第262話 籠入り娘と一天

 ボスのカンガルーをサクッと首切りし、再び10層に戻る。

 最初は発案者の俺が、背負籠(inフロヴィナ)を担いだ。重さ的にも問題無い、レスミアをおんぶした時よりも軽い気がする。その代わりに、柔らかさも感じられないので、総合的にはマイナスかな……余計な事なので、口が裂けても言わないが。


「段差を飛び降りるよ」

「キャッ!……お尻打った~、もう少し優しく~」


 背中の籠から苦情が来た。ブランケット1枚では足りなかったようだ。坂道を走りながらクッションを取り出し、後ろに放り込む。


「取り敢えず、それを下に敷いてみて」

「あ~、なんか見覚えあると思ったら、私があげたクッションじゃん! まだ使ってたんだ~」


 ランドマイス村へ出立する時に、「馬車は揺れるから」と餞別として貰った物だ。馬車の揺れは酷く、フロヴィナちゃんのクッションを数個使って、何とか我慢できたようなものだった。こういう場面には最適だろう。

 土手から飛び降り、悲鳴が上がるたびにクッションを追加した。



「う~ん、快適、快適~」

「ヴィナ、クッションに埋もれ過ぎじゃない? 出てこられる?」

「隙間無く詰めたからね~。暖かいし、このまま運んで~」


 首だけにゅっと出したフロヴィナちゃんが、眠そうな顔でそう言った。大きな籠は、クッションとブランケットでみっちり詰まっている。正しく、梱包されたと言っていい程だ。宛名を貼ったら発送出来るな。


「美術品が納品されるときは、この様にクッションや紙を隙間無く詰められてきますね。一旦出すと、詰めるのも大変ですから、このままで良いのでは?」

「いや~、そんな美術品の女神像みたいなんて……フォルコ君、褒めすぎ~」

「そ、そこまで言っていませんよ!」


 箱入り娘ならぬ籠入り娘だな。まぁ、可愛いけどお嬢様って感じではない。どちらかというと、籠だったか桶だったか、首だけ出している妖怪キャラの方が近いか?


「扉が開いたぞ。

 次は、俺の新しいスキルを試させてもらうぜ。ちょっと盾を預かっててくれ」

「集魂玉スキルの〈一天・金剛突撃〉か……盾があった方が良いんじゃないか?」


 体当たりのスキルなら、盾を構えてぶちかました方が強そうなイメージがある。重い大盾をストレージで受け取りながら疑問を返すと、ベルンヴァルトは不敵に笑う。


「本当に金剛みたいに硬くなるのか、試してみねぇとな。

 なぁに、大して効果がなくても、カンガルーの攻撃なんぞ効かねぇって」

「データ取りはするつもりだったから、助かるよ」


 次は見学させてもらう事にして、画板と紙を取り出し準備する。すると、後からクスクスと笑い声が聞こえてきた。


「ザックス君の為じゃなくて、例の彼女の為だよ~。手紙に書く内容に困ってたから『共通の話題を出して、返事を書きたくなるように』って、アドバイスしたの。

 そこでスキルを選ぶところが、ベル君っぽいよね~」


 籠から頭だけ出したフロヴィナちゃんが、にゅふふと楽しそうにバラす。俺を含めて、周囲も生暖かい目に変わる。


「あ! コラ! バラすんじゃねぇっての!」


 扉を潜りかけていたベルンヴァルトは、振り返って怒ったものの、皆の目線に気が付いて、そそくさとボス部屋に入っていった。



 地面の魔法陣が光り、ボスのクイックボクサーが姿を表す。対峙するベルンヴァルトは、不機嫌そうに大剣を肩に担いだままである。クイックボクサーがお腹の袋から手を出し、ファイティングポーズを取ると、ベルンヴァルトが挑発した。

 スキルではなく、空いた左手でクイックイッと……


 剣も構えていない様子は、完全に格下と侮っているように見える。魔物のクイックボクサーも同じように感じたのか、鳴き声を上げると、前に飛び出した。


 素早いジャブが、連続で放たれる。それをベルンヴァルトは、左手一本でいなし、打ち落とし、受け流す。鬼徒士レベル5で覚えたスキル〈受け流し〉の効果だろうか? 実に上手い。

 戦士でも覚えるスキルではあるが、パッシブなせいで効果があるのか、自分の実力が上がったのか分かり難いのだ。


 攻撃が全く通じないことに、業を煮やしたのか、クイックボクサーが左手を引き絞るのが見えた。そして、渾身の左手ストレートが放たれる……のに合わせて、ベルンヴァルトの右手が光った。


「〈一天・金剛突撃〉!!」


 グローブに嵌められた集魂玉が輝き、その光がベルンヴァルトの身体を包み込む。

 次の瞬間、光が残像を残す程の早さで突進すると、ボキッと嫌な音と共にクイックボクサーが吹き飛んで行った。まるでダンプカーにでも引かれたようだ。地面でワンバウンドした後は、ゴロゴロと転がって壁にぶつかって止まった。


 一方、ベルンヴァルトの方は、1mほど前でショルダータックルの姿勢のまま止まっていた。スキル後の硬直だろう。その前に回り込んで様子を見るが、特に怪我も無さそうだ。普通、あの勢いでぶつかったら、こちらも唯では済まないだろうに……


 ベルンヴァルトは立ち上がると、ニンマリと相好そうごうを崩した。


「中々良いぜ、このスキル。アイツの左腕と、胴体の肋骨か何かの骨を砕いた感触はあったが、こっちは痛くも痒くもねぇ。金剛ってのは、本当かもな」

「ちょっと待った。気になる話ではあるけど、まだ戦闘は終わってないよ。〈敵影感知〉の反応はまだある、ほら」


 クイックボクサーに目を戻すと、壁に手を付きながらも立ち上がっているのが見えた。左腕をダランとたらしているだけで、目は鋭く此方を睨んでいる。骨まで折れるダメージらしいのに、闘争心は健在なようだ。


「骨を折った感触はあったんだがなぁ……吹き飛ばすだけで、威力は低いのか?」

「う~ん、多分ですけど、上半身は防御が硬いのかな? 下半身は弱そうですよ」

「レスミア? 分かるのか?」


 いつの間にか隣に来ていたレスミアが、目を細めてクイックボクサーを見ていた。


「ええ、〈狩りの本能〉の効果だと思いますけど、首辺りに赤い点が見えます。他にも、胴体の真ん中に小さい赤点、お腹の袋の奥に大きな赤点。そこが弱点だと思います」


 魔物を注視していると、ぼんやりと赤い点が見えるようになったらしい。首辺りは、よく〈不意打ち〉で切り飛ばしていたし、胴体の方は心臓っぽい。そこで、スキルの効果だと思い至ったそうだ。


「そうか、なら止めは腹をぶっ刺してやろう」


 ベルンヴァルトは担いでいた大剣を構え直し、のっしのっしと歩いていった。


 ……首でもお腹でも、それ以外でも、ツヴァイハンダーで刺されたら死ぬ気がするけどな。


 クイックボクサーは片手で善戦していたが、顔を殴られた隙に残った右腕も切り飛ばされ、返す刀で腹を貫かれて討伐された。

 それから移動しつつ、ベルンヴァルトに使い勝手を取材する。自分では使えないスキルなので、根掘り葉掘り聞き、使い方を考察していく。


「成る程、ノックバックする攻撃技というより、防御技なのかもな。避けられない攻撃を潰しつつ、カウンターで吹き飛ばして、仕切り直し、みたいな感じかな?」

「ああ、確かに。集魂玉は魔力の貯めが要らんから、咄嗟に使える。練習しとくか」


 セカンドクラスの鬼徒士に成ったことで、集魂玉が3つまでストック出来るようになった。今までのように必殺技だけでなく、使い分けが出来るのだ。まぁ、まだ3種類しかないけどね。


 そして、クイックボクサーは面白いレアをドロップした。


【武具】【名称:クイックボクサーグローブ】【レア度:D】

・硬質化したカンガルー革のグローブ。内部は毛のクッションがあり、殴り攻撃時の反動を押さえる事で、装着者の拳を保護し、攻撃時の内部ダメージを増やす。また、素手よりも表面積が増えるため、命中率も上がる。



 パッと見、クイックボクサーの切り落とした手かと思った。ただ、実際に手にとって見ると、表面が硬いボクサーグローブで、中に手を入れられるように加工されていた。手を入れてみると、中がふかふかで心地良く感じるほど。


「そういや、〈正拳突き〉のスキルも実戦では使った事がないな。コレがあれば使えるか?」

「サボテンは針が生えていて危ないですよ」

「だな。無理して使わんでもいいだろ。デカい武器を振り回す方が良いぜ」


 主戦場の26層では植物型しか居ないからな。現状では、1層のストロードールをサンドバックにして、ストレス解消をする程度だろう。取り敢えず、ストレージに確保しておくか。依頼とかで高く売れるとも思えないし。



 20層もショートカットコースを走り、ボス部屋に直行した。そして、ボスのソディウムゴーレムを瞬殺する。

 誇張や比喩表現でもなく、文字通り……いや、3秒くらいだから一瞬ではないけど……兎も角、お供のオリーヴァルソンの方が、時間が掛かったくらい。


 それというのも〈狩りの本能〉で、弱点であるゴーレムコアの位置を見抜いたレスミアが、開幕と同時に踏み込み「そこです!」と、一突きで倒してしまったのだ。


「今回は私の勝ちですね!」

「おめでとー……いや、今後も勝てないって」


 ゴーレムコアは個体ごとに位置が変わるので、今までは競うようにバラして探っていた。まぁ、当たり(ゴーレムコア)を引いても褒め合う程度ではあるが、勝負は勝負。ただ、今後はフェアでない為、ノーコンテストにするしかない。便利なスキルを使ったからと言って、反則には出来ないからなぁ。


「まあまあ、お二人共いちゃつくのはその辺で……ゴレームがレアドロップを落としましたよ。トレジャーハンターのジョブのお陰でしょうか?」


 フォルコ君が差し出して来たのは、3㎝程の金属球。幾何学模様が入っている神秘的なゴーレムコアだった。



【素材】【名称:低級ゴーレムコア】【レア度:C】

・ゴレームを動かす心臓にして、頭脳の役割を果たす道具。初期化済みな為、錬金釜にて条件を再設定しなければならない。ただし、低級なため、込められる魔力も、命令も少ない。



 初期化済みとか……メーカー出荷品かな?

 地味にレア度がCと、ノーマルドロップよりも一段高い辺り、ドロップ率も低そうだが、ランハートが欲しがっていた物だ。低級で良いのか分からないが、バイクの素材として送るしかないか。

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