第279話 調合三昧の午後、金剛への挑戦

 昼食を終えた後、自分のアトリエに籠もる。売れた分の商品を補充するべく、ぐるぐると錬金釜を掻き混ぜていた。レシピ調合は、他事を考えていても出来るので、便利である。


 今作っているのは、朧月錠剤。売れ筋商品と聞いて買ったレシピではあるが、1ケース5千円とウチの店では2番単価が高い。その為、1日に数個売れれば、数ヶ月で元(レシピ代)は取れるかな?なんて考えていたのに、昨日と今朝の営業で、在庫が売り切れてしまったそうだ。

 先程の昼食時の話題を思い返す。



「午前中に行った大通りの魔道具店でも売っているのに?

 もうそんなに売れたのか」


 そんな疑問を、在庫の発注をお願いしてきたフロヴィナちゃんに返してみた。

 すると、フロヴィナちゃんは呆れたような表情を浮かべ、頬杖を突いて髪をクルクルと弄る。


「あ~、アソコの魔道具店ね~。

 店長のオジさんと、店員の息子さんがイヤらしいんだよ。隙あらば手を握ってきたり、肩を触ろうとしてきたりさ~」

「あの息子さん、顔は格好良いけど、やたら距離が近いのよね。私も調理器具を見ていた時に、オススメとか言いながら、急に近寄って来たもの」


 ベアトリスちゃんも思い出したかのように、ちょっとだけ嫌そうに手を振る。


「ま~、奥さんがお店に出ている時は、大丈夫らしいけどね。若くて可愛い娘は、気を付けなって、近所の井戸端会議で教えてもらったよ」


 『若くて可愛い娘』と言いながら、自分を指差すフロヴィナちゃんだった。


 成程、平民街では数少ない魔道具店だけど、若い娘さんには微妙に行き難く。ましてやセクハラ店長からは、朧月錠剤なんて買い難い。

 そんなわけで、新しく開店したウチの店に需要が回ってきたそうだ。ウチなら店員は女の子だし、お菓子を買うついでに買えるので、コッソリ入手出来る。


「そう言うことなら、多目に在庫を作っておくよ。

 後、そういう噂がある店には、女の子だけで行かないように。俺かヴァルトが付き合うよ」

「は~い」「「お願いします」」

「構わんぜ」


 フォルコ君は、店長として何かと忙しいので護衛には不向きだな。線が細いと言うこともある。ガタイの良い俺とベルンヴァルトなら、居るだけで威圧になると思う。




 そんなやり取りがあったので、朧月錠剤を多目に調合した。



【魔道具】【名称:朧月錠剤】【レア度:D】

・婦人薬として効果のある薬草、べリオクラウトをベースとして調合された錠剤。1日1錠服用する事で、女性の身体の調子を整える。月経痛を和らげ、月経不順や冷え症等の症状から解放する。副次効果として、効果中は妊娠し難くなるため、子を授かりたい場合は、服用を止めましょう。

 ・錬金術で作成(レシピ:べリオクラウト+解毒草+芍薬散+胡麻油+珪砂+コルク+インク)



 レシピ調合の段階で小瓶に入っており、商品名も描かれている。錬金術師協会の銘柄と直ぐに分かるので、買う方も安心と言うわけだな。

 因みにレシピの素材は解毒草と芍薬散(灼躍のドロップ品、芍薬の根の粉末)以外は、購入品である。特に要であるべリオクラウトは輸入品である為、ちょっとお高い。



【素材】【名称:べリオクラウト】【レア度:C】

・月の光を浴びて育つ薬草の変種。光の女神の祝福を得た植物と言われており、女性の身体の調子を整える効果を持っている。ただし、薬草とは違い、非常に強い苦みを持っている為、食用には不向き。また、男性が服用した場合、何の効果も無く、不味いだけである。



 レア度が入っているので、何処かのダンジョン産のようだけど、月光を浴びる? 推測ではあるが、常時昼間の砂漠フィールドがあるのだから、逆に常時夜のフィールド階層もあるのだろう。

 それにしても、男には効果が無いとか、これはこれで差別ではないだろうか?



 そんな調子で、減った在庫を調合した。



 完成した在庫を、離れの店に届けて陳列してもらう。並べきれない物は、裏方で作業をしていたフォルコ君に任せて来た。そして、店の外の様子を垣間見てみると、朝ほどの混雑ではないが十分に賑わっている。話に聞いていたが、列に並んでいる人達以外に、おしゃべりに興じる奥様方があちらこちらにグループを作っている。そんな中にレスミアも混じっていたけれど、あれも接客の内らしい。

 人手は足りているそうなので、井戸端会議に巻き込まれないうちに、さっさと戻った。


 それで、ようやく自由時間だ。やりたいことは色々あるけれど、先ずは思い出したアレから手を付けよう。ストレージから壊れた携帯コンロを取り出す。



【魔道具】【名称:携帯コンロ】【レア度:C】

・運搬可能な小型調理用の炉。屋外での煮炊きに使えるように、金属部品にチタンを多く使い、軽量化と頑丈さを両立している。

 火晶石が動力に使われているが、魔水晶も使えるように補助動力箱が増設されている。


※バーナーヘッドが破損している。五徳が折れている。



 鍋やフライパンを支える足……五徳が折れているのは〈メタモトーン〉で直せるが、直したところで意味はない。本体である火が出る部分が、壊れているからな。それに、どんな構造をしているのか調べるのが主目的だ。


 コンロを裏返してみると、ネジ山発見。取り敢えず、ドライバーで外そうとしたのだが、いきなり躓いた。+ネジじゃなくて、■のネジ山だったのだ。特殊工具なんて一般のご家庭には無い!


 その実、村の拠点から貰ってきた工具箱には、錆びたプラスドライバーしか入っていなかった。


 ……仕方がない、聖剣クラウソラスで切り開くしかないか。


 何処を切れば影響が少ないかと調べていて、ふと気が付いた。プラスドライバーの先端に〈メタモトーン〉を掛けて、柔らかくする。次に、その先端を■のネジ山に突っ込んで、効果が切れるのを待つ。

 すると、あら不思議(でもない)、四角ドライバーの完成だ。

 プラスドライバーが無くなってしまったが、必要になったら、同じ方法で作ればいい。


 ……この方法、どこぞの怪盗のように、鍵穴に突っ込んで鍵を複製出来る?

 嫌な事を思い付いてしまった。いや、実行に移さなきゃ、犯罪でもない。記憶の隅に封印しとこ。



 そんなこんなで、バラしてみたところ、思いの外、単純な構造と分かった。火晶石が入っている燃料箱から黒い配線が伸び、ON/OFFのスイッチ機構を経て、中央の火が出る部分へ繋がっていた。


 気になる配線を切ってみると、内側に隠れていたのは銀線。鑑定してみたが、只の細い銀である。そして、黒い部分が魔絶木の樹脂だった。

 要は電気回路の銅線だな。動力がマナなので、それが漏れないよう、魔絶木の樹脂で覆っていると。そして、火が出る部分にも〈詳細鑑定〉を掛けてみた。



【魔道具】【名称:簡易火属性動力コア】【レア度:D】

・セットされた火晶石のマナを動力として、火を生み出す魔道具。形状によって、火の出る向きや量を調整している。

・錬金術で作成(レシピ:鉄のインゴット+銀のインゴット+火晶石+研磨剤+絶魔木の樹液)



 大通りの魔道具店で見かけた、ステーキプレスにも使われていたな。只の丸い鉄板に取手が付いただけだったので、外側に火の出る動力コアがあったとは思えない。中に埋め込まれていたのだろうか?


 まぁどの道、簡易火属性動力コアのレシピがないと作れそうにもない。次に錬金術師協会に行った時にでも調べてみよう。



 その次は、創造調合にチャレンジした。一昨日、試作した厚紙製のケーキ箱である。組み立てに成功した物から展開図を作り、レシピに三面図は記載済み。更に、ルティルト様にお願いして、レシピには新ロゴマークを描いてもらっている。

 後は、創造調合に成功するだけ。


 ロゴ付きの木箱もレシピ登録済みであるが、木箱の大きさ的に、錬金釜には3個しか収まらない。その為、登録出来たレシピも×3である。

 量産する場合、3個ずつしか作れないのは、調合回数が増えるので、少し手間である。


 その点を踏まえ、ケーキ箱は折り畳めるので、錬金釜に沢山入る。取り敢えず、10枚セットで作れるようにチャレンジし始めた。


 ×10のレシピを書くのは簡単である。個数の欄を10個にして、材料を10倍にして記載するだけ。

 ただし、創造調合は逆に難しくなる。通常の場合、レシピに書いてある事をイメージしながら魔力を注ぎ続け、完成するまでループしてイメージし続ける事で完成する。


 それに対し、複数個まとめて創造調合する場合、その個数分がワンセットとしてイメージしなければならない。つまり、今回なら10回イメージするのがワンセット。終えた時に、魔力が十分注がれていたならば、完成となる。

 この時、イメージ回数が少ないと失敗だ。逆にイメージ回数が多い場合は、もう1セット行えば成功するが……大抵数が分からなくなって失敗するらしい。


 『魔力を注ぐ』、『レシピのイメージ』に加えて、『イメージ回数』まで意識しないといけないので、難易度が上がるという訳だ。


 一昨日創造調合した木箱は×3だったので、数よりもロゴマークの方が難しかった。ただ、実際にやってみて難易度を実感すると、手持ちのレシピにある『白紙×100』とか、開発した人は凄い。



 〈熟練集中〉の力も借り、ひたすらに掻き混ぜて、イメージする。


 3回の失敗の後に、何とか厚紙製ケーキ箱×10の創造調合に成功した。モクモクと青い煙が登るのを見ると、達成感が湧き上がる。赤い煙を連続で見ると、テンションが落ちるからな。そんな時は〈カームネス〉で頭を冷やすけど……


 そんな訳で、貴族向けのお洒落なケーキ箱が完成した。木目が見える木箱よりも、真っ白なケーキ箱の方が、高級感があるに違いない。箱代もちょっと割高にしておけば、特別感も出るだろう。


 レシピ登録も無事成功し、100箱分を量産した。木箱の時にロゴマークで失敗し続けたせいか、多少はイメージしやすくなっていたようだ。ケーキ箱は思ったより早く終わったな。


 夕飯まで、まだ時間はある。このまま、何か目玉商品でも開発してみるのも面白い。しかし、いざ考えるとなると、良いアイディアは浮かばない。レスミアが喜びそうな調理器具は大体揃っているんだよな。

 日本の便利グッズでもと考えたが、皮むきに使うピーラーくらいしか思い浮かばなかった。


 ……大学の一人暮らしの時は、そこまで自炊に力入れてなかったからなぁ。


 ピーラーは鉄のインゴット(切れ端)と適当な木材(端材)で、簡単に創造調合出来た。ロゴマークが無ければ楽勝だな。


 問題は、レスミアもベアトリスちゃんも、こんなのなくても皮むきなんて楽勝な点だな。むしろ、俺が手伝う時に必要になるだろう。村を出てからは、あんまり機会がないけど。



 あっさり終わってしまったので、趣味に走る事にした。具体的に言うと一昨日、アクセサリーを見ていて思いついたダイヤモンドだ。

 ダイヤモンドが、炭と同じ炭素なのは有名な事である。残念なことに、人工ダイヤモンドの作り方など知らないが、宝石の生まれ方なら地学の授業で習った。マグマの高温と、地中奥深くに掛かる圧力、元素それぞれが結晶化する条件が合ったときに宝石が出来る……はず。

 他にも不純物が混ざると色が変わるとか、色々あったような覚えもあるが、ダイヤモンドなら簡単だ。不純物無しの無色透明、素材は炭素だけ。実に分かりやすい。


 ついでに、採取地から取れる石炭玉は、売っても安いのでストレージに死蔵されている。材料には事欠かないので安上がりだ。


 そんな訳で、ダイヤモンドの創造調合に踏み切った。



 マグマの高温だけでは失敗。

 岩にプレスされるイメージでも失敗。

 水圧ならぬマグマ圧で押し潰しても駄目。

 シリンダーで機械的に圧縮するでも駄目。


 思いつく限りのイメージを重ねて、錬金釜を搔き混ぜ続けた。



 しかし、夕飯に呼ばれるまで続けたが、全て失敗した。

 そして、往生際が悪いと思いながらも、夕飯後にもチャレンジしたが、全部失敗。


 上手く行かないものだ。

 唯一の成果といえば、錬金釜を掻き混ぜる動作に対して、〈反復行動〉が効くと分かったくらいだ。同じ動作をする限り疲れないので、永久機関になった様に、何時間混ぜても平気であった。



【スキル】【名称:反復行動】【パッシブ】

・まったく同じ行動を連続して取ると、MP消費が減り、疲労しなくなる。





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近況ノートに年末の挨拶と、オマケの裏話を載せました。お暇な方はどうぞ、ご覧くださいませ。

それでは、よいお年を。

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