第273話 ウーツ鋼と飢餓の重棍

 宝石店のような2階を見て回った余談ではあるが、アクセサリーを見ていて気が付いたことがあった。


「宝石と言えば、ダイヤモンドが見当たりませんね。日本で婚約指輪と言えばダイヤモンドって、くらいに定番だったのに」


「……ダイヤモンド? 王族の宝石と言われるダイヤモンドの事かしら? 

 透明でありながらも、光を当てると全属性に輝くとか……わたくしも遠目にしか見た事がありませんわ。

 知識としては、歴史の講義で習いましたけれど。 ね、ルティ?」

「あぁ、陛下がお持ちになられていた王しゃくの事だな。確か統一国家時代の遺産で、現王家が継承している事について、現神あきつかみ族が『土地ごと返還しろ』と要求してきたので断ったとか」


 ルティルトさんが思い出すように顎に手を当てると、苦々しく口元を歪めた。また、現神族か。面倒な一族とは聞くけれど……

 それはともかくとして、全属性? プリズムで反射光が何色にも見えるって事か? それとも、本当に全属性?

 宝石を魔法発動媒体にすると属性が強化されるが、その9種類全部の属性が強化されるなら、確かに王族が独占したがるのも無理はない。


 ……人工ダイヤモンドなんてもの有ったな。ドリルとか、ダイヤモンドカッターとか、工業的に使われるとTVで見てワクワクした覚えがある。実際に見ると、ダイヤ感が無くて、がっかりもしたけどな。

 元素的には炭素のみなので、もしかしたら創造調合出来るかも? 作り方なんて知らないが。




 ツヴェルグ工房の1階に降りると、俺達に付いていた店員が、ベルンヴァルトの居る重量武器のコーナーへと案内してくれた。


 ソフィアリーセ様をエスコートしながら、陳列された商品に目を向ける。入口近くのエントランスには、売れ筋商品なのか煌びやかな鎧や剣が立ち並ぶ。剣の鍔に宝石を装い、鞘に銀で紋様が描かれている。ルティルトさんの装備している鎧のように、華美な装飾が施されているので儀礼用だろう。


「うふふ、ザックスの聖剣やプラズマランス、それに今日見せてくれた癒やしの盾の方が、華やかですよ。良いではありませんか、見た目も大事ですわ」


 言われてみるとそうだ、俺の特殊武器と防具の方が派手だったよ。聖剣やプラズマランスは宝石が沢山ついているし、ミスリルフルプレートにも装飾が施されている。癒やしの盾に至っては、天使の彫刻付きだ。


 ……あれ? もしかして普段使いしている武具が地味すぎた?

 アドラシャフト騎士団の隊服の類似品であるジャケットは兎も角として、ホーンソードや、カイトシールドとかは、実用一点張りである。錬金釜購入のために節約したかったのと、納期が短かったので工数を削減したせいであるが、次に買い替える時は、見栄えも気にした方が良いかもしれない。



 短剣やワンド等の小物ほど装飾が多く、大きくなるほどに減っていく。槍や大剣になると大分落ち着いたが、その代わりに刀身部分に波模様が施されている。その他にも、柄が真っ黒な物があったりして面白い。


「武器ならルティが詳しいわよ、ルティ?」

「はい、この波模様はウーツ鋼特有の紋様です。原理は存じませんが、刃として成形すると浮かび上がって来るそうです。

 黒い金属は黒魔鉄、魔力が流れやすいので、持ち手の部分や芯材、合金として使われる事が多いのです。

 ミスリルがサードクラス用ならば、この2種類の金属がセカンドクラス用と言えるでしょう。わたしの剣もウーツ鋼製ですよ」


 そう言って、腰のショートソードをポンッと叩いた。騎士のジョブを得た後に、騎士に相応しい装備品として特注したそうだ。


 ウーツ鋼と黒魔鉄は、第1ダンジョンの31層以上で採取出来る。黒魔鉄は混ぜ棒に使っているのでよく知っているが、魔力の流れ易さがチタン製武器に比べて段違いに良い。第1ダンジョンの攻略に移ったら、武器の装備更新も視野に入れないとな。

 仕方がない事ではあるが、本当にお金が掛かる。探索者が貴族とか、商家の後援を欲しがる訳だ。



 奥に行くに連れ、武器が大きくなる。小物はショーケースで陳列されていたが、剣になると壁掛けに設置され、大剣になると専用の台座に立て掛けてあった。


 そして、一番奥には棍棒の様な打撃武器も陳列されていた。この辺だと思うのだが、ベルンヴァルトの姿は見えない。すると、店員が「こちらで試し切りをしているそうです」と、突き当たりの扉を開けて、奥の部屋に案内してくれた。

 扉のプレートには『試斬の間』と書かれている。武器屋なので試し切りも出来るし、店の反対側の防具ブースだと鎧も試着出来るらしい。買ったのは良いけど、重くて使えませんでは話にならないからな。


 中の部屋は広く、等間隔に木の棒や巻藁が立ち並んでいた。その一角でバットをフルスイングする野球選手が……もといベルンヴァルトが居た。試し殴りされた木の棒がへし折れて、壁際までホームランしている。良い調子のようだ。


「お~い! そろそろ決まったか?」

「ん? おお、リーダーの方も終わったのか。

 俺の方は、この2本にまで絞ったんだが、迷っていてなぁ」


 手に持つ金属製の太いバット……鋲が打たれているので凶悪感が増している。なんだろう? 特攻隊というか、釘バットみたいな?



【武具】【名称:ウーツ金棒】【レア度:C】

・ウーツ鋼で作られた金棒。打撃に特化した武器であり、打ち付けた衝撃で敵を殺傷する。鎧や、甲殻などで身を守る相手との相性が良く、硬い表面を無視して内臓を破壊し、頭部を叩いて脳震盪を起こす。ただし、重量が重く、使い手を選ぶ。

 また、芯材に黒魔鉄が使われており、スキルの発動を手助けする。



 先程、ルティルトさんから聞いたセカンドクラス用の武器だな。よく見ると、表面に波模様があって格好良いかも。


「前の金砕棒より重そうだけど、大丈夫か?」

「ああ、鬼徒士だと片手じゃ重いが、両手で振る分には大丈夫だ」


 つまり、重戦士なら〈装備重量軽減〉で、片手でも扱えるという事だ。ベルンヴァルトに付いていた店員に値段を聞いてみると、70万円。ただし、2割引券のお陰で、56万円にまで下がる。


 そして、迷っていると言う、もう1本を見せてもらう。壁に立て掛けてあった物を、ベルンヴァルトが持ってきてくれた。サイズこそウーツ金棒と同じくらいだが、トゲトゲあるせいで、御伽話に出てくる鬼に金棒のようだ。先端も尖っているので突きにも使えそう。



【武具】【名称:飢餓の重棍】【レア度:C】

・ウーツ鋼と餓鬼の大角の合金から作られた重量武器。全周に棘がある為、雑に振るっても、どれかの棘が当たり、大ダメージを与える。

 飢餓の衝動を力に変え、敵を粉砕する。

・付与スキル〈飢餓ノ剛力〉



 付与スキル付きだ!

 見たこともないスキルなので、付与術ではなく素材が元々持っていたスキルだと思う。雷玉鹿の角から作ったホーンソードの〈雷〉や、雷玉鹿の皮から作ったジャケットアーマーの〈雷属性耐性 小〉と同じだな。

 ただ、スキル名と鑑定文だけでは詳細が分からない。剛力とあるので、筋力値アップだと思うが……『飢餓の衝動』なので、お腹が空く衝動? ゲーム的に言うと、満腹度を消費してパワーアップとか?


 推測するのも楽しいけれど、商品では検証も出来ない。素直に店員に聞くことにした。


「すみません。この武器の『飢餓ノ剛力』とは、どんな効果のスキルなのですか?」

「おや、鑑定持ちのお客様でしたか。

 はい、こちらは餓鬼の大角が使われた武器でございます。その付与スキル『飢餓ノ剛力』は、『使い手が空腹であればある程、筋力値が高まる』と、言う強力な効果を秘めております」


「ええと、その武器を使っていると、お腹が早く空いたりはしませんか?」

「少々お待ち下さい……いえ、そういった事は無いようですね。お腹が音を鳴らす程の空腹で、エンチャントストーンと同程度の効果があり、1日飲まず食わずでいるとより効果が強く。3日ほど食事を取らないと、サードクラス並みに強くなるそうです」


 パラパラと手持ちの資料を確認して、詳細な効果を教えてくれた。いつだったか、血塗れの盾の時に話した、呪いの様な効果はないようだ。デメリットはないけれど、3日も断食したら、まともに動けないだろう。

 かといって、このために断食するくらいなら、〈付与術・筋力値〉を掛けた方が良い。


 ……ん? メリットもなくね?


「なぁ、ヴァルト。普段の探索中にお腹減ってるか?」

「ん? 連戦したあとは小腹が空くけどよ、大抵はオヤツが出てくるからな」


 ダンジョン攻略中は、10時と15時のオヤツを取っている。それでなくとも、採取後とかに一息入れる際、冷たいリンゴ水を飲んだり、棒状のアップルパイやキャラメルナッツを摘んだりしている。

 『甘味が無くては、戦はできぬ』とは言われてないが、レスミアの要望もあり、甘いものはスタミナ回復に良いので、量産して小分けにしてあるのだ。


 そんな訳もあり、ウチのパーティーではお腹が空く状況が滅多にない。

 必要無さそうだと思うが、念の為値段を聞いてみると、


「ヴィントシャフト家の紹介もありますので、特別に90万円……おっと、割引券の分を差し引いて、72万円では如何でしょう?」

「スキル付きとはいえ、100万円いかないのは安いのか?

 いや、実質効果が無いに等しいから、割高なのか?」


 俺が首を傾げていると、クスクスと笑い声が聞こえた。後ろで見ていたソフィアリーセ様達だ。


 先程まで「ルティも、このように重い武器も持てるのですか?」「騎士のスキルで持てます。こんな無骨な武器は、わたしの趣味ではありませんが」と、ウーツ金棒で遊んでいたのは聞こえていた。

 そんな2人に目を向けると、助言をくれた。


「ザックス、餓鬼の大角は、第1ダンジョンで出る魔物のレアドロップ品ですので、そこまで貴重な物ではないのです。効果もイマイチですからね」

「あぁ、寧ろウーツ鉱石が足りない場合の代用品として使われるな。ただ、合金にすると、ウーツ鋼の波紋が出ないらしい。先程教えただろう? 波紋があった方がセカンドクラスに喜ばれるのだよ」


 成程、代用品か。2人は、ウーツ金棒で十分と思っているようだ。

 店員に目を向けると、営業スマイルのままだが、少し焦った感じでソフィアリーセ様達に反論した。


「お嬢様方、代用品などでは御座いません。合金はウーツ鋼と同等の強度を持っております。そして、ダンジョンでの泊まり込みや騎士団の遠征では、満足いく食事は得られません。スキルについても、十分な効力は得られるでしょう」


 強度も同じなら、どっちでも良いか。値段に差はあるが、飢餓の重棍でも許容範囲である。店員がお嬢様達と話している隙に、ベルンヴァルトとコッソリ話し合う。


「値段については気にしなくてもいいぞ。また、採取とか、アリ共をしばき倒したりして稼げばいいさ。

 で、どっちが欲しいんだ?」


「すまねぇな。そうすっと、飢餓の重棍が良いな

 あのトゲが有った方が、強そうじゃねぇか」


 確かに、鬼に金棒と言ったら棘付きが似合っている。形状だけならウーツ鋼製がないか、聞いてみるのも良い。


 ……ふむ、値引き交渉に使えるか?


 取り敢えず、新興商人の〈交渉術〉をセットして、店員と交渉してみる事にした。




 結果として、飢餓の重棍を70万円で購入した。流石に本職の商人は手強い。切りの良い値段ということで、2万円しか負かせられなかった。

 まぁ、ウーツ金棒の元々の値段も70万円なので、良しとしておこう。



 買い物も終わったところで、5の鐘が迫っていた。この後は、錬金術師協会へ行く予定だったが、門限的に行けそうにもない。ソフィアリーセ様達とは、ここで分かれる事となった。


「仕方がないわ。ザックスとの調合談義も楽しかったもの。錬金術師協会へは来週、行きましょう。

 そうねぇ……午前中はレスミアも一緒にお茶会、午後からはデートにしましょうね」

「……はい、お待ちしております」


 馬車までエスコートする間に、来週の予定が決まっていた。

 ただ、名残惜しいのかエスコートする腕に擦り寄って来られて、寂しそうな声色で言われたのでは、断りようもない。

 いや、俺も楽しかったのは事実なので、断るつもりなんて無いけどな。


 別れを惜しむ挨拶をして、馬車を見送った。

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