」


 今居るのは、ダンジョンのエントランス。下に降りる為、転移ゲートの順番待ちをしているところだ。流石に真っ黒な外套は目立つので、順番が近くなってから準備しようと話していた訳である。


 ストレージから、涼やかな北風を取り出して、首に掛ける。そして、装備の上から、大き目の黒い外套を羽織れば準備完了。レスミアは刺繍付きの白い外套なので、お忍びのお嬢様に見える。ただ、綺麗な銀髪が、フードで隠れてしまうのは勿体ない。


 ……目の保養が出来ないのは残念だけど、砂漠フィードに降りたら、どの道暗幕に包まれて見えないのでしゃーないか。


 準備をする間に、俺達の番が回ってきた。青い鳥居に触れて27層を選択し、青い光に足を踏み入れた。



 砂漠フィードの階段……ステップスライダーの近くに転移したようだ。相変わらずの熱気と、刺すような太陽光が出迎えてくれた。さっさと涼やかな北風のスイッチを入れると、冷たい風が外套の中を循環し始めると、ゆったりした外套が少しだけ膨らむ。


「おおっ! 思った以上に涼しいな」


 その状態で、軽くストレッチする。動くに邪魔って程ではないが、腕を曲げたり、しゃがみ込んでみたりすると、途端に冷気が抜けてしまう。

 同様に、飢餓の重棍の素振りを終えたベルンヴァルトも、袖から抜ける冷気を気にしていた。


「涼しいは、涼しいが、腕まで来る風が少ないな。こりゃ、戦闘すると駄目かもしれんぞ?」

「元々、フリッシュドリンクと併用するように薦められたからな。こっちも試そう。ホラッ」


 ベルンヴァルトに白い水筒竹を投げ渡した。そして、自分もフリッシュドリンクのプルタブを引っ張り、蓋を取り外す。中に入っていたのは、ピンク色のスムージーのような、少し粘性のある液体だった。

 竹のコップを傾けて一口飲むと、シャリシャリとした食感に驚く。


「……スムージーじゃなくて、少し甘いシェイクだな。美味い」


 分類的にはジュースでなく薬品なのだけど、夏場や砂漠で飲むにはピッタリな飲み物である。そして、一口飲むたびに、体温が冷えていくような、外気温の暑さが気にならなくなっていく。


 村の雪女アルラウネ戦の前に飲んだヴァルムドリンクは、美味しくなかったので一気飲みしたが、フリッシュドリンクは美味い。材料の違いだろうか?ハスカップのジュースとか、日本にもあったような覚えがある。もうちょっと甘味を足して、夏場に売り出せば、売れるに違いない……フリッシュドリンクが1本1万5千円もするから、原価次第だけどな。


 味わいながら飲んでいると、周囲をウロチョロしていた黒いもや……暗幕さんが近寄ってきて、レスミアの声で話し始めた。


「それ、フリッシュドリンクですよね! 私にも下さい!」


 いや、ただの〈宵闇の帳〉を使ったレスミアである。外套+涼やかな北風+〈宵闇の帳〉の3点装備で、多少動いてもレスミアは快適らしい。


 全力で走り回ると、流石に暑いので、フリッシュドリンクも試したいとおねだりにされた……多分。暗幕に包まれているので、表情も仕草も分からないからな。声の調子からおねだりされたように感じただけの話である。


「はい、フリッシュドリンク。ただ、女の子は冷え過ぎる場合もあるから、その時は涼やかな北風を切るんだぞ」

「は~い!

 …………あ、美味しい。これ、果物がベースでしたよね?

 良いなぁ。お菓子に使えそう」


 早速、料理好きの癖が出たのか、まだ手に入ってもいない果物の利用法を考え始めてしまった。

 味わって飲んでいたのか、俺とベルンヴァルトが準備を整え終わり、出発すると声を掛けた頃には、小刻みに震える暗幕があった。


 ……さっき、冷え過ぎに注意って言ったのに!



 27層の中心から大きな砂漠が広がっている。足場も悪いし、先ずは環境に慣れる意味を含めて、外周部の荒野を進むことにした。

 下に降りる為の転移魔法陣、4箇所有る候補地の1箇所は外周部なので、そこを目指す。


 そして、新しく登場する魔物は2種類らしい。

・砂漠を泳ぐエイ型魔物。

・砂の中に隠れたり、岩に擬態したりするサソリ型魔物。


 今日は砂漠には足を踏み入れないので、緋牡丹ズとサソリ型が相手になるはずだ。そこら辺を考慮して、今日は黒豚槍……を改良したフェケテシュペーアを装備した。サソリ型が硬いらしいので、〈防御貫通 中〉効果を期待している為だ。



 前の階層も荒野のような場所だったが、それから更に荒廃している。草どころか枯れ草すらないので、もし灼躍がいたら隠れられない。


 そして、フィード階層であるため採取地は無く、採取物は至るところに点在している。それを探す為に〈サーチ・ストックポット〉を掛けて、周辺を探査した。

 何度か使ってみたところ、やはりというか鉱石の土山ばかり引っ掛かる。岩場の影や、半分埋まった土山をベルンヴァルトが重棍で殴り壊し、俺も槍で突き崩す。出てきた鉱石玉は、選り分けやブラッシングはせずにストレージに放り込んだ。銀鉱石やチタン鉱石は嬉しいが、暑いので作業を短縮したかったのだ。


 手の空いたレスミアには、周辺警戒を頼んである。暗幕状態なので、どっちを向いているのかも分からないけど。作業を終えてから声を掛けると、〈猫耳探知術〉で探った結果を報告してくれた。


「ん~、近くに魔物の音はしませんね。砂漠の方で、何かが飛び跳ねたのは見えましたけど。

 後、あっちのサボテンの方なら、何か植物系の採取が出来るかも?」

「了解。〈敵影感知〉にも反応はないよ。

 それに、一応調べた本には、食べられるサボテンと、じゃがいもみたいな根菜が取れると書いてあった。緑があるとしたら、アレしかないか……背の高い2本は暴れ緋牡丹で確定だろうけどな」


 不思議な植生をしているダンジョン内といえども、この暑さは草木が生える環境ではないと思う。ザフランケの木だとか、群れキャベツの木のような、背の高い木が生えていれば遠目にも分かるはず。

 しかし、遠目に見える緑はサボテンしかない。戦闘になるのは仕方がないと判断して、一番近くのサボテンを目指した。




 ある程度近付くと、暴れ緋牡丹の周りに小さなサボテンが乱立しているのが見えた。小さいと言っても乱れ緋牡丹と同じ1mサイズで、直立した普通の緑のサボテンや真っ赤なサボテンが、頭に色とりどりの丸い緋牡丹を乗せていた。赤に黄色、オレンジにピンク色と何種類もあり、ダンジョンでなければ、植物園に来たかのようだった。


 ただし、〈敵影感知〉も〈サーチ・ストックポット〉も反応しているので、魔物と採取物が混在しているもよう。間違い探しかよ!

 取り敢えず、近付かないで観察したところ、乱れ緋牡丹っぽい赤いサボテンを見付けた。大きな2本の暴れ緋牡丹のほど近く、少し盛り上がった所に生えている5本のサボテンの真ん中だ。ただし、不信な点もある。


「頭にダイスマジックの実が生えてねぇな。出現したばっかりか?」

「前に一度見たきりだけど、多分な。丸い緋牡丹を頭に乗せてないのは、アレだけだし……レスミア、弓矢で狙えそうか?」


 〈魔攻の増印〉付きの〈ウォーターフォール〉で、まとめて押し流す手もあるが、食用っぽいサボテンも押し流しそうで、提案するのは取り止めた。

 暗幕さんが「う~ん」と唸り、形を変える。いや、腕組をしたとか、その程度だろう。仕草も見えないのは案外不便だ。


「他のサボテンに囲まれて射線が取り難いです。〈弓術の心得〉がないと不安ですね。それに、向こうに吹き飛ばすと、サボテンが多くてザックス様の魔法も狙い難いと思います

 ……私が裏に回って攻撃して、手前に引き摺り出しましょうか?」


 〈宵闇の帳〉を覚えた後、魔物相手に試し済みである。隠れ灼躍には見破られたが、暴れ緋牡丹と乱れ緋牡丹の2種には気付かれずに近寄れた。恐らく魔物の感知方法の違いだろう。

 その為、安全に近付けるレスミアに任せることにした。槍の穂先に〈アクアニードル〉の魔法陣を展開して、充填を始める。


「レスミアが乱れ緋牡丹を不意打ちした後、俺とヴァルトは暴れ緋牡丹に接近、1匹ずつ相手をする。

 レスミアは、乱れ緋牡丹が起き上がりそうになったら教えてくれ、魔法で止めを刺すよ」

「はい!」「おう!」


 暗幕さんが半分のサイズになると、音もなくスルスルとサボテンの群生地へ移動して行った。多分、発見され難くする為に、身を屈めて行ったのだと思う。


 サボテンの合間を縫って、黒い影が駆け抜ける。それに対し、魔物側の動きはない。ダイスマジックの実も飛んでこないし、暴れ緋牡丹が腕を振り上げる事もなかった。


 そして、地面を蹴って飛び上がる。空中で丸まった暗幕が広がり、真下にいた赤いサボテンを切り飛ばした……空中で抜刀したから、暗幕が広がったように見えたのだろう。

 クルクルと切り飛ばされたサボテンが落下する。それを見て、俺も前に出た。



 ……ん? 何か違和感が?


 槍を構えて走る途中で、もう一度、地面に落ちた乱れ緋牡丹に目を向ける。それは切られた赤いサボテンだった。断面がこちらを向いていて、


 ……初撃を無効化する、乱れ緋牡丹じゃない?!


「レスミア! それは只のサボテンだ! もう一匹、隠れているぞ!」


 声を張り上げた瞬間、暗幕さんが登っていた段差が持ち上がった。地面の下から甲殻に包まれた脚が何本もせり出し、土や岩をね退けて大きな鋏が地面から姿を表す。そして、最後に鋭い槍のような尻尾が持ち上がり、鎌首をもたげた。


 それは、レスミアが背中に乗るほどの大きなさそりだった。







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 タイトルの小ネタ

 漫画やアニメにおけるエッチな表現規制として、黒塗りだとか海苔修正がありますが、顔以外マントで隠したうえに自分でセルフ黒塗り修正するヒロインとか、かなり珍しいのではないでしょうか?

 単行本や円盤だと、黒塗り修正が取れます!(ただし、全身マントw)


 小説なのでセーフ。と、言いたいところですが、真っ黒過ぎて描写し難いのですよね。戦闘シーンを頭で思い描いても、何やっているのか分からないw 

『魔物が黒い靄に包まれ、次に出て来た時にはバラバラになっていた』 みたいな描写は可能ですが、そこまで達人という訳でもないので、もっと強くなってからですね。

 今回は、仕方がないので主人公に脳内補完させました。

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