第278話 敵情視察
「じゃあ、俺は馴染みの酒場に顔出してくるわ。昼は要らんけど、夕飯までには帰るぜ」
ダンジョンギルドを出たところで、ベルンヴァルトは酒場へと繰り出して行った。偶には(手持ちの酒樽とは)違うお酒が飲みたいらしい。
そして、レスミアも午後からは店を手伝いたいと、聞いている。
「昼までは、まだ時間があるけど、どうする?
大通りの店でも冷やかしてから、帰るか」
「良いですね! ヴィナ達から聞いている大通りのお菓子屋を覗いて見ましょう。敵情視察ですよ!」
レスミアは店の場所を知っているのか、俺の手を引いて歩き始めた。
辿り着いた店は、平民街の中心地に構えるカフェだった。ウチの家と比べると小さいが、離れと比べると大きい。店先の生垣に囲まれた庭をイートインコーナーにしているようで、6個あるテーブルには、お客さんがお茶を楽しんでいる。
「いらっしゃい! 注文は奥でお願いね!」
ウエイトレスらしきオバちゃんが、テーブルを片付けながら、店の奥を指差した。
開放されたままの扉をくぐると、店の中にもテーブルが4個あり、そこでも女性客が賑わっている。そして奥のカウンターにお菓子が並べられていた。
ガラスのショーケースなどは無く、焼き菓子が台の上に陳列されている。その横には箱状のオープンケース……冷気が出ているので、冷蔵庫の一種のよう……その中には切り分けられたホールケーキが少し並べられた。折角なのでパウンドケーキと紅茶を注文してみると、ケーキを取り分け、ポットからお茶を淹れ、トレイの上に用意してくれた。どうやら、ファーストフード店のように、先にお会計を済ませる形態のようだ。
空いているテーブルに座り、早速頂く。添えられた生クリームを付けて食べた……のだが、何か物足りない。
「ん~? こんなものか。(ちょっとパサパサしているし、生クリームもコクがない)」
「(私のアップルタルトは悪くないですよ。ちょっとタルト生地に歯応えがあるのは、全粒粉を使っているみたいです)
ザックス様、半分こしましょう」
小声で感想を言い合い、お菓子を交換して味見する。普段食べているアップルパイと比べると、1段下がるかなぁ。コッソリ〈詳細鑑定〉しても、バフも付いていない。
値段はウチの店と同じくらいだけど、味は断然ウチの勝ちだな。
「(でも、こうやって食べるスペースがあるのは良いですよね。食べているお客さんの顔も見られますし)」
「(ウチの店は狭いからな。対面販売で我慢してくれ。喫茶スペースを作るとなると、離れを改築しないと無理だぞ)」
しかも借家なので、勝手に改築する訳にもいかない。
レスミアとコショコショ小声で品評していると、良い点も悪い点も見えてくる。
……いや、店の経営が本業って訳じゃないので、基本はサポートメンバーに任せるけどな。
ただ、やり甲斐のある仕事を見つけたように、女性陣がイキイキとしているので、協力するのは
お茶と偵察を終えて席を立つと、ウエイトレスのオバちゃんが食器を片付けに来てくれた。テーブルを軽く拭きながら、挨拶をする。
「ありがとうねぇ。また来ておくれ」
「ええ、ご馳走さま~」
貴族レシピで舌が肥えた俺達には、お茶もお菓子も味はイマイチであるが、感じの良い店だった。大通りに店を構えているだけのことはあるな。
「もう一軒寄っていきましょう。ホラ、反対側にある魔道具店ですよ」
噂に聞いた覚えはある。ウチの近所には魔道具店は無いため、大通りにまで行かないと駄目だったとか。
道行く馬車を避けながら、横断する。偶に馬の落とし物もあるので、気を付けないといけない。清掃バイトらしき子供が拾い集めているが、広い大通りなので、回収しきれていない物もある。
ついでに、道を譲った馬車から新しい物が、ポロポロこぼれ落ちるには非常に耐え難い。目を逸らして避ける他ないのだけどな。人目が無かったら〈ライトクリーニング〉を連打したいくらいだ。
魔道具店は平民街にしては珍しく、ガラス窓が使われた大きな店舗だった。ショーウィンドウではなく、只の採光用の窓だけど、店内が垣間見える。
貴族街と平民街の違いは色々あるが、その一つはガラス窓のだと思っている。錬金調合で作られる大きな窓ガラスは高価(窓サイズの錬金釜が必要)なため、家や店舗に使われているのは富の象徴なのだろう。
平民街でも南側にある我が家や、ご近所さんの家には小さいながらも窓ガラスが使われているが、北側に行くほど木窓になるそうだ。
そんな中、平民街の中程で、窓ガラスが使われているのは目立つ。儲かっているに違いない。
店内に入ると、お客さんで賑わっていた。ぐるりと見渡すと、薬品類や魔道具だけでなく、食器や調理器具、化粧品、日用雑貨などもある。
……食材と武具類もあれば、フルナさんの雑貨屋に近いな。
レスミアと二人で見て回ると、やっぱりというか、調理器具のコーナーに引っ張られてしまった。
「あ、ウチのよりも大きなブレンダーがありますね。へ~『刃が多いから、ペーストも簡単に出来ます』ですって。
ちょっと前なら、欲しかったかも知れませんね」
今は〈インペースト〉のスキルで、楽できるからな。このコーナーにはブレンダーだけでなく、調理用の魔道具も陳列されている。卓上コンロなんて、サイズ違いで幾つも並んでいた。
……そう言えば、俺も壊れた携帯コンロを持っていたな。フルナさんに、「分解してみたら?」と勧められていたのを思い出す。
「面白いのもありますよ。両面焼けるステーキプレスですって!」
レスミアが手に取ったのは、取っ手が付いた丸い金属板……一見すると盾にも見えなくない。
【魔道具】【名称:ステーキファイアプレス】【レア度:D】
・ステーキを焼く際に、反り返りを防止する鉄板。それに簡易火属性動力コアを取り付け、過熱出来るようにした。フライパンと合わせて、上下から一気に焼き上げ、肉汁を閉じ込める。
普通のステーキプレスはウチにもある。ステーキだけでなく、ベーコンも曲がらないようにカリカリに焼けるし、チキンステーキなら皮がパリパリに焼ける。ホットサンドを圧縮するように焼く事にも使っていたな。
「面白そうな魔道具ですけど、流石にこのお値段は……
うんっ、ウチにあるので十分ですね」
「あー、そうだな。もうちょっと余裕があるときなら、買ってあげたいけど。午前中に使い過ぎたな」
魔道具だけあって、お値段20万円。調理器具にしては高い。
類似品で、フライパン自体が過熱する魔道具とか、鍋の内側から過熱される魔道具とか、チャッカ○ンのような、点火の魔道具等。やけに調理器具の魔道具が充実している。
いや、どれも過熱するやつばかりだけど。もしかすると、鑑定文にあった簡易火属性動力コアの流用なのかも知れない。
他にも普通の調理器具が充実しているようなので、目を輝かせるレスミアと楽しく見て回った。
次いで覗いたのは、薬品コーナー。ポーションが効果違いで、何種類も置いてあった。他には解毒薬がある程度で、他の状態異常に聞く薬品は一切ない。それだけではなく、煙玉とか爆裂ボムといった爆弾の類もない。
カウンターの奥にあるのかと、店番のオジさんに聞いてみたところ、
「ああ、そういったダンジョンで使うような物は、ギルドの売店で買うといいよ。ウチは普通の家庭で使うような物しか置いてないからね」
ギルドの売店と競合しないように、日用品を主に取り扱っているそうだ。
……成程、この店はダンジョンから離れているので、わざわざダンジョン用の道具を買いに来る人は少ない。更に、種類が豊富なギルドの売店には敵わないからな。
ウチの店も参考にしよう。
「そちらの猫人族の彼女。これなんて、どうだい?
俺の嫁が開発した新商品、臭いのないポーションだ。手荒れとかに塗っても、臭いが気にならないから、女性に人気だよ!」
そう言って差し出されたのは、薬瓶。ただし、中の入っているのは、透明な液体だった。
【薬品】【名称:クリアポーション】【レア度:E】
・薬効成分のみを抽出したポーション。服用するか、患部にかける事で傷の治りを早める。
ただし、その色と臭い等と共に、多くの薬効成分も抜け出ている為、効果は低い。HP+5%(5分)
……効果低くね?
レシピが表示されていないから、錬金釜で作ったものでは無さそう。試作品とか失敗作の在庫処分かな?
どちらにせよ、要らないかなぁ。そんな内心のせいで俺達の反応が微妙だったせいか、オジさんが身を乗り出して薦めてきた。
「ハハハッ、中身は只の水じゃないよ。何なら実際に試してみると良い。
ほら、お嬢さん、手を出して……」
レスミアの手を取ろうと、オジさんが手を伸ばす。流石に看過できずに、俺はレスミアの手を取って、1歩下がった。
そして、繋いだ手を持ち上げて、オジさんに見せる。
「あ~、ウチのパーティーには僧侶がいますから、手荒れなんてありませんよ。
ホラ、綺麗な指でしょ」
「……ええ、私には不要ですよね。店員さん、私達は他の商品を見てきますね」
「え?! ああ、ちょっとお客さん!」
セクハラ親父のセールストークを断り、その場を離れた。商品は面白い物もあっただけに、最後にケチが付いてしまったなぁ。
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