第261話 コミュ3回目と毒キノコとお荷物と

 レベル25まで上げた後、一旦外に出た。図書室にフロヴィナちゃんを迎えに行き、ボス周回の続きをするためだ。フォルコ君から聞いている新興商人のスキルも中々有用そうなので、この機会に上げておきたい。


「俺は出禁喰らってるから、受付辺りで待っとるぜ。何か面白い依頼でもあるかも知れんしな」

「それなら、私も付き合いますよ。依頼を出すほど、何に需要があるのか知りたいです」


 出禁云々はリプレリーアの戯言だろうけど、要はベルンヴァルトが図書室に行きたくない口実だろう。別に本を読みに行くわけでも無いのにな。

 逆に情報集めが好きなフォルコ君が便乗したのは、本を読む時間は無いからだ。短い時間でも、依頼書を斜め読みする時間くらいならある。

 特に反対する理由もないので受付で別れ、レスミアと二人で2階の図書室へ向かった。



「さて、仲良くやっていると良いんだけど……」

「気難しいお嬢様でしたよね? 誰とでも仲良くなるヴィナなら大丈夫ですよー」


 図書室の中に入ると、カウンターにリプレリーア(チョーカー付き)が座っていた。その後ろにはフロヴィナちゃんが、楽しそうにおしゃべりしながらリプレリーアの髪を結っている。


「……魔法の血統欲しさに愛人になるメイドは多くてね~。ウチには居なかったけど噂だと、種だけとか、口で絞ったのを他に売りつけたとか、成人前の子供を誘ったとか」

「……へー……」


 対するリプレリーアは、能面のような表情が抜け落ちた顔で返事をしていた。なんか、不味い雰囲気……『人間なんて信じねぇ』って感じの野良犬の目だ。そんな目が、俺達に気付いて此方を見た瞬間に涙ぐむ。


「あ、赤毛! やっと来たのね!

 はい、終わり! おしゃべりは終わりっ!」

「あ~急に動いたから編み込みが解けちゃった。も~。

 ザックス君にミーア、お帰り~。それじゃ、私はレベル上げに戻るけど、リプレも普段からお洒落しなよ~」

「余計なお世話よ! そういうのは夜会で十分!

 赤毛、この破廉恥な女を早く連れて行きなさい!」


 ……喧嘩する程、仲が良い。と言うより、リプレリーアが拒絶している様な感じか? 破廉恥とか何の話しだ?


 プリプリと怒ってはいるが、涙目なので迫力は無い。そんな子犬に吠え立てられて、苦笑したフロヴィナちゃんがカウンターから出てくる。今日は話にならなさそうなので、外に出ようとしたところ、後から待ったが掛かった。


「ちょっと待ちなさい! 残りの資料は置いていきなさいよ! その為に我慢したんだから!」


 ……書痴娘の更生に失敗したようだ。




「いや~、ごめんね。あの娘、興味の有る無しが、はっきりし過ぎてて、あんまり会話も出来なかったよ~」


 受付に戻りながら、首尾を聞く。

 本に関する話題は喰い付きが良いのは、事前情報通り。ただ、図書室のオススメの本を聞いたり、読んだ事のある本の感想を話したりしても、ポツリポツリと話す程度らしい。


「ま~、私もそんなに本読む方じゃないからね~。メイド仲間で回し読みしてた恋愛小説とか、過激なの……」

「ヴィナ、そっちの話は……」


 レスミアが嗜めるように、唇の前で人差し指を立てた。少し恥ずかしそうな表情から、察しはつく。昼ドラや、レディコミみたいな物だろう。深くは知らないが、深く突っ込む気にもなれない。みんな興味の有る年頃だからしょうがないのだ。


 ともあれ、「それで?」と先を促した。下手に藪をつっ突くと、ブーメランになりそうだからな。


「え~っとね。本の話題が尽きた後は、ザックス君の資料をチラつかせて『迎えが来るまで、おしゃべりしよ!』って、誘ったの。そしたら、めっちゃ嫌そうな顔しながら、渋々相槌くらいは打ってくれてね。

 恋愛話から始めたんだけど、反応が良かったのは赤裸々なメイドの噂話かな~。ニャハハハッ」


 ……あぁ、『破廉恥な娘』って、そういうことか。

 本の世界に閉じ籠もったお嬢様に対して、メイドの噂話ゴシップを聞かせたらそうなる。


「何にせよ、ご苦労様。良いのか悪いのか分からないけど、リプレリーアのコミュケーションの練習になったと思うよ」

「どう致しまして~。貴族の子なのに、だいぶ変な子だよね~。

 あ、ザックス君の資料に御執心だったから、もしかして~?」


「それはないな。100%資料読みたさだろ」

「アハハッ! だよね~」


 何にでも恋愛に絡めたがるのは悪い癖だ。名前すら覚えていなさそうな相手に、好感は持てんよ。ツンデレじゃあるまいし。




 受付に戻ると、依頼書のファイルを借りたフォルコ君から提案を受ける。小口の納品依頼から、俺の手持ちで達成出来る物を探してくれたらしい。

『土晶石 10個』

『ダイスマジックの実 3袋』

『ヨイテングタケ 有るだけ全部』の3つだ。


「確か、ヨイテングタケはランドマイス村で採取したと、伺った覚えがあります。在庫は有りますか?」

「……あぁ、数はあるけど、よく覚えてるね。

 晩酌しながら話したっけ。確か、鬼人族の御年配が好むんだったな?」

「おう」


 ベルンヴァルトの晩酌に付き合い、男3人で飲んだ時の話だ。あまりに飲む量が多いので、冗談交じりに「これを食べて、酒の量を減らしたら?」なんて話したら「んな歳じゃねぇよ!」と返された覚えがある。


 鬼人族は、齢を重ねる毎に酒に強くなるらしい。老人になる頃には、エールやワインといった低アルコールでは、どれだけ飲んでも酔えないとか。普通は逆な気もするが、種族の違いと判断して飲み込んだ。

 ベルンヴァルトのお爺さん曰く、楽しく酔えなくなったら人生の終わりだそうだ。そんな時に食べるのがヨイテングタケである。



【素材】【名称:ヨイテングタケ】【レア度:D】

・テングタケの亜種。食べると天狗も酔っぱらうという。実際にはアルコール成分は入っておらず、免疫力と肝機能を低下させる毒を含んでいる。摂取すると酒に弱くなり、他の毒や病、魔法的な状態異常にも掛かりやすくなる。人族的に食用ではないが、非常に美味。



「あら? お酒に強いのは天狗族もですよ。この依頼も……ギルドマスターからですね。

 恐らく、次の入荷まで待てないのでしょう。ほんとに、もう」


 アメリーさんが依頼書に書かれた依頼人の名前を確認し、呆れたように言った。

 一般人にとって毒物なので、流通は管理されている。その為、近隣の街のダンジョンで取れる物を定期的に入荷し、ギルドマスター枠として数を確保しているそうだ。ただ、呑み助なので足りなくなると依頼を出すらしい。


「この依頼は『有るだけ全部』となっていますが、飲み過ぎも良くないので『10個』まででお願いします」

「あ、はい。……9、10個っと、どうぞ」


 勝手に数量を決められた事に同情を禁じ得ないが、部下にまで飲み過ぎと言われる程ではどうしようもない。

 ストレージから取り出して納品した。小口の依頼なら買い取り所まで行かずに、カウンターで受け取ってもらえる。


「残りの依頼も簡単にご説明致します。

 『土晶石 10個』は、北の村で土砂崩れがあり、その補修を請け負った業者からの依頼です」


 土晶石を使った魔道具で地盤を固めたり、土嚢を出したりするらしい。土砂災害なので急ぎと思いきや、業者は出発済み。ただ、業者手持ちの土晶石の在庫が心許ないので、補充の為に依頼を出してから行ったそうだ。


「『ダイスマジックの実 3袋』は、第1ダンジョンの探索者パーティーからの依頼ですね。あちらには、物理攻撃が効かず、魔法しか通じない魔物も居ますので……」


 魔法使いの居ないパーティーの保険だそうだ。ランダムな魔法でいいのか? と疑問に思ったが、物理無効な分だけあって、魔法には弱いらしい。取り敢えず、ハズレの1割を引いて自爆しなければ、十分有用なのだとか。


 どちらの依頼も受諾し、納品した。面白い話も聞けて、6万円の臨時収入と良い事づくめである。ギルドへの貢献も積めるからな。




 再び10層に降りてきた。既に15時を回っているので、ショートカットを走らないと、目標のセカンドクラスのレベル20に届かない。なので、レスミアに背負ってもらったのだが……


「キャーーーーーーッ……」


 最初の壁上の綱渡りで、フロヴィナちゃんが泣き出してしまった。ただ、それはベアトリスちゃんも同じだったので、「ヴィナ、しっかり捕まって! 後、耳元で叫ばない!」と言って、レスミアは止まりもしない。


 ボス部屋前に辿り着く頃には、フロヴィナちゃんの目が死んでいた。


「もぅ、むぅりぃ~」


 ボス前の休憩所で順番待ちをしながら、話を聞いてみると、高くて怖い。魔物が追っ掛けて来て怖い。何よりレスミアが支えてくれ無いから、しがみつかないといけないのに、怖くて力が抜ける。


「あー、でもバランス取るのに手を広げないと、落ちちゃうよ?」


 流石のレスミアでも、尻尾だけではバランスが取りにくいらしい。因みに、男性陣みたいに飛び降りるのも怖いらしい。そして、実際に飛んだ方は、荒い息をして座り込んでいる。


「フォルコ、大丈夫か? ほい、水」

「ふぅー、ありがとうございます。それにしても皆さん、息も切らさず走り抜けるなんてすごいですね。体力の違いを見せられました」


 土手から飛び降りて、坂道ダッシュの連続だから、普段ここまで運動しないフォルコ君にはキツかったようだ。

 渡したコップを一気飲みしたので、スタミナッツのお菓子も渡しておく。まだ周回するので、回復しておいて貰わなければ困る。


 そして、問題のお荷物フロヴィナをどうするか話し合っていると、フォルコ君が手を上げた。


「背負子で運べば良いのではありませんか?

 紐で固定すれば落ちる心配はありません。避難するときに、お年寄りを運ぶ方法と聞いた覚えが……」

「ぐすっ、乙女に向かって、ひ~ど~い~」


 背負子の薪や箱を乗せる部分に座らせると、説明を受けた。要は、椅子に座ったまま、背中合わせで背負う体勢だ。



 ……でも、後ろ向きとか結構怖いよな。ジェットコースターと言うか、レスミアコースターは偶に脱線して落ちるし。直ぐに駆け上がるけど。

 いっその事、箱に詰めるか。宝箱に入ったアルトノート君のミミックのように……フロヴィナちゃんも、背は小さいから入ると思う。いや、宝箱は目立つな。ダンジョンで目立たない入れ物……


「うん、フォルコの意見を参考に考えてみたけど、背負籠ならどうだろう? こっちなら紐で縛る必要もない。

 フロヴィナ、ちょっとしゃがんで丸くなって」

「こう?」


 その上からブランケットを羽織らせ巻き付け、持ち上げて背負籠にポスッと入れてみた。普段、ベルンヴァルトが使っている大きい背負籠なので、小柄なフロヴィナちゃんが座り込むと頭まで隠れる。


「これなら落ちる心配は無いし、周囲は見えないし、多少揺れてもブランケットで痛くないと思う。それに、俺かヴァルトが背負っても良いからな」

「おお~、これなら怖くないかも?」


 フロヴィナちゃんが、にゅっと顔を出す。どこか楽しげで、機嫌も直ったようだ。ただ、その様子を見ていたレスミアが、小首を傾げる。


「これ、他の人から見たら、人攫いに見えませんか?」

「……顔を出さなければ、大丈夫だよ。多分」


 取り敢えず、ソフトレザーシールドを蓋代わりに、フロヴィナちゃんの頭に載せておいた。

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