第271話 ツヴェルグ工房のオーナー
この街一番の武具店であるツヴェルグ工房。その本店は領主の館がある南の外壁近くにあり、ダンジョンギルド第1支部と大通りを挟んだ向かいに建っていた。美術館のような外見だった錬金術師協会と同じく、いかにも高級店といった佇まい。そして、騎士団の本部がある南門に、探索者が集まるギルド前、好立地過ぎる。勝手口の近くとはいえ、街の端っこにあるウチの店とは大違いだ。
大通りに面したショーウィンドウには、煌びやかな装飾が施された鎧や、ミスリルの大剣だけでなく、ペンダントや、ティアラ等のアクセサリーも飾られていた。
「アクセサリーは兎も角、このミスリルの大剣は非売品らしいですわ。ミスリルは全部オーダーメイドですからね」
産出が少ないミスリルは戦略物資だ。その為、許可を得たサードクラスでないと、注文すら出来ないらしい。
そんな解説を受けながら、ソフィアリーセ様をエスコートし、ルティルトさんの先導で店に入った。
店内は武具店というより、宝石店のようだった。全面に赤い絨毯が引かれ、ガラス張りのカウンターが立ち並び、武器が飾られている。錬金術師協会もそうだったけれど、店内の調度品も、完全に貴族向けといった感じである。
出迎えに来た女性店員がソフィアリーセ様に気が付くと、そのまま2階へ案内される。
2階はアクセサリーコーナーのようで、目に映る煌びやかさがグッと増す。そんな中を抜けて、中央の商談スペースへと案内された。
テーブルには俺とソフィアリーセ様が座り、その後ろにベルンヴァルトとルティルトさんが護衛として立った。一応、ベルンヴァルトも護衛の基礎を、見習い騎士時代に少しだけ習ったらしい。ただ、実際に護衛するには初めてなので、ルティルトさんを真似るように、アドバイスしておいた。多少ぎこちないけど、高級店の中で有事があるわけでもないので、案山子でも大丈夫だろう。
出された紅茶で一服していると、隣のソフィアリーセ様がスッと立ち上がる。何かあったのかと目を向けると、二の腕辺りの服を上に引っ張られた。立てという事らしい。
慌てて立ち上がると、小声で囁かれる。
「この店のオーナーでもあるメディウス子爵がいらしたわ。騎士団やジゲングラーフ砦へ武具を供給なさっている立役者なの。受け答えはわたくしが致しますので、貴方は粗相の無いようにね」
店の奥から初老の男性が、数人の店員を従えてやって来るのが見えた。白髪交じりではあるが、ガタイの良い体格と強面なので、オーナーというより、
……星2つ! ツヴァイスト・フリューゲル勲章だったか。ダンジョンを2つ攻略した証だ。所持者は同格の爵位よりも上に見られる。つまり、子爵の上、伯爵に近い待遇の貴族だ。
ソフィアリーセ様が華麗な礼をするのに合わせて、俺も貴族に対する礼を取った。貴族らしい神様に感謝する挨拶を交わした後に、席を勧められる。
そして、予想外にも謝罪から会話が始まった。
「申し訳ない。ソフィアリーセ様から御注文頂いた、『
「いえ、元々の納期はわたくしの卒業後ですから、謝罪には及びませんわ」
注文とか何の話かと思えば、卒業後にダンジョン攻略に挑む際の武器の事らしい。
後で聞いた話だが、ソフィアリーセ様のメイン武装は、初めて合った時に使っていた銀製の扇子だ。護身武器兼、魔法の発動媒体の一種らしい。初級4属性を強化する4つの宝石が別々の骨に埋め込まれており、状況に応じて使い分けられる高級品だ。
虹光孔雀の扇はその上位版で、初級と中級属性、7種の属性を強化する強力な扇である。伯爵家からしても、レアな素材を使っている為、早目に注文したのだとか。財力とか権力の違いを見たよ……
「学園のダンジョンを攻略したと聞き及んでおります。てっきり、今年の冬季休暇で街の資源ダンジョンへ挑むのかと……」
「いえ、今日はヴィントシャフト家の後援する探索者、ザックスを紹介に来たのです。
こちらで武器を購入したいそうですわ。相談に乗って差し上げて下さいませ」
ようやく紹介して頂けたので、改めて一礼すると、値踏みするかのような目線を返された。しかし、それも数秒の事、直ぐに貴族らしい(強面の)微笑に変わった。ちょっと怖いが、萎縮しないように、こちらも微笑み返す。
「ソフィアリーセ様が男にエスコートされて来たと聞いて来たが、其方がザックスか。
先ずは礼を言おう。我が店の工房長が、素晴らしい鎧を見せてもらったと、喜んでいた。喜び過ぎて、1週間程工房に籠もりきりになり、仕事が滞っていたが……
まぁ、近いうちに動きやすいフルプレートアーマーを製造出来るようになるだろう」
領主様の館で、職人達に見せたミスリルフルプレートの事らしい。
……『礼を言う』と言いながらも、苦情なのだろうか? 迫力のある笑顔なので、どっちか分からん。
取り敢えず、無難に「新しい技術の発展に貢献できたのなら、恐縮です」と笑い返しておいた。すると、ソフィアリーセ様が介入する。
「妥協を許さない職人が熱中するのは、良い事ではありませんか。ただ、管理する側にも、新商品が出来るまでの苦労はありますでしょう。心中お察し致しますわ」
「……工数も部品点数も増えたので、従来品より値段が高くなる予定ですが、その分だけサードクラスには相応しい物になるでしょう。騎士団からの発注をお待ちしております」
……あー、『納期遅れが出たのは、管理出来ていなかったせいでしょ』って事か?
それに対して『値上げするけど、買えよ』と売り込んだのかね?
分かり難い。
しばし、笑顔で応酬が続いた後に、本題に入った。どんな武器を探しているのかと問われ、答える。
「私の護衛が使う、鬼人族用の金砕棒はありませんか?
以前使っていた物は、柄が木製だったせいか、力に耐えきれずに折れてしまったのです。振り回すのに向いた打撃武器で、金属製で頑丈な物をお願いします」
そう注文付け、割引券も一緒にテーブルへ差し出した。2割引なので、使わない手はない。
それを一瞥したメディウス子爵は片手を上げ、後ろに控えていた店員を呼ぶ。
「重量武器は1階にある。使う者が手に取り、選んでくるとよい。案内させよう」
店員がベルンヴァルトを案内し始めたので、俺もそれに続こうと席を立つ。が、しかし、「待ちたまえ、君には少し話がある」と呼び止められた。
俺も、どんな武具が売られているのか見たかったけれど、子爵様の指示では従うほかない。座り直して、お茶を頂く。
……はて? 初対面なのに、話とは何だろう?
隣のソフィアリーセ様に目を向けるが、こちらに気付くと嬉しそうに笑うだけ。以心伝心とはいかないな。かといって、耳打ちするのも憚られる。後ろにいるルティルトさんに「近いです」と、怒られそうなので。
仕方がないので、話が切り出されるのを待った。
すると、一人の店員が何かを持ってきた。手のひらサイズの四角い箱をテーブルに乗せて店員が下がると、徐ろにメディウス子爵が手を伸ばす。
箱の上面の穴に、水晶のような物を刺すと、箱の側面に魔法陣や幾何学模様が浮かび上がる。次の瞬間には、半透明な緑色の膜が俺達の周囲を覆っていた。
驚き、周囲を見回すと、テーブル席のみを四角く包んでいると分かった。後ろに立っていたルティルトさんは入っていない。
「ザックス、落ち着きなさい。ただの防音の魔道具よ」
そう言われて気が付いた。先程まで聞こえていた接客の声が聞こえない。膜の向こうのガラスケース近くで、お客と店員が談笑しているようだけど、口をパクパクしているだけ。
……男子禁制の結界の亜種みたいなものか? 音を遮断するとか?
流石に気になったので、コッソリと〈無充填無詠唱〉をセットして〈詳細鑑定〉をした。
【魔道具】【名称:防音結界器】【レア度:B】
・魔結晶をセットする事で、結界器を中心とした小範囲に、音を遮断する結界を張る。
遮断するのは音のみで、人が出入りすることは可能だが、余計にマナを消費してしまう。
ほうほう、ぶっ刺した水晶みたいのが魔結晶か?
【素材】【名称:魔結晶】【レア度:C】
・魔水晶が高濃度のマナを吸収し、その内に圧縮した物。魔水晶の10倍以上のマナを内包しており、高度な魔道具の動力源として使用される。人間が直接、内包する魔力を使う事は出来ないが、魔道具の動力源として利用できる。魔力を消費すると小さくなって消えてしまう。
・錬金術で作成(レシピ:魔水晶×10)
レア度の高い、魔水晶の上位版か!
こっちはレシピが見えるし、素材も魔水晶だけ。俺でも作れそうだ……いや、使い道が分からんけどな。
興味深く観察していると、メディウス子爵が割引券を手に取り話し始めた。
「工房長から話を聞いて、色々と情報を集めさせてもらった。ソフィアリーセ様の元婚約者にして、今は中身違いで婚約者候補。そして、スキルで生み出す宝具の如き槍と、見事なフルプレートメイルを持つ。
うむ、わけが分からん。
更に、この割引券……普通は納品依頼を積極的に受けてくれた業者に進呈するものだ。少人数のパーティーが短期間の内に、集められる量ではない」
要は、凄い武器と防具があるので、ダンジョン攻略に勤しんでいるかと思いきや、業者みたいに鉱石集めばかりしている。
確かに、客観的に聞くと、何だコイツってなるな。
「いえ、偶々、効率的に鉱石を集める手段を思いついただけです。只の資金集めであって、ダンジョン攻略がメインですよ」
「それは納品していた銀やチタン以上の鉱石……金やミスリルでも集められるのかね?」
「いえ、それは無理です。方法的に銀鉱石以下だけです」
ロックアントのレアドロップは『一段階上の鉱石』なので、銀鉱石までなのだ。そりゃ、もっと下の階層にロックアントが出現すれば別だが、確約も出来ない。
まだまだ稼ぎ足りないので、方法については語らずに回答すると、残念そうに溜息を突かれた。ミスリルは産出が少ないと聞くので、調達が大変なのだろう。
「少し話が脱線したな、話を戻そう」
そう言って座り直し、俺に向き合った。睨まれるような眼光に、思わず俺も背筋を伸ばす。何を言われるのかも予想がつかずに、ドキドキして言葉を待つ。そして、
「その訳が分からない男が、私の娘に何の用だ?
何故、娘に近付く? 求婚するつもりなら、私に話を通せ!」
んん?! いや、誰だよ娘って?
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