第274話 初日の売れ行き

 ソフィアリーセ様達の馬車を見送った後、ベルンヴァルトと2人で錬金術師協会へ向かった。先週教えてもらった平民街での売れ筋商品のうち、買えなかったレシピを買いに行くためだ。

 5の鐘が鳴ると、(18時の)閉店準備に入るらしいので、パパっと注文した。


 購入したのは『湧き水竹』、『朧月錠剤』、『マナ紙』、『マナインク』と、その素材となる『マナ樹脂』、『錬金炭』とお勧めされた『銀のインゴット』の7種類。


 注文したレシピと、登録用の商品を持ってきた狐耳店員のフィナフィクスさんが、からかってきた。


「たった1週間で〈錬金調合中級〉を覚えてくるとは、エロへの原動力は凄いです。わたくし、若い子の煩悩を見誤っておりました」

「いやいや、伯爵令嬢に手を出せるわけ無いでしょう……先週話した店を開店させたので、商品のラインナップを増やすだけです」


 口元を押さえているが、口の端が上がっており、ニヨニヨと笑っているのが丸分かりだった。それを黙らせる為に試供品のお菓子を渡して、ついでに店の宣伝をしておいた。錬金術師協会の職員なので、俺の作る魔道具なんかに用はないだろうけど、お菓子なら興味を引ける。

 その実、終業間近という事もあり、狐耳をピコピコ動かし喜んで受け取ってくれた。


「平民街の端ですか。遠いから仕事のある日は無理ですね。コレが行きつけの店より美味しかったら、休日にでも冷やかしに行きましょう」


 貴族街のお菓子屋さんが比較対象となると、分が悪いかも知れない。まぁ、からかわれる矛先を逸らすのが、目的だったので良いか。新レシピに必要な素材を買い込んでから、帰路についた。




「お帰り~。こっちも忙しかったよ~」


 帰宅すると、家の前でお疲れ気味のフロヴィナちゃんと出会った。『白銀にゃんこ』の営業を終えて、軽く掃除をしてきたところらしい。

 一緒にリビングへ行くと、ソファーにバフっと倒れ込む。そして、億劫そうに横向きになったまま、午後の店の様子を教えてくれた。


 今朝のような長い行列は出来なかったが、お客さんは引っ切り無しに訪れ、数人の行列がちょくちょく出来たそうだ。それというのも、フロヴィナちゃんが近所の井戸端会議に乱入して、宣伝してきたお陰である。


「オバちゃん達が来てくれたのは嬉しいけど、お菓子を買った後に、その場で井戸端会議始めちゃうのは誤算だったよ~」


 数人のグループで来て買い物を終えると、フロヴィナちゃんとベアトリスちゃんを巻き込んでおしゃべりを始めたそうな。そして、他のお客が来ると、少しだけ離れて井戸端会議が始まる。他のお客さんが知り合いだったりすると、合流して人数が増えるし、別の井戸端会議グループが出来る事もあったらしい。

 中には買ったばかりのお菓子を開けて、立ち食いを始める人もいて、小分けに出来るクッキーやフロランタン等の焼き菓子を分け合っていた。


「まぁ、味見をして気に入ったみたいでね。追加で買いに来た奥さんとかもいて、焼き菓子が結構売れたよ~」


 割高なバフ付きお菓子よりも、お手頃な値段のお菓子の方が、手に取りやすいのだろう。それに、単純な焼き菓子でも、アドラシャフト牧場直送の新鮮なバターや牛乳を使っている。貴族相手にでも出せるレベルなので、味見をしたら欲しくなるのは道理だろう。


 そんな話をしていたら、キッチンからレスミアが顔を出した。


「話し声がすると思ったら、お帰りなさいませ。もうすぐご飯の準備が出来ますよ」

「ああ、ただいま。今、話を聞いてたけど、店の方も忙しかったみたいだね」


 ソファーにぐでっと寝そべったフロヴィナちゃんを指差すと、レスミアは苦笑した。


「ヴィナはお会計と同時に、お客さんとおしゃべりもしていましたからね。普段のメイドの仕事では、暗算なんてしませんから、余計に疲れたのでしょう。

 あっ! ヴィナ、その服を着たまま横になると、皺になるよ」

「あ~、どうせ自分でアイロン掛けするからいいよ~」


 そう言うレスミアが平気そうなのは、体力の違いだけでなく、実家の店を手伝っていた経験のお陰らしい。慣れていないと、お会計を間違えていないか、神経を使うそうだ。

 まぁ、その辺を加味して、商品の値段は切りの良い数字にしたのだけどね。


 労いの意味を込めて、フロヴィナちゃんには饒舌飴じょうぜつあめを一つあげた。頭を使ったのなら甘い物、しかも喉に良い効果もあるので、喋り疲れた場合には丁度よいだろう。

 レスミアにもあげようとすると「これからご飯なのに……一つだけですよ」と、口を開けたので、あ~んと食べさせた。


 その様子を見ていたフロヴィナちゃんに、からかわれたのは言うまでもない。




 夕食を終えて、フォルコ君から午後の売り上げの報告を受けた。


「午後だけで、約10万円の売上でした。今朝よりも減ってはいますが、十分過ぎる売り上げです」


 朝の売り上げが大きいのは、ソフィアリーセ様の挨拶効果で行列が出来たのと、単価が高いバフ付きお菓子が大量に売れたお陰だ。


 午後もお菓子は沢山売れたが、単価の安い物が中心なので、売り上げは少なめ。それでも、元々人通りが少ない午後なので、予想以上だったらしい。


 魔道具や日用品は、ポーションを中心に万遍なく売れた。シャンプーや石鹸などは大通りにまで行かないと手に入らないので、近所の奥様方に歓迎されたそうな。


「貴族街にまで足を伸ばす人からは、もう少し種類が欲しいって言ってたけどね~」

「まぁ、それは追々だな。余裕ができたら、レシピ追加するのも検討しよう」


 そして、お菓子以外の中で、一番売れたのが魔水晶だ。生活に必須なコンロや上水、冷蔵庫等の魔道具を動かす電池代わりに使われているためである。

 ヴィントシャフトは大きな街であるため、全家庭が薪や井戸に頼っていては、資源が到底足りない。その為、よっぽどの貧民でもない限り、魔道具が普及しているのである。そして、町中で仕事をしている人や、家族に探索者が居ない場合は店で買うのが当たり前。お店に置いておけば、コンスタントに売れる商品となる。


 ギルドの買い取り所では1個千円であるが、自分の店で売れば1個2千円。商業ギルドに登録していないと売買は出来ないとはいえ、中々美味しい。

 身を挺して素材を提供してくれている蟻さんに感謝。


 他にも全粒粉を持ち込み、小麦粉と交換していった子供達も居たそうだ。子供と言っても13歳でジョブを得て、ダンジョンに通っている近所の子である。ダンジョンの採取で小銭稼ぎと食材を確保し、ストロードールで戦闘訓練をする。その帰り道に寄ってくれたらしく、ついでにお菓子を買っていったそうな。


「あ~そだそだ、ザックス君。お客さんからの要望で、朧月錠剤が欲しいってさ。『近い内に売り出す』って答えておいたんだけど……」

「それなら、レシピを買ってきたから作れるよ。今夜の内に少し作っておこうか。

 後は……レスミア達にも支給した方が良いよね?」


 一月分の1ケースで5千円もするので、他所で買うよりは支給した方が原価で済む。ただし、在庫管理の点からしても、必要かどうか決めておかないといけない。


「私は軽いから我慢できるけど、貰えるなら飲もっかな~」


 フロヴィナちゃんが、あっけらかんと軽く答えると、残りの2人も少し恥ずかしそうにしながら同意した。


「了解しました。月末の在庫管理の際に、3個マイナスするようにします。

 フロヴィナさん、値札の作成をお願いしますね」

「りょーか~い。朝までに作っとくよ~」


 各々の報告を終えた後、俺はアトリエでレシピ登録から、量産まで行った。

 今日一日、開店とソフィアリーセ様のレシピの書き方講座、それに各種調合と、休日とは思えない程の忙しさだったな。いや、1日の売上も25万円と上々であったし、ソフィアリーセ様とルティルトさんとも仲良くなれた、充実した日だったと言い直そう。




 翌日も朝から販売を手伝った。

 昨日の宣伝の効果が続いているのか、それとも昨日のお客から口コミでも広まったのか、行列が開店前から出来ていた。


「昨日も並んでいたのだけど、買えなかった上に、遅刻したのよ。今日こそはって、早起きしてきたわ」


 昨日、2の鐘が鳴った時に、並んでいた娘さんだった。なんでも、運良く買えた同僚にお菓子を分けて貰ったので、今日は自分の番だと買いに来てくれたそうだ。食べたことの無いお菓子を選び、同僚の分まで沢山買っていってくれた。


 リピーターもいるようで、メイド長らしきオバさんとか、見覚えのある受付嬢もいたが、忙しく対応しているうちに、あっという間に営業時間は過ぎていった。




 2の鐘が鳴る少し前に、行列も捌けていく。今日は遅刻してまで並ぶ人は居なかったようだ。

 それから朝食を取り、小休止してから家を出た。店が忙しい間は、ダンジョンに行くのも遅くなるが仕方がない。



「貴方達のお店……白銀にゃんこ、結構評判みたいよ。伯爵令嬢が通う店ってね」

「いえ、通うって言うか、大家ですけどね」


 恒例のお菓子納品依頼でホールケーキを納めると、アメリーさんが面白がる様に話してきた。主に名前が受けている気がする。


「私も行ってみたいけど、家から遠いのよね。朝に行くのは無理だから、早番で早めに帰れる日に寄ってみるわ」

「納品依頼には出していないお菓子もありますよ。私が好きなドーナッツも是非、試してくださいね」


 レスミアが営業スマイルで宣伝するのにも、板が付いてきたようだ。

 アメリーさんに笑顔で見送られてダンジョンへ向かった。




 26層に降りてきた。

 今日は採取をしつつ階段を目指し、27層の様子見。時間があれば、お金稼ぎをしておきたい。

 昨日だけで150万円近く使ってしまい、このままだと『涼やか北風』が2個しか買えないからだ。武器もレシピも無駄遣いではなく、必要経費ではあるが、お金が掛かって仕方がない。


 そして、その道中では、遭遇した暴れ緋牡丹1匹と乱れ緋牡丹2匹相手に新スキルを試していた。



「〈ツインアロー〉!

 ……むぅ、やっぱり駄目でした! 追撃をお願いします!」


 レスミアの放った矢と、それに並行して飛んだ半透明の矢が、地面に生えている乱れ緋牡丹に命中し、吹き飛ばす。2本命中したのに、〈リアクション芸人〉で無効化されてダメージが無いのは予想通りである。後ろからは、レスミアは悔しそうな声をしていたけど。


 俺はその声を、回転する視界の中で聞いていた。飛び上がった俺の下を、火の玉が通り過ぎる。マジックダイスの実から放たれた〈ファイアボール〉だ。回避したと判断し、身をよじって華麗に着地。そして直ぐにサイドステップで横に避けた。もう一発のマジックダイスの実から〈サンダーボール〉が飛んで来ているからだ。誘導性のある低速弾、それを回避するべく、連続でステップを踏んだ。新スキル〈フェザーステップ〉の力を借りて、アクアディアーのように軽やかに円を描いて回避すると、〈サンダーボール〉の誘導性では追いきれなかったのか、自爆して放電した。


 既にバックステップで離れていたので、放電に巻き込まれることは無い。そのまま前に出る。敵陣に近付く頃には、レスミアが吹き飛ばした乱れ緋牡丹が、復帰しかけているのが見えた。

 左手のワンドで狙いを付け〈アクアニードル〉を撃ち放つ。5本の水の針が飛んでいき、立ち上がったばかりの乱れ緋牡丹を串刺しにした。先ずは1匹。


 そして、もう一匹の乱れ緋牡丹に向け接近する。レスミアには1匹残すように頼んであったので、こちらは地面に生えたまま。右手のホーンソードを構え、スキルを発動させた。


「〈稲妻突き〉!」


 次の瞬間、視界がブレる程の速さで前に跳躍すると、間合いに入った乱れ緋牡丹をホーンソードで突き刺……せずに、吹き飛ばしたのだった。

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