第252話 乱れ咲く、赤い緋牡丹
魔絶木の樹液が満タンになった樽を回収し、次の採取地を目指す。小休止の合間にステータスを確認したが、レベルはまだ上がっていない。今までの経験上、そろそろ上がりそうな気もするので、こまめにチェックしようと思う。
何度か戦い、先に進むと、通路を塞ぐように暴れ緋牡丹が1本立っているのを発見した。1匹なら〈アクアニードル〉でいいかと、充填を始めて、違和感を得た。
……花が咲いていない?
灼躍のダミーとして咲いている、芍薬の花が見当たらないのだ。暴れ緋牡丹の根本は只の地面で、草すら生えていない。〈敵影感知〉の反応は正面のみ。弓を番えようとしたレスミアも気が付いたようで、猫耳に手を当てていた。
「何の音もしないですね。手前の小さい枯れ草に隠れて居ると思います?」
「今まで花を囮にしていたんだ。いきなり、枯れ草や何も無い地面に隠れるとは考え難い。寧ろ、赤小サボテンが何処かに隠れていないか?
警戒しつつ、接近してみよう」
暴れ緋牡丹は、遠距離攻撃を仕掛けなければ、接近するまで動かない。あの相手はベルンヴァルトに任せて、俺とレスミアは通路の左右の端に別れ、残りの魔物を探しながらゆっくりと進む。
しかしながら、見当が付かない訳でもない。通路の真ん中に立つ、暴れ緋牡丹だ。『寄らば大樹の陰』なんて言葉も有る。サボテンだけどな。大きさ的には、後ろに隠れる事は容易いだろう。
範囲魔法で、まとめて押し流すのもいいが、初戦では倒せていなかった。弱点でない可能性が高い。それに、既に〈アクアニードル〉を充填完了してしまったので、勿体ないというのも有る。キャンセルすると充填した魔力が霧散してしまうのだ。
取り敢えず、情報だな。姿を確認して鑑定しない事には、作戦も立てられない。現状では『命を大事に』とか『臨機応変に』するしかない。
「リーダー、そろそろ踏み込むぜ」
ある程度近付いた所で、ベルンヴァルトが大剣を構えて言った。既に、隠れ灼躍の射程範囲内には入っている。出てこないという事は、赤小サボテンで確定だろう。
しかし、許可を出す前に、先に暴れ緋牡丹が動き出した。両手を同時に振り上げると、その裏には赤小サボテンが生えていた。暴れ緋牡丹と同じく、上半身のみ出ており、腕を振り上げている。
「やっぱり居た!〈アクアニードル〉!」「腕の方?! 狙います!」
赤小サボテンが小さい実を投擲し、その数瞬遅れて俺も魔法を撃った。視界の端では矢が飛んでいくのも見える。
あわよくば、迎撃出来るかもと撃った水の針だが、小さい実をすり抜けて、赤小サボテンに命中した。後ろに吹き飛んでいく、小さい人型サボテン。事前情報通り、一撃を喰らうと地面から出てくる……
……ん? 水の針が当たったのに、吹き飛ぶ? 刺さるとか、穴が空くのではなく?
そんな疑問を他所に、もう一匹の赤小サボテンも後ろに吹き飛んで行った。矢が当たった方だろう。そちらも、矢が刺さった様子はない。
不可思議な現象に気を取られ、赤小サボテンが投げた小さな実の事を失念してしまっていた。気が付いた時には、間近に紫色のボールが飛んできている。
慌てて回避しようとサイドステップを踏む。しかし、紫色のボールはカーブを描いて、追随してくる。
……忘れていた!〈サンダーボール〉には誘導性がある!
最早、避けられない。無駄と知りつつ盾を構え……ずに、ワンドを向け便利魔法の〈ブリーズ〉の魔法陣を展開した。
至近距離で〈サンダーボール〉が弾け、周囲に放電する。ワンドの先の魔法陣は、それを一瞬だけ受け止め、砕け散った。
「ぐうぅぅっ!」
次の瞬間、ワンドを持っていた手から、激痛が身体を駆け抜けた。思わず膝を付くが、通り抜けたあとは、我慢できる程度の痛みになった。
以前、雷玉鹿の角を触った時より、痛みは少ないうえ、麻痺していない。視界のHPバーも1割弱しか減っておらず、状態異常を示すアイコンも出ていなかった。
ジャケットアーマーの〈雷属性耐性小〉のお陰か?
咄嗟に張った〈フィリングシールド〉は、呆気なく割られたし……魔法陣に込められたMP分だけ、ダメージを軽減するスキルだけど、ランク0の便利魔法じゃ、焼け石に水だったな。
十分に動けるならと、回復するより先に、戦況を確認する。レスミアは1匹の赤小サボテンを追い掛けており、ベルンヴァルトは暴れ緋牡丹と戦闘中……いや、その横に走り寄る赤い姿が見えた。
腕を構える行動には見覚えがある。当たると停止する針だ。盾を構えた状態で、横合いから撃たれたら、流石に避けられない!
「ヴァルト! 後ろに飛べ!!」
俺の声が聞こえたのか、一拍をおいて、後ろへ飛び退く。その直後、先程までいた所を針が通過していった
「うおっ! あぶねぇ!」
「すまん! 小さいのを抑える!」
赤小サボテンは針を撃ったポーズのまま、動かない。レスミアが言っていたように、針を外すと自身が止まるのか?
それなら好機だ。抜刀しながら、前に出た。
しかし、後数歩という所で、赤小サボテンが動き出し、くるりと回る。そして、俺が剣を振り下ろす直前に、挑発するかの如く、腕をクイックイッと動かした。
『ダイス2個の合計は? 丁か半か、選べ』
視界に文字が表情されたのと同時に、身体が固まった。剣を振り下ろしている体勢なのに……
しかも、2個の6面ダイスが、くるくると回わり続けている。選ぶまで止まらず、身体も動けないままという事が何故か分かった。
「丁!」
どの道、50%の確率だ。即決すると、回転が止まる。出た目は、2と6……『ニロクの丁! 大当たり!!』なんて表示と共に、両サイドからクラッカーが鳴らされた。
それも、視界の中の表示だけの話。文字や紙吹雪が消えると、急に体の感覚が戻った。剣を振り下ろす途中で止まったまま。そして、その下にいる赤小サボテンがブルリと震えると、体に生えている針が一斉に抜け落ちた。
……あっ! 武具の解除か!
丁半博打を外した罰ゲームのようだ。そして、針が無いことが恥ずかしいのか、赤小サボテンが手で身体を隠す。雌なのだろうか? などと考えながらも、無慈悲に剣を振り下ろした。
袈裟懸けに両断されたサボテンは動かなくなる。ここで初めて気が付いたが、頭にダイスの実が生えている。投げて来たのはコレか?
「オラァ! 〈フルスイング〉!」
ベルンヴァルトの方も決着が付いたようだ。胴体サボテンを切られ、ノックバック効果で吹き飛んだ暴れ緋牡丹は、弱点の頭を壁に叩きつけられて潰れた。
残るは、レスミアが相手している赤小サボテンのみ。2本の矢が刺さっているが、元気に走り回っている。逃げ足が早いので、弓矢で狙うのも一苦労の様子。
壁際の暴れ緋牡丹の残骸に追い込まれた赤小サボテンが、頭のダイスの実を苦し紛れに投擲した。
すると、今度はレスミアが射線から飛び退く。単体魔法ならば、距離を取った方が回避しやすいためだろう。そして、地面に転がったダイスの実の付近から、水の針が5本射出された。
何故か、逆方向に……
〈アクアニードル〉は術者である赤小サボテンを穴だらけにして、戦闘が終了した。
「えぇ~……これで終わり?! 最後まで訳が分からないサボテンですよ!」
レスミアが不満の声を上げた。散々追い掛け回した挙げ句が自爆なのだからな。確かに訳が分からない。ドロップ品に変わる前に〈詳細鑑定〉を掛けた。
【魔物】【名称:乱れ緋牡丹】【Lv25】
・暴れ緋牡丹の希少種。ギャンブルスキルが好きで、敵にも強要するほどの遊び人。頭に実るダイスマジックの実を投擲する事で、ダイス目に応じた属性の単体魔法を発動させる。
また、地面に埋まっている場合は、頭の実の再生が早くなり、あらゆる攻撃を1度だけ無効化する。
・属性:火
・耐属性:風
・弱点属性:水
【ドロップ:ダイスの実】【レアドロップ:ダイスマジックの実】
ギャンブルスキルに、遊び人?!
なんか、身に覚えがあるというか、無効化って〈リアクション芸人〉じゃないか?
そう考えると、針に刺さらず吹き飛んだのも納得がいく。念の為、遊び人のスキルを見直してみると、〈逃走加速〉なんてのもあった。逃げるときだけ足が早くなる。
それに、ダイス目に応じた魔法とか、最後の自爆を見るにハズレも入っていそう。
……スペックを見るだけなら面白いが、実際に戦うとなると面倒臭い魔物だ。
動きを止める針と、丁半博打については詳細不明だが、そのうち遊び人ジョブで覚えるかもしれない。まぁ、大体の特性は分かってきたので、後は数を倒して確証を得るだけだ。
鑑定結果を書き写し、集合してから2人にも展開したところ、微妙に困った顔をされた。
「攻撃を一回無効とか、騎士のスキルかよ……〈二段切り〉で行けるか?」
「多分、一撃目で吹き飛ぶと思うよ。それに、〈リアクション芸人〉と同じなら、吹き飛んだ後に攻撃しないと……」
以前、姫騎士に殴られたことを思い出す。殴られたダメージと、2階から落下したダメージ、どちらも痛くなかった。つまり、リアクションが終わらなければ、ダメージにならないと思う。
「俺とレスミアで、吹き飛ばした後に追撃すれば何とかなるよ」
「あ、それなら先に矢を当てて、無効化を解除した方が良いです。あの小さいサボテン……乱れ緋牡丹には矢が効いていない気がしましたから。
ほんと、レア種って変なのが多いですよねぇ」
レスミアはクゥオッカワラビーにも戦闘不能にさせられ、乱れ緋牡丹にはスカートを剥ぎ取られたからな。苦手意識が強くなっているのかもしれない。
簡単に連携について話した後、2人が拾ってきていたドロップ品を受け取った。
「ダイスの実はお土産にするんですよね?」
「そのつもりだけど……まぁ、2袋20粒あるし、少し食べるか?」
「え~、そんなつもりはなかったんですけど……一粒下さい!」
採取地でプラスベリーと環金柑を摘まみ食いしたばかりな気もするが……まぁ、戦闘でカロリーを消費しているから大丈夫だろう。ストレージから、ダイスの実を取り出そうとして、フォルダが変な事に気が付いた。
ダイスの実のアイコンが2つ有る?
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