第266話 初回営業を終えて

 始業の鐘なので、並んでいた人は遅刻なのだろう。数人が列を抜けて門に走っていく。

 それから程なくして、人通りが無くなり、お客さんが掃けた。



「あ~、こんなに忙しいとは思わなかったよ~」

「半分くらいは、お嬢様の効果よね……」

「まあまあ、トリクシー。配ったお菓子が美味しかったから、買いに来た人も沢山居ましたよ」


 店の営業時間は1の鐘から2の鐘までと、12時から5の鐘(17時)まで。俺達は朝食のため、一旦店を閉めてダイニングに戻った。

 3時間……いや、忙しかったのは2時間程度であったが、濃厚な時間だった。フロヴィナちゃんはテーブルに、ぐでんと垂れたままだが、体力がないのでしょうがない。午後の営業までのんびりしていれば回復するだろう。

 今から朝食を作る時間も無いので、ストレージからストックされた料理で朝食となった。


 疲れていたのはフロヴィナちゃんだけのようで、他のメンバーは元気そうだ。フォルコ君は、早々に朝食を終えると〈日刊帳簿チェック〉で売り上げを書き出していた。


「たった3時間で、15万円を超える売り上げですよ!

 お菓子配りと、ソフィアリーセ様の挨拶があったとはいえ、予想の倍以上です!」

「「「おお~」」」


 釣られて俺も〈日刊帳簿チェック〉を使ってみると、売買記録の一覧が表示される。単価の高い効果付きのバフお菓子が良く売れていた。そして、配布お菓子に一口ドーナッツが入っていたせいか、物珍しさのせいか、ドーナッツも大量に売れていた。こちらは普通の材料しか使っていないので、原価が安くて利益率が良い。作り方も簡単で、量産もし易いが、揚げ物なのがネックだな。


 因みに〈日刊帳簿チェック〉は、パーティーメンバーが売買しても記録してくれる。商人が店長の場合、お会計担当の人とパーティーを組むのが一般的らしい。そして、そのお会計担当が売買しても、経験値は店長にも入るそうだ。

 まぁ、今朝は商人ジョブをセットしていたので、俺とフォルコ君は経験値を得た筈。


「ザックス様、まだお菓子の在庫はありますよね?」

「ああ、今朝と同じくらい売れたとしても、3回分くらいは残っている。ちょっとドーナッツの減りが多いけど、午後は人通りも減るから、大丈夫だろう」


 売り上げリストの紙を見ていた料理人コンビが、次は何を作ろうかと相談し始めた。売り上げが嬉しかったのか、ベアトリスちゃんなんて、口元が緩みっぱなしだ。


「ドーナッツが売れるなら、もう少し凝った物を作りましょう。ミーアも手伝ってね」

「私は、昨日のキーマカレーを作りたいから、その後で手伝うよ」


 生地を変えようか、表面に塗るトッピングを変えるか、なんて相談し始めたところ、横合いから待ったが掛かった。


「すみません。1週間程は新商品無しでお願いします。今ある商品を定着させる時ですから」


 フォルコ君が商業ギルドで、聞いてきたノウハウを教えてくれた。開店直後は、商品を変えない方が良いらしい。折角リピーターが付いても、商品がコロコロ変わったのでは定着しない。

 しばらくして、売れ行きの悪い物や、売れ行きが落ちて来た物を新商品と入れ替える方が良いらしい。


「成る程、しばらくは売れた分の補充を優先してくれ。その後なら、新商品を試作しても良いからさ」

「はい」


 経営方針っぽい話なので、オーナーである俺が指示を出した。フォルコ君に店長を頼んでよかった。俺には商人としてのレベルはあっても、ノウハウは足りないからな。

 おっと、足りないと言えば、梱包用の木箱が少なくなっている。追加購入してもいいけれど、安く済ませるなら……テーブルの端で、木工細工に勤しむベルンヴァルトに目を向けた。


「ヴァルト、また箱作りを頼みたいんだけど、空いたときに頼めるか?」

「んん? 構わねぇけど、今日の午後は出かけるんだろ? 午前中だけじゃ、数は出来んぞ。

 それと、コイツも完成でいいな。どうだ?猫に見えるか?」


 ベルンヴァルトが作っていたのは、半透明な魔絶木の木材から削り出した5cm程の彫刻だ。ちょっと角張っているが、香箱座りした猫に見える。白銀ではなく半透明だが、店の看板猫と連想するのは容易い。


「へ~良いじゃん。十分、猫っぽいよ。陳列棚に飾ろう!」

「ふむ、職人の細工には程遠いですが、趣味レベルであるならおもむきがあると思います。猫の雑貨で彩るのも良いですね」


 フォルコ君の言う職人とは、伯爵家に納品出来るようなプロの事である。コレと貴族の調度品を比べるのは、土産物の熊の木彫りと、博物館にある彫刻を比較するようなものである。


「それとザックス様、木箱なら木工工房に発注することも出来ますが、店名と猫の絵を付けるとなると、少し高くなります。前回のようにフロヴィナさんに描いて頂くか「え~私、午後も店番だよ~」……錬金術で量産できませんか? 昨晩、リキュール用のガラス瓶を作ったように……」


「……出来なくもないか? レシピ登録出来るようになれば、だけど。今日、教えてもらう予定だからな」


 ……それに、ちょっとしたアイディアもある。創造調合で試してみるか。




 食後のお茶が終わると、各々の仕事へ向かった。この後は、ソフィアリーセ様が来る予定だけど、午前中に行くと連絡があっただけで、時間指定はない。

 俺もアトリエに行き、創造調合の準備をする事にした。



 先ずはウォームアップ。木材と釘、白インクを錬金釜へ投入し、ロゴ付き木箱を調合する。3面図は既に作成済みなので形やサイズは簡単にイメージ出来るし、ロゴも実物を見ながらなら……1回目はロゴがグネってしまったが、2回目で成功した。



 そして、次は白紙を5枚投入した。材料はこれだけなので、調合液に溶かして、ぐるぐる混ぜるだけっと。


 完成! 5枚重ねの厚紙!


 しかし、錬金釜から取り出すと、ふにゃりと曲がった。


 ……予想以上にペラい!


 イメージは、ケーキ屋や、ドーナッツ屋のお持ち帰りの箱……上面が三角な手持ち付きのやつ……にするような厚紙だったのに。これでは強度不足だろう。

 仕方がないので、倍の10枚重ねで作り直したら、良い塩梅となった。


 後は、これを折って組み立てるのだが、試作するには勿体ない。先ずは安価な色紙で、折ることにする。


 ……確か、三角屋根にして、短辺側の切れ込みに入れるんだったよな?


 記憶にある形を思い出して折って、折り込んで、切れ目を入れる。試行錯誤を繰り返しながら、強度のある形を目指して試作を続けた。




「おおい、リーダー。お嬢様が来たぜ」


 アトリエの扉が乱暴に開かれたと思えば、ベルンヴァルトが呼びに来てくれたようだ。フォルコ君が出迎えに出ているので、伝令に来てくれた。

 懐中時計で確認すると、9時。思ったより遅かったな。



 アトリエを出て母屋に向う。庭先に馬車が2台停められているのが見えた。既に家の中に入っているようなので、応接間へと急ぐと、扉の前に女性騎士が立哨していた。何度かお菓子を差し入れた女性騎士なので顔見知りである。俺の顔を見ると、「お嬢様が中でお待ちです」と、直ぐに退いてくれた。


 扉の前で息を整え、意識を切り替える。そして、新興商人のジョブをセットした。〈礼儀作法の心得〉があれば、大きな失敗はしない……筈。

 ノックをすると、内側から扉が開かれた。


「ザックスか。入りなさい」


 姫騎士のルティルトさんが招き入れてくれた。休日だというのに珍しい。

 応接間のソファーには、優雅に座るソフィアリーセ様と、その隣にレスミアがいた。お盆を抱えている辺り、お茶を出しに来て捕まったのかな?

 それはさておき、今朝のフル装備ではなく、若干落ち着いたドレスな事に安堵しつつ、貴族の挨拶をした。


「光の祝福により、再び絆が紡がれた喜びを神に捧げましょう。ソフィアリーセ様、ようこそおいでくださいました

「まぁ、わたくしの闇の神。秘めたる思いを胸に、語らえるのを楽しみにしておりました」


 遠回しに、早く会いたかった、と言っているだけなのだが、表現がオーバーで少し恥ずかしい。レスミアも笑顔だけど、口元がニヨニヨしている。観劇は今日じゃないぞ!

 取り敢えず、俺も対面に座って話を変える。


「今朝は開店の挨拶にご足労いただき、ありがとうございました。お陰様で、お客が倍に増しましたよ。

 な、レスミア?」

「は、はい! 行列が倍に伸びて、大忙しでした!」


 ……欲を言えば、事前に連絡が欲しかったけどね。来ると分かっていれば、もっと上手く対処出来たかもしれないし、開店のテープカットみたいな、セレモニーを行う事も出来たかも? いや、街の端っこの小さな店には合わないか?


「宣伝の手助けになったのなら、良かったわ。昨晩、学園から帰ってきてから開店すると知って、それから計画したの。側使えと護衛騎士の皆が頑張ってくれたわ」


 そう言ってソフィアリーセ様が振り返ると、背後に控えていたマルガネーテさんが恭しく一礼し、ルティルトさんがため息をついた。


「あまり我儘を言わないお嬢様の頼み事ですもの、なんて事もありません。最近は、花が咲いたように美しくなられて……着飾るのも楽しいですよ」

「朝が早いくらいは構わないが、準備時間が短すぎるのは止めて欲しかったな。お陰で寝不足だ」


 ルティルトさんは学園から付き添い、ヴィントシャフトに帰ってきて護衛交代、ようやく帰宅したところで朝3時出勤の命令が来たらしい。騎士様も大変だ。


「着飾ると言えば、マルガネーテ、レスミアの部屋で仮縫いの試着をさせて来るといいわ」

「畏まりました。では、レスミア様、外の馬車に職人を待たせています。彼女達も連れて、参りましょう」

「はい! 3階の奥の部屋です。案内しますね」


 レスミアは嬉しそうに尻尾を揺らしながら、部屋を出ていった。なんの試着かと、ソフィアリーセ様に目を向けると、


「後援の一つとして依頼された、侵略型レア種のドロップ品『巨大氷花の花弁』を使った防具作りがあったでしょう? その続きよ。

 先週、専属工房でデザインを決めて、採寸までしてきたの。今日は、デザイン通りに裁断した生地を縫い合わせた、仮縫いドレスのフィッティングね。実際に着て、動きを邪魔しないか判断するの。

 マルガネーテに任せておけば大丈夫、今朝のわたくしのように美しく仕上げてくれるわ」


 ……防具なのに美しく?

 なんて疑問が頭を過ぎったが、花弁を素材なのでドレス風の防具にすると聞いた事を思い出した。ふと、ルティルトさんの格好に目を移す。姫騎士っぽい白鎧の下も、フリフリのドレスに見える。あんな感じかな?

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