第267話 姫騎士ルティルトは幼馴染
あらすじ:姫騎士の鎧の下は、ドレスっぽい?
俺の視線に気が付いたソフィアリーセ様が、ソファーの座面をポンポンと叩く。レスミアが座っていた所だ。
「ルティもここに座りなさい」
「……お嬢様、わたしは護衛任務中なのですが」
「護衛していては、おしゃべりも出来ないでしょう?
貴女もパーティーメンバーになるのだから、ザックスと交流しておきなさい」
部屋の前にも護衛騎士が居るからと言われ、軽く溜息を付くとソファーに座った。
「ソフィは気を抜き過ぎ。自室や寮でもないのに……それに婚約者未満の男なのよ」
「それも時間の問題なの。もう、25層を超えたそうよ。私達が追い付かれるまで、あと何日かしら?
ねぇ、ザックス?」
耳が早い。恐らく第2ギルドから報告が回っているのだろう。セカンドクラスの講習を受けたところだからな。
現状を話そうとした時、そっとルティルトさんの分の紅茶が差し出された。レスミアと交代で入って来たフォルコ君が、淹れてくれたようだ。
……おっと、護衛からお客になったのだから、お茶菓子くらい出さないと失礼だな。
ただ、今朝方にお菓子を大人買いしていったので、同じ物では芸が無い。少し悩んで、アレを取り出した。
「25層のお土産です。これなら攻略済みの階層が分かるでしょう?」
「あら? ダイスの実ね。わたくしは色々な味が楽しめて、好きよ。厄介な魔物のドロップと習いましたわ、聞かせてくださる?」
早速手を伸ばし、一粒頬張るソフィアリーセ様とは対象的に、ルティルトさんは笑顔を強張らせた。俺も一粒食べる……ジューシーな桃味に思わず頬が緩む。カレーを抜きにしても、他の果物味も美味しいからな。
そして乱れ緋牡丹の事を、厄介なだけでなく、コミカルな面もあると面白可笑しく話した。遊び人のギャンブルスキルなんて、殆ど知られていないので、受けが良い。ただ、装備品を剥ぎ取る丁半博打は、ホラー話の様に驚かれた。
「装備品だけでなく、衣服まで剥ぎ取るなんて、乙女の天敵ではありませんか!」
「丁半博打を仕掛けてくるのは、近くにいる者に対してなので、後方にいれば大丈夫ですよ。それに、確率は二分の一ですし、外れても装備品のどれか。沢山身に着けていれば、その分確率も減ります。
そう、ルティルト様のように部位の多い鎧だと、効果的でしょう」
その分だけ、着るのも大変そうだけどな。儀礼用のように見栄えは良いので、しょうがないのだろう。貴族には見栄も大事と知っている。
そんな鎧の話題を振ってみたのだが、ルティルトさんの反応は鈍い。いや、それ以前にダイスの実を見ているが、手を伸ばそうとしないのだ。
「すみません、ダイスの実はお気に召しませんでしたか? 他のお菓子に変えましょう」
「ああ、すまない。ちょっと苦手なだけだ」
代わりにシュネーバルを差し出すと、こちらは美味しそうに食べ始めた。すると、ソフィアリーセ様がクスクスと笑う。
「ルティったら、まだ苦手なのね。2年前みたいに意地を張る必要はなくってよ」
ダイスの実が貴族の間でも人気があるのはフォルコ君に聞いた通り。それは、味が良いからというだけではない。誰も彼も笑顔の仮面を付けているため、それをハズレの辛さで引き剥がす為でもある。
パーティーの余興の一種であり、ハズレを引いた者の素顔や反応を見つつ、勇気と忍耐力を称える。
ハズレを引いても、笑顔を崩さないで食べ切ると、大人として認められるそうだ。
「いえ、大人でも我慢できる人は、そうそういませんわ。でも、ルティがハズレを引いたのは、学園に入学した直ぐの歓迎会でしたの」
入学したてで、弱みを見せる訳にはいかないと、涙目になりながらも「なっていない」、無理矢理飲み込んで、やり過ごしたそうだ。
ただ、その代償として腹痛で一晩苦しんだ挙げ句、医務室に担ぎ込まれたらしい。
「本当にルティは我慢強いと言うか、頑固と言うか、融通が利かないと言うか……」
「そんな昔の事は忘れなさいよ。ソフィだって、朝が弱くてマルガネーテに迷惑掛けているでしょう?
今朝も館に帰ってから2度寝していたせいで、ここに来るのが遅れたのよ」
「それは言わないでよ。折角、開店の挨拶で、頼れるお姉様になっていたのに……」
笑顔で会話しながらも、お互いに指で突き合っているので、じゃれ合っているようだ。普段は主従として振る舞っているが、プライベートでは幼馴染といった感じに見える。
「アハハ、今日は朝が早かったから仕方がないですよ。
それと、ダイスの実のハズレも調理次第で美味しくなりますから、そう毛嫌いしては勿体ないですよ」
「ザックス……辛さで舌が麻痺したのか? 僧侶を呼ぶか?」
ルティルトさんに訝しげな目で見られたが、酷い言われようだ。まぁ、激辛のカレールゥをブロックのまま齧って、また食べたいと思う奴は、余程の偏食家か激辛好きだろう。
取り敢えず、俺の故郷の料理として、カレーを説明した。
「……と、いう訳で、粉末化した獄炎スパイスを少量使えば、辛さは程々で、香り高いスープになるのです。
丁度、レスミアが作ると言っていましたから、昼食にお出ししましょうか?」
今日は調合レシピの書き方を教わるが、何時から何時までとは決まっていない。その為、昼食は俺達の方で準備することになっていた。
ベアトリスちゃんには、後々パーティーメンバーになるのだから、いつも通りの料理を出すように御願いしてある。そんな特別な料理を作らなくても、毎日美味しいからな。
……いや、カレーにしたら結局、特別な料理には違いないか。
俺の提案に、ソフィアリーセ様は了承してくれた。そして、笑みを深めると、ルティルトさんの肩に手を置く。
「異世界の料理なんて楽しみね。
ルティルト、先ずは貴女が毒見なさい。わたくしの護衛騎士様?」
「クッ、卑怯な……お嬢様の仰せのままに。
いえ、ちょっと待って。毒見は側使えの仕事よ。マルガネーテに回しましょう!」
騎士の性か、ソフィアリーセ様の命令に頭を下げかけたが、ギリギリ我に返ったようだ。貴族の顔は凛としていたのに、今笑っている表情はとても可愛らしく感じた。
それから、軽く情報交換した。
俺からはダンジョンの進み具合と、今朝の店の売れ行き。ソフィアリーセ様からは、学園の様子を聞かせてもらった。その中には、フオルペルクの情報もあり……
「あれからダンジョン講習には、一度も参加していないらしいわ。学園自体、週の半分も留守にして、自領に帰っていると……勝負は捨てたのかしら?」
既に11月に入り、学園のダンジョンに入る機会は10回もない。12月には試験なので、それまでにレベル30に上げていなければ、『俺より先にレベル40』は無理だろう。
自領に帰っているというのが不気味だが、権力でどうこうなる問題でもないし、不正にレベル上げしても退学になるだけ……
「向こうの意図は分かりませんが、俺の方は、先に進むだけですね。第1ダンジョンを、1層から潜り直しても……12月中旬くらいには40層に到達できると思います」
現に、10日ほどで26層にいる。下に行くほどダンジョンが広くなるが、一月以上もあれば、余程のアクシデントでもない限り大丈夫だろう。
俺の答えに、ソフィアリーセ様は満足そうに微笑み、ルティルトさんは冷たい笑みをみせた。
「年下に追い抜かされるなんて……私達とパーティーを組む時は、30層から入り直します。良いわね?」
「了解です。立ち位置や連携、ジョブ編成も決めないといけませんからね」
それから、エディング伯爵からの伝言もあった。ジョブの解放条件を、いつ公表するか?と質問状を送った返事だ。
「年内は騎士団と専属で検証し、アドラシャフトの結果と合わせて、年明けに国王陛下へ提出する。承認が降り次第、学園と上級貴族に公表される為、下級貴族や平民は、更に半年から1年以上後になるそうよ」
早いのか遅いのか、俺には判断がつかない。政治的な判断は任せたほうが良いだろう。
素人考えでも、一気に全展開したら混乱するのは分かる。植物採取師が大量に増えれば、採取地の取り合いになりそうだ。何事も新しい事は上(貴族)から広めると聞くが、分母が少ない方が影響を制御しやすいのかも知れない。
「それと、トゥータミンネ様にボールペンの発注を行ったのですが、購入できたのは10本のみでした。お手紙によると、アドラシャフトの街でも人気が出て、生産が追い付いていないとか。その為、ヴィントシャフトでの販売はザックスに任せたいそうです」
追加の製品や、レシピが届いたのかと聞かれたが、身に覚え無い。後ろに控えているフォルコ君に目を向けてみたが、首を振られた。
「俺も初耳です。ええと……4日後に、こちらのフォルコをアドラシャフトへ使いに出す予定です。その時にトゥータミンネ様に聞いてみましょう。
フォルコ、手紙を書いておくから頼んだよ」
「かしこまりました」
話が落ち着いたところで、今日の本題であるレシピの書き方を教えてもらう番となった。ただ、その前に、レスミアの仮縫いの様子を見てくると、ソフィアリーセ様達は席を立つ。
俺もどんな防具になるか興味がある為、部屋を出ようとしている背中に「俺も一緒に行きたい」と提案し……ようとして、出来なかった。口が動かず、声が出なかったのだ。何事かと驚いたが、直ぐに思い至る。〈礼儀作法の心得〉の効果『その場にそぐわない失言を、発言出来なくする』だ。
ただ、何が失言なのか分からなかった為、店の掃除を終えてリビングで、ぐでっていたフロヴィナちゃんに聞いてみたところ、
「あ~、女が着飾っている途中が見たいってのは、無粋かな~?
どうせなら、一番綺麗なところを見せたいから、その過程を見られるのはねぇ。お化粧の途中とか、間抜けな顔に見える時もあるし~」
ああ、どこかで聞いた覚えがあるような……電車の中とか問題になっていた記憶はある?
「あとさ~、3階は普通、男子禁制だかんね~。ザックス君が夜這い慣れていると思われちゃうかもね?」
「いや、掃除の為だし、呼んでいるの君らじゃん」
寝る前の習慣として、リビングやキッチン、風呂場などに〈ライトクリーニング〉をして回っている。それに、各々の私室にも要望があれば、浄化しに行く。その為、女性陣の部屋も3、4日おきに訪れているのだ。ただ、部屋には入っていない。ドアを開けて、廊下から魔法を使うだけで十分だからだ。
それを、夜這いと言われるのは心外である。
まぁ、そこらの事情を知らないと、勘違いされそうなのは分かった。〈礼儀作法の心得〉のお陰で助かったと思おう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます