第255話 リキュールと懐かしいハズレの味

 料理人コンビが落ち着くのを見計らって、環金柑のリキュールについても相談してみた。肝心のベルンヴァルトがワインをがぶ飲みしていて、忘れていそうだったからだ。


「はい、リキュールのレシピも知っていますから、作れますよ。

 ただ、環金柑を材料にするには、瓶が足りないです」


 ベアトリスちゃんが言うには、普通の果物を切って入れる分には問題ない。環金柑も一度火を通してしまえば、バラしても酸っぱくならないそうだ。


「でも、折角のプレゼントですから、この綺麗なオレンジ色の輪のままの方が奇麗ですよね?

 口の大きい瓶が屋敷に無いので、購入して頂ければ……」


「あ! 瓶ならザックス様が錬金術で作れますよ! ね?」

「……え?!……ああ、うん。作れるから任せとけ!

 この後にでも、ちゃちゃっと作っとくよ」


 いきなりレスミアに話を振られ、つい、見栄を張って出来ると言ってしまった。


 ……まぁ、薬瓶を材料にすれば出来るので、嘘ではない。



 因みに、ベルンヴァルト案の樽ごと漬けてプレゼントについての女性評は、


「宴会の差し入れじゃないですよね?」

「恋文の書き方で色々教えたでしょ! この、アーホwww」

「アホですよねぇ」


 フロヴィナちゃんが頬を膨らませながらも、チョップを入れて、笑い飛ばした。


 結局、女性陣の話し合いの結果、レスミア案の瓶詰め+ラッピングになった。ただ、ベルンヴァルトが、量がある方が良いと主張するうるさいため、数を用意することに。色々な果物を混ぜてカラフルに、何種類も作るそうだ。


 ついでに、料理やお菓子用のリキュールも欲しいからと、樽酒を提供させていた。ベルンヴァルトの購入した中から、一番高い蒸留酒の樽を丸ごと……


 半分くらいはプレゼント、余った分はベアトリスちゃんに。楽しみに取っておいた一樽が奪われ、ちょっと背中が寂しそうだった。偶にはリーダーらしく、肩を叩いて慰めの言葉を掛けておく。


「まあまあ、ヴァルト。引っくるめてシュミカさんにプレゼントしたと思っとこうぜ。リキュールの作業工賃と、配送代と考えればさ」

「くぅ、そうだけどよう。飲まんとやってられんぜぇ」


 毎晩飲んでいる気もするけど、突っ込むのは野暮だな。おつまみを追加で差し出し、そっとしておいた。

 その間も女性陣は楽しそうに、リキュールにする果物の候補を挙げて、混ぜるパターンを話し合っている。そして、話題は今日取って来た異色の果物ダイスに向いた。


「それじゃあ、最後のお楽しみにしましょう!」


 レスミアがダイスの実を袋から取り出し、お皿に山盛りにした。あの後、手に入れた分を含めて3袋、30粒だ。


「一人5粒まで、ですからね! さ、みんな取って、取って」

「噂に聞いたことはあるけど、本物は初めて見るよ~。変わったサイコロだよね~。」

「アドラシャフトでは珍しい果物ですからね。高値で取り引きされていると聞いた事があります。お菓子に使うとしても原価が嵩みそうですね」


 フォルコ君がダイスの実を手の平で転がしながら、ベアトリスちゃんに話を振った。店長らしく、思考が店の経営に向いているのかな?

 因みに、〈相場チェック〉によると一袋5千円もする。これはこの街の平均販売価格なので、買い取り所とかでは3千円くらいになると思う。今日出会った乱れ緋牡丹の数からすると、エンカウント率は4回に1回ほど。レア種というより、ちょいレア種とい感じだが、ドロップ品は良いお値段だ。

 一粒5百円だからな。


「熱を通しても『ハズレ』になると、先輩から聞きました。そのまま食べるのが一番らしいです……ん!? 美味しい葡萄です!」


 お貴族様のお茶会では、偶にお茶請けとして出されるそうだ。ただし、ジョブを持たない子供は食べてはいけない。万が一にでも、ハズレを引くと子供では耐えられず泣いてしまうからだそうだ。


「あ~、そういえば、ザクスノート様もハズレを食べて、癇癪を起こしたなんて噂もあったね~」

「それ、私は聞いたこと無いわ。いつの話?」

「私達がメイドになる前らしいよ~。この間のトゥティラ様のお誕生会の時に、本館の先輩達がお喋りしててね~」



 俺の話じゃないので、チラチラ見られるのは反応に困る。ギャンブル性があるダイスの実は、パーティーグッズ的な役割でも有るのだろう。


 そんな話を聞きながら、ダイスの実を味わって食べる。値段も然ることながら、貴族御用達にするのが分かる美味しさだ。ランダムで好きな味が選べないのは欠点であるが、話の種には持ってこいだ。ダイスの実に種は入ってないけどね。



「うっ!辛っ! 辛い!! 何これ!!」


 隣から悲鳴に近い声が上がった。何事かと目を向けると、涙目のレスミアが口元を押さえて震えていた。

 その様子から直ぐにピンッときた、ハズレを引いたな。俺は紅茶のカップを退け、その下のソーサーを差し出した。


「ハズレだろ? 無理せず出せ!」

「うううぅぅ」


 口元を抑えたまま、ソーサーと俺の顔を見比べ、葛藤していたが、観念して吐き出した。そして、紅茶を一気飲みする。


「お、お水くりゃさい! まだ、口の中がかりゃい」

「はい、ミーア、水~」

「私はミルクを取ってきます」


 フロヴィナちゃんがテーブル越しに手を伸ばし、ピッチャーで水を注ぐ。それを直ぐ様一気飲みした。


「ふぅ~、まだ舌が辛い気がしますよー」


 俺もハンカチを差し出して、涙を拭いてあげようとするが……レスミアの吐いた、溜息の香りで思わず止まってしまった。


 ……スパイシーな香りには覚えがある。

 確証を得るために、レスミアに詰め寄った。


「あ、ハンカチ、ありが……ふぇ?! 近い、近いです! そういうのは皆の居ない所で!!」

「そうじゃなく、息吐いて。ハズレの香りか?スパイシーで良い匂いがするんだ」


「それはそれで、恥ずかしいですよ! そっちのお皿に出したのが……」

「あ、そうか。実際に俺も食べたほうが早いか」

「やっぱり、そっちも恥ずかしいです! 間接キ……」


 レスミアが皿の上の、砕けたハズレを手で隠す前に、一欠片掴み取った。それを口に入れ噛み砕くと、舌を刺すような辛さが訪れる。予想以上に辛いが、鼻から抜ける香りは正しくカレー!


 懐かしさのせいか、辛さのせいか、涙ぐんでしまった。

 目を瞑って、カレー味を堪能していると、不意に目元が拭われる。目を開けると、レスミアが心配そうな顔でハンカチを当ててくれていた。


「ザックス様、お水をどうぞ。無理しないで食べないほうが良いですよ」

「あぁ、ありがとう。いや、故郷の懐かしい味だったから、つい……

 そうだ、スープストックから少し貰ってもいいか?」

「え? 沢山作ってあるので、お好きにどうぞ。

 それより、故郷って異世界のですか?」


 頬を染めていたレスミアだったが、料理の話題になると、興味津々といった様子で食い付いてきた。


 ストレージから、コンソメスープの大鍋を取り出す。蟹脚と野菜を煮込んだだけのスープベースである。シチューを始めとした煮込み料理の元として、ベアトリスちゃんが量産しては、アツアツのままストレージに保管してあるのだ。


 そこから、カップ1杯分だけ取り分ける。そこに、カレールゥの如きハズレの実を……


「レスミア、お皿の残りもくれないか?」

「駄目です!」

「俺の残りのダイスの実を上げるからさ」

「むぅ…………やっぱり駄目です!」


 間接キスくらいに気にしないでも……と思ったが、ちょっとデリカシーが無かったか?

 仕方が無い、自分の分の一粒をナイフで切った。断面は赤茶色のカレールゥっぽい。少し赤みが強いのは辛さのせいか?

 先程口にした一欠片でも、某チェーン店の5辛よりも辛く感じた。量を少な目で、溶け易く……


 ジョブを入れ替えて、錬金術師のスキル〈フォースドライング〉で乾燥させてから、〈パウダープロセス〉を掛けてみた。カレールゥが瞬時に粉末化し、カレー粉に変身する。それをひとつまみ、カップのスープに混ぜてみた。


 スプーンで掻き混ぜると、白濁としたスープの色が赤茶色に変わっていく。更にスープから立ち昇る香りが、スパイシーなカレーの匂いに変わる。


「クンクン……匂いは複雑なスパイス香りですけど、大丈夫なんですか? 辛くありません?」

「カレー粉の量は少な目にしたんだけどね。香りと色合いは、俺の知っているカレーっぽくなったよ。トロミがないから、スープカレーかな」


 スプーンで一口、味見をしてみると、懐かしいカレーになっていた。蟹の旨味とマッチしていて、美味しくて泣きそう。ついでにご飯が欲しくなる。大麦しか発見できていないのが、悔やまれるが……カレーリゾットくらいはできるか?

 代わりに焼き立てのバゲットをストレージから取り出し、切れ端をスープカレーに付けて食べてみると、


「美味い! 米がなくてもこれはこれで良いな。

 それに、俺には丁度良い辛さだ……あんなちょっとしか入れていないのになぁ。

 レスミアも味見してみる?」

「えー、ん~、一口だけ……」「あ、私も~」


 葛藤しながらも、新しい料理が気になるのかパンに手を延ばした。いつの間にかテーブルを回り込んできたフロヴィナちゃんも便乗する。


「……あ、これくらいなら、辛いけど味わえますね。う~ん、香りは良いですけど、辛さが先にきて……」

「辛い! 辛いよ! 水、みず~」


 俺的には1辛くらいかな?という程度だったけれど、レスミア達にとっては、まだまだ辛いようだ。

 それもそのはず、普段の料理からして唐辛子があまり使われていない。調味料としては家のキッチンにも有るが、輸入品なので大量に使うことはない。精々ピリ辛のスープ程度なので、舌が辛味に慣れていないのだろう。


「ミーア~、遅くなってゴメン。ミルク持ってきたよ」

「ちょうだい!!」

「って、ヴィナ? 貴女もハズレたの?」


 ベアトリスちゃんが持ってきたミルクのピッチャーを奪い取り、フロヴィナちゃんが飲み始めた。1リットルは入るピッチャーの半分を飲み干し、ようやく落ち着いたようだ。

 その様子を、クスクスと笑っていたレスミアも、ミルクピッチャーを受け取る。


「ヴィナは大袈裟だよ。ハズレは、あのスープの10倍は辛いんだから」

「えぇ~、そんなの死んじゃうって~」

「スープ? あ、何か嗅ぎなれない香りが……」


 2人がベアトリスちゃんに説明すると、獲物を狙うような眼光で、スープカレーがロックオンされた。




「……という感じで、家庭ごとに味が変わるほどの国民食だったんだ。このハズレの実みたいに、混ぜるだけでカレーになる物も販売されていたね。

 後は、子供向けに辛さを抑える方法もあったな。ミルクを入れたり、リンゴやハチミツを入れたりするとか、CMで見たような?」

「ミルクを? なら早速、このスープに混ぜてみましょう」


 日本の料理が気になるベアトリスちゃんに、カレーについての情報を話した。トンカツや揚げ物が好評だったのにも拘らず、俺の料理知識が少ないせいで、あまり再現出来ていない。

 そんな中で、降って湧いたカレーだからな。根掘り葉掘りと聞かれた。ただ、ダイスの実が美味しいせいで、2つしか残っていない。それも既に〈パウダープロセス〉で粉末化し、瓶に確保された



【素材】【名称:ハズレの獄炎スパイスミックス】【レア度:D】

・食べた者の味覚と尻を焼き尽くすスパイス。量を加減すれば、食べられなくもない。



 確かに、そのままの辛さだと、トイレの住人になるのは間違い無い。取り敢えず、フロヴィナちゃんが食べられる甘口から作ってもらった方が良いか?


「ミルクのまろやかさで、辛味が減ったわね。香りも良いし、美味い。」

「あー本当! これなら美味しいよね? ヴィナも食べてみて、子供向けよ?」


「え~仕方ないなぁ~、  うう〜ん、まだ少し辛いような? ハチミツも入れよ~」

「ちょっと、そんなに入れたら、もうお菓子よ!」


 女性陣はキャッキャッと盛り上がり始めた。料理人コンビが気に入った様なので、現地向けのカスタマイズは任せていいだろう。


 フォルコ君にお風呂の順番を後に回すよう頼み、自分のアトリエへ向かった。リキュール用の瓶を作っておかないとな。



 今日1日のレベル変動は以下の通り。

・基礎レベル28

・魔道士レベル23→25   ・スカウトレベル23→25

・修行者レベル22→25   ・錬金術師レベル23→25

・僧侶レベル22→23    ・付与術師レベル22→23

・採掘師レベル22→23   ・植物採取師レベル22→23

・トレジャーハンターレベル1

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る