第270話 回復役の確保

 食後のティータイムで、ルティルトさんに気になっていた事を質問した。


「そういえば、今日は年下の婚約者との訓練デートはよろしかったのですか?」

「……あぁ、毎週行っている訳では無いよ。今日はお抱えの僧侶が居ないからね」


「僧侶が居ない?……あっ、怪我する前提の訓練をしているのか。骨が折れない程度に、身体に覚え込ませるやつですね? 成人前なのに凄いなぁ」


 俺もウベルト教官に投げられ、殴られ、極められた。「痛くせねば覚わりませぬ」とは言われてないが、同じくらい身体に覚え込まされたからな。グラウンドで受け身の練習とか〈ヒール〉がなきゃ、全身打撲まみれだ。ヴィントシャフト領は最前線で武闘派と聞いているので、同様なのだろう。

 などと、一人で感心していると、ルティルトさんは手を振って否定した。


「待て、騎士同士で行う試合でもないのに、そこまでしない! ましてや未成年だぞ!」


 強い口調に驚いていると、ソフィアリーセ様が補足してくれた。


「そうね。貴族の嫡子が訓練する時は、万が一に備えて回復の奇跡が使える者を待機させておく。程度の話よ。

 それにルティは以前、筋力値のステータスが上った後に、手加減に失敗してしまったの。丁度、お抱えの僧侶が不在の時で、大騒ぎしたルティが骨折した婚約者を抱えて、教会まで駆け込んだそうよ。

 その時の負い目から、今はとても過保護になっているの」


 更に最近は、訓練にかまけて、イチャイチャしている時間が増えていると、メイドネットワークからの情報らしい。

 秘密を暴露されたルティルトさんは、顔を赤らめてそっぽ向いてしまう。メイドの噂話は他家にまで広がるのかと、妙に感心していると、暴露話は変な方に飛び火した。


「あー、後ですね……ザックス様が自分で〈ヒール〉して治しちゃうから、訓練が捗るって、ウベルト教官が言ってましたよ。見習いより厳しくしたって」

「何だそれ?! 初耳なんだけど!」


 本来、投げ技の訓練は芝生や砂地で行うけれど、自力で治療するし、戦士ジョブの耐久値補正で頑丈だから、実戦を想定して固いグラウンドで行い、打撃訓練も手加減少な目で厳しくしたんだとか。

 思い返すと、見習い騎士だったベルンヴァルトが、うんざりする程の訓練内容だった。


 ……あの、爺め!

 今、ダンジョンで戦えているのは、訓練で下地を作ったお陰であり、訓練期間が短かったので、仕方がない側面があると分かるけれど、手加減は欲しかったよ!


 そこで、ピンッと閃いた。


「僧侶の都合が利かないなら、ルティルト様自身が僧侶になられては如何ですか?」

「……え?!」

「自身が回復の奇跡を使えれば、万が一の場合でも直ぐに癒せます。それに、僧侶には筋力値補正がないので、未成年相手に組手をしても、怪我をさせる心配も減ると思います」


 俺の提案に驚いて目を丸くしたルティルトさんだったが、直ぐに首を振った。


「わたしは護衛騎士だ。結婚して子を成すまでは、騎士は辞められん。それに、学園があるのだ、教会で僧侶の修練を積む暇はない」

「ああ、いえ、そういった重い話ではないです。休日だけ僧侶に変えれば良いのですよ。それに、教会で修行する必要もありません」


 特殊アビリティ設定を変更し、癒やしの盾を取り出して、差し出す。すると、煌びやかな天使の意匠に目を奪われたように、手を伸ばす。


「これは見事な盾だ。ミスリルか? 貴族なら家宝に欲しがる程に、美しいな……で、コレが何なのだ?」

「わたくしも初めて見るけれど、報告書にあった盾ね。ルティ、それは魔道具よ。魔力を込めてご覧なさい」


 俺が説明する前に、察しの良いソフィアリーセ様が、指示を出してくれた。その言葉に、ルティルトさんが盾に魔力を込める。盾の天使が緑色に輝いたところで「これは?!……〈ヒール〉!」と、回復の奇跡を発動させた。


 何故か対象はマルガネーテさんだった。光の粒子が手や肩に集まっているので、効果はあったもよう。肩が軽くなったのか、自分の肩を揉むように触っていた。

 これで、僧侶の解放条件を満たした……のだけど、解放条件を知らなかったルティルトさんは明後日の方向に曲解した。


「ふむ、この盾があれば僧侶要らずと、言うわけだな。毎週の休日に貸してもらえるのか?」

「いえ、休日なら貸せなくもないですが、僧侶のジョブを取る条件だったのですよ」


 僧侶の解放条件は教会が絡むのだが、パーティーメンバーには教えても良い事になっている。口止めは必須だけど。

 諸々について解説した。



「……と、ウチのパーティーでは皆、複数のジョブを使い分けています。ルティルト様は騎士をメインに、僧侶を育てては如何でしょうか?

 緊急時に、俺以外が回復の奇跡を使えると助かります」

「私も、ダンジョンでは闇猫かトレジャーハンターで、採取地では植物採取師。家では料理人ですよ~」


 レスミアもコロコロ替えているとアピールしてくれた。ソフィアリーセ様は、少し考え込んでいたが、ニコニコと話すレスミアを撫でると、賛同してくれた。


「それなら、わたくしは魔道士と錬金術師ね。結婚して引退間際にレベル上げするから、少し早まるだけよ。

 でも、今はパーティーを組むのを禁止されています。早くレベル40に上げてくださいませ」

「……お嬢様がそう言うのであれば、わたしも僧侶を育てよう。ただし、パーティーが組めるようになるまで、休日はこの盾を貸してもらおうじゃないか!」



 交渉の末『相手側の僧侶が居ない場合のみ』と条件も付けたが、何とかパーティーの僧侶枠を確保する事が出来た。その代償として癒やしの盾を貸し出すことになったけれど、休日ならダンジョンに行かないので大丈夫だろう。




 午後からはアトリエに戻って、創造調合で新ロゴの木箱を作成した。これがまた難しい。貴族の子女の感性で書かれたロゴは蔓草や小花が散りばめられ、華やかだ。ただその分、イメージするのが難しくなり、連続で失敗した。


 2度失敗する度に、ルティルトさんがデザインを修正してくれる。少しだけ簡略化されたロゴが渡されて、それを見ながら調合を続けた。



「ザックス! 見てくださいませ!」


 俺が調合に苦戦している間、手が空いたソフィアリーセ様もデザインをしてくれたのだが、ロゴというより紋章っぽい。貴族の嗜みなのか絵も上手く、虎のような精悍な猫の横顔と、大きな槍……形的にプラズマランスが×字に配置されて描かれていた。


「格好良いとは思いますが、お店のロゴからは遠くないですか? 店名も入っていませんし……」

「いえ、これはわたくし達が興す予定の、新しい貴族家の紋章ですよ」


 ……嬉しいけど、気が早い!

 ただ、猫が格好良いので褒め返しておいたら、将来の紋章候補として取っておくことになった。まだまだ、紋章のアイディアはあるらしく、2枚目に取り掛かる。楽しそうにデザインに挑むソフィアリーセ様に元気をもらい、〈熟練集中〉のスキルを使って、調合に集中した。




 創造調合が成功し、ロゴ入りの『木箱×5』のレシピが登録出来たのは、15時近くだった。

 結局、最終稿として完成したデザインは、大元のロゴに色々と周囲を飾り立てた物である。

 寝転んだ猫と、そのお腹付近に小さなバスケットが描かれ、その中身はお菓子のドーナッツとポーションの薬瓶だ。何の店か見て直ぐに分かるようになっている。店名はその下に、飾り文字でお洒落に書かれた。お洒落過ぎて、俺がイメージするのが難しかった点だな。


 これらを囲むように蔓草が描かれ、猫の頭上に百合の花が一輪。ルティルトさんの譲れない点だったらしく、花のイラスト自体は簡素になったが、最後までデザインに残っていた。


 久々に沢山書いたと、達成感に笑っていたルティルトさんだったが、最初の方に書いたデザインを名残惜しそうに見ていた。「上級貴族に売るなら、これくらい優美でなければ駄目だ」と言われたが、俺の調合技術では最終稿が精一杯だ。

 それでも、下級貴族相手になら丁度良いらしい。平民街の店で取り扱うのだから十分な出来になったと思う。





「遅くなってすまん。調合が上手くいかなくてな。」

「なあに、午後からって予定には変わらんさ。のんびり出来たから、構わんぜ」


 調合を終えてから、貴族街にある『ツヴェルグ工房』へ向かうため、馬車に乗った。ソフィアリーセ様一行とは、別々の馬車である。

 今日は開店初日なので、店長であるフォルコ君は店に掛かりきり。その為、ベルンヴァルトに御者を頼んでおいた訳だ。


 先を行く豪華な馬車を眺めながら、ベルンヴァルトと雑談していたが、面白いことが聞けた。店に飾った半透明の猫の置物が売れたらしい。


「ハッハッハ! 店に来た親子連れが、気にいっちまったみたいでな。子供がぐずってしゃあねぇから、売ってやったんだ」


 午後から馬の世話をしていると、フロヴィナちゃんが慌てて呼びにきたそうだ。店の営業には興味が無かったベルンヴァルトだが、自分が作った人形が関わっているとなると、話は別である。


「素人が作った人形が『欲しい』と言ってもらえるとはな。ちょっと嬉しかったぜ」


 なので、タダであげようとしたところ、母親の方が恐縮して、お代を置いていったそうだ。値札なんて付いていなかったから、母親が支払った千円が値段となった。急な話で原価計算などされていないが、素材と人形の大きさからすると、妥当な値段らしい。


「フォルコにも頼まれたからな。暇な時にでも、木彫り人形を作ってやるぜ」


 まぁ、休日の朝から酒盛りしたり、酒場を梯子したりするよりかは健全だな。趣味が有るのは良いことだ。


「なんなら、ヴァルトも熟練職人を育ててみるか?

 研磨する〈ポリッシング〉とか、形を変える〈メタモトーン〉があると便利だぞ」

「ハハッ、止せよ。仕事にする気はねぇって。

 俺はあくまで騎士志望だからな。暇潰しに作る程度で良いんだよ」


 そんな雑談をしながらも、大通りの門を抜け、馬車は貴族街へと入った。

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