第268話 レシピの機密保持

 ソフィアリーセ様達が3階に行ってしまった為、しばらくフロヴィナちゃんとフォルコ君の2人と雑談していた。


「しかし、予想はしていたけど、売れたのはお菓子ばかりだな。俺の担当分で売れたのは、ポーション10本と、甘い解毒薬1本だけとか……」

「アハハッ、メイドの仕事に行くのに、シャンプーとか買わないよ~」


 それに加え、貴族なら錬金術師が身内に居ることも多いので、薬品類も支給される事が多いそうだ。僧侶や司祭を抱えている家なら、更に需要は少ない。売れたポーションも、メイドが個人的に使うから売れただけの事らしい。


「まあまあ、錬金術の商品は、元々平民向けですから、午後から売れますよ」


 フォルコ君が苦笑しながら言うが、その情報もフロヴィナちゃんが井戸端会議で集めてきたものだ。

 近所の奥様方やメイドの多くは、午前中に家事を済ませ、午後から買い物に出る。その際、大通りにある魔道具店に行くより、近場のウチの店に来てくれる……筈。

 まぁ、近所の人にもお菓子の試供品は配ってあるので、3時のオヤツ目当てでも、来てくれればいいや。




 しばらくすると、ソフィアリーセ様達が降りてきたので、アトリエに案内した。その途中で、レスミアの防具はどうだったのか聞いてみたところ、「ええ、とても良い出来よ。完成を楽しみになさい」と、笑顔ではぐらかされてしまう。

 詳しくは教えて貰えないようだ。完成は、まだ1週間以上掛かるらしいので、気長に待とう。



 一緒に付いてきた女性騎士が、アトリエの外で立哨するらしく、ルティルトさんはソフィアリーセ様と共に中に入った。何故かキョロキョロと周囲を見回す2人。錬金術師のアトリエが珍しいのかと思えば、そうではなかった。


「お母様のアトリエとは別物ですわね。なんというか、殺風景?」

「お嬢様、これは単に物が無いだけでしょう。棚もガラガラですよ」


 酷い言われようだけど、事実なのでしょうがない。素材は勿論のこと、錬金釜もストレージに格納されているのだから……インテリアとして宝箱でも設置しておくべきだったか?



 調合台に購入したレシピの写しや、マナ紙等の筆記用具を一通り出し準備する。ソフィアリーセ様も、持って来ていたバッグから、本とレシピが書かれた紙を取り出していた。学園の錬金術の講義で使っている教科書と教材だそうだ。



「先ずは、レシピの基本から教えましょう」


 1枚の紙が差し出された。それには、3面図や材料等が書かれておらず、枠線と外周部に文字のようにも見える模様だけが書かれている。


「レシピはルールに基づき正しく書かなければ、錬金釜に登録することは出来ません。

 これが、種別【薬品】用の紙です。これを寸分違わず写し取りなさい。線が切れたり、曲がったり、誤字脱字あると使えませんよ」


 所謂、定型書式……テンプレートと言う奴だ。これくらい、印刷して売ってくれれば良いのに。と、思わないでもないが、これも弟子の仕事らしい。ペンの扱いに慣れ、定規でキレイな線を引けるようにする練習も兼ねている。


 俺もインク瓶に慣れるまで、結構時間が掛かったからな。インクの付け過ぎで滲んだり、書いている途中で掠れたり。今はボールペンのお陰で楽になったけどね。

 本番はマナインクなのでペンを使うが、見本を自分用に書き写すならボールペンのほうが簡単だ。


 見本を見ながら定規を使って、シャーっと小気味良い音を奏で、線を引く。そこでふと気付いた。


 ……ボールペンって、貴族の事務仕事をする人に人気だと思っていたが、マナインクのボールペンを作れば、錬金術師にも人気が出そうだ。

 トゥータミンネ様に改善案として提案してみるのも良いかも知れない。まぁ、錬金術師なら、直ぐに気付く案だろうけど。


 そこら辺を踏まえると、ヴィントシャフトでの生産を任せるって話、気軽に受けたら不味いな。受注が多過ぎて、ダンジョンに行く時間が無くなったら、元も子もない。



 枠線が引けたら、欄外に書かれた絵のような文字を書き写す。日本語でも英語でも無いので、何が書いてあるのか分からんけど、〈マニュリプト〉で、自動で書き写す事が出来た。スキル的には文字らしい。


「それは錬金文字です。錬金釜に描かれていることから、そう呼ぶらしいのですが、未だに何と読むのか分かっていないの」


 なので、丸写しするしかない。見習いがよく書き間違えて、リテイクを喰らうポイントだそうだ。その為、〈マニュリプト〉でコピー出来る事を羨ましがられた。



 この外周部に書かれた錬金文字は、種別毎に違う。最初に写したのが【薬品】、他にも【道具】【魔道具】【武具】【食品】等々。教科書に書かれていたので、それもコピーさせてもらった。


 その後は、三面図と素材一覧、作製手順を記入する。これは既に練習で描いたものがあったので、確認してもらいOKが出た。

 これら全てを、本番となるマナ紙にマナインクで書き込めば、レシピの完成だ。先ずは簡単な構造の鉄鍋をマナ紙に書き込む。熟練職人のスキル〈熟練集中〉も使って、一気に書き上げ、登録してみることに。


 錬金釜の底に、自作のレシピを敷いて、同じく創造調合で作った鉄鍋を置く。そして、錬金コアを触って〈錬金調合初級〉を使えば、登録完了だ。中の鉄鍋が霧散して、錬金釜に吸収されると、調合リストにも鉄鍋が追加された。

 念の為、1つ作ってみると、ぐるぐる混ぜるだけで簡単に鉄鍋が完成する。やはり、量産するならレシピ調合だな。


「それにしても、鉄鍋など登録してどうするのだ?

 早々、替える物でもあるまい?」


 ソフィアリーセ様の後ろで、護衛に徹していたルティルトさんが首を傾げた。


「ああ、それは料理やお菓子をストレージにストックして置く為ですよ。レスミアともう一人の料理人が、沢山作ってくれるので、容器が足りなくなる事があるんですよ。

 そうだ、ソフィアリーセ様。容器といえば、ガラス瓶について聞きたいことが……」


 以前、レシピに書かれた作成手順通りにイメージして、創造調合に挑んだところ、透明なガラスにならなかった事を相談した。

 俺の話を聞くうちに、ピンッと来たのか、教科書を手に取った。パラパラと捲り、とあるページを見せてくれた。


「わたくしも、まだ習っていないのだけど、予習で目を通した覚えがあるわ。ここの事ではないかしら?」


 それは機密保持について書かれたページだった。




『作成手順の欄には、調合中にイメージする内容を文章化して、書かなければならない。そして、登録に使う魔道具も、そのイメージで創造調合された物でなければならない。


 これは、登録に使う魔道具が、創造調合された時の記憶を持っているからとされている。レシピに書かれた内容と、魔道具の記憶、この2つが一致する事で初めて錬金釜に登録することが出来る。


 ただし、イメージを文章化するのは難しく、個人差が出る。その為、魔道具の記憶と文章は完全一致ではなく、ある程度で良い。其の実、作成手順の文章は多少簡略化しても登録することは可能である。


 以上の事から、レシピの作成手順を敢えてぼかす事により、他者がレシピを読んだだけでは真似する事が出来なくなる。

 ただし、あまりにぼかし過ぎると錬金釜に登録出来なくなるので、見極めが必要となる』




 ……魔道具が作られた時の記憶を持っている? 道具だぞ?? 

 頭が混乱し掛けたが、深く考えるのは辞めにしておいた。それより、ファンタジーなものと受け入れてしまった方が良い。日本にだって付喪神だとか、八百万の神なんて考えもある。物に宿った神様とか精霊が、覚えていると考えれば、辻褄が合う……多分!


「レシピを錬金術師協会に売ったら、誰でも作れるようになるけど、改良品を作れるのは本家のみって事か」

「人気の商品がレシピ登録されると、熱心な錬金術師は改良出来ないか研究するらしいわ。製法を隠したい発案者と、それを暴いて改良したい後続の錬金術師ってね。

 ところで、この下描きは何かしら?……頭が大きい犬?」

「お店のロゴマークの猫ですよ!」


 ソフィアリーセ様は首を傾げながら差し出したのは、俺が白紙に書いた木箱のレシピだ。蓋部分の三面図にはロゴマークと店名を描いた……のだが、猫に見えないかぁ。

 参考にフロヴィナちゃんが描いた木箱を見せると、クスクス笑われてしまった。


「うふふ、大丈夫よ。人間誰しも得手不得手がありますわ」


 遊び人のスキル〈絵を描く〉で補正があっても駄目とか、素直にフロヴィナちゃんに描いてもらえばよかった……


「このぐらいの絵なら、ルティに描いてもらってはいかが? ルティ、試しに描いてみて、色付けは不要よ」

「畏まりました。

 ザックス、絵筆はあるか?」


 フロヴィナちゃんが木箱に描く際に使っていた道具一式を渡すと、ルティルトさんは慣れた手付きでサラサラと描き始めた。

 素人目でも、見本の木箱の絵よりも上手いと分かる。護衛騎士なのに、絵が上手な事に驚いていると、ソフィアリーセ様が胸を張った。


「ルティは幼年学校の頃から絵が上手かったのよ。それに、今の学園でも教養の講義で絵画を取っているもの」

「これくらいは、貴族として一般教養レベルよ。出来たわ、どう?」


「元の看板の絵よりも上手いですよ。これなら、他の絵も頼みたいくらいです」

「フフッ、時間がある時ならね」


 具体的に言うと、図鑑の挿絵を描いて欲しいくらいだ。正式にパーティーに加入したら、お願いしよう。フロヴィナちゃんは怖がりなので、早々魔物を見に連れ歩けない。ダンジョンに入れる絵師が欲しかったんだ。

 そんな算段しつつ、本番の木箱のレシピが書かれたマナ紙を渡した。


 ルティルトさんが筆を持ち替え、マナインクの瓶を開けようとした時、待ったが掛かった。


「このロゴ少し地味ではないかしら?

 ザックス、お客は貴族街に務める使用人が多いのよね?」

「ええ、女性客ばかりなので、メイドさんですね」


「それなら、貴族の目に触れる事も考えた方が良いわね。

 ルティ、店名は飾り文字にして。それと、ロゴの猫の周りも寂しいわ」

「それなら、猫を囲むように、蔦と小花を描いては……」

「そうね……レスミアのイメージなら良いのだけど、魔道具店の要素も欲しいわ。だって、ザックスの要素0なのよ?」


 今朝、領主の息女が挨拶したことにより、貴族も注目を集める可能性が高いそうだ。大体ソフィアリーセ様のせいな気もするが、良かれと思ってやってくれた事なので、文句は言えないな。売り上げが伸びたのは間違いないのだから。


 2人の追加デザインの相談は、マルガネーテさんが昼食の準備が整ったと呼ばれるまで続いた。

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