第269話 姫騎士ルティルトは色々耐え難い

 応接間に戻って、昼食会となった。

 「パーティーメンバーの親睦を深めましょう」ということで、給仕に来ていたレスミアが捕獲されて、ソフィアリーセ様の横に座らされていた。早速、猫耳を撫でられており、妹枠として可愛がられているようである。


 ……俺の時は、猫耳に触らせてもらえるまで、結構掛かったのになぁ。いや、男の嫉妬は見苦しい。女の子同士がキャッキャウフフしているところに、男が挟まっては無粋だからな。


 対する俺の隣にはルティルトさんが座った。鎧はそのままだけど、カトラリーを使うのに邪魔なガントレットは取り外している。

 そのたおやかな白い指に目を引かれた。


「ん、どうかしたか?」

「いえ、騎士として訓練しているのに、手入れの行き届いた綺麗な指だなと。

 レスミアもお風呂上がりに、お手入れしているので分かりますよ」

「ふふん、私とて女だからな」


 ルティルトさんは自信たっぷりに微笑むと、俺に見せ付けるように手を翳した。その綺麗な手を見て、訓練していないとか勘違いしてはいけない。

 手荒れや手の豆などは、ポーションや〈ファーストエイド〉、〈ヒール〉といった回復の奇跡で治るからだ。

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 更に、古傷でも癒せる高価なハイポーションを練り込むと、既に手豆で固くなった手も柔らかくなるそうだ(by.婚活軽騎兵ルイーサさんの体験談)

 料理や家事で手荒れするメイドさん達に、回復の奇跡を頻繁に使っているので、その苦労は分かっているつもりだ。


 ……男の場合はゴツくてなんぼ、だけどな。

 因みに、ステータスの耐久値が高いと、手荒れし難くなるのだとか。前衛女子にとって、〈耐久増加 中〉付きのアクセサリーは憧れなんだそうだ。まぁ、補正の『中』は値段が高くなるので、『小』で妥協するのが普通らしい。レスミアが興味深そうに聞き入り、ソフィアリーセ様は「わたくしも持っていますよ」と微笑んだ。どうやら、お金持ちの普通って話みたいだ。


 そんな話で盛り上がっていると、料理を並べているマルガネーテさんがクスリと笑った。


「ルティルトがお手入れし始めたのは、婚約してからなのですよ。『年下の婚約者の方が、手が柔らかいの! 何とかならない?』なんて、相談を受けたのですよ」

「な?! マルガネーテ、昔の話は止めて。今はちゃんと手入れしているさ」


 ルティルトさんは頬を赤らめながら、そっぽ向いて話を打ち切ってしまった。普段は凛々しい顔で護衛をしているだけに、ギャップで可愛く見える。

 察するに、部活少女に恋人が出来て、化粧やスキンケアに興味を持ったみたいな感じだろう。



 料理が並べ終わると、レスミアが簡単に解説をした。昨日の作ったカレーシチューと、小さ目のカレーグラタンがメインである。カレーグラタンの方は、昨日の俺の話から試作してみたそうだ。


「私でも食べられる辛さですので、ご安心下さい。辛かったら、サラダで舌を休めると良いですよ」

「まぁ! 想像より良い香りではありませんか。本当にあのダイスの実のハズレなのですか?

 ……ルティ、宜しくね」

「お嬢様! 毒味なら側使えのマルガネーテの仕事ですよね」


 少し早口に言ったルティルトさんは、一人で忙しそうに給仕をするマルガネーテさんに毒味役をスルーパスした。

 しかし、それは笑顔で打ち返される。


「わたくしはザックス様のサポートメンバーの方々と一緒に、先に頂きました。この場では、ルティルトが食べて差し上げなさい」


 ウチのメンバーは、お昼からの営業があるので、先に食べていったそうだ。給仕がマルガネーテさんしか居ないのは、その為である。いや、本当はレスミアも給仕役だったんだけどね。捕獲されてしまったのでね……


 逃げ場を失ったルティルトさんは、カレーシチューに目を落とすが、葛藤しているもよう。トラウマの払拭の為とはいえ、ちょっと可哀想だ。スプーンを手に取り「俺が先に……」と言おうとしたが、その前に「ザックス」と呼び止められた。声を発したソフィアリーセ様に目を向けてみると、笑顔を深めて笑いかけられる。


 ……手を出すなってことか。


 笑顔の圧に押されて、スプーンを置いた。

 後々聞いてみたところ、ダイスの実はパーティーの余興として偶に出る為、苦手意識のままでは困るそうだ。


 皆に見守られる中、ルティルトさんはボス戦に挑むかの表情で、スプーンを手に取った。そして、恐る恐る口にして、


「……辛くない! 美味しいシチューではないか!」


 凛々しかった顔を破顔させると、2口、3口と食べ進めた。そして、その調子でカレーグラタンにスプーンを伸ばした。未だ湯気が立ち昇る熱々のグラタンを、ふうふうと冷ましてから口にして……固まった。少しの間だけフリーズして心配になったが、ゆっくり咀嚼し始める。そして飲み込んだ頃には少し涙ぐんでいた。


「うん、少し、かりゃいが、どうと言う事はないな」

「ルティ、声が震えていてよ。我慢していないで、駄目なら駄目と言いなさいな」

「すみません、昨日より甘めに作ったんですけど……サラダで口休めしてください」


 レスミアがサラダを差し出すと、ゆっくりと食べ始めた。ドレッシングが辛さを和らげてくれるので、付け合せにはピッタリなのだ。

 その一方で、俺もカレーグラタンが気になっていた。昨日のキーマカレーは、レスミア達も辛そうにしていたので、アレ未満の辛さだと思う。

 実際の辛さを見るべく、自分のカレードリアにスプーンを伸ばした。とろけるチーズが、こんがりと美味しそうな焼き目を作っている。そこにスプーンを突き刺し下まで掬うと、底には白い押し麦が姿を表した。昨日、俺がお願いしたので、入れてくれたのだろう。これじゃグラタンと言うよりドリアだな。モチモチの大麦と一緒に食べれば、擬似的にカレーライスな気分に浸れる。辛さは、確かに昨日よりマイルドで、俺にとってはピリ辛レベルではあるが、美味い。


 ……ただ、この程度の辛さで、涙目になる人がいるとなると、お客様に出すのは、控えた方が良いのかも知れないなぁ。


 少し残念に思いながらも、ルティルトさんの方を見る。すると、ある事に気が付いた。


「あの、ルティルト様。この料理は、底にある押し麦と一緒に食べて下さい。上のチーズと、下の押し麦で辛さを和らげてくれるのですよ」


 テーブルを挟んだ対面のレスミアからは見え難いのだろうけど、隣に座る俺からなら、はっきりと見えた。先程は、上のチーズとカレー部分だけ食べたので、辛く感じたのだろう。


 俺のグラタン皿の断面を見せてあげると、一瞬戸惑った表情が垣間見えたが、直ぐに笑顔で自分のカレードリアにてを伸ばした。


「あぁ、これなら何とか食べられそうだ」

「あら、確かに辛いけれど、美味しいではありませんか。こちらのシチューも味わい深いです」


 いつの間にか、ソフィアリーセ様も食べ始めていた。隣でレスミアが、サラダも交えて一口ずつ回し食べすると、辛さも抑えられて良いと教えている。

 懐かしの三角食べかな? 

 そのお陰か、元々平気なのか、ソフィアリーセ様はずっと笑顔で美味しそうに食べていた。いや、貴族の仮面かも知れないので、判別は難しい。確かに、ダイスの実が余興となるわけだ。


「何度か食べると、辛さに慣れます。すると、今度はもう少し辛いのが食べたくなるのですよ。『辛くて美味い』とか『激辛チャレンジ』なんて言葉も流行っていましたから」


 日本の激辛ブームを軽く話してみたところ、予想以上に驚かれた。お菓子……ポテトチップスまで辛くするのが理解し難いそうだ。レスミアが試作してみようかと頭を悩ませ、辛い物が苦手なルティルトさんは溜息を突く。


「ああ、男性騎士が喜びそうな言葉だな。耐えるとか、辛さを乗り越えるとか、競い合いそうだ」

「それなら、騎士団の寮で試験的にメニューに加えてみるのも、良いかも知れませんわね。お父様に進言してみましょう。マルガネーテ?」

「はい。カレーのレシピは頂きましたので、料理人に練習させておきます。ダイスの実の手配も必要ですね」


「ええと、男子寮だけよね? まぁ、わたしは学園に戻るので、関係ないけど……」

「そう言えば、サバイバルではカレー粉があると便利なんて話も聞いた覚えがありますね。遠征する騎士団に広げるのは良いアイディアと思います」


 臭みのあるジビエとか、灰汁の強い山菜だとかも、カレー粉をまぶして焼くとか、煮込んでカレーにしてしまえば、蛇でも食べられるとバラエティー番組やっていた覚えがある。

 ランドマイス村に遠征に来ていた第1騎士団が、山で食材を現地調達していたとも聞くし、丁度良いのではないだろうか?

 そんな話をすると、ソフィアリーセ様はいっそう乗り気となり、ルティルトさんから笑顔で睨まれてしまった。


 取り敢えず、遠征時の食料改善として、甘口から導入を提案するそうだ。

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