第251話 採取地を彩るオーナメント
それから3回、エンカウントしたが、赤小サボテンは出ず。その代わりと言っては何だが、暴れ緋牡丹との戦い方は固まってきた。範囲魔法と〈魔攻の増印〉を毎戦使うには、MP消費が重い。その為、暴れ緋牡丹が2匹以上出た場合のみ使用し、1匹の場合はベルンヴァルトがタイマンを張る。
やっぱり、鬼人族の欲求とか有りそうなくらいに、活き活きしていた。ああいう戦いはアドレナリンが出て、高揚するのは分かるが、俺的には真正面からの戦いは、少し苦手だ。
俺もウベルト教官から盾術は習ったけど、回避や受け流しの方が、性に合っている気がする。受け身も投げられまくったせいで、マシになったらしいからな。ボコられた修行の日々だったけど、今やもう懐かしい……まだ2週間も経ってないけどな。
そんなこんなで植物系の採取地に到着した。25層までくると、他の探索者は少ないせいか、採取地も丸々残っている。
早速、稼ぎ頭の樽を設置した。
レスミアにも水やりと、ザフランケの樹液撒きを手伝ってもらっていると、木々の向こうのから「こっちに緑色のベリーが生ってますよ~」なんて聞こえてきた。
樹液撒きの途中なので「こっちが終わってからなー」と返事したのだが、待ちきれない様で駆け寄ってくる。
「蔦は、枝に引っ掛けておけば大丈夫ですよ。それよりプラスベリーが有りましたよ! 早く、早く!」
……ん? プラスベリーは赤紫色だよな? さっき、緑色って聞こえたような?
そんな疑問は他所に、急かすレスミアに手を引かれて連れて行かれた。
樽を設置した魔絶木から少し離れた場所に、低木が密集している。そして、その木には濃い緑色のベリーが沢山実を付けていた。形はラズベリーやプラスベリーと同じだが、色が違いすぎる。ピーマンのような緑で、成長中の熟す前かと感じてしまうので、レスミアも摘まみ食いするのを躊躇ったそうだ。
「多分、プリメルちゃんから聞いた緑色のベリーです。私の〈初級鑑定〉でも、プラスベリーって名前は出たんですけど、苦そうな色をしてますよね……ザックス様の鑑定で、食べて大丈夫か分かりませんか?」
【素材】【名称:プラスベリー】【レア度:D】
・属性を蓄えるラズベリー。食べると蓄えていた属性への抵抗力を得る。周辺の影響を受け、蓄えた属性により色と味が変化する。
この実は風属性を蓄えている。
「成る程、風属性を蓄えているから、緑色なんだってさ。今までのプラスベリーと区別するなら、こっちは風ベリーか?」
鑑定文を読んで聴かせると、早速、モグモグと摘み始めた。うん、採取の合間の摘まみ食いは特権だから、別に構わないけどね。
「酸味が無くて、爽やかな甘みが美味しいですよ。はい、あ~ん」
甘さに目尻を下げたレスミアの指ごと、口に含んだ。確かに、美味しい。噛むと果汁が溢れる瑞々しさと、優しい甘みがした。
ダイスの実と比べると甘さは弱いが、ベリーとしては十分だろう。ジャムにすれば、新しいお菓子が増えるに違いない。そんな感想を伝えると、レスミアは任せて下さいと胸を張った。
「流石に明後日の開店には間に合いませんけど、新しいベリータルトは作りますよ~。沢山取ってお土産にしましょう!」
「半分ルールは守ってな……ほい、植物採取師に替えたから、任せるよ」
「は~い!」
上機嫌のレスミアに採取袋を渡して、樹液の様子を見に戻った。
ザフランケの木に水やりして、その樹液を魔絶木に撒く。手間の掛かるお世話も、高値で売れるとなると、そこまで苦では無い。農家ってこんな気分なのかねぇ?
一通り世話を済ませて、他の採取物を〈自動収穫〉し始めた。その途中で、ベルンヴァルトが背負籠にプリンセス・エンドウを満載して帰ってきた。籠がいっぱいになったら、俺のストレージに移すためである。
ただ、初めて見る物も混じっていた。
ベルンヴァルトがオレンジ色の輪っかを手に取り、楽しげに笑う。
「これ面白いだろ。
金柑が数珠繫ぎに輪になった、不思議な果物だった。直径が3、40cmもあるので数珠というにはデカいけれど、ベルンヴァルトがムシャムシャと齧る姿は、何だかポ○デリングを思い出す。
金柑の一房、いや一粒か? 兎も角、分けてもらって口にすると、柑橘系の爽やかな香りが鼻を通り抜ける。苦味も酸味も少なく、種も無い甘い金柑だった。
【素材】【名称:
・環状に繋がった金柑。繋がったままだと甘いが、切り離して時間を置くと、徐々に酸味が強くなる性質がある。
咳や喉の痛みに効くとされ、免疫力を高めて病に掛かり難くする。また、魂が安定していない赤子の頭に乗せると、マナの流れを安定化させ、病を早く治す。
赤子が安定していないとか、病気になりやすいって事か? 『7つまでは神の子』とか、七五三の由来だとかは聞いた覚えがあるからなぁ。
それにしても、身体に良いから食べるではなく、頭に被せるってのは、田舎の民間療法みたいだ。ネギを首に巻くみたいな……
鑑定文に書いてあるって事は、本当に効果がある訳で、ファンタジーな世界だと思い知らされる。
ベルンヴァルトの荷物を回収した後に、環金柑の生っている木まで案内してもらった。そこには面白い光景が広がっていた。環金柑が木に生っている様子は、まるでクリスマスツリーのオーナメントのよう。木の緑色の葉が、鮮やかなオレンジ色の輪を際立たせていた。
少し、採取するのが勿体ない光景ではあるが、どのみち半分ルールで残す分もある。レスミアに見せるのは、そっちで良いと判断し、〈自動収穫〉で回収した。オーナメントが宙に浮かんで、袋に飛び込んでいく。気分はクリスマスツリーをしまうサンタクロースのよう……いや、流石に無いか。
「その金柑だけどよ。俺にも分けてくれないか?」
「構わないけど、そのまま食べるのか? レスミアとベアトリスがお菓子を作ると思うけど?」
料理好きの二人が、新しい果物を手にして加工しない訳が無い。そんなことはベルンヴァルトも知っているだろうに……
何故か返事が来ないので目を向けると、バツが悪そうに頭の後ろを掻いた。
「あー、シュミカの奴がな、甘い酒が好きなんだよ。金柑を酒に漬けたら、喜ぶんじゃねーかってな?」
……おおっと、手紙だけでなく、プレゼントを贈るようになったのか。善き哉、善き哉。お酒ってのはプレゼントとして、良いのか分からないけど。
「それなら構わないよ。採取した半分は、俺の裁量で動かせるからな。使いたい分量を教えてくれればね。
それに、明日にでもフォルコのレベル上げをしようと話していたろ? 〈トランスポートゲート〉が使えれば、アドラシャフトへお使いを頼める。
彼女がアドラシャフトに居るなら、一緒に届けてもらうよう頼むのはどうだろう?」
店が開店してからだと、どれだけ忙しくなるのか読めない為である。幸い規模の小さい対面販売の店なため、今日頑張れば準備は整う予定。こうして、俺達がダンジョンに潜っている間、サポートメンバーも頑張ってくれている。
「そりゃあ良い考えだな。商業ギルドから送ると、手紙でも高いんだよ。一樽分だともっと高く付きそうだからな」
……ん? 一樽?
「いや、ちょっと待て。樽で贈るのは多過ぎるというか、無骨じゃないか?
ええと、詳しくはないけど、果実酒って瓶に漬け込むイメージがあるんだが……」
「いやぁ、アイツも酒好きだから、沢山有ったほうが嬉しいだろ?」
だろ?と言われても、俺の感性では微妙な気がする。でも、鬼人族は酒好きだから、ストライクになる可能性もあるかもしれない。常識不足の俺一人で、判断するのは危険だな。取り敢えず、貰う側の立場で考えられる先生を呼ぶことにした。
「アホですね……」
助っ人のレスミアは、一言でバッサリ切った。
全否定されたベルンヴァルトはダメージが大きかったのか、肩を落とす。一応、フォローとして「種族的な感性も有るかも」と言ってみたのだけど、無駄だったようで、
「世の中には沢山の種族がありますけど、大別すれば、女と男の2種類だけなんですよ。
勿論、種族特有の風習とかはあるでしょうけど……シュミカさんでしたっけ? アドラシャフトに住んでいるのなら、価値観は私達と同じですよ。なら、女の機微も同じです!」
なんとなく分かる。文化やルールはその土地に根付くと聞く。辺境の未開の部族とかならいざ知らず、人族の街で暮らしている時点で感性は近いはず。
「樽は駄目かぁ……」
「甘いお酒が好きって、彼女の好みを知っているのは、高評価ですけどね。プレゼントするなら、ザックス様の案の瓶詰めの方が良いですよ。色とりどりの果物を入れて、見た目を綺麗にするんです。可愛いリボンでラッピングすると、尚良し!」
可愛い物、綺麗な物、甘い物が揃えば、敵無しだそうだ。まぁ、世界が違っても女性の好みは似たようなものだな。
そこでふと、思いついた。丁度、お菓子屋を開くんだ、大人向けのお菓子があっても良いかも知れない。
「それなら、リキュールとか使ったお菓子も、一緒に添えてプレゼントするのはどうだ?」
「良いですね! 私は、お酒が苦手なので、レシピは知りませんけど、トリクシーなら知っていると思います。
帰ったら相談してみましょう」
そんなわけで、リキュールプレゼント作戦は一時保留となった。開店前なので、ベアトリスちゃんの都合がつくか分からない。まぁ、急ぎでも無いし、合間にお願いしよう。
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