第272話 依頼の終了と最高級品のアクセサリー

 あらすじ:いつの間にか、求婚(3度目)をしていた?!


 いやいや、レスミアとソフィアリーセ様の時の反省から、迂闊に女性を口説くような真似はしていない……はず。

 それに、そもそも、子爵令嬢に会った覚えがない。


「すみません、娘とはどなたの事でしょう?

 ダンジョンギルドの受付嬢、とかですか?」


 貴族の家庭生まれであっても、学園に行かない(行かせてもらえない)子供は多い。特に第2夫人以降や、愛人の子供は。そんな子供は、テオのように自力でダンジョン攻略を目指すか、アメリーさんのように街に働きに出る。貴族生まれだと、ある程度の教養がある為、貴族街での接客業に向くそうだ。

 ダンジョンギルドの受付嬢も、そんな娘が多いわけで、その中の誰かだろうと辺りを付けた。


 ……買い取り所とか、レアショップで接客してくれた、巨乳のお姉さんだろうか?

 いや、レスミアが居るから十分なんだけどね。口説いたと勘違いされているなら、訂正しておかないと。

 などと、考えを巡らせていたら、隣のソフィアリーセ様が困ったように少しだけ眉をひそませて、答えを教えてくれた。


「ザックス、リプレリーア孃の事よ」


「ああ! あの…………図書室の司書?」

 『書痴娘』と言いそうになったが、声に出なかった。スキルの〈礼儀作法の心得〉が失言を止めてくれたみたいだ。流石に、父親の前で言っては只の悪口である。


 ……そういえば、御令嬢だったな。首輪のせいで、変人カテゴリーに分類していたわ。それに、家名までは知らなかったよ。


 ただ、リプレリーアの更生について、どこまで話していいものか判断が出来ない。ソフィアリーセ様に目配せすると、今度は通じたのか頷き返してくれた。


「メディウス子爵、ザックスがリプレリーア孃に接触したのは、わたくしがお願いしたからなのです。

 元々、わたくしのお母様が、メディウス子爵夫人から相談を受けたことが始まりで……」



 事情を説明すると、メディウス子爵は納得したように表情を緩め、イスに深く座り直す。奥様方のお茶会で話題にされた愚痴のようなものだったので、旦那さんは把握していなかったそうだ。


「ううむ、そうであったか。領主夫人、並びにソフィアリーセ様にまで、お力添えを頂いていたとは……」

「いえ、あまりお役には立てませんでした。そうよね、ザックス?」

「はい、図書室で調べることがあったので、司書としての知恵を借りたり、雑談したりした程度です。ただ、それすら本や資料を絡めないと、話も出来ませんでしたが……」


 コミュ力がアップしたとは思えない。そう答えると、メディウス子爵は苦笑いをした。


「私が甘やかし過ぎたのかもしれん。

 遅くに出来た末っ子なので、可愛くて仕方がなかったのだ。小さい頃、私が絵本を読んであげると、喜んで聞き入ってくれてなぁ。

 そう、社交が苦手なら嫁に行かず、ずっと家に居れば良いではないか」


 奥さんの方は『女の幸せは結婚』とばかりに、縁談の話を持ってきたり、ギルドに就職させたりしているが、メディウス子爵は違う考えのようだ

 まぁ、この高級店のオーナーである子爵家ならば、放蕩娘の1人や2人養うのは苦でもないだろう。後は、家族同士で話し合って欲しい。正直言って、リプレリーアは俺の手に負えん。


 防音結界が張られているせいか、赤裸々な家庭事情を聞かされてしまった。愚痴にも近い話を、ソフィアリーセ様は笑顔で受け答えしている。女性のお茶会は社交場と聞くけれど、慣れた様子に安心してお任せした。社交初心者の俺は、笑顔で相槌を打つ程度で大人しくしている。


 ……しかし、これで書痴の更生という無理難題は終わりかな。

 内心、ホッとしていたら、最後に爆弾が放り込まれた。


「ふむ、社交がお得意なソフィアリーセ様の元ならば、リプレリーアもやっていけるかもしれません。

 どうですかな? 第2夫人にするというのは?」


 俺ではなく、ソフィアリーセ様の方に申し出た。この場では俺はオマケで、決定権はソフィアリーセ様にあると見抜かれているようだ。

 ともあれ、ソフィアリーセ様と顔を見合わせると、視線が絡み合い同時に頷き合う。心が一致した感触を得て、答えた。


「「お断り致します」わ」


 一刀両断にスッパリと断ち切った。貴族的に遠回しに言って、変な期待をされるより良い。


「そうか……まぁ、図書室で会ったなら、仲良くしてやってくれ」


 残念そうに笑ったメディウス子爵であったが、子を思う父親の顔をしていた。


 内密な話はそれで終わり、結界が解除される。メディウス子爵は仕事に戻ると、挨拶を交わして席を立った。去り際に俺の方へ向き直ると、店の奥を指差す。


「ソフィアリーセ様の格に合ったアクセサリーは、あちらの一角にある。婚約後にプレゼントをするなら、当店が一番であろう。

 ただし、買えたらの話ではあるが……励むが良い」

「助言に感謝致します」


 貴族の礼を見せて返すと、メディウス子爵は満足そうに笑い、奥の部屋へ戻って行った。


 ……ふぅ、只の買い物に来ただけなのに、貴族の相手をすることになるとは。

 椅子に座り直して、紅茶で乾きを潤す。大部分はソフィアリーセ様が応対してくれたので、非常に助かった。お礼を言おうと隣を見ると、ソフィアリーセ様は店の奥を気にしている様に見えた。先程、メディウス子爵が教えてくれた一角だ。


「ソフィアリーセ様、メディウス子爵の助言の通り、どんなアクセサリーがあるのか見てみたいです。お付き合い願えますか?」

「ええ、良くってよ」


 『良く出来ました』と言いたげな笑顔で、手をそっと差し出す。俺はその手を取って、エスコートを始めた。



 その一角には、2階の中でも一際煌めき度が高いアクセサリーがズラリと並べられている。精巧で複雑な金銀細工に、どれもこれも宝石が輝いているのだ。ガラス出できたショーケースには、小さな照明の魔道具が配置され、宝石が輝くように魅力を増していた。


 それに、宝石はカッティングされている物だけでなく、飴細工のように形を変えている物もある。ルビーで作られた薔薇の髪飾りや、小花を模したサファイアのペンダント。中には指輪やバングル自体が宝石な物もある。

 恐らく〈メタモトーン〉や、創造調合で作られたのだろう。もしくは、俺の知らないスキルにあるのかも。鍛冶師のジョブとか殆ど知らないのだから。


 ただ、豪華な分だけあって、お値段もエグい。最低でも100万円クラス。俺の錬金釜よりも高いアクセサリーがゴロゴロしていた。適当に目についたアクセサリーを〈詳細鑑定〉してみても、只のスキル無しのアクセサリーである。純粋に素材とデザインで高いようだ。


 こちらの風習では、女の子は母親からアクセサリーを譲られて着飾る。そして婚約後に、婚約者からプレゼントされたアクセサリーが気に入れば、母親の物と入れ替えるのだ。全部交換し終えれば、結婚しても良いよという意思表示になる。


 そして、階級が上な程、アクセサリーの数は増える。


 ……伯爵令嬢だと一体いくつになるんだ?

 戦々恐々としながら、ソフィアリーセ様に目を移すと、ネックレスにイヤリング、エスコートしている手に指輪とバンクルで計4個。

 レスミアはイヤリングだけだったので、既に4倍も身に着けている。ただし、今日は夜会でもないので、普段使いの筈……現に今朝のフル装備状態だと、もっとキラキラしていたような気がするが、対処する事に手一杯で細かくは覚えていない。ティアラを着けていたような? もうちょっと、じっくり見ておくべきだったな。


 少しジロジロと見過ぎたのか、ショーケースを覗いていたソフィアリーセ様がこちらを向いた。えーっと、何か話題を……


「ソフィアリーセ様は、普段からここのアクセサリーを愛用されているのですか?」

「ええ、このネックレスも、こちらで購入した物ですよ」


 胸元のネックレスを指で引っ張り、見せてくれる。谷間に目移りしないように自制して見ると、装飾は施されているものの宝石は付いていなかった。それに気が付くと、他のアクセサリーにも違和感を覚えた。イヤリングや指輪も小さな宝石が光るのみ。

 この一角に売られているアクセサリーと比べると地味か?


「ええと、シンプルなアクセサリーが好みなのですか?」

「……ふふっ、外れです。

 ザックス、こういう時は、『貴女に相応しい宝石のアクセサリーをプレゼントしましょう』と言うのですよ」


 少しだけ、からかうような口調で言われた。いきなりのおねだりに驚き、思わず一番近いショーケースに目を移す。そこには、大きなサファイアが付いたペンダントが飾られている。お値段は120万円。

 買えなくもないが、買うと27層用の魔道具『涼やかな北風』が買えなくなる。でも、ソフィアリーセ様の髪と同じ色なので、良く似合うに違いない。

 暫し葛藤して、答えを出した。


「……今は駄目です。婚約の承認が降りたあとに、貴女に相応しいプレゼントをしましょう」


「はい、正解です。良く出来ました!」


 そう言って、背伸びしたソフィアリーセ様に頭を撫でられた。少し頭を下げて撫で易くすると、わしわしと撫でられる。屈んだお陰で互いの顔がよく見えた。少し恥ずかしそうに、顔を赤らめていたので、照れ隠しだったようだ。


「はいはい、ソフィ、他のお客も居るのだから、それくらいになさい。接触イチャイチャし過ぎよ」

「お嬢様、『言って欲しい言葉』ではなく、『最高級品を身に着けない理由』を説明して差し上げるべきですよ」


 ルティルトさんに引き剥がされ、マルガネーテさんからお小言を言われるソフィアリーセ様だった。今日は休日なせいか、ちょくちょくお嬢様の仮面が剥がれるようだ。先週よりも、仲良く慣れた気がする。



 上級貴族である伯爵家は、土地持ちの領主である。そして、伯爵令嬢が領内の最高級品を身に纏うと、求婚する男性側はそれ以上を用意しなくてはならないので、同じ領内で用意するのが困難になってしまう。

 その為、母親から譲られるアクセサリーは最高級品から一段、二段程ランクの低い物にして、求婚のハードルを下げるらしい。


 ソフィアリーセ様がシンプルなアクセサリーを身に着けていたのも、わざと胸元の飾りっ気を少なくする事で、意中の男性に『貴女に相応しいアクセサリーをプレゼントしましょう』と求婚させるテクニックの一つだそうだ。

(逆に求婚を受けたくない場合は、最高級品を沢山身に着けて、高嶺の花と思わせる事もあるらしい)


 貴族の風習は面倒ではあるけれど、の男と認識されているのは嬉しい。普段一緒にいるレスミアと違って、ソフィアリーセ様と過ごした時間は少ない。

 それでも、2回目のデートでまた少し仲が深められた気がした。



 その後もアクセサリーを見て回り、お互いの好みを言い合った。好みを知っていれば、プレゼント選びも捗るし、ワンチャン創造調合で似たようなものが作れるかも知れない。ただ、俺には画力が無いので、写真とかスクリーンショットが切実に欲しいなぁ。

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