第264話 カレーフィーバーと開店

 料理に夢中なベアトリスちゃんは、こちらに気付く気配がない。こちらから声を掛けると、


「……えっ! お、お帰りなさい!

 すみません、出迎えもせずに……」

「一人で料理中だったんだから気にしないよ、ただいま。

 これ全部、カレーか? カレー粉にしたダイスの実は少なかったのに、よく作ったもんだ」

「はい、少し入れるだけでも、スパイスが効くので……あの、今日はダイスの実は取れましたか?」


 そう、恥ずかしそうに目を逸らす……が、その視線の先には、小さな空瓶があった。昨日、カレー粉を詰めた瓶に違いない。

 ストレージから一袋渡すと「ありがとうございます!」と言って、10個全てを躊躇なく刻み、ハズレにした。カレー粉にすると察して、その横から〈フォースドライング〉で乾燥、〈パウダープロセス〉で粉末化してあげる。

 それを手早く瓶に詰めたベアトリスちゃんは、先程まで混ぜていた鍋にひとつまみ入れた。それだけで、香りが一層強くなる。思わず、ぐ~っと腹の虫が鳴いてしまった。

 その音が聞こえたのか、ベアトリスちゃんがクスリと笑う。


「宜しければ、味見をして頂けませんか? ザックス様の故郷の味に近い物もあるかも知れませんよ」


 そう言い、掻き混ぜていた鍋の火を止め、蓋をすると、他の鍋に案内された。自信のある物を味見してもらうが、先ずは辛味の少ない物からだそうだ。



【食品】【名称:蜘蛛とワラビーのカレー風味クリームシチュー】【レア度:E】

・蜘蛛の脚と各種野菜をじっくりコトコト煮崩れるまで煮込み、旨味を凝縮させたシチュー。ローストされたワラビー肉は、硬くならないように、最後にさっと煮込まれ柔らかい。ハズレの獄炎スパイスは風味付け程度なので、効果もない。

・バフ効果:耐久値小アップ、敏捷値小アップ、器用値小アップ、

・効果時間:15分



 ほんのり黄色いクリームシチューだった。甘く濃厚なクリームシチューに、ほんのりスパイスが香る程度。カレー粉の効果が出ていないのは残念だけど、他にダンジョン食材がゴロゴロ入っているので、ステータスが3つも小アップするのは、ちょっと贅沢。

 昨日、俺が混ぜただけのスープカレーから、辛いのが苦手な人向けに味を再調整したそうだ。


「今夜のスープは、これですね。皆の舌を獄炎スパイスに慣れさせないと……

 そっちは、ベルンヴァルトさん向けのお肉たっぷりのカレーです。男性用に少し辛めですよ」



【食品】【名称:トマト豚角煮カレー】【レア度:D】

・トマトで柔らかく煮込まれた豚肉を、獄炎スパイスでカレーに仕立て上げた一品。トマトの酸味が辛さを和らげ、濃厚ながらも、後味がサッパリして食べやすい。

・バフ効果:HP微小アップ、筋力値小アップ

・効果時間:10分




 辛いと言っても、トマトがよく効いているので、1辛程度か?

 寧ろ、大きな豚肉を噛んでいると、脂が甘く感じられて美味い。これもカレー初心者向きだな。

 そんな感想を言うと、背中を押されて最初の鍋に戻された。先にベアトリスちゃんが一口味見し、ハーブやら何やら追加で投入し掻き混ぜる。そして、再度味見をし終えてから、ようやく俺にも小皿が差し出された。


「……先程の獄炎スパイスを追加して、私が耐えられるギリギリの辛さに調整しました。ザックス様は如何でしょう?」



【食品】【名称:具沢山のキーマカレーリゾット】【レア度:D】

・豚挽き肉と押し麦をメインに、角切り野菜を煮込み、獄炎スパイスでカレー味に仕立てたリゾット。押し麦のプチプチ食感があり、よく噛む事で野菜の甘味が辛さを和らげる。

・バフ効果:HP微小アップ、筋力値小アップ、耐久値微小アップ、器用値微小アップ

・効果時間:10分



「これは丁度いい辛さ……トロミもあるし俺好みだよ。

 ちょっと味が濃いけどね。茹でただけの押し麦が欲しいかな?」


 リゾットと名前にはあるけど、実質はキーマカレーがメインのようだ。本当は白米に乗っけて食べたら最高なんだろうけど、無いものはしょうがない。


 因みに、押し麦(100%)はご飯の用に炊くのではない。茹でるのだ。柔らかくなったらザルにあげ、流水でヌメリを取る。後はスープに入れたり、サラダに入れたり。レスミアの実家ではよくスープに入っていたそうだ。


 炊飯器で炊くしか知らなかった俺には、驚きだったよ。茹でたあと洗うとか……


 ともあれ、茹で押し麦は夕飯までに頼んでおいた。

 しかし、中途半端に味見したので、スパイシーな香りと相まって腹が余計に空く。


 ……あ! 手持ちのストックで、好きだった惣菜パンが作れる!


 ストレージからホットドッグ用のパンと、焼いただけのソーセージを取り出してドッキング。それにキーマカレーを乗せれば完成!

 パンのお陰でキーマカレーの濃さと辛さも丁度良くなり、ソーセージで食べ応えもアップした。


「本当はチーズを乗せたり、玉ねぎの微塵切りを乗せたりするけど、これでも十分美味いな」

「玉ねぎを切りますから、私の分も出して下さい」


 ベアトリスちゃんは食料庫から玉ねぎを取ってくると、小気味良い音を立てて微塵切りにする。タタタタッとリズミカルな演奏はあっと言う間に終わり、微塵切りが出来上がる。

 俺も剣は使えるけど、同じように微塵切りはできないので、あの包丁さばきはちょっと憧れる。


 ……微塵切りは無理でも千切りくらいなら? 魔物をズバババンッと、一息で斬るとか……いや、オートで動いてくれるスキルでもないと、反動で腕が死ぬな。柔らかい相手で、且つ〈装備重量軽減〉を使えば、ワンチャン? 見栄えが格好良いくらいしか意味無さそうだけど……


「あー、美味しそうなの食べてる! 私にも下さい。スパイスの良い匂いで、お腹が空いて……」


 着替えを終えたのか、メイド服のレスミアがキッチンに入ってきた。俺達だけ試食をしているのもバツが悪いので、当然レスミアの分も用意してあげた。キーマカレーは少な目でっと。


「美味しいですね。チーズで辛さが和らぎますし、玉ねぎのシャキシャキした食感も追加されます」

「私も、これくらいの辛さなら大丈夫かな。トリクシー、後でレシピ教えてね!」

「うん、やっぱりカレーには、米とかパンみたいな主食と一緒がしっくり来るな」


 チーズ乗せも美味しいので、カレードリアとかカレーグラタンみたいにしても美味しいと、教えておく。これで数日後には御飯としてメニューに並ぶだろう。


「それならパイやタルトにしても、良いかも知れませんね」

「う~ん、俺が聞いたことないだけで、カレーパイやカレータルトもあったかもな。カレー味の料理は、千差万別に色々あったからね。カレーパンとか大人気だったよ」


 学食でも、パン屋さんでも人気メニューだ。特に揚げたてはサクサクで美味い。パン生地で包んで揚げるくらいなら、俺でも知っている。これも簡単に作り方を教えるが、料理人コンビは苦笑して顔を見合わせた。


「また揚げ物ですか……いえ、ドーナッツも美味しかったので、カレーパンも美味しいのでしょうけど……」

「ザックス様の故郷って本当に揚げ物好きですよねー。ダンジョンで運動しないと太っちゃう……」


 レスミアなんて、ダンジョン行く日は動きっぱなしなので、気にする必要はないと思うが、乙女心的には重要なのだろう。

 取り敢えず、カロリー爆弾であるカツカレーについては黙っておいた。もうちょっとカレーがレパートリーに加わってからにしよう。




 今日1日のレベル変動は以下の通り。

 ・基礎レベル28

 ・戦士レベル23→26   ・僧侶レベル22→26

 ・商人レベル20→25   ・新興商人レベル1→20

 ・重戦士レベル1→20   ・軽戦士レベル1→20

 ・司祭レベル1→20    ・トレジャーハンターレベル1→20




 翌朝、1の鐘が鳴る前に目が覚めた。2日続けてフルタイムでダンジョンに潜った疲れもあり、昨晩は早目に寝たせいもある。

 〈サンライト〉で灯りを確保し、手早く着替えると家を出た。〈サンライト〉は追従してくれるので便利なのだが、目立つので人前で使えないのが勿体ない。街灯の範囲に入った所で消しておいた。


 我が家周辺は、近くに貴族街への勝手口が在る為、街灯が多いのも良い点だ。

 因みに、この街灯も魔道具である。暗くなると自動で点灯するが、燃料の減りは手動で追加しなければならない。柱の下に電池替わりの魔水晶を入れる箱が有り、騎士団が巡回がてらチェックしているそうだ。

 ランドマイス村だと、門のところに篝火かがりびがあっただけで、他は真っ暗だったからなぁ。やはり、都会は違う。



 角を曲がると、門が見えてくる。まだ門番の騎士は来て居ないようで、閉まったまま。しかし、その前に人影があった。箒を持ったフォルコ君だ。


「おはよう、早いな」

「おはようございます。ザックス様こそ早いですね。開店まで、まだ時間はありますよ?」

「ああ、目的はフォルコ君と一緒だよ。人目がつかないうちにってね〈ライトクリーニング〉!」


 〈無詠唱無充填〉も使って、連打する。アドラシャフトの本館ではよく使ったので、連打するタイミングも把握している。同一の魔法は一つずつしか使えないので、浄化の光が立っているうちに次の点滅魔法陣で位置決め。消え次第、次を使う。それの繰り返しだ。

 店の前から門の周辺まで、まとめて浄化した。

 粗方終えてフォルコ君の元に戻ると、苦笑しながら箒をアイテムボックスに入れるところだった。


「メイドの皆さんが言っていた通り、ザックス様が居れば、掃除道具要らずですね」

「それじゃ、次は手伝ってくれ。昨日作ったポールを設置するからさ」


 店の前に行列が並んで、通行の邪魔にならないよう注意された件だ。昨日の昼食の時や、休憩時間中にサクッと作っておいた。

 作りは簡単。〈ロックフォール〉の岩塊から、野球のホームベースくらいの石板を切り出し、真ん中に木の棒を突き立てるだけ。石板の真ん中を〈メタモトーン〉で柔らかくするだけで、貫通から接着まで楽々だった。後は上の方にロープを引っ掛けるフックを付ける。これも〈メタモトーン〉で以下略。


「取り敢えず4本作ったけど、どれくらい伸ばせばいいと思う?」

「う~ん、そうですね……先ずは店の倍くらいでどうでしょう?」


 店の前に2本置いて、ロープを張る。それと同じ距離を伸ばし3本目を設置した。店自体が小さいので、横に10人並べるくらいかな? 4本目は同じ長さのロープだけ張っておき、折り返して2本目と並べておく。行列が長くなったら伸ばせばいい。



「おはようございます、ザックス様。

 起こしに行ったのに、居ないから探しましたよ~」

「ああ、ごめん。早く目が覚めちゃってね」

「はよ~、中も準備始めるね~」


 フリフリメイド服のメンバーも起きてきて、準備し始めた。

 店の外で列整理と呼び込み担当がレスミアとフォルコ君。

 店の中で接客と会計がベアトリスちゃんとフロヴィナちゃん。

 俺は店の中の手伝い兼、ストレージ役だ。販売用のお菓子は陳列ケースの他に、メイドコンビのアイテムボックスに入っている。俺は、万が一足りなくなった場合の保険だな。



 準備を進めていると、門番の女性騎士が出勤してきた。フォルコ君が挨拶して、協力をお願いしつつ、袖の下(お菓子)を渡している。昨日もお願いしたけど、実弾を渡しておけば確実だからな。発案はフロヴィナちゃん「女性騎士に変わったから使える手だよ~」と、にゅふふと笑っていた。



 1の鐘が鳴り響いた。開門の時間だ。


 とはいえ、朝一も朝一なので、店の前の道路には人通りは無い。30分くらいは暇かな?と考えていたのだが、良い意味で予想は外れた。


 開門すると、から3人通り抜けてくる。その一人は特徴的なウサミミ……プリメルちゃんだった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――

小ネタ

 作中では押し麦を茹でると書きましたが、普通のお米に混ぜる場合は炊飯器でOKです。私は押し麦とかビタバァレーを3割程混ぜて炊いていますが、美味しく食べています。チャーハンを作る時は5割くらいに増やす事も。麦多めだと勝手にパラパラチャーハンになって簡単です。


 そして、『もち麦』の面白い食べ方を紹介しておきます。もち米の麦版ですね。

 パッケージに適切な水分量とか書いてありますが、無視して水を多めにします。普通のお米に、もち麦3割、水5割追加くらい(お粥でも作る気分で、炊飯器が吹きこぼれない程度に)。

 すると、お餅の如く、もっちもちになります。

 私はおにぎりを作る時は、決まってこの炊き方にしています。混ぜ込みわかめとかを混ぜるのですが、捏ねれば捏ねる程もちもちになっていって笑えますよ。お餅と違って冷めても、硬くならずにもちもちで美味しい。

 もちもち好きなら、一度お試しあれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る