第259話 盲目の状態異常

「ご馳走さま~。それじゃあ、熟練職人になった事だし、私は一旦抜ければいいかな?」


 この後は25層に行く予定だ。ボス部屋のように安全が確保できないので、怖がりなフロヴィナちゃんを連れて行くつもりはない。ただ、熟練職人レベル20で覚える〈マニュリプト〉は覚えて欲しいので、後々合流する訳だ。


「フォルコを25層で育てた後に迎えに行くから、15時くらいまで待っていてくれ」


「うん、それじゃ、私は図書室に行って、おしゃべりしてくるよ~。ええと、リプレリーア様だったよね?」

「よろしく頼む。それと、これは餌のページね。上手くチラつかせて、喰い付かせてやって」


 図書室の本狂いについては、お茶の時の雑談として展開済み。首輪付きのお嬢様とか、物凄くウケた。

 その上で、リプレリーアのコミュケーション力向上のために、友達になってもらおうという訳だ。メイド中でも噂話とか井戸端会議が好きで、近所の奥様方にも馴染んでいるフロヴィナちゃんなら適任だろう。



 ギルドの受付まで戻り、図書室への階段まで送り届ける。その後はエントランスにトンボ返りして、25層へ降りた。


 ここからは、ジョブを入れ替える。戦士レベル23、僧侶レベル23、商人レベル20、トレジャーハンターレベル20に追加スキルで〈初級魔法ランク1〉と〈初級魔法ランク6〉、〈獲得経験値中アップ〉をセット。

 レスミアとベルンヴァルトも、それぞれ闇猫レベル23と鬼足軽レベル23だ。


「うぉ! 重っ! 

 俺の剣、こんなに重かったか?」


 ジョブを切り替えたせいで、〈装備重量軽減〉の効果が切れたのだ。たった半日とはいえ、身体が慣れてしまったのだろう。ジョブを切り替えた時の、あるあるだな。

 俺はステータスが偏らないように、セットするジョブを考え、追加スキルで補っているが、ベルンヴァルトはどちらも出来ないので、慣れるしかない。


 そして、フォルコ君には出来るだけ後方で、ダイスマジックの実の標的にならないよう言い含めて、レベル上げを開始した。



 灼躍と暴れ緋牡丹は、倒し方が確立出来たので、楽に倒せるパターンだ。煙幕張って、弓と魔法で灼躍を倒し、ベルンヴァルトが暴れ緋牡丹を切り倒す。

 〈弓術の心得〉がない闇猫での弓矢は、命中率が懸念されたが、地面から生えた状態なら動かないので、そこそこ当たった。まぁ、外したとしても〈ファイアボール〉が飛んでくるか、花畑が燃えるだけなので、そこまで脅威ではない。

 通路でなく部屋なら〈ツナーミ〉で一掃できるからな。


 問題は赤いギャンブラーだ。

 1匹なら、矢を当てて吹き飛ばし〈リアクション芸人〉の効果が切れてから、立ち上がりに追撃の〈アクアニードル〉で楽に倒せる。ただ、この最善手であっても、戦闘開始直後に投げられるダイスマジックの実は防げない。

 レスミアとベルンヴァルトは、灼躍花のチャームで火属性耐性が上がっていると言っても、所詮は微小アップ。更に魔法の属性がランダムなので、火属性だけ耐性アップしても意味が無い。

 なので、精神力のステータスが高い、俺が矢面に立つ必要があった。


 初級属性の単体魔法なら、直線に飛んでくるだけなので脅威ではない。避けるなり、盾で受ければダメージは殆ど無い。ただ、中級、上級属性で誘導して来る魔法が不味かった。



 ダイスマジックの実が弾け、黄色い光の弾が緩いカーブで向かってくる。


 ……光属性の〈ライトボール〉! 誘導性に加えて範囲魔法の如く、円状に弾ける奴だ。これは避けられない!


「全員、俺から離れろ!」


 指示を出して、盾を構える。ワンドに〈アクアニードル〉充填されているが、生憎と魔道士をセットしていないので〈フィリングシールド〉で軽減は出来ない。ならば!


「〈アクアニードル〉!」


 充填済みだった水の針で迎撃を試みた。軌道上に5本の針をバラ撒けば、どれか当たるだろう!


 しかし、〈ライトボール〉は急に軌道を変える。螺旋を描いて針を避けると、俺の盾にぶつかった。盾を翳しているにも拘らず、視界が真っ白に染まる。次いで、全身に痛みが走った。


 ……クッ!大丈夫。我慢できる程度のダメージだ。

 視界に映るHPバーの減りは、1割強。〈サンダーボール〉より痛いが、耐性も無い上級属性のせいだろう。

 しばし、光が収まるまで待った。



 ……視界が、ずっと真っ白なんだけど?

 瞬きをしても視界が変わらない事に気付き、ようやく異常と認識した。


 ……目を閉じても真っ白とか???

 自分で使った時は、〈ライトボール〉の光は数秒で消えたはず。とっくに10秒以上過ぎているのに……


 パニックになりかけたところで、視界に地図とHPバーは映っている事に気が付く。HPバーの横には、目のアイコンが点灯している。直ぐにピンッときた。


「すまん! 盲目の状態異常だ! 後ろに下がる!」

「任せろ! もう終わらせる〈旋風撃〉!」

「こっちも……観念しなさい!」


 頼もしい返事に、この場を任せて、後ろに下がる。盾を構えたまま後退りすると、後から声が掛けられ、背中をポンと叩かれた。


「ザックス様、ここまで離れれば大丈夫ですよ。後は2人に任せましょう」

「フォルコか。何も見えないんだ。戦況を教えてくれ」


 〈敵影感知〉で、乱れ緋牡丹が走り回っているのは感じるけど、それだけだ。レスミアは闇猫の〈無音妖術〉のせいで、どこに居るかすら分からない。

 いや、何かが倒れる音と共に、正面の圧力が消えた。暴れ緋牡丹が倒されたのだろう。


「レスミアさんが、凄い勢いで追っています。あ、ベルンヴァルトがサボテンの残骸を投げて……」


 なんて解説を聞いていると、然程時間は掛からずに戦闘終了した。




「大丈夫ですか?!」

「うわっ! 吃驚した……レスミア、音もなく忍び寄られると、驚くよ。

 取り敢えず、盲目の状態異常で、視界が真っ白で何も見えないだけだ」


 〈不意打ち〉を受けた気分だ。改めて〈無音妖術〉の凄さが分かる。ベルンヴァルトなんて、足音で大体の位置が分かるのに、レスミアは喋らないと欠片も分からん。


「盲目に効く薬は買ってねぇのか?」

「持ってないな。解毒薬、抗麻痺剤、緘黙を治す饒舌飴はあるけれど、盲目を使う敵は、まだ先だから後回しにしてたんだ。

 ダイスマジックの実の鑑定文から、推測して買っておくべきだったなぁ」


 中級以上の属性は、それぞれに副次効果を持つ。

 雷属性が引き起こすのは麻痺、抗麻痺剤で緩和も予防も出来る。

 氷属性は凍結、ヴァルムドリンクで予防できるが高い。

 木属性は蔦による拘束、対応する薬品は無い。

 光属性は盲目、目薬っぽい物を売店で見かけた。

 闇属性は魔封、エヴァルトさんに習っただけだが、MPが使えなくなるそうだ。こちらも薬品があるらしいが、高いそうだ。ただ、魔道士に〈魔封耐性小〉が有る為、少しは掛かり難くなっている筈。


 ……折を見て、ギルドの売店かレアショップを覗いてくるか。

 取り敢えず、現状では自然治癒に任せるしかない。自然治癒力アップといえば薬草? また葉っぱをもしゃもしゃするしかないのか?

 ヨモギを生で食べるようなものなので、美味しくないんだよなぁ。ストレージのウィンドウは、視界に現れたので、フォルダを漁っていると、レスミアが声を上げた。


「あっ! あのお菓子はどうです? ロールケーキ! バフ効果が『状態異常緩和』でしたよ!」


 今朝方に納品した、環金柑のロールケーキである。全て納品済みと思っていたが、試食用に切り分けた物が残っている事を失念していた。お皿ごと取り出してみたが、真っ白な視界では手に取るのも難しい。手探りで苦戦していると、不意に手の中から皿が消えた。


「私が食べさせてあげますよ。はい、あ~ん」

「すまん」


 柔らかなスポンジケーキを噛むと、濃厚な生クリームが溢れ出す。それだけでも美味しいが、中には甘く煮詰めた金柑のさわやかな香りと味が口に広がる。美味しく頂いていると、盲目のアイコンの横に包帯付きの盲目アイコンが現れた。暫くすると、両方のアイコンが点滅し、消えていく。ようやく視界が戻ると、目の前で手が振られていた。目が合うと、頬に手を当てられ、目を覗き込まれる。


「見えますか? 大丈夫です?」

「ああ、可愛い顔が見えるよ。心配かけたね」

「いいえ、無事で良かったですよー」


 安心したように、ほにゃっと笑う。刷り込みにあった雛のように、その笑顔に見惚れていると、ベルンヴァルトが咳払いに邪魔された。おっと、ギャラリーが居るのを忘れていた。


 ベルンヴァルトがフォルコ君に「こいつら、空きあらばイチャつくからな」なんて吹き込んでいる。ただ、「屋敷でもそうなので、今更では?」と、返されていた。


 ……そんなにイチャついてはいない。

 と返したいが、思い当たる節が無いわけでも無いので、黙っておいた。

 ドロップ品を回収し、先に進もうとした時、フォルコ君から意見が上がった。


「ザックス様、万が一に備え、外に薬品を買いに行った方が良いのではないでしょうか?」


 ボス階層や、ボス戦は楽勝で戦っていたので安心していたそうだ。ただ、25層からは違った。魔法が飛び交う激しい戦いだったので、不安になってきたらしい。


「いや、時間が惜しいからこのまま行く。なに、ランダムのダイスマジックを受けたとしても、状態異常になるかも確率だからね。早々、状態異常にならないって。まだ少し環金柑のロールケーキも残っているし、大丈夫さ」


 念の為、俺の後ろに立たないように言い含めてから、先に進んだ。




 26層に降りてきた。25層では魔物を感知次第、倒しに行っていたら、偶々階段の近くに辿り着いたのだ。下の方が経験値は多くなるので、降りない手はない。

 戦闘も大分安定してきたが、乱れ緋牡丹が居るかどうかで難易度が変わる。居なければ瞬殺で、1匹なら優先して連続攻撃すれば何とか……2匹は手間取るけど何とか。

 乱れ緋牡丹3匹は、酷い戦いになった。ベルンヴァルトが蔦で雁字搦めにされ、レスミアはジャケットを剥ぎ取られ、俺はホーンソードを取り落とされた。挙げ句の果て、フォルコ君にまで丁半博打を掛けられる始末。まぁ、見事当ててくれたので突破口となった訳だけど。


 その甲斐もあって、フォルコ君の商人がレベル25に達した。



【スキル】【名称:トランスポートゲート】【アクティブ】

・各町の転移門同士を繋げる。通す量や距離によって、消費MPが増える。



 念願のワープスキルを手に入れた。これで、フォルコ君が加入してくれた時の要望は達成された。



【ジョブ】【名称:新興商人】【ランク:2nd】解放条件:商人Lv25以上、金貨を使った商いをする

・非戦闘職。売買をするたびに経験値が貰えるため、精力的に大きな商売をしよう。初期スキルである〈契約遵守〉は、大口契約の保障となるだけでなく、あらゆる契約に有効である為、為政者からも重宝される。目指せ、御用商人!


・ステータスアップ:耐久値小↑、知力値小↑、敏捷値小↑、器用値小↑

・初期スキル:商人スキル、契約遵守



 解放条件の『金貨を使った商い』なんて、いつの間に達成したのかと思ったが、それも俺のお陰らしい。アドラシャフトに滞在中に新調した武具や、買い込んだ食材などの清算を、代理人としてお願いしていたからだ。因みに、俺は錬金釜を買っているので条件を満たしていた。



【スキル】【名称:契約遵守】【アクティブ】

・契約書に書かれた内容が破られた場合、契約者及び術者はそれを感知出来る。この時、契約書の紙は、魔力を含んでいなければ使用できない。



 魔力を含んだ紙というのは、錬金釜に登録するレシピにも使われている『マナ紙』の事だろう。レシピ以外にも需要があるならば、自分で作れるようになった方が良いな。明日は丁度、ソフィアリーセ様が来る日だ。錬金術師協会に誘って、レシピを買いに行くかな?

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