第265話 開店の挨拶

「おはよう。お菓子買いに来た」

「アハハッ、開店おめでと。お客になりに来たよ」

「あ~、俺は只の付き添いな。寝みぃ」


「「いらっしゃいませ~」」


 一緒にお菓子作りした縁も有り、最初のお客になろうと2人で計画していたらしい。テオは、まだ暗いから用心棒として引っ張られて来たそうだ。


「ドーナッツは、家のメイドのみんなも喜んでた。多分、何人かは寄ると思う」

「あの日に作った覚えの無いお菓子もあるね。この大きいの、新作?」

「環金柑が丸々1粒入ったシュネーバルですよ」


 シュネーバルとは、真ん丸な焼き菓子に粉砂糖をまぶした『雪玉』とも呼ばれるお菓子である。ここのダンジョン取れる環金柑の甘露煮を中に仕込んだので、少し大き目。女性の拳大程もある。齧り付くよりも、ナイフで切り分けると金柑の断面が綺麗に見えて良い。


 プリメルちゃんが好物だと言っていたお菓子でもある。ショーウィンドウには魔道具も陳列されているのに、お菓子に張り付いて見ている。そして、「10個下さい!」とすぐさま喰い付いた。ドーナッツも10個に、その他のお菓子も注文する。いきなりの大口になったので、俺も箱詰めを手伝った。


 クッキーやフロランタン等の小さいお菓子は安物の袋に詰めて、袋売り。ドーナッツやシュネーバル等の大きい物は、色紙(わら半紙)で数個まとめて包む。更に、10個以上の注文がある場合のみ、木箱(有料)に詰める。今回は友人なので、箱はサービスだけどな。


「……あっまいな。プリメル達が夢中になる訳だ。美味いけど、俺は一つで十分だな」

「男でも、紅茶と一緒なら美味しいぞ。ほら、メニューにないけど、サービスな」


 テオのように、食べ歩きする人には、小さく切った色紙を持ち手にして提供する。

 甘い甘いと言っていたテオだが、渋めに淹れた紅茶を飲むと、美味そうに食べ始めた。それを見たプリメルちゃんと、ピリナさんが1個ずつドーナッツを追加注文する。我慢できなかったようだ。

 仕方がないので2人にも、紅茶をサービスした。




 臨時のお茶会……立ったままなので井戸端会議か?……となり、女性陣はおしゃべりしていたが、2人が食べ終わる頃には、他のお客さんがやって来る。「入口はこちらです」と、フォルコ君がロープの内側へ案内していた。


「プリメル、あたし達は退くよ……お茶ありがと」

「お菓子失くなったら、また来る。テオ、持って」

「はいはい、んじゃな~」


 テオが商品の入った木箱を抱えると、手とウサミミを振って貴族街へ戻って行った。


 次いでやってきたのは、メイド服のオバちゃんだった。昨日配ったお菓子が、そこそこ美味しかったので、来てくれたそうだ。


 ……貴族の家に仕えているから、『そこそこ』って評価なんだろうな。


「ウチの職場にも料理人はいるけど、食べられるのはお貴族様だけだからねぇ。使用人が食べる賄いなんて、見習い料理人や手の空いたメイドが作るから、効果付きのお菓子なんて、本当に久し振りだわ~」

「それでしたら、こちらの疲労回復の効果付きのリンツァートルテは如何ですか? この街では手に入り難い材料を使っていますので、少し割高ですが、効果も味もギルドのお菓子依頼で評価を頂いております」


 ベアトリスちゃんは、初めて見るような笑顔で接客した。経験に裏打ちされたような自信に満ちた笑みだ。何度か納品依頼に付いてきて、受付嬢の皆さんから合格を得たお陰だろう。


 勧めたのは、スタミナッツだけでなく、2種類のプラスベリーを使ったリンツァートルテである。ナッツ生地のタルトで、ベリージャムが中に挟まれており、外はサクサク中はしっとりとした、ケーキとクッキーの合いの子みたいなお菓子だ。生クリームなどは使われておらず日持ちのする(冷蔵の魔道具に保管しなくても良い)為、商品ラインナップに入っている。

 ただ、材料も手間も掛かっている分だけあって、お値段は高い。


 ……サラッと高額なお菓子を勧めているが、大丈夫か?


 そんな心配をよそに、リンツァートルテを5個、他のお菓子も数個ずつ注文してくれた。有料の箱詰めまで。

 オバちゃんはアイテムボックスで受け取ると、「今日の休憩が楽しみね~」と、微笑みながら門へ去っていった。



 メイドコンビ曰く、あのオバちゃん、良いとこのベテランメイドっぽいそうだ。


「配ったお菓子の評価が『そこそこ』でしたから……あれも店売りと同じように作ってあるので、舌が肥えている人ですよ」

「それに、雰囲気がメイド長っぽかったよね~。ウチのと比べると、まだまだだけどさ~。沢山買ったのは、部下に配るんじゃない?」


 とは、アドラシャフト家の本館のメイド長の事らしい。部下を従えてそうなオーラがあったとか。


 ……メイドオーラ? いや、本館のメイド長は逆らえない雰囲気はあったけどさ……



 それから、徐々にお客が増え始めた。昨日のお菓子が気に入ったからと買いに来てくれた人や、見覚えのある受付嬢など。5時を過ぎる頃には、数人の行列となり、通勤ラッシュが始まる5時半には、10人を超える列になっていた。


 その頃には接客やお会計にも慣れ始め、どんどん販売していく。俺も、箱詰めや商品の補充をして手伝った。忙しいけれど、笑顔を意識して仕事をする。対面販売だから、お互いに顔が丸見えだからな。メイドコンビに負けないよう笑顔で挨拶した。



 そんな時、門の方からざわめきが聞こえてきた。手隙の合間に目を向けてみると、通勤ラッシュの波が止まっている。何かあったのかと、見ていると、人集りが割れて始めた。


 そこから現れたのは、数名の女性騎士。門番ではない。先頭は見覚えのある煌びやかな鎧……姫騎士ことルティルトさんだった。


 そして、人並みを抜けた護衛騎士達は、円陣を解いて左右に広がる。

 以前も見たきらびやかなドレスに、多数のアクセサリーを身に纏い、美しく結い上げたサファイアのような宝石髪……中心にいたのは、そのまま夜会にでも行けそうなフル装備のソフィアリーセ様だった。



 姿を現した途端に、ざわめきが小さくなり、場の空気が一変した。平民だらけの所に、領主の御息女が来たらこうもなろう。誰か分からなくても、見た目で上位貴族であるのは、誰の目にも明らかだ。周囲には、祈るように手を組んで、頭を垂れている人もいる。恐らく正体を知っている人だろう。



 ソフィアリーセ様は護衛騎士に守られながら、こちらに向かってくる。その様子を見ていると、目があった。すると、貴族の微笑を浮かべたまま、ウインクする。


 ……悪戯というか、サプライズ成功!みたいな? ドキッとしたけどさ!


 ふと、袖を引っ張られた。フロヴィナちゃんがコソッと話しかけてくる。


「えっと、次はソフィアリーセ様の順番にしないと不味いよね?」


 言われて気が付いた。ソフィアリーセ様を順番待ちさせる訳にも行かない。ただ、そうなると、今並んでいる人達にどう説明するか……下手に対応すると、貴族なら横入りOKとなってしまう。身分社会的には、しょうがないが……


 いや、アレならいける筈!

 俺は周囲の人集りにも聞こえるよう声を張り上げた。


「御予約のお客様! ヴィントシャフト伯爵が御息女、ソフィアリーセ様! お待ちしておりました!

 レスミア、御案内を!」


 何事にもアポを取るのが、貴族である。なら、それを逆手に取って、予約事にすれば問題無い。


 上位貴族のお嬢様の身分を明かしたせいで、危険もあるかも知れないが、自領の領都なので、護衛騎士に囲まれていれば大丈夫だろう、多分。

 闇猫なレスミアが、スススっと音もなく駆け寄り、護衛騎士に警戒されているのが見えた。いや、姫騎士さんが取りなしたようで、先導を始める。


 その間に、こちらも並んでいたお客さんに、待ってもらえるようお願いする。「貴族のお嬢様が来るほどのお店なら、仕方がないわ」と、快く了承して頂けた。


「取り敢えず、効果付きのお菓子を優先して、箱に詰めて」

「は~い、3箱くらいでいいよね?」


 値段が高い物と、ここでは珍しいドーナッツを箱詰めする。作業が終わる頃、ソフィアリーセ様一行が到着した。

 俺達が「「「いらっしゃいませ」」」と声を掛けると、護衛騎士の影から、メイドがススっと現れた。誰かと思えばマルガネーテさんだ。


「予約注文していた物は、準備されていますか?」

「はい、こちらですね。ご確認下さい」


 さも当然という態度で、予約の話に合わせてくれた。箱の中を見せて、確認してもらえば、対外的には予約があった事になる。

 満足そうに笑みを深めたマルガネーテさんは、お会計を済ませ、アイテムボックスに木箱をしまうと、直ぐに後ろへ下がった。


 無事に終わってホッとしていると、ある疑問が浮かび上がる。


 ……なんでソフィアリーセ様が、足を運んでいるんだ?

 お嬢様が、直接お買い物せずに側近に任せるのは、分かる。平民街の店だしな。

 ただ、それならマルガネーテさんか配下のメイドを、お使いに出せば良いだけの話……


 ソフィアリーセ様の周囲の護衛騎士が動き出す。お帰りかと思い、声掛けをしようとしたが、90度方向転換しただけ。

 つまり、横に並ぶお客の方へ向き直ったのだ。そして、透き通るような声が響いた。


「列にお並びの皆様、本日開店のお菓子と魔道具の店『白銀にゃんこ』へ、お越し頂きありがとうございます。

 ここは、我がヴィントシャフト家が後援する探索者、ザックスのパーティーが経営する店です。ダンジョンで得た素材や食材を、サポートメンバーが魔道具や効果付きのお菓子へと作り替え、販売します。

 その効果と味は、わたくしが保証致しましょう。

 どうぞ皆様『白銀にゃんこ』を、ご贔屓くださいませ」


 堂々たる開店の挨拶をすると最後に、優雅な一礼を見せた。


 拍手や歓声などは起きない。代わりに人集りの殆どが、胸前で祈るように手を組み、頭を下げる。その場で膝をつく人もいる。平民の貴族に対する礼だ。


 再び護衛騎士に囲まれたソフィアリーセ様の姿が、門の向こうに消えるまで、それは続いた。




 その後が大変だった。

 伯爵家の御令嬢が味の保証をしたものだから、「食べてみたい」「一度は試すか」なんてお客が増えて、行列が3倍に伸びてしまったのだ。列整理のロープを伸ばしたところで足りず、生垣の端まで並ぶ事態となった。


 対面販売だから、手早く回せるとは何だったのか……

 しかも、行列が珍しいのか、列に驚いた人が最後尾に並ぶ。そんな人に、レスミアとフォルコ君が説明して回り、列整理する。

 行列が行列を呼ぶとはこの事か。


 店内の方も忙しく、陳列したお菓子が瞬く間に消えていく。注文のお菓子を紙に包み、時々箱詰め、商品が足りなくなったらストレージから補充。


 そんな忙しさが、2の鐘(7時)が鳴り響くまで続いたのだった。




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 業務連絡です。サポーター用の近況ノートを追加しました。

 初めてギフトを頂けたのですが、サポーター用の小ネタが1つでは寂しいですよね。急遽、もう一本書き上げた次第です。4千字オーバーなので、普段の1話分くらいはあります。


 <女神様の気まぐれ解説>侵略型レア種の使った魔法解説編

 第一章のラスボスだった雪女アルラウネの氷属性魔法と、ジャック・オー・ランタンが使っていた木属性魔法各種を解説、更に、魔物側の行動についてもちょっとだけ、ジャック・オー・ランタンが臆病だった理由とか。


 ランク7や8魔法の解説はここが初ですね。中級属性なので、本編で語られるのはレベル65以上……何年先だろ?

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